第19話 終章 殺人鬼の末路


 遺書にはあと一枚、続きがあった。

 その続きは、蒼井の自宅の机にしまってある。本当は他の文章もしまっていたかったが、高浪に読ませなければいけなかったので、残りの一枚だけを、抜いていたのだ。

 最後の文章。

 常に演技をし続けていた小原純奈の、素の本音。



『わたしは、あなたを好きになればよかった。

 変な興味でもなく、特別な好奇心でもなく。

 ただ純粋に、あなたという人間に惹かれて、あなたを好きになればよかった。

 そうすれば、わたしは、フィクション志向なんてものを捨てて、普通の人間のように、恋することが出来たのに。

 大人になることが、出来たのに。

 わたしには、それができませんでした。

 だからわたしは、何もやりきってなんかありません。失敗です。何もかも。不完全なんてもんじゃない。わたしが描いた事件は、わたしが完成させた物語は、途方もない失敗作です。

 後悔がないなんて嘘だ。後悔まみれだ。出来ることならやり直したい。人殺しなんて禁忌に惹かれる自分を殴りたい。人並みの幸せを感じられない自分を叱りたい。青い鳥はすぐそばに居るのに。お前の幸福は、すぐそばにあるのにと、怒鳴りつけたい。

 そしてわたしは罰を受けます。

 利己的な理由で七人もの人間を殺し、さらにたくさんの人を不幸にしたわたしは、自分自身で罰を受けたのです。

 これからわたしは死にますが、多分安らかなものではないでしょう。私小説では安らかに描写しましたが、おそらくわたしは、後悔にまみれ、苦痛に喘ぎ、自分自身への怨嗟の言葉をまき散らしながら、独り無様に死んでいくことでしょう。

 こんなことを言うのは、あまりにも身勝手かもしれません。

 でも、言わずには居られません。

 助けて。

 助けて蒼井くん。

 ねえ、助けてよ。

 怖いよ。

 わたし、怖いよ。

 死ぬのが怖い。

 苦しいのが怖い。

 失敗したのが怖い。

 間違えたのが怖い。

 人を殺したのが怖い。

 大人になれないのが怖い。

 後悔しか残らないのが怖い。

 怖いよ。

 嫌だよ。

 死にたくない。

 助けて。

 お願い』



 締めの言葉も記されていなかった。

 最後の最後に、彼女は本音を漏らした。

 蒼井は、彼女の死に顔を思い浮かべる。

 小原純奈の死体は、悲惨なものだった。

 恐怖におびえて、何かにすがりつくような表情で、彼女は死に絶えていた。涙の痕で顔をぐしゃぐしゃにして、血の気の引いた唇は強くかみしめられていて。

 その思いを、蒼井はしっかりと受け止めた。


 そうして、哀れな殺人鬼の物語は、静かに幕を下ろした。


 END

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独り舞台の幕を下ろす ~殺人鬼たちのおままごと~ 西織 @nisiori3

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