12:気になっていたことを聞いてみました

「キィとかヒューとかってなんなんですか?」


 お昼過ぎの隊長さんの休憩タイムに、私は気になっていたことを聞いてみた。

 朝に聞いた小隊長さんの名前にも、ミドルネームなのかよくわからないものが入っていたからだ。

 私の質問に、隊長さんはなぜか険しい顔をした。

 あれ、答えたくない質問だったりしました?


「……貴族階級だ。貴族の名には必ず入る」

「へー、お二人ともお貴族さまだったんですね。ビックリ」


 私のアホな感想に、隊長さんはさらに眉間のしわを増やす。

 な、なぜですか! どこにそんな顔をする要因がありましたか!

 隊長さんの怖い顔には慣れたからいいけど、子どもだったら泣き出しそうなくらいに迫力がある。

 理由がわからないからどうすることもできない。

 ま、いいか。この際、気になることは全部聞いてしまおう。


「ちなみにキィとヒューではどっちが上なんですか?」

「キィだ」

「ってことは隊長さんのほうが偉いんですね。隊長だから?」

「今の地位と、貴族としての階級は関係がない。下位なら別だが、階級は余程のことがないかぎり変わらない」


 ふむ、そういうものなんですね。

 階級が高いからって隊長になれるわけでもなく、逆に低いからって隊長になれないわけでもない。

 いいね、それ。実力がそのまま反映されるってことだもんね。


「余程のことって?」

「罪を犯して剥奪されるか、大業をなして位が上がるか」

「ふーん。そのへんは中世の爵位と変わらないのかな」


 公爵とか伯爵とか。

 たしかあれは領地をもらっている人のことだった気がするけど。

 領地ごとに決められているから、二つ以上の領地を治めて爵位を兼任とかもするらしいって友だちが言っていたっけ。

 今思うと、やけに詳しかったのはなんでだったんだろう。


「ちなみに、位を与えられた精霊の客人はそれなりにいたはずだ」

「マジですか。私には無理そうです」


 つまりはそれだけの大業をなしたってことだよね。

 異世界人のみなさん、信じられないくらいハイスペックすぎますね。

 平凡な大学生には真似できそうにありません。


「それでいい。貴族なんてなるものじゃない」


 険しい顔のまま、隊長さんは吐き捨てるようにそう言った。

 あれ、もしかして……。


「隊長さんは自分が貴族なのが嫌なんですか?」


 そんなふうに聞こえた。というかそんなふうにしか聞こえなかった。

 貴族、いいじゃん。左うちわとか夢じゃん。なんて私なんかはお気楽にも思っちゃうわけなんだけど。

 その分、面倒くさいこととかもあるんだろうなぁってことくらいはわかる。

 隊長さんが貴族否定派だったとしても何も不思議はない。


「貴族でいたくなかったから、軍に入ったようなものだ。軍は実力主義だからな。軍に属したからといって、貴族でなくなるわけではないが」


 そっか、怖い顔をしていたのは貴族のことを言及されたからだったんだね。

 誰だって自分の嫌いなものの話を出されたら、不機嫌にもなるよね。


「身分じゃなくて、自分の力で勝負したかったんですね」

「そういうことだ」


 マイナスの感情だって、原動力にできるならいいことだと思う。

 でも、実際に結果を残せる人って多くはないよね。

 すごいなぁ、隊長さん。


「くさくさするだけじゃなくてちゃんと行動に移すあたり、隊長さんらしいと思います」


 尊敬みたいなものがわき上がってきて、思わずニコニコ笑顔になっちゃう。

 仕事しかり、勉強しかり。

 やるべきことをやっている男の人っていうのは格好いい。

 隊長さんがイケメンなのは、顔だけじゃなくて、内側からにじみ出ているものもあるんだろう。

 仕事のできる男の人っていいよねぇ。素敵だよねぇ。

 今まで付き合ってきた人たちは、みんなそんなに年が離れていなくて学生だったから、余計にそう感じるのかも。


「褒めているのか、それは」

「褒めてますよ、もちろん!」

「……そうか」


 ふっ、と。

 隊長さんは表情を和らげた。

 眉間のしわが減って、すごく怖い顔からちょっとばかし怖い顔くらいにまで直った。

 少しの変化だけど、私の言葉で機嫌が上向いてくれたならうれしいな。


「私の国には今は身分制度とかないので、隊長さんの気持ちはわからないんですけど。いっそのこと開き直っちゃうのも手だと思いますよ」

「開き直る?」


 ただの思いつきでしかないけど、わたしはそう言ってみた。

 理解ができなかったのか、隊長さんは聞き返してくる。


「持っている手札はなんでも利用しちゃっていいんじゃないでしょうか。もちろん使い方は間違えちゃダメですけど。貴族だからこそできることっていうのも、きっとあると思うんです」


 せっかくの貴族階級。嫌だと遠ざけて、くさらせておくのはもったいない。

 自分の持っているものを自分のしたいことのために使うのは、悪いことじゃないはず。

 具体的なことは、私もわからないけどね。

 何せ現代日本には身分なんてなかったんだから。


「……妙に大人びたことを言うな」

「大人ですから、私」


 調子に乗って、ふふんっと胸を張ってみた。

 ……張れるほど胸があるのか、とか言っちゃダメですよ!

 これでもBはあるんです。Bは!


「そういうことにしておこうか」


 隊長さんは少し意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 これはもしや、信じていない?

 嘘とか強がりとかじゃなくて、本当なんだけどなぁ。

 先月成人したばかりだもんね。まだ学生だけど、大人の仲間入りを果たしているんだよ。

 まあこっちの世界では何歳で成人なのか、まだ知らないけど。



 間違いなく私は大人ですよ、大人。

 本当なんですってば!

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