23 正直な気持ち


「桜様。どうされましたか、急に頭を抱えられて」


 テーブルに傾けていた頭を桜はのっそりと上げる。


「お顔が少し赤くなってます。大丈夫ですか」


 向かいに座る詩織が気遣わしげに桜の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫。ほんと、なんでもないから」


 コンビニの二階にあるイートインスペースにて食事をしながら詩織に保育園時代、伊佐奈がどういったアプローチをしてきてそれをどう突き返していたのか、いくつか具体例を挙げて話していた。

 一通り話してから、そういえばと桜は何かに気付いた。

 その何かを発端に保育園でのある一日の出来事が思い起こされた。

 そして過去の自分が雛に愛の告白じみた台詞をぶちかましていたことを思い出し、悶絶気味に頭を抱えることになったのだった。


(しかし、何だっけ。何をきっかけであの日のこと思い出してたんだっけ)


 今日一日、詩織とカルナの二人と様々な話をした。

 その交わした言葉の中で特に気にしていなかった何かが、詩織に保育園での話をする最中にぱっと結びついた。

 それが何だったのか思い出せない。

 雛との恥ずかしいやり取りを思い出したせいで全部吹き飛んでしまった。

 真剣に思い出そうとすれば思い出せそうな気もするのだが、そこまで必死に思い出すようなことでもなかったような気がする。

 ひとまず詩織との話を再開することにした。


「まあそんな感じで、伊佐奈は私と仲良くなろうと近づいてきては、私にひたすら泣かされるを繰り返してたわ」

「そのような期間はどれほど続いたのですか」

「一年くらいかな」

「一年も……!?」


 詩織は驚いたように目をみはった。


「その間、伊佐奈さんの心が折れることはなかったのですか」

「私の知るかぎりじゃないわね。どれだけ泣かせても私が保育園に行くと伊佐奈は毎回顔を見せにきた。あいつ、別に打たれ強い性格ってわけでもないんだけど、変なところでメンタル強いのよね」


 そう言うと、何故か詩織はまた複雑そうな顔をして目を伏せた。


「……すごいですね……伊佐奈さんは」

「すごいっていうより、単に変わり者ってだけだと思うけど」

「……一年もの間、桜様は伊佐奈さんを拒絶し続けた。ですが一年経った頃には伊佐奈さんと仲良くなられていた、ということですよね」

「そんなに仲良くってほどでもないけど。普通に伊佐奈の遊びに付き合ったり、霊術教えたりするようになったってだけ」

「ですがそれは他人との関わりを避けていた桜様にとって大きな変化なのではないですか」

「そうね」

「そこまでの大きな変化が生まれるに至った、伊佐奈さんを受け入れた、何かきっかけのようなものがあったのですか」

「……きっかけ、か」


 桜はペットボトルの飲み口を口につけながらしばし考え込む。

 伊沙奈を受け入れるに至ったきっかけ。

 もちろん覚えている。

 覚えているが、あえて話すようなものでもない。


「いや、特にこれといってないわ。強いて言うなら、あいつのしつこさに負けたってとこかな。気付けば傍に居るのが当たり前になってた」

「傍に居るのが、当たり前……」

「ん?」


 窓の外を見てすっかり日が沈んでいることに気付いた。

 時計を確認すると十九時を過ぎている。

 予告時間は二十時。そろそろ準備に取りかかりたい時間だ。


「詩織、一端ここで話終わってもいい? もしまだ話が聞きたかったら準備してる間にでも話すから、ひとまずご飯済ませよっか」

「……そうですね。桜様、このような時に私のわがままを聞いてくださりありがとうございました」


 丁寧に頭を下げる詩織だが、その表情は伊佐奈の話をする前と変わらず曇っているように見える。


「ごめん、話が下手で。伊佐奈がどんな奴かも分からないのに、危ない橋渡る気になれないって詩織の気持ちもすごく分かるんだけど」

「いっ、いえ、そういうことではないんです」


 詩織は慌てて否定した。


「カルナさんの前でも言ったように、桜様の方針に異論はありません。ただ……少し確認しておきたいことがあっただけで」

「確認?」

「桜様にとって、伊佐奈さんがどれだけ大切な方なのかを知っておきたかったのです」

「……それは」

「大丈夫です。話を聞かせていただいて、桜様にとって伊佐奈さんがとても大切な存在であることは充分に分かりました」

「え? 私のした話にそんな要素あった?」


 保育園時代に伊佐奈をいじめていた話しかしていない気がするのだが。


「話の内容というよりも、伊佐奈さんのことを話される桜様からその想いは伝わりました」

「……大切な存在って言われると語弊がある気もするけど」


 頬を掻きながら、桜は考える。

 詩織は伊佐奈がどのような人物かではなく、桜にとってどれだけ大切な人なのかを知ろうとしていた。

 伊佐奈を止めるには詩織の力が必要不可欠だ。

 力を貸してくれる詩織に恥ずかしさで誤魔化すのは違うだろう。


「約束したのよ、伊佐奈と。三年前、白炎に呑まれる直前に、もう一度また会おうって。本当なら守れるはずのない約束だった。だけど、今こうして私は生きている。だから私は、その約束を果たしたいって思ってる」


 桜は詩織の目を見て、今自分の中にある正直な気持ちを言葉にする。


「会ってまたあいつと話がしたいの。あいつがどういう風に成長したのか、きっとこの三年、あいつなりに頑張ったんだと思うから、話を聞いてやりたい。だから……」


 やがて詩織はゆっくりと頷いた。


「ありがとうございます、桜様」


 その目は力強く、詩織の中にあった迷いのようなものは消え去ったように見えた。


「お二人の約束のためにも全力を尽くします。大丈夫です。きっと伊佐奈さんは、まだ」

「ありがと。……まあ、今の伊沙奈がどうあろうと、やるしかないわ。伊佐奈を止められるのは私達しかいないのだから」

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天花咲きの通り道 思原曜一 @shihara_youichi

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