03:強面の男の人に土下座をされました

 ということで、お風呂に入ってきました。

 シャワーは上に固定されていて、浴びるだけって感じだったけど、それでも充分気持ちよかった。

 やっぱりお風呂はよいよね!

 日本人は他国の人と比べてすごくお風呂好きらしいけど、わかる気がする。

 好きにならざるをえないのですよ。だって気持ちいいから。

 別に悪いことじゃないよね。むしろ清潔感があっていいことだよ。


 そうそう、うさぎのムーさんバスタオルはちょうどいい具合に洗面所にぽいってされていました。

 シーツをはがして身にまとっている時点で言えることじゃないけど、置いてあるタオルとかを使うのは悪い気がして、そのムーさんバスタオルで身体を拭いた。

 でもってまたシーツを身体に巻き巻きして、洗面所から出たわけですが。


「…………」

「わっ……お、お風呂お借りしました」


 このタイミングで男の人帰ってきちゃってたー!

 男の人は応接間につながる扉に寄りかかっていて、お風呂から出てきた私を厳しいまなざしで見ていた。

 ごめんなさい! シーツとかお風呂とか勝手に借りちゃってごめんなさい!

 謝るからそんな怖い顔で睨まないで!

 身体がっしりしてるし目つきは悪いしイケメンだしで迫力満点なんだよ!


「用はすんだだろう。帰れ」

「へ、どうやって?」


 男の人の冷たい言葉に、私は首をかしげる。

 もしかしてこの人、帰り方知ってる?

 いやいや、そもそもこの人はこっちの事情を何も知らないはずだ。


「どうやっても何もない。来たときと同じようにここから去れ」


 来たときと同じように……と言われましても。

 どうやってここに来たのか、私のほうが聞きたいくらいなんですけど。

 あれか、やっぱりこれは説明しないとダメなのか。

 まあそうですよね。何も言わずに事情をわかってもらえるはずありませんよね。


「そもそもここはどこですか?」

「……は?」


 私の問いかけに、今度は男の人のほうが間抜けな声を出す。

 あ、そのちょっとビックリしたような顔、険しさが抜けて格好いい。

 イケメンはどんな顔でもイケメンなんだね。ケッ。


「日本国内だったら助かるんですが。できれば県内だとなおうれしいなー」


 無理だろうなーと思いつつ、私はそう口にする。

 たぶんね、異世界トリップ説が有力だから。


「……この国はクリストラル、この領地はジェイロだ。ニホンと呼ばれるような場所は聞いたこともないが」

「あー、薄々そんな感じはしてました」


 うん、もう百パーセント確定っぽい。

 残念無念また来週。

 おもしろそうとは思ったけど、それが現実になるとね、こう、色々と複雑なわけですよ。

 とりあえず思うことは、文化レベルが違いすぎなければいいな、ということ。

 お風呂はちゃんとしていたし、たぶん大丈夫だと思いたい。


「お前、どこから来た?」


 男の人は怖い顔を少しだけゆるめて、というか何かを考えているような顔になって、私にそう聞いた。

 ようやく私の話を聞いてくれる気になったようだ。


「それが私にもよくわからないんですが、もしかして異世界トリップ? みたいなー」

「異世界……? 異世界から来たのか、お前は」

「この状況下だと、タイムスリップか異世界トリップか、くらいしか選択肢ないかなーと。国の名前に聞き覚えがないから、異世界かも、なんて」


 私がそう言うと、男の人はあごに手をやって考え込んでしまった。

 そういえば異世界トリップって言って通じるの? それとも今のは異世界って言葉だけに反応したの?

 どんなふうに翻訳されたんだろう。

 まあ、意味が通じたんなら別にどうでもいいか。


「魔法があったりすれば確実なんですけどね」

「これか?」


 思いつきでそう言ってみると、男の人はいきなり手のひらの上に炎を出した。

 ボーボー燃えてます……。


「うわぁ~! す、すごいっ!」


 魔法だよ、魔法!

 種も仕掛けもありませんな正真正銘の魔法だ!

 思わず男の人に駆け寄って、その炎に顔を近づける。

 おお~、熱もちゃんと伝わってくる。

 あんまり近づきすぎると前髪が焦げちゃうかな。


 男の人もそれを心配したのか、すぐに炎を消してしまった。

 あ~、もったいない。また見せてくれないかな。

 魔法って心躍るよね。魔法というか、ファンタジーっぽいものは大好物。

 異世界ファンタジーもの、好きなんだよね、私。

 基本的には恋愛が絡んでいるものしか読まないけど。


「もしや……」


 男の人のつぶやき声に、私は顔を上げる。

 炎を見るために近づいたから、今は目の前にいる。

 目の前……というよりも、目の上といいますか。

 今まで気づかなかったけど、背ぇでっか!

 私、平均身長よりも高くて、百六十センチ以上あるのが密かな自慢だったのに、見上げると首が痛くなるくらいの身長差とかどんだけ!


「俺に抱かれるためにここにいたわけじゃないのか?」


 眉間にふかーいしわを刻んだお顔で、男の人はそう尋ねてきた。

 怖い顔だけど、怖がらせるつもりはないんだろうな、きっと。

 眉間のしわはデフォルトで、今はきっと戸惑っているんだと思う。


「異世界トリップには理由というか使命がつきものだったりしますが、それが誰かに抱かれるため、っていうのはあんまり聞きませんね」


 うん、たぶんだけど。

 どうだろう、大人向けの話ならそういう設定のもあったのかもしれない。

 R指定ものにはあんまり食指が動かなかったからなぁ。

 そういう描写が嫌いってわけじゃないけど、そればっかりだとおもしろくない、というか。

 恋愛ものはやっぱりくっつくまでのあのじれじれ甘々な展開がいいわけでして。

 もちろんくっついてからの砂吐き展開も捨てがたいんだけどもね。

 っとと、今は私の嗜好を語っている場合ではなかったね。


「いや、そういう意味ではなく。つまり……お前の意志はそこになかったのか、ということだ」

「なかったんじゃないでしょうか? 気づいたらここにいましたし」


 抱かれるのに、意志?

 つまりこの男の人は、私が自分に抱かれたくてここにいたんだと、そう思っていたってこと?

 いや~、ないわ。

 さすがの私でも初対面の人に抱いてもらいたいとかまではならないな。

 ああでも、そっか、初対面だとかそういうのも男の人は知らなかったわけなんだよね。

 どこかで男の人を見初めて、それで夜這いに来たもんだと思ったのか。

 昨日の「そういうことか」って、つまりそういうことなんだね。やっとこさ理解しました。


「……悪かった」


 男の人はそう言って、いきなりその場に土下座した。

 図体がでかいから、迫力抜群だ。



 わぁ、世界が違っても土下座はあるんだ。すごいなぁ。……じゃなくて!

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