13:気になっていたことを聞いてみました その二

「他にもすごく素朴な疑問があるんですけど、聞いてもいいですか?」


 私は隊長さんに確認してみた。

 こうね、好奇心がうずいてしょうがないんだよね。

 キャッ、うずくなんてエロい!

 ……エロイと思う私の頭がエロいんだろうか。否定はできないね。


「かまわない。疑問はすべてなくしておけ」


 隊長さんは特に考えもせずに、そう言ってくれた。


「じゃあ、遠慮なく。隊長さんって何歳なんですか?」


 年齢は地雷って人もいるだろうけど、隊長さんは大丈夫そうな気がする。

 本当に興味本意でしかないんだけどね。

 今さら年齢を聞いて態度を改めようなんてつもりもないしね。


「二十九だ。今年三十になる」

「おおう、男盛りですね!」


 だいたい予想していた年齢とおんなじくらいだ。

 今年で三十歳ってことは、私はもう誕生日が終わっているから、ちょうど十歳差ってことかぁ。

 十歳差は大きいけど、守備範囲外ではないね。

 いやいや別に、隊長さんとどうこうなろうなんて考えていたりはしないけどね。


「二十九歳で隊長をしてるって、すごいことなんじゃないんですか?」

「たしかに多少めずらしくはあるが、年齢で決まるものでもないからな」

「ようは実力あってこそ、なんですね。すごいんですね隊長さん」


 私が褒めると、隊長さんはすっと視線をそらした。

 まるで過去を振り返っているみたいに、遠い目をする。


「ただ、必死だっただけだ」


 そうつぶやく声は、どこか覇気がなかった。

 隊長さんは、どんな思いで隊長になったんだろう。

 今までどんな思いで隊長をやってきたんだろう。

 なんだか少しだけ気になってしまった。

 恋人でもない、友だちですらない私が知っていいようなことじゃないんだろうけど。


「あ、素朴な疑問まだありました」


 ごまかすように、私は大きめな声を上げた。

 隊長さんの顔がこちらを向く。


「どうして隊長さんは隊長って呼ばれてるんですか? 師団長とか、団長とかじゃないんですか?」


 これも昨日から気になっていたことだ。

 第五師団隊長って、ちょっとおかしくない?

 自動翻訳の不具合かな、とも考えたんだけど、他に違和感を覚えた言葉はなかったから、これだけ何かあるのかもって思った。


「正式な書類では、師団長となっている。師団長を隊長と呼ぶのは、伝統的な決まりだ」

「伝統的……?」


 やっぱり師団長なんだ。

 正しい名称じゃないものが一般化しちゃう伝統って、どんなもの?


「建国された当初は、まだ軍も今ほど大きくはなく、師団というくくりが存在しなかった」


 ふむふむ。そりゃあこの国だって最初からあったわけじゃないよね。

 なんだっけ、クリストラルって言ったっけ、国の名前。

 名前を覚えるのは得意だから、間違っていないはず。


「そのころの軍の総隊長が、伝説になっていてな。その人からあやかって、俺たちは隊長と呼ばれている」


 隊長さんの説明に、わたしはふむふむとうなずいた。

 ああ、ちょっと違うかもだけど、ノーベル賞みたいなもの?

 ノーベル賞はノーベルさんから来ているんだもんね。

 そういう伝統なら納得かも。


「伝説かぁ、どんなですか?」

「たった一騎で万の兵を相手にしただとか、七日七夜魔物と闘い抜いただとか」

「ものすごくフィクションっぽい伝説ですね」


 思わず乾いた笑いが出ちゃいますよ。

 一騎当千の十倍だよ。普通に考えて無理がある。

 一昼夜ならなんとかなるかもしれないし、三日三晩ならまだぎりぎりいけても、七日はまず無理でしょう。

 さすがは伝説。人間離れしすぎているね。


「どこまで実話なのかはわからない。実在はしていたんだろうが」

「そういうものですよね、歴史って」


 後世の人間によって、好き勝手に、おもしろおかしく脚色される。

 名前が残るっていうのも考えものだね。

 まあ私なんかは名前が残るわけもないから、心配することはないんだけど。


「隊長さんはその人を目指していたりしますか?」


 時代は違っても、同じ軍人なわけだし。

 スポーツ選手が過去の有名選手に憧れたり、小説家が過去の文豪に憧れたり、よくあることだよね。


「伝説の男を目標にするほど身のほど知らずではない」

「現実的なんですね」


 まあ隊長さんらしいといえばらしいかもしれない。


「俺にできるのは目の前のことだけだ」


 目の前、ね。

 私も目の前のことだけでいっぱいいっぱいだったな。

 高校大学と好きでもない勉強にあっぷあっぷして、友だち付き合いはそれなりで。

 恋人だってほとんどその場のノリで付き合ったようなものだった。

 でもって異世界トリップしちゃって、元の世界には帰れないと来た。

 先のことなんて、なんにもわからないよね。

 それが悪いってわけでもないんだろう、と私は思っているけど。


 でも、隊長さんは本当に目の前のことだけなんだろうか。

 隊長さんは私とは違う。

 あの夜みたいに失敗しちゃうこともあるけど基本は思慮深くて、真面目で優しくて。

 もっと遠くまで、見れていると思うんだけどな。


「謙虚さも、隊長さんの長所だとは思いますけど。なんだかちょっともったいないですね」


 私が思ったままを口にすると、隊長さんはまっすぐ私を見てきた。

 どういうことだ? と視線で尋ねてくる。


「隊長さんは自分で思っているよりもすごい人なんじゃないかって、私なんかは思っちゃうわけです」


 一昨日の夜に会ったばかりの私が何言ってるんだ、って感じだろうけど。

 隊長さんが自分のことを過小評価してることくらいはわかる。

 だって隊長さんは私に優しくしてくれたし、私のことをちゃんと考えてくれた。

 隊長さんはいい人で、隊長さんはすごい人だ。


「お前は俺のことを何も知らないだろう」

「知ってますよ、身を持って!」


 あんなにベッドの上でお互いを知り合った仲じゃないですか!

 という意味を正確に読み取ったらしく、隊長さんは思いきり顔をしかめる。

 迫力満点すぎて、ここは茶化していいところじゃなかったか、ということに遅まきながら気づいた。

 コホン、と私はわざとらしく咳払いをする。


「それは冗談といたしまして。一目見ただけでも、わかるものってありますよ、きっと」


 少なくとも、隊長さんが一般人じゃないのは見ればすぐにわかると思う。

 風格があるっていうかね。雰囲気があるっていうかね。

 まだ三日目とはいえ、けっこう話もしているしね。


「……そういうものか?」

「そういうものです!」


 自信満々に、私は言いきった。

 隊長さんは微妙に納得していない顔をしていたけど、私は自分の言葉を取り消すつもりはない。



 すごい人だと思うよ、隊長さんは。

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