15:隊長さんの自虐発言にもの申しました

「魔物の血って、人と同じ色をしているんですね」


 自分からその話を切り出したのは、夕ご飯を食べ終わってからのことだ。

 ご飯の前に話す勇気はなかった。ご飯がまずくなっちゃうというか、食べられなくなっちゃうからね。

 ちゃんとご飯は食べられたよ。というか無理にでもつめ込んだ。

 そうしないと隊長さんに心配かけちゃうからね。


「ああ。一応は動物というくくりらしいからな」

「なんなんですか? 魔物って」


 たぶん、よくない生き物なんだよね、魔物って。

 でも、ただの動物とどう違うんだろう?

 動物にだって、害獣って呼ばれるのがいたりするよね。


「魔物とは自然界で超過した魔力が凝り固まって具現化したものだ」

「魔力でできてるのに、動物なんですか?」

「そもそも生物はすべて魔力で形作られている。だから魔物も動物の枠組みだ」


 へえ、こっちの世界ではそういうことになっているんだ。

 じゃあ魔力って、生命エネルギーってことなのかな。


「人間も、魔力でできているんですか?」

「ああ。己を構成する魔力の一部を使うことで、魔法が使える」


 RPGで表すなら、HPの数パーセントがMPって感じ? むしろHPとMPは同じものってこと?

 魔法を使いすぎたら、どうなっちゃうんだろう。

 倒れたりとかしちゃうのかな。

 ゲームやってたときには気にしたことってなかったけど、現実で魔法が使えるっていうのは、実は怖いものなのかもしれない。


「魔物は人や動物を襲う習性がある。その理由は仮説はいくらでもあるが、特定はできていない」


 隊長さんの説明に、私はふむふむとうなずく。

 仮説が立ってるってことは、この世界にも研究者とか、いるんだよね。

 魔物専門の、とか?

 学問がちゃんと発達しているってことだね。よかったよかった。


「神話では女神の穢れた血から生まれた、となっている。そのため更なる血を求めて人を襲うのだと」


 神話かぁ。私のいた世界と違って、実話だったりするんだろうか。

 日本の神話は、国の頂点は神の子孫なんだってことにするために広められたって聞いたけど。

 魔法があって魔物がいて精霊までいるファンタジー世界なんだし、神さまが実際にいたとしても私は驚かない。


「女神さまなのに、穢れてるんですか?」

「血そのものが、穢れだということだ」


 たわいない疑問にも隊長さんはちゃんと答えてくれた。

 その思想は、たしか昔の日本にもあったっけ。

 死とか血とか、そういう穢れを厭う考え方。

 現代日本では小さな怪我くらいじゃ騒いだりしないし、痛々しくはあっても穢れているだなんて思わないけど。


「血にまみれる軍人は穢れの塊ということだな」


 隊長さんのその言葉に、私はぎょっとした。

 ここ数日で見慣れてしまった強面に浮かんでいるのは、自嘲的な笑み。

 どうしてそんなことを言うの?

 どうしてそんな顔をするの?


「隊長さんは穢れてなんていませんよ」


 私ははっきりと断言した。

 いくら本人でも、隊長さんのことを悪く言うなんて許せなかった。

 悲しくて、悔しくて。

 思わず睨むような強い視線を隊長さんに向けてしまう。

 私の言葉に隊長さんは目を見張っていた。


「隊長さんは人を守るために自分にできることをしているだけです。そんな隊長さんが穢れているなんて、ありえません! 隊長さんはきれいです」


 語彙のとぼしさを歯がゆく思いながら、必死に言い募る。

 隊長さんがいい人なのは、たった数日間一緒にいただけでもよくわかった。

 真面目で誠実で、優しい人だ。

 どうして隊長さんが自分のことを貶めるようなことを言うのかはわからないけど、自信を持ってほしかった。


「ほら、裸体もきれいなものだったし!」


 何しろ私、全部見ちゃってるんだもんね!

 ……あれれ、余計なことまで言っちゃったかも。まあいいや。

 思い出してみれば、身体中に傷痕があったような気がする。

 見ている余裕なんて全然なかったけど、ビックリしたから覚えていた。

 それも含めて、きれいって思うわけなんだけど、私は。


「……お前は残念な奴だな」


 驚いた顔をしていた隊長さんは、裸体云々と言ったとたんに渋面になってしまった。

 深いため息は、私に呆れてのものなんだろう。

 そこはうん、さすがに私も、ちょっと失敗したかなとは思った。

 でも、シリアスは身がもたなかったんだよ!


「ひ、ひどいです隊長さん!」


 私にしてはがんばったほうなのに!

 努力を認めてくれたっていいじゃないですか!

 なんの努力かとか、聞かれたら困るけど。

 私は私なりに、隊長さんのことを思って言ったんですよ。


「だが、それも含めて悪くはないと思う。少し……救われた」


 隊長さんはそう小さくつぶやいて、笑った。

 それはさっきみたいな自嘲的なものとは全然違って、どこか晴れやかなものだった。

 さわやかな笑顔……破壊力抜群です。

 さすがイケメン。しかめっ面でも格好いいけど、やっぱり笑うと素敵だよね。


「よくわからないけど、よかったです?」


 救われただなんて大げさだなぁ、と思いながらも、私は笑い返す。

 少しくらいは、隊長さんの気持ちを軽くできたのかな。

 それならうれしい。すごくうれしい。

 隊長さんに笑ってもらえるなら、惜しげもなく私の残念さ具合をさらけ出しますよ。

 それこそ引かれるほどの勢いで!



 いや、まあ、それなりにセーブはします、ちゃんと。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る