16:守るって言ってもらっちゃいました

 寝る準備を終えてから、ベッドに座って隊長さんの話を聞く。

 ちなみにパジャマは昨日小隊長さんが持ってきてくれたもの。服もすでに数着もらっている。

 今日おそってきた魔物はどれも小物で、数も多くはなかったらしい。

 まあそうだよね。警報が鳴ってから一時間もしないで帰ってきたんだし。

 あの音は魔物がこちらに向かっているってことを知らせるもので、音の高さと間隔でだいたいの規模がわかるようになっているらしい。

 今回は高い音だったから、小物。音を伸ばしていたから、少数。

 低い音になるほど大物で、音の短い音を何度も鳴らすほど数が多いってことなんだって。

 なるほど。またいつ魔物が来るかわからないし、覚えておかないとね。


 そもそも現在使用人の人たちがいないのは、大物の魔物が近くまで来たから。

 砦の中には魔物が入れないよう結界が張られているけど、それだって万能じゃない。

 強い魔物だと結界を壊すこともできちゃうらしい。

 それにもし、砦の中にまでは魔物が入ってこなくても、もし戦闘部隊が壊滅した場合、砦の外に一歩も出ることができなくなってしまう。

 だから大物が来るとわかっているときは、まだ余裕のあるうちに、護衛をつけて非戦闘員を近くの町まで避難させるんだとか。

 で、無事に大物を倒すことができたら、それから丸一週間様子を見て、特に問題がなさそうならみんなを迎えに行くらしい。


「じゃあ、使用人の人たちが戻ってくるの、遅れるんですか?」


 問題、起きちゃったよね?

 私はもう一週間、この部屋で過ごさなきゃいけないんだろうか。

 さすがにちょっと窮屈だよね。

 一週間だけ、って思ってたから我慢できていたけどさ。


「いや、今日は残党狩りのようなものだったからな。あの規模ならよくあることだ。予定どおり四日後に迎えに行く」

「残党狩りであんな返り血を……」


 真っ赤に染まったシャツを思い出してしまって、私は顔をしかめる。

 あれほど心臓に悪いものもなかったよ。


「しくじった奴をかばうためにな。よくあることだ」


 小物だったからって油断しちゃったのかな、その人。

 それにしても、人を助けて自分も無傷って、すごいな隊長さん。

 強いからこそ、隊長をしているんだろうけど。

 戦闘職種なんて遠い世界の話だった私からすると、もうすごいとしか言いようがない。


「その人、きっと隊長さんに感謝してますね」

「どうだかな。きつく叱責したから、恨んでいるかもしれない」

「ちゃんとわかってますよ。隊長さんが命を救ってくれたんだって」


 隊長さんがいなかったら、なくなっていたかもしれない命。

 ちゃんと考えられる頭を持っていれば、恩を感じているはずだ。


「隊長さんはやっぱり、人を守れる人です」


 私はそう言って、にっこりと笑った。

 現に今、私だって守られている。狼とやらから。

 隊長さんはきっと、これまでにたくさんの人たちの命を、暮らしを守ってきた。

 広い背中が力強くて格好いいのは、そこに背負っているものが大きいからだ。


「……買いかぶりすぎだ」

「そんなことないですよーだ」


 まだ隊長さんを知って数日だけど、隊長さんがすごい人なのは知っている。

 知るたびに、尊敬みたいな憧れみたいな気持ちが強くなっていく。

 もっともっと隊長さんのいいところを知りたいって、そう思う。

 隊長さんへの好感度はうなぎのぼりだ。


「私も何かできたらいいんですけどね。残念ながら、戦力面では役に立ちそうにないです」

「当たり前だ」


 冗談めかした私の言葉に、隊長さんは眉間にしわを寄せた。

 そりゃあ私にそんな期待なんてするほうがおかしいよね。

 チート能力だとかは、フィクションだからこそ楽しめるんだから。


「何しろ刃物なんて包丁くらいしか持ったことないですし。倒したことがあるのはハエとか、黒光りする虫とかだけです」


 ある意味ではあれも死闘だったけど。

 虫怖いよ、虫。

 あ、でもアリとダンゴムシとミミズは嫌いじゃないです。


「平和でいいな」

「私の国ではそれが普通でした」

「それは……気の毒にな」

「気の毒、ですか?」


 どういう意味だろう?

 私は自分が不幸だとは思わないし、異世界トリップしちゃったけど今のところはなんとかなってる。

 気の毒と言われるようなことはないと思うんだけど。


「争いのない国にいたのなら、この環境はきついものがあるだろう。ある意味ではここは前線だ」


 前線。そのとおりだ。

 いつ魔物と交戦することになってもおかしくない場所。

 いざというときは戦えない人は避難しなくちゃいけないくらい、危ない場所。


「たしかに血は見慣れませんね」


 白いシャツを侵食していた真っ赤な血。

 洗っても洗っても、赤く染まっていく水。

 見ていて気持ちのいい色でもなかった。

 本能が、怖いと、見たくないと告げていた。


「でも、隊長さんがいますから」


 私はそう笑顔で言った。

 少し無理はしているかもしれないけど、本心でもあった。


「もし何かあったとしても、隊長さんはきっと私のことを守ってくれますよね。だから大丈夫です」


 隊長さんは優しい。隊長さんは責任感が強い。

 だから、私のことを今さら放り出したりはしない。

 危ない目にあいそうになったら、きっと助けてくれる。

 そうわかるから、不安は少ない。

 頼りきっちゃっている自覚はあるけど、それだけ隊長さんが頼りになるってことだ。


「……そう言われては、守らないわけにはいかないな」


 ふっ、と強面が和らぐ。

 ここ数日で何度か見た、優しい微笑み。

 隊長さんがその表情をするたびに、私はなぜかすごくうれしくなってしまう。

 内面を覗かせてもらえたような、もっと近くに寄ってもいいって言われたような。

 そんな気になれるから。



 えへへ、守ってくれるそうですよ、隊長さん。

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