08:補足説明をしてもらいました
明けて翌日、私は小隊長さんの執務室に呼び出された。
「ほんっと、面倒事を起こす天才だよね、君って」
「今回は私が起こしたわけじゃないんですけど」
「君に会いに来たんだから一緒だよ」
はぁ、とため息をつく小隊長さんは、めずらしく本当に疲れているようだった。
さすがの小隊長さんでも王太子の相手をするとなると、いつもみたいに飄々とはしていられないらしい。
「そんなこと言われても……でも、昨日は王太子様のお相手をしてくれてありがとうございました」
結局あのあと、ここでの王太子の滞在場所に今後の予定と、何から何まで小隊長さんが王太子と話を詰めてくれた。
王太子は今現在、この砦で一番上等な客室に滞在しているらしい。上等といってもずっと使われてなかった部屋だし、そもそもここは魔物を防ぐための砦だから程度は推して知るべし。安全の面も考えて小隊長さんは近くの町に行くことを勧めたけど、面倒だからここでいいと言われたのだとか。
王太子が滞在している間に、私と隊長さんは王都に行く準備をする。そして、五日後に王太子が転移魔法を使って、三人一緒に直接王都まで飛んでくれるらしい。おお、便利だな瞬間移動。
「これっきりにしてほしいね。下手な奴に任せて問題になっても面倒だから、オレが引き受けるしかないんだけどさ」
たしかに、脳筋だらけのこの砦で、王太子の相手をするのに一番ふさわしい人っていったら小隊長さんしかいないんじゃないだろうか。
シャルトルさんとかもわりとそつなくこなしそうだけど、やっぱり貴族という肩書きも重要だろうし。
貴族の位が関係なかったとしても、この砦で一番立場の高い隊長さんが王太子と不仲なんだから、二番目の小隊長さんにお鉢が回ってくるのはわりと順当な気がする。
「あーあ、今は王太子様の相手しなきゃいけなくて、君たち送り出したら今度は隊長の代理まで務めなきゃいけないわけでしょ。考えただけでゾッとする忙しさだね」
「えーっと、すみません?」
「ま、どうにかするよ。隊長代理権限でハニーナをオレ付きにしようかな」
「そんなことしたら余計嫌われますよ」
ジトーっとした視線を向けると、小隊長さんは笑みを返してきた。
私に言われなくても小隊長さんはもちろんわかってるはずだし、たぶんただの冗談だったんだろう。
「とりあえず、王子がこの砦にいるときはなるべく君と接触させないよう気を配るよ。相性最悪みたいだし」
「お願いしますね! 本当! 殴っちゃわないか心配なんで!」
「ほんと恐ろしいな……」
小隊長さんはわざとらしく額に手を当てて嘆く。
身分とかよくわからない私でも、さすがに一国の次期王様を殴っちゃいけないのはわかってる。
でも、うっかり手が出てしまいそうなくらいには腸が煮えくり返っているから、絶対大丈夫とは言いきれなかった。
「それで? どこまで聞いた?」
声が、変わった。
さっきまでの明るく軽い調子から一転、抑えたトーンで尋ねられて、ここからが本題なんだと気づいた。
なんのことを言っているのかすぐにわかってしまったのは、昨日からずっと、その話を思い返していたからだろう。
「……隊長さんが、王太子様の従兄で王族ってことと、この国では魔力が一番重要視されるから、王位継承権がなくて家も継げないってことを」
「じゃ、最低限は聞いてるか」
色々聞いた気がするのに、小隊長さんにとっては“最低限”だったらしい。
なんだ、まだ秘密があるのか隊長さん。
謎の多い人は魅力的っていうけど、限度があると思うよ!
「隊長はかっこつけだからさ、どうせ色々はしょって話しただろうし、補足してあげる」
「隊長さんはかっこつけじゃなくて格好いいんですよ!」
「はいはい、どっちでもいいから」
私の異議申し立ては簡単に流されてしまった。論点がずれている自覚はあったから、しょうがない。
でも、隊長さんのいないところでそんな話をしてもいいものなんだろうか。
若干の後ろめたさを覚えてしまうのは普通のことだと思う。
「隊長さんが話したくないことを聞くのは……」
「君が聞きたいか聞きたくないかじゃない。隊長の相方として、知っておかなきゃいけないことだよ」
キッパリと言いきられてしまって、反論の余地を失くす。
私なんかに隊長さんの相方が務まるんだろうか、とは思うけど、少なくとも現状その立ち位置にいるのはたしかだし。
小隊長さんが話したほうがいいと判断したんなら、きっと必要なことだ。聞いたからって隊長さんは怒ったりしないだろう、たぶん。
「隊長が軍に入ったのは十八のとき。最初はもちろん見習いだった。しかも、王族や王宮の警護にあたる第一師団、近衛師団とも呼ばれる危険の少ない配属だった」
最初から第五師団にいたわけじゃないんだ、とまず驚いた。
もう何も驚くことなんてないと思っていたのに、やっぱり隊長さんは全部を話してくれたわけじゃなかったらしい。
それはたぶん、私の気を揉ませないためにとか、そういう気遣いからだったんだろうけど。
「第一師団ってほぼみんな貴族の子息で構成されてるからさ、魔力が強い奴が多いし、自分の力を驕ってる奴も多かった。王族のくせに自分よりも魔力が低い、なのに剣の腕は抜きん出てる。そんな隊長を疎ましく思うのは一人や二人じゃなかった。隊長も隊長で権力に頼らないで自分の力だけで勝負しようとするもんだから、そんなの人間性を見せつけられて火に油でしょ。大炎上だよね」
うわぁ、初めて聞く話なのにすごく想像がつく。
隊長さんみたいに生真面目で誠実なタイプは、いい人たちに囲まれていればいい循環を生むけど、ひねた人たちに囲まれてしまえば途端に歯車が噛み合わなくなるだろう。
たぶん、若かった隊長さんは今以上に融通が利かなかったんだろうし。
真正面から衝突すれば、亀裂が走るのは当然のことだ。
「先輩方にいじめられて、同じ見習いからは遠巻きにされてた隊長を、当時の第五師団隊長が見かねて隊長権限で引き抜いた。二十歳のときだったかな。で、まあ王族だしってことで第五師団も居心地はよくなかっただろうけど、命のやり取りが日常茶飯事のこっちは実力主義だからね。最初から実戦投入されて、二年で小隊長、さらに二年で隊長になった。異例の出世にやっかみはあっただろうけど、それだけの腕があるんだから誰も文句なんて言えなかったんじゃないかな」
「そ、壮絶……」
「すごいでしょ。戦闘能力だけで言えばバケモノだよあの人」
普段、からかうときくらいしか人を褒めない小隊長さんが、バケモノって言葉を使うくらいなんだから、本当に隊長さんはすごいらしい。
その出世街道がどれだけ異例のことなのか、普通の軍人というものを知らない私にはわからない。
でも、今の隊長さんはみんなに認められていて、慕われている。それは隊長さんの実力がその立場に見合っているからなんだろう。
もちろんビリーさんみたく反発する人もいるけど、あれはたぶん、私の見立てでは男としてのプライドがうんぬん、ってやつだ。
「というか、なんでそんな昔のことを小隊長さんが知ってるんですか……」
「オレ、十五のときに第一師団に入ったからね。第一師団で一年だけ同じ見習いだったんだ。で、隊長が第五師団隊長になってから引き抜かれた。その能力をそんな場所で腐らせるなって。おかげで毎日忙しくって嫌になるよね」
「そんなに昔からの付き合いだったんですね……」
そっか、小隊長さんは十代の隊長さんを知っているのか。
しかも隊長さんに見込まれて第五師団に入ったのか。
男同士だからこその信頼関係だってことはわかるけど、正直、めちゃくちゃうらやましい。
「そ。だから隊長のいいところも悪いところも君よりずーっと知ってる。……だから、最初に君と隊長のアホらしいやり取りを見たとき、案外バランス取れそうだなって思ったんだよ」
バランス? と私は首をかしげる。
小隊長さんとの出会いは、隊長さんの部屋に匿われていたところを見つかったときだ。
そんな、まだなんの関係も築けてなかったときから、小隊長さんには何かが見えていたんだろうか。
「隊長の真面目すぎるところとか、繊細な部分とか、君ならいい具合に力を抜いてくれそうだったし。君の面倒くさそうな面は、懐の深い隊長ならまるっと受け入れてくれるでしょ」
面倒くさそう……いや、うん、たしかに否定はできない……。
つまりは相性がいいって言われているのに、なんとも複雑な気持ちになってしまう。
「君は知らないだろうけど、隊長は君と出会って戦い方が変わったよ」
そう言って、小隊長さんは淡く、苦笑を浮かべた。
「以前の隊長は、全部自分で引き受けようとしてた。なまじ戦闘能力が高いから、そのほうが効率がいい部分もあったけど。その分、もちろん危険も一人で背負ってた。隊長にそのつもりはなかっただろうけど、まるで死に場所でも探してるみたいな戦い方だったよ」
隊長さんが戦っている姿を、私は見たことがない。
覚えているのは、真っ赤に染まったシャツ。ツンと鼻に来る異臭。
隊員さんをかばって浴びた返り血だと言っていた。よくあることだとも。
隊長さんは今まで、どれだけ人を助けてきて、そうしてどれだけ自分の身を危険に晒してきたんだろう。
手足の爪先に氷でも当てられているかのように、ヒヤリとしたものを感じた。
「今はねぇ、必死だよね。必死で、冷静だ。誰も死なせず、自分も守る。君を置いて死ぬわけにはいかないって、覚悟が伝わってくる」
小隊長さんはどこかうれしそうに緑色の瞳を細める。
その表情からは、ビジネスライクじゃない隊長さんへの情が見て取れた。
「生への執着って、大事だよ。それが命運を分けることだってある。恐怖は人を鈍らせるけど、覚悟は人を強くする。隊長は君と出会って、君に恋をして、生き抜く覚悟を手に入れたんだ」
私はただ、隊長さんを好きになっただけだ。
そこには純粋な好意だけじゃなく打算もあった。たくさん自分の都合を押しつけた。自分勝手に隊長さんを振り回して、きっと、たくさん隊長さんを傷つけた。
隊長さんは、私なんて選ばなくても、いくらでもふさわしい人がいたはずで。
いろんな偶然と思惑が重なった上での、今の関係だと思っていたのに。
小隊長さんには、そんなふうに見えていたなんて。
「サクラちゃん。君が、隊長を変えたんだ」
隊長さんは、どれだけ。
私のことを好きでいてくれているんだろう。
どれだけ、隊長さんの心の中の、大事な場所に住まわせてくれているんだろう。
私は、そんな隊長さんに。
何を返すことができるんだろう。
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