04:ここで暮らすことが決まりました

「いやいやいや、別に気にしてませんから! あなた美形だし、なんかすごく気持ちよくしてもらっちゃったし、初めてでもなかったですし私! そりゃ自分のベッドに半裸の女がいたら勘違いして当然かも、みたいな!」


 私はあわてて男の人の前にしゃがみこんで言い募った。

 うん、すんごく気持ちよかったんだよ、本当に。

 むしろごちそうさまでした、みたいな。

 あのときの私は半裸っていうかバスタオル一枚の即OKとばかりの格好だったし。

 何も考えずにかっこいいとか言っちゃった気がするし。

 あのときは気づかなかったけど、誘惑されてるって思われても仕方なかったんじゃないかな。


「そこは気にするところだと思うんだがな……」


 男の人はそう言いながらも、身体を起こしてくれた。

 土下座されたのって初めてだけど、これって相手が許すしかない謝り方だったんだね。

 罪悪感を刺激されるどころじゃない。度肝を抜かれて、もういいですから~! ってなる。

 すぐにやめてくれてよかった。


「あ、でも子どもができちゃってたりしたらさすがに困るかもなー。避妊、しました?」


 まだ大学生だし、子どもを産み育てることなんて考えたこともない。

 避妊具装着したかとか、それくらいちゃんと確認しとけって話かもしれませんが。

 最中はとにかくでろんでろんに溶かされてたので、無理でした。

 いやぁ、恐ろしいね。何がって、目の前の男の人のテクニックがね。


「当然だろう。そんな気軽に種をまけるか」


 機嫌を損ねちゃったのか、ちょっと口汚くなった。

 男気あふれるイケメンだから、そういう粗野な言いようも似合うなぁ。

 どうしてだろう、怖い顔は変わらないのに、今じゃまったく怖く感じない。

 土下座なんてされたから、色々と振りきれちゃったのかもしれない。


「精霊の客人は国に届け出る決まりだ。俺が知らせておく。いいな?」

「いいなも何も、なんにもわからないんですが」


 精霊の客人って何? 異世界トリップしてきた人をここではそう呼ぶのかな?

 ということは、精霊がいるんだよね!

 またまた来ましたファンタジーのお約束!

 いいなぁこの世界!


「国に届け出れば、後見人をつけてもらえる。後見人の元で学ぶもよし、働くもよし。まずは一般常識をつけるところからだがな」

「なんて異世界トリップヒロインに優しい世界……! 感動です!」


 異世界トリップがめずらしくなくて、受け入れ体制が整っているなんて素敵な世界だ!

 よかった、不審者として捕まっちゃったり、逆に巫女だとか勇者だとか崇め奉られなくって。


「が、国から沙汰が下りるまでに時間がかかるかもしれない。半月か、一月か。その間は……どうしたい?」


 男の人はダークブルーの瞳を私に向ける。

 どうしたいって聞かれましても……。


「なんにもわからない私にそれを聞きますか! どんな選択肢があるのかすらわかりません!」


 すがるように男の人を見上げる。

 男の人はため息を一つついてから、私の目の前に指を立てた。


「一つ、ここで過ごす。二つ、この近くの町で過ごす。三つ、王都まで行ってそこで過ごす」


 男の人はわかりやすく選択肢を与えてくれた。

 ふむふむ、その三択かぁ。

 それぞれの利点と欠点は私にはよくわからないけど、そこまで教えてもらうのはさすがに悪いかな。


「ちなみに近くの町と王都までの移動時間は?」

「近くの町は馬で飛ばせば数十分で行ける。王都までは単騎で駆けても五日はかかる」


 数十分に、五日かぁ。

 悩んでいた私は、ふと気づく。

 ……馬で、って言いましたよねこの人。


「あの……私、馬に乗れません」


 乗せてもらうにしても、初めて乗るのにいったい何分耐えられるだろう。

 馬の上ってけっこう上下運動が激しくて、お尻が痛くなるって何かで見た記憶がある。

 飛ばして数十分ってことは、乗せてもらって私のペースに合わせてもらうってことになれば、一時間以上はかかりそうだ。

 がんばれば我慢できそうだけど、一人で馬にも乗れない私を町まで連れて行ってもらうのはなんだか申し訳ない。


「……徒歩だと、町はまだしも王都は無理があるな」

「ですよね」

「そもそもここは危険地帯だ。護衛が必要になる」


 危険地帯? それは初めて聞いた。

 降ってわいた私のことなんかで忙しい人たちの手をわずらわせることなんてできない。

 それなら、まだここにいたほうが、雑用とかできたりするんじゃないかなぁ。

 実質、選択肢一つしかなくない?


「おとなしくここで過ごさせてもらいます。お世話になってもいいですか?」

「かまわない、が……」


 一つ目の選択肢を選んだ私に、男の人は何やら言いよどむ。

 え、実は選んじゃいけない選択肢だった?

 もしかして部外者お断り、だとか。

 でも、一つ目に挙げたのは彼のほうなのに。

 普通は一番最初に挙げた選択肢が一番手軽なものだって思うよね。


「この砦には現在女に飢えた狼しかいない。おそわれたくなければこの部屋からは絶対に出るな」


 怖い顔で、男の人は私に念押しする。

 迫力に負けてこくこくとうなずくと、少しだけ表情を和らげてくれた。

 ああ、わかった。たぶん、この顔は心配している顔なんだ。


「……俺に言えた義理ではないが」


 男の人は言いながら苦々しい顔をする。

 まあそうですよね。昨日のことを思えばね。

 誤解して、ぺろりといただいちゃった張本人ですもんね。


「女の人がいなくて、よく男くさくなりませんね。お兄さんって実はけっこう几帳面な性格?」


 ここはスルーしてあげよう、と思って、狼しかいないという言葉に私は反応した。

 女の人がいるならそんな言い方はしないよね。現在、ってふうに限定したし。

 この寝室もさっき見た応接室もきれいに片づけられていた。

 てっきり侍女さんとかが掃除をしているんだと思ってたんだけど。

 あ、男の使用人がいる可能性だってあるのか。

 いやでも、男の人だけだと行き届かないとことかもあったりするよ、たぶん。


「女手がなくなったのは一週間前だ。魔物が近くまで来たため、念のために戦えない者は避難をさせた。もう一週間もすれば戻ってくるはずだ」

「一週間もあれば、大ざっぱな男性なら汚部屋を作り出せます。お兄さんはきれい好きなんですね」


 戦えない者、ということは男の使用人がいたとしても避難しちゃっているというわけで。

 だとすれば部屋を片づけてるのは普通に考えれば本人ってことだよね。

 うんうん、きれい好きというのはポイントが高い。

 一人暮らししている新社会人のお兄ちゃんなんて、ちょっと前に家に行ったらコンビニ弁当のゴミが散らばってたからね。


「あれ? 女の人がいないのに、どうして私がいたことを不思議に思わなかったんですか?」


 ふと矛盾に気づいて、私は首をかしげる。

 夜這いをかけられたと思ったから、ああいうことになっちゃったんだよね?

 そもそも女の人がいなかったんなら、おかしいなって思ったりしない?


「上級魔法が使えれば人を転移させられる。戦闘で気が高ぶったときを狙って送り込まれたものだと思っていた」

「へ~、魔法って便利なんですね」


 テレポートってやつかな、それ。

 上級魔法とかなんか格好いい。

 中級とか下級とかもあったりするってことだよね。

 暇なときにでも魔法について詳しく教えてくれたりしないかなぁ。

 ファンタジーなものは大歓迎です。


 ……ん?

 戦闘で気が高ぶったとき、とおっしゃりました?


「って、お兄さん昨日戦ってたんですか? 何と?」

「魔物だ。魔物が近隣の町に行かないようにと、ここに砦がある」

「ほへー、魔物なんてのがいるんですねぇ」


 ここ、砦だったんだ。初めて知りました。

 危険地帯って、そういう意味か。

 つまりこの人は、魔物と戦うためにここにいるってことだよね。

 剣で戦うのか魔法で戦うのか、そのどちらもなのか。

 現代日本では戦闘なんて非現実的すぎて、想像することもできないけど。

 昨日見た男の人の引きしまった身体は、戦うためのものなんだ。



 この世界が本当に異世界なんだって、ようやく実感した。

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