第25話 大将軍八神社の戦い

 ≪ゾンビマスター≫レイ・アルバトロス。

 その少女はそう名乗った。

 新宿で出会った≪ゲームマスター≫レイ・ストライカーの仲間なんでしょうけど、あっちはゴスロリ趣味だったし、『異世界侵攻軍』のメンバーにまともなファッションセンスの人はいないみたいである。


 全身黒革の拘束具で、両手は五本の革紐で後ろ手に自ら縛っている。 

 黒革のロングスカート、顔も黒革の仮面で覆われていて赤い唇だけが覗いている。

 いわゆる変態なんだろうけど、あまり会いたくない相手なのは確かだ。


 そこは京都の北西を守護する大将軍八神社である。

 雛御前のアドバイスで晴明神社に辿り着けなかったら、そこに逃げ込めと言われていたのだ。


「結局、『異世界侵攻軍』って、変態の集まりという理解でいいのかしら?」


 神楽舞は不穏な発言をする。

 スサノオの愛用の霊刀≪八重垣の剣≫を構え、式神は百襲媛モモソヒメを召喚している。

 百襲媛モモソヒメは淡い桜色の天の羽衣に、首から胸に領巾ひれを垂らしている。

 天の羽衣は呪力を蓄積し、領巾ひれは呪術を発動するアイテムのひとつである。


「そうだと思うけど、雛御前と玲奈ちゃん大丈夫かなあ」


 飛騨亜礼は霊刀銃≪種子島≫を連射モードに切り替えた。

 式神は吉備の鬼神、温羅ウラを召喚し前衛に。自らは後陣に下がり援護射撃体勢に。

 温羅ウラは黒い鉄兜と仮面、くさび帷子かたびらを身にまとい、背中に金棒を背負っている。

 

「あっちはどちらも専門家よ。初心者は自分の心配をしなさい」

  

 風守カオルは使い魔の悪童丸を前衛として、自らも背中の闇凪やみなぎの剣を抜きさった。

 

「カオル先輩、天鴉アマガラスに入ると、こういう奴らと戦わないといけないんですか? 私も飛騨君も事務系職員だったはずでは?」


 神楽舞が素朴な疑問を投げかけた。


「そうよ。通常の警察機構で対抗できない異世界からの侵攻者の殲滅が主な任務になるわ。『異世界侵攻軍』にとっては事務だろうが、戦闘員だろうと関係ないのよ」


 十四歳の美少女(カオル主観)を先輩扱いする二十八歳の大人に少しキレ気味になるカオルであった。

 すっかり先輩風を吹かしていた。 


「では、ここはカオルさんと悪童丸に任せて、私たちは高みの見物でいいかしら?」


 百襲媛モモソヒメが妙なことを言いだす。


「了解です。ここは私と悪童丸にお任せを」


 風守カオルもにっこり笑って百襲媛モモソヒメの意図を察した。


 神楽舞は百襲媛モモソヒメの指示に従って、霊刀≪八重垣の剣≫を地面に突き刺した。

 すると、霊剣を中心に薄緑色の光を放つ八重の結界陣が展開した。


 百襲媛モモソヒメによれば、スサノオが開発した≪八重封神結界陣≫と呼ばれる絶対防御陣で、元々は悪神を封神する強力な結界だそうである。案外、スサノオ自身が閉じ込められた苦い経験があるのかもしれなかった。


 ということで、結界内にゴザを敷いて、おにぎりやおかずを広げはじめる百襲媛モモソヒメである。

 温羅ウラも鉄兜と仮面は脱がないが、胡坐あぐらをかいて百襲媛モモソヒメが立てた緑茶をすすりはじめる。

 すっかり、息子の悪童丸の運動会を見物するようなくつろぎムードである。


「飛騨君はちゃんと援護射撃してね」


 と百襲媛モモソヒメが付け加えるのは忘れなかった。


「了解です。この≪種子島≫に慣れるようにします」

 

 飛騨亜礼は片膝をついて、霊刀銃≪種子島≫を超距離射撃モードに切り替えて狙いをつける。

 

「こんな楽勝ムードで大丈夫なんでしょうか?」


 神楽舞がちょっと不安になって尋ねた。


「どうかしらね。ただ、悪童丸もそろそろ独り立ちの時期だし、あまり甘やかさない方がいいでしょうね」


 母親の教育かい!まだ童子じゃん!と神楽舞は突っ込みたくなったが、さすがに、大和朝廷の歴代最強の巫女に意見ができなかった。

 倭迹迹日百襲姫命やまとととひももそひめのみことは第七代孝霊天皇の皇女で、三輪山の神「大物主」との神婚したとか、箸でほとを突いて死んだとか、卑弥呼その人だとか、わらべ歌を聞いて反乱を予知して未然に防いだとか、箸墓古墳の被葬者とも言われている。

 本人曰く、どれも的外れで「反乱は防いだかもしれないけど、箸墓古墳は私の墓といえば墓ではあるけど……」などと微妙なニュアンスで答えていた。


「そうだなあ。牛頭天王さんに全く歯が立たなかったみたいだし、難しい所よのう」


 神楽舞は父親に対しても、その鉄の仮面は外してよ!と言いたかったが、吉備の国の統治者で鬼として吉備津彦に退治されて「丑寅うしとらみさき」と呼ばれ、平安時代には菅原道真や平将門同様の怨霊神として怖れられたいた本人に逆らえるはずもなかった。


 平安時代末の歌謡集である『梁塵秘抄』で彼の祀られてる吉備津神社について「一品いっぽん聖霊しょうりょう吉備津宮、新宮、本宮、内の宮、隼人崎、北や南の神客人、丑寅みさきは恐ろしや」と歌われているくらいだ。

 一品いっぽんと言えば、本来は皇族について授けられるものだが、格としてはほぼ最高位で、そこまで社格が上がる理由はそれだけ怨霊が凄まじかったということを意味する。古代日本の祭祀では怨霊を祀り上げて神とすることで怨霊神から守護神に変えていたのだ。


 吉備津神社では内陣に孝霊天皇や吉備津彦が祀られていて、外陣の丑寅の方向に温羅ウラが祀られているために、皇族である吉備津彦に一品いっぽんを贈ってパワーを上げて、怨霊神である温羅ウラを抑え込もうとしたのだろうと思われる。

 古事記、吉備津神社の温羅ウラ伝承によると、吉備の温羅ウラ討伐の「鬼ノ城の戦い」は熾烈を極め、後にこの戦いの記憶が「桃太郎の鬼退治」の話になったと言われている。

 

 神社巡り好きの神楽舞は吉備津神社のムック(実在してます)でそんなエピソードを知ってたりするのだが、結構、爽やかな感じのおじさんで、面食いの百襲媛モモソヒメ様が惚れるぐらいだから、仮面の下は案外、イケメンかもしれない。


 しかし、そうなると、敵同士だったはずの百襲媛モモソヒメ様と温羅ウラに悪童丸という隠し子がいたことになる。


 え?なるほど、百襲媛モモソヒメ様は讃岐さぬき(香川県)の田村神社に祀られていて、そこで溜め池作ったり、農業開発をしていた時期があって、鬼ノ城の戦いの前に「イケナイ出会い」があったと思われる。そんなことを妄想しながら、お茶菓子を摘まんでにやりとする神楽舞であった。



「飛騨君、≪種子島≫はどんな感じかしら? その霊刀銃は牛頭天王ごずてんのうというか、中国から渡ってきた蚩尤しゆうという兵主神ひょうずのかみが開発したものよ。ネーミングとコンセプトは信長公よ」


 百襲媛モモソヒメ様はさらりと言ったけど、蚩尤しゆうって、中国の古代神話の涿鹿たくろくの戦いで黄帝に敗れた牛頭の怨霊神じゃない。蚩尤は兵主神ひょうずのかみと呼ばれるだけあって、兵器開発のスペシャリストで戦も強かったらしい。信長公は本能寺で非業の死を遂げたあの方である。

 

 兵庫県丹波市や大阪などに兵主神社ひょうずじんじゃというものもあるが、祭神は大己貴大神おほなむちのおほかみ少名彦大神すくなひこのおおかみであり、同じ武神、兵器の神様だが、特に関係はないと思われる。


「信長公かあ。それは光栄ですね。大事に使います」


 いや、蚩尤しゆうさんは無視かい!飛騨君。

 飛騨は精密射撃で、≪ゾンビマスター≫レイ・アルバトロスの召喚したゾンビを次々と駆逐していく。

 風守カオルと悪童丸は闇凪の剣と金棒でゾンビを薙ぎ払いながら≪ゾンビマスター≫に肉薄しつつあった。


「なかなかの射撃精度ですね。しかし、サブマシンガンとスナイパーライフルの形態変化はどうやって実現してるのか、謎ですね」


 ゾンビがあらかた片付いたかと思ったら、≪ゾンビマスター≫は先端に星形の宝石がはめ込まれた召喚丈を振るって、さらなるゾンビを召喚した。


 光の筋が北側からやってきてカオルの前に魔方陣が現れる。

 魔法波動からして今回は結構、大物らしい。


「あらら、方向が悪いわ。あっちは北野天満宮じゃない」


 百襲媛モモソヒメ様が珍しく困ったような表情になった。


「雷公かあ。ちょっとまずいのう」


 温羅ウラも仮面で表情が見えないが口元は厳しい。

 

 魔方陣に立烏帽子たてえぼし狩衣かりぎぬで腰に太刀を佩いた平安貴族のような人物が現れた。


温羅ウラ殿、ひさしぶりじゃのう。一手、手合せ願おうか」


 かつては雷公と呼ばれて日本三大怨霊のひとりであり、今では学問の神様と言われている菅原道真公であった。

  

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常世封じ道術士 風守カオル 坂崎文明 @s_f

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