07:隊長さんの身の上話を聞かせてもらいました

「あまりおもしろくはない話なんだが、聞いてくれるか」


 隊長さんは、最初にそう前置きをした。

 それがどういう話なのかは、隊長さんの表情を見ただけでわかった。

 おもしろくない話、なんかじゃない。隊長さんにとって、つらい話なんだ。


「聞かせてください。隊長さんのことならなんでも知りたい」


 隣に座る隊長さんの手を、ぎゅっと握りながら告げた。

 隊長さんが話したくないなら、無理に聞かないほうがいいのかもしれないけど、そうしたらまた王太子の口から聞くことになってしまうかもしれない。

 だったら、本人の口から、変な色眼鏡のかかってない事実を知りたかった。


「うまく、話せるかはわからないが……」


 隊長さんは難しい顔をして、一つ息をつく。

 それから、繋いだ手に力が込められたかと思うと、ゆっくり口を開いた。

 視線は、どこか遠くに向けられたまま。


「俺の父は、現国王のすぐ下の弟……つまり、王弟だ。フロスティンは国王の一人息子で、王太子。俺とフロスティンは父親同士が兄弟の従兄弟となる。そこまではわかるな」

「はい」

「血筋で言えば王族だが、俺には王位継承権がない。それどころか、家督を継ぐのも俺の弟だ」

「……え、長男が継ぐものじゃないんですか?」


 それが普通だと思っていたから、疑いもしていなかった。

 隊長さんは長男だから、いつか家を継ぐんだろうなぁとか、そしたら隊長は辞めちゃうのかなぁとか、ぼんやり考えてた。

 でも、私の中での常識は元の世界での常識で、このファンタジーな異世界にも適応されるとは限らなかったんだ。


「そういった国もあるな。だが、この国では何よりも魔力が重視される」


 言いながら、隊長さんは左耳についているピアスに触れる。


「これは、特別な細工師によって作られたものだ。元は無色透明な石だが、そこに魔力を込めることで色がつき、その者の魔力を測ることができる」


 え、私、そのピアス舐めちゃったこともあるんですけど……!?

 まさかそんな特別なものだとは思いもしなかった。隊長さんも止めてくれればよかったのに。

 今さらすぎるけど、消毒とかしなくて大丈夫かな……。


「魔力の落ち着いてくる五歳の誕生日に、王族は魔力計測の儀式を受ける。その結果、一定の基準よりも魔力が低ければ、王位継承権は与えられない。王位継承権の有無はピアスで判別できる。継承権を持つ中で一番魔力の高い者が、成人とともに立太子される」


 と、いうことは。

 王位継承権のない隊長さんは、一定の基準よりも魔力が低かったんだろう。

 そういえば、石だけのシンプルな作りの隊長さんのピアスと違って、王太子のピアスには装飾がついていた。あれで判別できるのか。


「じゃあ、直系だとか関係ないんですか?」

「ああ。王族の血筋であれば年功序列もない。純粋に魔力で測られる。貴族の家督も同じことだ」

「それは……なんだか、あまりにも……」


 悲しいような、悔しいような。うまく言葉にできない思いが、重石のように胸に残った。

 そんな大事なことを、まだ物心ついたばかりの子どもの頃に決められてしまうのは、なんだかやるせない。

 五歳のときに王位継承権をもらえなくて、しかも弟さんが五歳になったときには家を継げないことまで確定してしまったなんて。

 そのときの隊長さんは、いったいどんな気持ちだったんだろう。


「この国は、常に魔物の脅威にさらされている。土地柄なのかわからないが、他の国よりも魔物の発生する巣が多い。その危険から国の中枢を守るために、王都には結界が張られている。魔物を決して寄せつけない広範囲の結界は、国王の魔力によって支えられている。それが、揺らぐわけにはいかない。虚しく思わないこともないが、必要なことだと理解している」


 淡々と語る隊長さんは少しも揺らがず、落ち着いているように見えた。

 そう思えるようになるまでに、どれだけの苦悩や葛藤があったのか、平和な世界で暮らしていた私には推し量ることはできない。


「だが、若い頃はどうしても納得がいかなかった。魔力の量も質も、努力でどうにかできるものではない。生まれた瞬間に生きる道が決まる。……道が、狭まる。俺は逃げるように軍に入った。魔力で決められない道を歩みたかった」


 いつもよりだいぶ饒舌な隊長さんに、私は無性に泣きたくなった。

 言葉の端々から、過去の隊長さんの傷が見え隠れしているように思えたから。

 努力でどうにもならないことがあるのは知ってる。私のいた世界だって、みんながみんな好きなことをできるわけじゃなかった。

 でも……こんな理不尽を、私は他に知らない。


「『せいぜい血で身を穢せばいい』と、フロスティンは言った。王族という立場から逃げた俺は、あいつにとっては負け犬でしかなかっただろう。それでも俺は、自分で何もできない王族として腐るよりはいいと思った」


 どうして、そんなことを。

 残された希望に向かって歩み始めた隊長さんに、言うことができたんだろうか。

 王太子に対して、腹が立つを通り越して、憎らしくなってくる。


「居場所が、欲しかった。王族であることは、俺にとっては枷でしかなかったから」


 重い、重い声だった。

 隊長さんを戒めていた枷の頑丈さを物語っているようだった。


「今は、ここが居場所ですよね?」

「ああ……そうだな」


 うなずいて、隊長さんは初めてこちらに顔を向けた。


「お前が、ここを俺の逃げ場所から、居場所に変えてくれた」

「私が……?」


 どういう意味だろう、と私は首をかしげた。

 少し考えてみても、何も思い当たるようなことはなかった。


「お前が言ってくれたんだろう。俺はきれいだと、穢れてなどいないと。人を守れる人間なのだと」

「そんな……そんなの! 私、なんにも知らなくて……!」

「知らなかったからこそ、きっと、救われた」


 やわらかな微笑みを浮かべる隊長さんに、私は言葉を失くす。

 本当に、考えなしの言葉だった。あのときの私は、隊長さんが見てきたものも、隊長さんの背負っているものも、何も知らなかった。

 今ならもっとふさわしい言葉をかけられるんじゃないかって思うけど、隊長さんはむしろ、そういう気遣いこそ嫌だったのかもしれない。

 何を言われても、過去が変わるわけじゃないから。

 考えなしに、脳天気に、ただ明るいだけの言葉だったから、よかったのかもしれない。


「だから……いずれ話さなくてはと思いながら、時機を逃していた」


 微笑みが、苦笑いにすり替わる。

 延ばし延ばしにした結果が、今というわけだ。

 そんな大事なことを初対面の王太子の口から聞くことになるなんて、最悪のパターンと言ってもいい。


「何も知らない私でいてほしかったんなら、隊長さんは失礼です。私を見くびってます」

「……そうだな」

「失礼だけど……私は、今の隊長さんが好きだから、許してあげます」


 話を聞いても聞かなくても、やっぱり私は隊長さんが好きだし、最初から知っていてもきっと好きになっただろう。

 過去があっての今の隊長さんだ。それなら、話すタイミングが掴めなかった臆病な隊長さんのことも、受け入れてあげたい。

 ありがとう、と吐息のような声が、私の耳を打った。


「……グレイスさん」

「どうした」


 名前で呼ぶと、隊長さんの瞳に密かな熱がこもる。

 ベッドの上で向けられるようなまなざしに、身体の芯がうずいた。


「えへへ、呼んでみたくなりました」


 呼び慣れてない名前は、やっぱり口にすると気恥ずかしいけど。

 好きって何百回言うよりも、一回名前を呼ぶほうが、伝わるような気がしたから。



 私は、私の今の精一杯で、隊長さん――グレイスさんに恋をしている。

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