せめてごめんなさいを言わせて

凸凹 でこ

謝るには遅すぎるわけで

ガラス瓶の中の液体が綺麗だ。傾けるとゆっくりゆっくり重力に従う。私はそれを空に向けてみる。綺麗だ。


私はおもむろにガラスの蓋を開ける。無駄に細工がしてある。誤って開けてしまうことがないように、ではない。それはこの中身を綺麗に魅せるため。


無駄なことを。でもその無駄が今は嬉しい。


私は笑う。あぁ、まだ私は笑えたんだ。


もう一度空を見る。それは見たことがないくらいに、綺麗だ。あぁ綺麗だ。


私が物凄く汚らわしい物に見えるくらいに。ううん、とうに汚らわしいか。


私はガラスの中身をゆっくりと飲み干す。


甘い。


美味しいくらいに甘い。

ふと思い出す。

そういえば私は、甘いものが好きだったっけ。

甘美な香りがする。

喉を通る時にそれは強くなる。

喉越しもいい。これはいいや。


ふっと体の力が抜けて私は倒れた。

背中が地面とぶつかった衝撃があると思ったが、いつまでたってもそれは来ない。

どうやらそんな感覚すらもうないらしい。


空が見える。綺麗な空。美しい空。

あぁ、綺麗。綺麗。


この瓶をくれた老婆に感謝だ。

こんなに綺麗なものを最後に見れるのだから。

何にも守れなかった私だけど、どうやらこの空だけは守れるみたいだから。


もう目を開けるのも億劫だ。でも最後にもう少しだけ。


どうか。謝ったってどうしようもないのだけど。


せめてごめんなさいを言わせて。




私が生まれたのは辺境の貴族の家。

とうの昔に落ちぶれてのどかな街を守っていた。

羊と畑を探す必要はなかった。

そこらじゅうにいたから。

私は家の裏の林が好きだった。

春に木苺が採れたから。

あと街の中央にある丘。

羊と一緒に日向ぼっこすると暖かかったから。

私は家が好きだった。

帰るとお母様が抱きしめてくれるから。


そんなのどかなところだった。


私には魔法の才があった。

魔法。それは願いを叶える奇跡。

私はそんな人の身に余る力を持って生まれた。


私はその力を枯れそうな花を元気づけたり、街に迷い込んだ小鹿を森に返すために使った。後はお手伝いに失敗してこげてしまったシチューをお母様にバレないようにこっそり元通りにするためだとか。


私はその力をそんなものだと思っていたし、両親や街の人もそのくらいの小さなものだと微笑ましく見守ってくれていた。


北の戦争とは無関係なこの街。住人はほのぼのとしていた。


だけど、お国の人たちはそうは思わなかった。

私の力を凄いと言い、ぜひ国のために使って欲しいと言った。


私は全然理解出来ていなかった。

おそらく両親も。


両親は私に好きなようにすればいいと言った。

私を誘いに来た絵本の中の王子様のような立派な無駄にピカピカな服を来た人は私に優しく言った。


「君の力が必要なんだ」


その人はとっても立派な大人の人に見えた。私はまだ幼くて、何をするにも大人の人の助けが必要で。それなのに何でも一人でやりたがるお年頃で。そんな私を必要としてくれる大人。


ついて行きたい。役に立ちたい。

大人の人に認めてもらいたい。

偉いね、立派だねって、頭をなでて欲しい。


そんな単純で幼稚な考え。


当時5歳。

自分で決断するには幼すぎて、最悪を考えられないくらいには幸せすぎた。


お城は大きかった。

小さな私には大きすぎて、偉大すぎた。

与えられたお城の一室は高い高い塔の一番上。

幼い私には広くて、立派で高すぎた。

小さな私を飲み込むには十分だった。


私はそこでいろいろと教わった。

この戦争は正しいのだと。戦争を正当化する理由を。

正解すると木苺のパイより甘いお菓子が貰える。


私がいい子にしていると街にもいろいろいいものが送られるらしい。

だから私は彼らの言う通りイイコにしていた。


彼らの言ったことを鵜呑みにした。

私は敵国がうんと悪いやつに思えた。


そして私は戦場に連れ出された。

6歳の時だった。

私は前線からはほど遠い、高い櫓の上に立たされた。

そしてお勉強の実践だって言われた。

その実践はとっても単純で簡単なものだった。

遠くに見える人を魔法で吹き飛ばす、たったそれだけ。吹き飛ばせば真っ赤な赤い印がついて動かなくなる。そうならば成功。ならなかったら失敗。


上手く的に当てられると褒めてもらえる。いっぱい当てるともっともっと褒めてもらえる。


それはとても良く出来た。

戦場に立った御褒美はお勉強で貰っていたお菓子よりも甘いケーキ。


私は何度もそのケーキをもらった。

何度も何度も貰った。

あんなちっぽけな奴らを倒すだけでいい。それはとっても簡単なことだった。


ある日いつも通りに櫓にたった日のこと。

隣にたっていた付き添いの男が殺それた。血が出た。赤いそれはベッタリと私のお気に入りの服についた。顔にもついた。すぐに事切れた。顔は亡くなっていた。遠く後に転がっていたのを後で見つけた。


私はそれをなんとなく見ていた。

その赤に見覚えがあった。

赤い赤いそれは私がケーキを貰うためにする仕事をした後によく見える赤にそっくりだった。


私は昔林の蔦のトゲで指先を切ったことを思い出した。痛くて痛くてお母さんお母さんと私は助けを求めた。母は私を抱きしめてくれた。


不意に敵が見方が人に見えた。

自分や街の人や両親と同じ存在に見えた。

急に見方や敵の表情が見たくなった。

急に怖くなったんだ。

物凄く怖い顔をして私を滅茶苦茶にする気がして。


怯える私は国の偉い人に保護されて自分の部屋に帰ってきた。

帰ると私は刺を探した。そんなもの無かった。そこには私が寝るための綺麗なベットと勉強するための机と椅子と窓とドアしかなった。

だから私は窓にはまったガラスを椅子で割った。飛び散ったガラスは不自然に私に向かってきた。光を反射するそれらは綺麗だと思った。その綺麗なガラス片達は私の柔らかな肌を傷つけた。あの赤色が私から流れた。


私はそんな当たり前のことにただショックを受けて呆然とした。

今まで気にもとめなかった戦場の景色が急に思い出された。


私は多分ここで初めて自分のしでかしたことに気がついた。


それが7歳のこと。


怖くなって私は戦場に立てなくなった。

ケーキが貰えなくなった。

ケーキもお菓子も美味しくなくなった。

豪華なご飯も何も。


ケーキもお菓子ももらえない代わりに私はよく打たれた。するとよく肌が赤くなった。あの赤色。

私は自ら打たれるようになった。

そうすれば同じになれると思ったから。


ぶってもバツにならないことに気がついたのだろう。

私は汚いところに閉じ込められた。


それでも私は仕事をしなかった。

ついに諦めたのか連れていかれることもそのうちなくなった。

檻にいれられた。

ご飯ももらえずお風呂も入っていない。

たまに細い何かを体に入れられて私の体の中の赤を取られた。いっぱい取られたのに私は死ななかった。ただだるくなるだけ。

朦朧とした意識の中で私は自分のしたことはなにか教えてくれと願った。

魔法はそれに答えてくれた。


見えたのは最後に仕事をした、あの大人が倒れた場所だった。綺麗に半円だけ草が生えていない。

私は気がついた。

その半円こそ私が爆発を起こしたところだと。

次に爆発の瞬間を見た。

光に目をつぶると次には赤い海。

一瞬だった。分かっていた以上に一瞬だった。

次に見たのは泣き叫ぶ人々だった。

親しい人を殺された、人々。

殺したのは、一体誰?


私は魔法に願った。

元通りにして、と。

私がしてしまったことをなかったことにしてって。


でも、魔法は残酷だった。

それは無理だという。

出来ないのだと、告げられた。

元に戻すということだけはできないのだと。

無くなってしまったものを元に戻すことは私にはできないらしい。


私は自分が怖くなった。怖くなって魔法に私を殺してくれと願った。瞬間全身がかっと熱くなった。全身に痛みが駆け抜ける。痛い。痛い、痛い!!


でもそれは一瞬だった。

どこも痛くなくなったし、床は赤く染まっていたけれど、私の体からはどこからも出ていなかった。

私は願ってしまったのだ、『止めて』と。

そんなこという資格もないくせに。


看守が血だらけの檻を見て驚いていた。その顔を私はただただ見ていた。

あぁ私は彼らと同じになることさえも出来ないのだと。彼らと同じになることで償うことさえも出来ないのだと。そんなことが頭を駆け巡っていっぱいに満たした。


その晩夢に両親が出てきた。

私は街に帰りたくなった。

あのあぜ道を駆け上がって母に抱きつきたいと思った。


『どうか家に私の家に帰らせて下さい』と。


結論から言うと願いは叶った。私の望んだ結果にはならなかったけど。

そこはもう街ではなかった。

あんなにいた羊もあんなにあった畑もそこにはなかった。


「なんで?」


私の疑問に魔法は答える。

曰く、


『私の帰る場所がなくなるように』


そっか。

それしか感想が出ていなかった。

しばらく私はそこで元自分の家があった場所を見つめていた。


私は唯一残った林に足を踏み入れた。

林が小さい気がするのは私が大きくなったからか、それとも。


木苺を見つけた。それはひどく小さい。

私が望んでいた幸福はこんなに小さなものだったのだと思った。

私はひとつだけ木苺を口に入れる。

それはひどくすっぱかった。


気がつくと城に帰ってきていた。

どうやらここにしか私は帰る場所がないらしい。


また檻にいれられた。

血を抜き取られる量が多くなった。

それは私への罰だと思った。

ぶたれてもどれだけ血を抜かれても私は大人しくしていた。

それらはそう、すべて私への罰。


ある日、知った顔を見かけた。

私の先生だった人だ。

彼は相手がいかに悪く、こちらがいかに偉いのかを自信を持って教える人だった。


彼は女の子を連れていた。4歳ぐらいの女の子。それを二三人。皆おとなしく彼の後ろを歩いていく。私はその子達の目が異質なのに気がついた。どこも見ていないのだ。通ったところもこれから行く先も、彼女達にはまるで関係がないかのように。


「ねぇこの子達は何者?」


気がついたら先生に声をかけていた。久しぶりに出す声は上手くはいかなかったけれど。先生はにんまりと笑う。それは私が彼の臨む答えを出したとこみたいと同じ顔。


「役立たずのお前の代わりに役に立つ物さ」


彼はにんまりと笑うままだ。

空に私は悪寒がして、さらに声をだす。


「どういうこと」


「お前の代わりにお前の力であやつらを殺してくれるのさ。」


彼は機嫌が大層良いようで勝手にいろいろと喋ってくれた。彼女達は敵国から連れ去られた捕虜であること。私の血を彼女達に輸血し、私の力の一部を使えるようにしてあること。私の力を使って敵を見つけしだい、自分自身を爆発させることで相手を巻き込んで殺せるようにしてあること。


あぁ、なんてことを!!

私は間違っていたのだ。

自分への罰だと思っていたことがさらに人を苦しめているなんて!!

私がまだほかにも人を傷つけていたなんて!!


彼は最後に囁くようにいう。


「彼女達によって空さえも赤く染まるだろうな」


私は街で羊達と日向ぼっこをしながら見たあの空を思い出した。

あれが赤に染まる?

私のせいで?


ああ、なんていう事なの!!

私は罰が欲しかっただけなのに!

そして、許して欲しかっただけなのに。

それさえも人を傷つけることにしかならない。


あの女の子達は被害者だ。私の被害者だ。私がこうやってされるがままだからこんな結果になったんだ。


せめて、あの子達だけは助けないと。

私は家族の事を思い出す。

私の愛しい家族。大切な家族。私を大切にしてくれる家族。私をギュと抱きしめて温めてくれる人達。


せめてあの子達は家族の元に返してあげたい。


そう願った。


すると魔法がかかる。

ドン、という音と逃げ惑う人の声。崩れる機械。

魔法は告げる。


『その願いなら叶えてあげよう』


その声で私は理解した。

魔法が彼女達を家族の元に連れて言ってくれるのだと。

私は何だか急に力が抜けてしまった。

何だかひどく寒い。


それでも私はとても満足していた。

やっと償えるようなそんな気がして。


私はかつて戦場だったところへと飛んだ。あの付き添いの男が死んだところだ。


草は相変わらず生えていなかった。

私はそこにずっと立っていた。

日が沈んでも日が登っても雨が降っても、風が暴れても。一歩も動かずに立っていた。


ずっとずっと立っていた。

今まで私が殺してきた人にはどうやって償えるのか、考えながら。


そうやってつったっているうちに老婆が現れた。

その老婆らは酷く腰が曲がっているのに、目は爛々と復讐に燃えている。


彼女は私に声をかけてきた。


「やぁ、アンタさんも愛しの人を亡くしたのかい?」


あぁ彼女も私の罪の犠牲者だ。

謝ろうとしたのに声が出ない。

喉元で空気が動くだけ。

まるで金縛りあったかのように体が動かない。


「私も息子を亡くしてね。もうだーれもいないのさ。」

「だからもういっそ息子についてってやろうと思ってねぇ。毒を持ってたんだよ。」


彼女は独りでにぽつりぽつりと喋り出す。私はいつ私に怒りを向けてくるのかとその話を聞いていた。不意に老婆が顔をこちらに向ける。


「お前さんもいるかい?」


そう言って彼女が差し出したのはガラス瓶。綺麗に細工がしてあり、その中は禍々しい色をしていた。


「また、向こうで愛しい人に会えるといいねぇ」


老婆は最後にそう言うと立ち去った。

多分今の戦場になっているところに向かったのだろう。


私は瓶を持ってみた。

軽い。

毒を飲んだら人は死ぬハズ。


死は終わりで私が殺してしまった人達の末路。

私が死ぬことは彼らにとって償いとなるだろうか。

同じ境遇になれば、許されるだろうか?



もう、空の色さえ見えない。

老婆は愛の人に会えるといいと言った。

会えるだろうか?会う資格が私にあるのだろうか。


遠くから声が聞こえる。

あれは母の声だ。羊の鳴き声だ。畑の土の匂いがする。

いつの間にか私は小さくなっていた。あの街に住んでいた頃に戻っている。


あぁ、母が私を呼んでいる。

いつの日にかやりたかったように思いっきり母に抱きつために私は走り出した。

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