3 -改まる認識-

 翌朝、すぐにミルトにサクラの存在が露見した。

 いつ話そうかと思っていたから、ちょうどよかったかもしれないが。

 仲良さそうに話す二人に、一抹の不安。

 この二人につるまれたら色々と面倒くさそうだ。

 というか、サクラのことを愛人と呼ぶのはやめてほしい。俺は愛人を作るつもりはない。


「またおもしろいものを隠していたものですね」


 連れ立って執務室に向かう途中、ミルトはそう言ってきた。

 何を考えているのかわからない笑みを浮かべている彼に、俺は眉をひそめる。


「……どうせ、わかっていたんだろう」


 俺の言葉に、ミルトはさらに笑みを深める。

 人がこれから言おうと思っていたことも、人が一生隠しておきたいことすらも、かまわずあばく。

 こいつはそういう男だ。


「何かあるのはわかってましたよ、もちろん。それが女だろうってことも。でも、あんなのだとは思ってなかったので、予想外でおもしろかったです」


 やはりというか、たった一日でほぼすべて知られていたらしい。

 バスタオル一枚でこの世界に招かれてしまった彼女のために、俺が用意したのは使用人に支給される制服だった。

 気づかれぬよう持ってきたつもりだったが、彼に隠しごとをするほうが難しいのかもしれない。

 それにしても、『あんなの』とはずいぶんな言いようだ。

 悪い意味ではないんだろうが、いい意味だとすればそれはそれで問題がある。

 目をつけられるのは、サクラにとってうれしくないことだろう。


「精霊の客人の報告書、どうするつもりだったんですか。オレを通さずに出すつもりでした?」

「いや、お前には話そうとは思っていたんだが」

「どうせなら昨日のうちに話してもらいたかったものです。まあ、昨日は事後処理で忙しかったこともあるし、オレだって男ですからためらうのもわかりますけど」


 何から何まで言うより先に理解してくれるミルトは、仕事をする分にはやりやすい相手だ。

 けれど今回のような仕事とは言いきれないものに関しては、頭の回転が速いのも考えものだ、と思ってしまう。

 精霊の客人を保護するのは、少なくともこの国では至極当然の義務のようなもの。仕事とは少し違う。


「でも、いいんですね? 国に知らせちゃって」


 俺の執務室に着いてから、ミルトは相変わらず微笑みながら聞いてきた。


「どういうことだ」


 含みのある言葉に、俺は顔をしかめる。

 怖い顔をしているだろうという自覚はあった。

 けれどミルトは慣れているからか、ひょうひょうとした態度を崩さない。


「今ならまだ隠せますよ、ってこと。国に知らせれば、保護責任は国に移ります」

「問題はないだろう。彼女のためにはそれがいい」


 精霊の客人についてそれほど詳しいわけではないが、国から後見人がつけられることは知っている。

 働くにしろ、学ぶにしろ、後見人は必要だろう。

 ここでずっと面倒を見られるかどうかもわからない。

 そもそもこの砦は魔物が頻繁に現れる場所だ。サクラが嫌がる可能性だってもちろんある。

 それならば、魔物の出ない平和な王都で保護されたほうが、彼女のためになるはずだ。


「……ふ~ん、ならいいですけど」


 納得したようなしていないような、あいまいな物言い。

 何か思うところでもあるんだろうか。

 どこか楽しそうにも見えるミルトの笑みに、俺は悪い予感を感じざるをえなかった。




「キィとかヒューとかってなんなんですか?」


 サクラがそう質問してきたのは、昼の小休憩のときのこと。

 この国の一般常識すらまったく知らない彼女のために、俺は端的に答えを返した。

 階級は王位から四位までの六段階あり、キィが特位でヒューが四位だということまでは、教えられなかったが。

 それを説明して、万が一サクラの俺を見る目が変わったら嫌だったから。

 知らないなら、知らないままでいてほしい。ずっとは無理だろうが、知らなくとも困らないうちは。

 そんなことを考えていたせいか、貴族にはなれそうにないと言ったサクラに、つい本音がこぼれ落ちた。


「それでいい。貴族なんてなるものじゃない」


 俺の言葉に、サクラは目を丸くした。

 それを見て、今の自分がどれだけ険しい顔をしているのかに気づいた。

 なぜかサクラの前では感情の起伏が激しくなる。

 サクラ自身が飾り気のない表情を見せるものだから、釣られるのかもしれない。


「隊長さんは自分が貴族なのが嫌なんですか?」


 今の言いようでは、当然持つ疑問だろう。

 あまり続けたくない話題ではあるが、俺は仕方なしに答える。


「貴族でいたくなかったから、軍に入ったようなものだ。軍は実力主義だからな。軍に属したからといって、貴族でなくなるわけではないが」


 軍は貴族階級とはまったく別の権力構造をしている。

 いくら貴族としての位が高くとも、軍では特別扱いはされない。

 貴族が軍に入る場合、たいていは第一師団か第二師団に所属することになるが、それは単にいざというときのために王都から出ないほうがいいからというだけだ。危険度はそれほど変わらない。

 第五師団にも、俺やミルトの他に貴族はいる。

 正確には俺は貴族ではないが、サクラからしたら似たようなものだろう。


「私の国には今は身分制度とかないので、隊長さんの気持ちはわからないんですけど。いっそのこと開き直っちゃうのも手だと思いますよ」

「開き直る?」


 意味がわからずに聞き返す。

 サクラはニヤリと人の悪そうな笑みを作り、人差し指を立てた。


「持っている手札はなんでも利用しちゃっていいんじゃないでしょうか。もちろん使い方は間違えちゃダメですけど。貴族だからこそできることっていうのも、きっとあると思うんです」


 馬鹿ではないんだな、とそれを聞いて思った。

 ちゃっかりしているというか、転んでもただでは起きないというか。

 彼女のように生きられたら、きっと人生は楽しいんだろう。

 ただの考えなしだという認識を改めさせられた。


 それから、年齢や役職名などの質問にも答えていく。

 隊長と呼ばれ慣れているせいで忘れそうになるが、正式な肩書きは第五師団長だ。

 伝説の話をすると、物語を楽しんでいるかのようにサクラの瞳がキラキラとしだした。

 興味のあることには一直線なその様子は、まるで子どものようだ。

 伝説の総隊長を目指しているのか、という問いには否と答える。

 そんな分不相応な目標を持ったりはしない。

 そもそも軍に入った理由さえ不純なものだったのだから。


「謙虚さも、隊長さんの長所だとは思いますけど。なんだかちょっともったいないですね」


 何がもったいないというのか。

 うかがうような視線を向ければ、サクラは言葉を続けた。


「隊長さんは自分で思っているよりもすごい人なんじゃないかって、私なんかは思っちゃうわけです」


 まるで、俺は伝説の総隊長にも負けないとばかりに。

 信頼を映した、黒い瞳。

 出会ったばかりの人間に向けるような目ではなかった。

 初対面で自分をおそったような男に向けるようなものでもない。

 不思議な奴だ、サクラという女は。

 考えなしというわけではないのに不可解で、つい目で追ってしまう不思議な引力がある。

 嫌いではないが、少しだけ苦手かもしれない。


「お前は俺のことを何も知らないだろう」

「知ってますよ、身を持って!」


 先ほど見直したばかりだというのに、すぐにこれだ。

 だが、こういうところも含めて、彼女らしさなのかもしれない。

 腹の中で人を陥れるようなことしか考えていない奴らよりは百倍マシだ。

 どうせしばらくは面倒を見ることになるのだから、彼女という異分子に慣れるべきなんだろう。



 前途多難だ、とは思わなくもなかったが。

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