恩義

夏口に待っていたのは、江東の孫権の臣下である魯粛ろしゅく子敬しけいだった。

 実は、蔡瑁らは劉表の臣下でありながら、劉表が病に伏すと 密かに曹軍の船を造り、水軍を調錬していたというのだ。曹操に早々と帰順した訳である。

 魯粛は江東の臣下として、見過ごすことは出来ない。水軍で次に攻めようとしているのは、江東なのである。荊州を得た勢いで江東まで手に入れれば天下統一は目前となる。主の孫権に知らせ、諸官に謀ったが、地元の名士である文官達は曹操へ帰順を唱え、苦労の末先主と共に江東を平定した武官達は開戦を唱えた。

 文官、武官の対立に、孫権は思案にくれた。曹操に下れば、孫権は献帝や先ごろ下った劉琮のように、許都に軟禁されるだろう。江東の民の為には、身を犠牲にするべきかもしれない。だが、江東の為に命を落とした父や兄、将兵達は浮かばれまい。

 魯粛は孫権の苦悩をくみ取り、劉表の弔問と称して、識者の間では一目置かれている孔明に会いに来たのだった。劉軍の諸官二十名程が集まり、魯粛の話に耳を傾けた。

「わが君、江東が曹操に帰順すれば、天下三分の計は成り立たず、我が軍もいずれ曹操の手に落ちてしまうでしょう」

と孔明が言った。天下三分の計とは、劉備と孫権が同盟し、曹操に対抗するという策で、魯粛と孔明は意見が一致していた。

「考えがあるのだな。孔明」

 劉備は言った。

「曹軍二十万に対し、孫、劉併せて三万。しかし、曹軍は半分以上帰順兵でまだ日も浅く、曹操に命を預けてはいません。加えて水軍戦となれば、いくら蔡瑁に調錬させても、水軍が主力の孫軍をたやすく破ることは出来ないでしょう。戦略次第で、充分勝算はあると思われます」

と明快に孔明が答えると、

「やはりそう思われますか。同じことを周公もおっしゃった」

と思わず魯粛が言った。周公とは、周瑜しゅうゆ公瑾こうきん。江東の将軍で大都督、死んだ孫権の兄、孫策の腹心の友であった。

 関羽が静かに、

「ならば、何ゆえ主の孫公にそう進言せぬ」

と問うた。

「公瑾殿はご存知の通り、江東の英雄。先主と共に江東を平定した大人物です。その方の一言で大事が決まってしまえば、現主の立場がありません」

 周瑜は魯粛が訪れると、いかにもという風にそう言ったことを思い出しながら答えた。

「国が取られるという時に、主の面子を心配するのか。暢気な」

と、張飛が思うままを口にした。孔明は少し笑って、

「ではわたしが江東へ行って、文官達を説き伏せてみせましょう」

と言った。魯粛の顔が明るくなった。

「是非に」

「江東へ行くのなら、子龍を付けよう」

と、劉備が言うと、

「無用です。わたしの相手は、この舌先三寸あれば討てますから」

と孔明は言った。


 その夜、子龍は孔明の居室を訪れた。

「初めてだ。あなたから訪ねてくれたのは」

孔明は嬉しそうに子龍を招き入れた。子龍はすぐに、

「江東には不穏な気を感じる。わたしをお伴させて下さい」

と真剣な眼差しを、孔明に向けた。孔明は子龍に座るように促しながら、お茶を注ぎ向き合った。

「周瑜のことですか」

 子龍は頷いた。

「翼徳殿の言うように、暢気なだけとは思えない」

「周瑜にとってこの戦をする必要は無いのです。周瑜の武勲なら帰順すれば曹操は喜んで厚遇するでしょう。武将も女人も他人のものが大好きですから」

と言って孔明は子龍を見た。

「だが周瑜は、親友の孫策に弟の孫権と江東を託されたと聞く」

 子龍は憤っていた。

「周瑜は孫策を親友だと思ったことはないでしょう。江東を得るために利用したに過ぎません。今は一応義を貫いて孫権の臣下に甘んじていますが、心中は主とも思っていないはず。時を見定め寝返って曹操に孫権を高く売るつもりですよ」

 孔明はそう言って一口お茶をすすった。子龍はそう聞くとさらに心配が増した。

「そのような者の処へ行くのなら、やはりわたしが……」

 孔明は子龍の手を握った。目を見て、

「あなたが側にいたら、わたしは悪事を成せません。悪計には悪計を以てあたらねばなりませんら。心配ありませんよ。切り札を持っている限りは、わたしに手出しできないのです。江東を去る時は必ずあなたを呼びますから、そのつもりでいて下さい」

 そう言うと孔明は、そのまま子龍の手を取り、寝台へと誘った。


 孔明が江東に行き、数日後には、孫劉同盟の運びとなった。劉備と子龍は調印の為に江東の柴桑さいそうに出向くことになった。船で周瑜が迎えに来た。

 美周朗とあだ名されるだけあって、眉目秀麗。しかし、細めの弓なりの眉と、赤く薄い唇に酷薄な印象を受けた。

「周公瑾殿、わざわざのお迎え、いたみいります」

と、劉備がねぎらうと、

「いえ、曹軍の様子を探りに来たついでで、わざわざというわけではありませんから」

と淡々と言った。さらに、

「よろしければ、我が兵も用いて下さい」

と言うと、

「心配ご無用です。それに水上戦では役に立たないでしょう」

と返し、さすがの劉備も気を悪くして、船内に入って行った。子龍も続こうとすると、

「あなたには、来ていただきたいが……」

 周瑜が耳元で囁いた。子龍は妖しく微笑む周瑜を見やって、

「わたしも水上戦は不慣れですから」

と言い、去った。


 柴桑に着いて、迎えに出たのは魯粛だった。これにも劉備は幻滅した。常識的には孫権が出迎えるべきである。とにかく調印はしなければならない。劉備達は城内に案内された。

 孫権は茶色い巻き髪で碧眼だった。二十七歳。孔明と同年である。兄が暗殺され、江東を継いだ時は、十七だった。子龍はふと真定の趙広を思い起こし、少し痛々しい気がした。出迎えをしないことで威厳を保っているつもりだろう。

 ほとんど言葉も交わさず調印を済ませた。また魯粛だけが見送りに出た。

「玄徳殿、足を運んでいただきありがとうございました」

と言って礼をした。劉備は気を取り直し、

「子敬殿も、ご苦労が多いようだ」

と同情した。

「ところで、孔明は何処に」

赤壁せきへきに。あそこで曹操を迎え討つのです」


 江東の様子を孔明は細かく知らせてきた。劉備は順調に事が運んでいるようで安心した。けれど子龍は不安を募らせた。悪計には悪計をと言い、孔明の思惑通りに進めているのなら、周瑜は歯がゆい思いをしているはずだった。孔明が邪魔になっているだろう。

 そしてやっと孔明は子龍を呼んだ。目立たぬように、燕子磯えんしきに迎えに来てほしいという。子龍は民の姿に身をやつし、すぐに小船を出した。


「おぬしが趙子龍か」

 燕子磯に着いて、焚き火をしているところへ声をかけてきたのは、ぼろをまとった小男だった。子龍は少し驚いたが、すぐに、

「良かったら、どうぞ」

と言って雑煮の椀を差し出した。

「おおっ、ありがたい。では遠慮なく……」

 男は子龍の側の石の上にかけ、雑煮をすすり始めた。子龍も板切れの上に鍋を置きじかに杓ですくい食べた。食べ終わった男はふうっと息を吐くと言った。

「わしは龐士元ほうしげん。孔明からおぬしがここに来ると聞いて、見に来た」

「鳳雛先生でしたか」

と子龍は礼をした。龐統ほうとう(士元)は孔明と並び水鏡師に天才を認められた弟子の一人であった。

「長坂坡での活躍は、風のごとく知れ渡り、江東でも有名だ。それにしても、噂以上の美丈夫だ。周瑜と違い人間も出来ておるわ」

 龐統はまじまじと子龍の顔を見た。

「孔明は何処に」

と顔を赤らめ子龍が問うと、

「あの南屏山なんぺいざんの上でひと芝居うっておるが、もうしばらくは掛かろうよ」

 背後の山を指した。そして、

「見れば見るほど、良い男だのう」

と、首を傾げ子龍を眺め、前歯の欠けた口元で笑った。


 二日後。

「今宵風が変わる。支度をなされよ」

と、龐統が言った。あれからずっと、子龍と燕子磯の河原の小屋にいた。

 龐統は子龍が気に入ったようで、その間江東の内情なども話したが、中でも周瑜の事をよく話した。

 周瑜は名家の出である。何不自由なく育ち文武にたけ、容姿端麗。皆にもてはやされてきたせいか、自尊心が強く、思うままに事を成してきた心の狭い男だとだと言った。

「刺客に通じて、親友の孫策を殺したのだ」

と、龐統は言ったが、さすがに信じ難く、

「めったな事を……」

と言いかけると、

「わしが刺客に渡りをつけたのさ」

と、うつ向いて龐統が言った。

「あの顔で頼まれると、拒めぬのだ。わしは美形に弱くてな……」

 焚き火に照らされた、龐統の顔は泣きそうに見えた。

「わが君の元へ、参られませんか」

子龍は優しく言ったが、龐統はかすかに笑いながら、首を横に振るばかりだった。


 子龍は船に隠していた甲冑を身に着け、龐統が用意した馬に乗った。

「すでに、配下の呂蒙りょもうらが、山頂で様子を覗っておるはずだ。今吹いている西北風が、追い風の東南風に変われば、もう孔明に用は無い。殺される。子龍、頼む。周瑜に殺させないでくれ」

 龐統は切実に言った。

「お任せ下さい。わたしの龍を死なせはしない」

 子龍は龐統に笑いかけ、馬を走らせた。


 孔明は羽二重の黒装束をまとい、松明を四隅に配し、その中に八亡星の陣を描いていた。その中心にあって時に立ち歩を数えるように歩いたり、時にひれ伏し何やら唱えたりしている。もう三日三晩そうやっていた。

 周瑜に命を受け、呂蒙は、孔明のしつらえた祭壇に続く山道の脇に潜んでいた。風向きが変わったら、孔明を殺し山中に埋めねばならない。戦の中で行方不明になったことにする為だ。

 呂蒙にとって周瑜の命は絶対であったが、そこまで孔明を恐れる理由はよく判らなかった。実際孔明は、江東の為に尽力しており、こうやって火責めをするにあたり東南風を吹かせようと、夜も眠らず祈祷している。この者を殺すのは、義に反するのは明らかだった。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、今まで吹いていた西北風が、ぴたりと止んでいた。

 急ぐ必要は無いと思っていた。相手は丸腰の男が一人。武人でもない。こちらは十人の兵士だ。呂蒙は目配せしながら、坂を上がって祭壇の上を窺った。

 その時、さあっと吹いてきた東南の風に乗るように、祭壇の上に馬影が躍り出た。片手を伸ばしあっと言う間に孔明をすくい上げると、孔明の長い黒髪と薄い羽二重の黒衣をなびかせて、呂蒙らの頭上を軽々と飛び越した。唖然としている間に、山道を駆け下りて行った。

 慌てて馬に乗り、後を追うが追いつけず、燕子磯に着くと、小船は岸を離れていた。船の後ろには、一人の武者が矢をつがえてこちらを狙っている。呂蒙らも矢に手を伸ばしたが、

「長坂坡の英雄、趙子龍だ。やめておけ」

と後ろから龐統が言った。

 呂蒙は急に我が身が恥ずかしくなり、何もできなくなった。


「御無事で何よりです」

 孫兵が追って来ないのを確かめ、船の中に入りながら言った。龐統が船頭を手配してくれたので、漕ぐ必要はない。

 子龍は、座りこんでいる孔明に竹筒の水を飲ませた。喉を鳴らし飲み干すと、やにわに立ちあがって船尾に出た。子龍も後に続いた。

「あの岬の上を御覧なさい」

 孔明の指す方を見ると、男が一人立っていた。文官の格好をしているようだ。

「どなたですか」

 子龍が男を目で追いながら、訊ねた。男は確かに子龍を認めると、丁寧な礼をした。子龍も慌てて礼を返した。

「兄の諸葛瑾しょかつきんです。江東の文官をしています」

と孔明が言った。そう言う間に、瑾の姿は岩陰に見えなくなった。孔明は再び船中に戻り、子龍も続いた。

 孔明が体を横たえようとしたので、子龍は側に座り膝の上に頭を乗せた。

「あなたには大恩があるので、一目だけでも姿を拝したいと仰せになったのです」

 孔明は、目を閉じて言った。

「兄君にお会いするのは初めてです。大恩と言うのも、思い当たりませんが」

 子龍は孔明の頭を撫でながら言った。

「……十五年前、あなたは徐州で子供の兄弟を助けたでしょう。あれは、わたしと弟です」

 子龍の手が止まった。孔明は目を閉じたまま、続けて言った。

「あの時の事を兄に話したら、命の恩人の名前も訊いていないのかと 叱られました。あなたに会えたら必ず知らせるように言われていたのです」

 子龍は再び孔明の頭を撫で始め、

「あのとき車に乗っていらしたのは母御でしょう。お元気でいらっしゃるのですか」

と訊いた。孔明は薄く目を開け、

「やはりご存知だったか……」

と呟いた。

「書物に香りはしないでしょう」

 孔明は再び目を閉じた。

「母といっても後妻ですが、父亡き後よく面倒を見ていただきました。あの時は足を怪我して歩けずにいましたが、今は兄と共に江東に暮らしています」

「それは良かった」

 子龍はふと思い出したように、

「あなたが白竜に噛まれなかった訳が判りました。あの勾玉の送り主だったのですね」

と言って笑った。

「あなたを見つける為に白竜に目印を付けたのです。白竜はちゃんとわたしを覚えていてくれた」

 孔明はわざと皮肉気味に言った。

「無理ですよ。あの軽々と抱き上げた儚げな少年が、こんなに大きくなるなんて思わないでしょう」

 子龍はさらに笑った。そして静かに、

「……なぜ今まで黙っていたのですか」

と問うと、

「眠いので……夏口に着くまで眠ります」

 そう言って孔明はすぐに寝息を立て始めた。

 その頃、龐統の策で船同志を繋いで動けなくなっていた曹軍の船団は、孫軍の火攻めに遭い東南の風にあおられ炎上していた。文字通り赤壁は赤々と染まっていた。


 夏口に着くと、孔明は各将に指示した。

「子龍将軍は二千を率いて烏林うりんの西へ。敗走して来る曹軍を半分にすれば良いでしょう」

「承知」

と、子龍が礼をした。

「翼徳将軍は千で葫盧谷ころこくで残兵を。曹操を討つ必要はありません。深追いせぬよう。必ず華容道かようどうを通るのでそこで討てば良いのです」

「あい判った」

と、張飛が礼をした。そして、他の将軍たちを見まわして、

「華容道へは、糜将軍、よろしいか」

と言った。とたんに関羽が、

「わたしが曹孟徳そうもうとくを討つ」

と前に出た。孔明は、

「髭殿(見事な髭を称えての呼び名)に曹操が討てるでしょうか」

と冷ややかに言った。関羽は声を大きくして、

「なぜそのような事を言われる」

と孔明に詰め寄った。

「捕虜になった時、曹操には厚遇され、恩を感じておられるでしょう」

 関羽をまっすぐ見て言った。関羽は目をしばたかせて、

「その恩は、官渡で顔良、文醜を討ち取って返しておる」

と言った。孔明が、

「もし曹操を討てなかったら、どうなさる」

と首を傾げて問うと、

「わが命を以て」

と、関羽はきっぱり言った。


 各将が出ていき、劉備と孔明が残った。

「なぜ雲長を行かせた。結果は見えておるのに」

「おそらく曹操は軍を立て直すのに三年は掛かりましょう。その上曹操が討たれたとなれば、息子の曹丕そうひはじめ一族の恨みはすべてこちらが被ることになります。でも、曹操を逃がしても髭殿なら江東に対して言い訳が立つのです」

孔明はそう言って、劉備に笑いかけた。


 曹操は敗走を重ね、わずか二十騎程になった自軍の兵を先に行かせ、一人関羽の前に膝を着いて命乞いをしたという。子龍は曹操を尊敬してはいないが、さすがに大軍の将だけあると感心した。自軍の兵にみじめな思いをさせず、関羽にも言い訳が立つよう配慮したのだろう。曹操も関羽が自分を殺せないと悟っていたから出来たことだ。

 もちろん曹操を討てなかった関羽は、死を覚悟して帰って来たが、劉備は孔明に、

「我らは桃園で共に死すと契ったのだ。雲長が死ねば、わたしも生きてはおらぬ」

と涙ながらに訴えた。

 その側には、首尾を探りに来た魯粛がいて、孔明は困惑して魯粛を見た。魯粛にはそれが芝居と判っていたが、

「……玄徳殿が死なれてはなりません。今回は仕方無かったと思いますから、雲長殿を責めるのはお止め下さい」

と、苦々しく言って帰って行った。 


 孔明を殺せず、曹操は逃がし、大勝したとはいえこちらも多くの兵を失った。それでも援軍を断った手前無傷の劉備を責めも出来ず、周瑜は苛立っていた。

 いまだ焼け焦げたにおいが漂っている月の無い夜。赤壁の砦の居室で周瑜は一人、省みた。

 ―――開戦するつもりは無かった。帰順して孫権を差し出せば、曹操は自分に江東を任せたろう。力を削ぐことなく江東を手に入れ、曹軍の中で台頭し、いずれ曹操のものを奪いとってやろうという大望があった。……何処で計画が狂ったか。

 諸葛亮。あの男が江東に来て、すべてをぶち壊してしまった。軍議に現れ、帰順派の文官達を黙らせ、開戦派の武官達の士気を上げ、孫権を決断させた。しかも、勝利への戦略を助言し、名実ともに風向きまで変えたのだ。

 そうなると、曹操に下り孫権を差し出す事は出来なくなり、戦いに勝利する以外道は無い。火攻めという残虐な戦法を用いては相当な恨みを買い、この先曹操と手を結ぶのは難しくなってしまった。――――

 周瑜は酒をあおり床に杯を投げつけた。

「荒れておるのう」

 いつの間にか部屋の隅に龐統が影のように立っていた。

「諸葛亮を殺せ。……あれはわたしの天敵だ。お前なら出来るだろう」

 机に突っ伏したまま周瑜が言った。

「出来ぬよ。あれには趙雲が付いておる。もう孔明のことは放っておけ」

 闇に身を置いたまま龐統が言った。

「出来ぬなら、失せろ。能無しめ」

 周瑜は吐き捨てるように言った。


 夏口を守っていた劉琦は、長年にわたる弟劉琮との後継争いの心労から病を得た。不運な人生である。幼くして母を亡くし、後妻の蔡氏にうとまれ、父は後妻にのめり込み劉琦は遠ざけられた。太子として認められぬまま父の死に目にも会えず、荊州も大半を失った。

 だが、劉琦は劉備に願った。

「父の土地を失ったままでは死んでも死にきれません。玄徳殿、どうか南郡だけでも取り返してください。わたしの兵はあなたに従います」

 劉備は不憫に思った。幾度となく助けられた恩を返したかった。劉琦の命は長く無いだろう。

「判りました。南郡を取り戻しましょう」


 孔明は各将に命じ、兵の鍛練を強化した。もちろん劉琦の兵も組み込んである。

 劉備の南郡攻略の兆しに、周瑜は敏感に反応した。何も得る物が無かった戦いで、せめて南郡はこちらの手に入れたかった。自ら夏口を訪れ、劉琦を見舞い意向を確認した。 

「周公瑾殿が南郡の曹仁を攻めて下さるのですか」

 劉備は意外な顔をした。

「忠孝の志高き劉琦殿をお助けしたいのです」

と、周瑜。劉備は孔明を見た。

「それは結構なことですが、先の戦で兵は少々お疲れでは」

と孔明が言うと、周瑜は、

「曹仁など物の数ではない。一月もあれば南郡は落としてみせます」

と自信に満ちて言った。

 来たついでにと孔明はおしみなく調錬場に周瑜を案内した。本気で南郡を攻めると見せかけ、周瑜に軍を出させる策であった。孔明としては、曹操がおとなしくしている間に劉軍の力を付けておきたかったのだ。

 周瑜は厩舎から引き出されて来た白馬を見つけて、

「これは良い馬だ」

と言って近づいて、胸の勾玉に気付き手を伸ばした。白竜は大きく首を振り、周瑜の手を噛もうとした。周瑜は思わず手を引いたが、馬はさらに攻撃しようと暴れた。馬丁にも押さえられない。子龍が駆けて来て慌てて制した。

「申し訳ありません公瑾殿。お怪我はありませんか」

と声をかけた。周瑜は手の甲を押さえ、

「いや……あなたの馬か」

と言って子龍を見た。子龍は周瑜の手に血がにじんでいるのを見つけ手を取った。

「手当てした方が良いでしょう」

とそのまま手を引いて天幕の下へ連れて行った。周瑜を台に座らせ、前に膝まづき手際よく水で洗い、薬を塗り込んだ。そこへ布を巻きながら、

「あの馬は胸飾りに触れる者に噛みつくのです。良い馬なのですが、皆に恐れられています」

と言い、巻き終えて立ち上がった。

 周瑜は今度は自分から子龍の手を取り立ち上がって、じっと見つめた。

「あなたがわたしの下へ来て下されば、中華統一も夢ではない。あなたが、欲しい……」

 子龍は表情を変えず、

「龐士元殿は、お元気ですか」

と訊いた。周瑜は子龍の手を離し、

「そのような者は存じません」

と言って天幕を出ようとした。そこへ様子を見に劉備と孔明が来た。

「大丈夫ですか」

と、劉備が問うたが、

「大事ありません」

と言いながら歩いて行ってしまった。孔明は子龍の顔が曇っていることに気付いた。


「あなたはあの周瑜にさえ気に入られてしまうのですね」

 行為の後、しばらくして孔明が言った。仰向いたまま子龍の方は見ない。子龍は孔明の手を取り口元に当てた。

「あの者はわたしを手駒にしたいだけ、あるいはあなたから奪いたいだけです」

 今宵の孔明は長く、激しかった。行為には悋気が表れていた。

「士元殿はなぜ周瑜などに仕えるのだろう。あんな冷たい人間に……」

と子龍はぽつんと言った。孔明は子龍の方に向き、

「自分に無いものを持っている周瑜に魅せられたのでしょう。富、名声、美貌……」

 そんなものに価値が無いことを知っていても、周瑜から離れられない龐統が、子龍は悲しかった。孔明は子龍の頬を撫でながら、

「わたしの玉はこのように一点の曇りなく美しいが、士元が咥えた実には毒があった。(鳳凰は竹の実を食すとされている)鳳は毒をのみ込むか、それとも……」


 周瑜率いる孫軍は、南郡に猛攻をかけた。しかし曹仁はよく持ちこたえ、一月では落ちなかった。劉備は加勢を申し出たが、周瑜は受け入れない。もちろん南郡を攻めるのは劉琦の為ではない。城を落としそのまま留まって劉琦亡きあと自分のものにするつもりだった。周瑜はさらに南郡を攻め続けた。

 その戦闘のさなか、周瑜は矢に当たってしまった。幸いたいした傷では無かったが、それを逆手にとって、自分が死んだように見せかけ曹仁を騙し、好機とばかりに攻め込んできた曹軍をついに敗走させた。周瑜はこれを逃がすまいと追撃するが、ここは逃げ切られてしまう。

「げふっ」

 周瑜は血を吐いて馬から転げ落ちた。

「大都督、大都督しっかり……」

 呂蒙が慌てて抱き起こした。当たった矢には、毒が塗られていたのだ。

「車にお乗り下さい。南郡城は落としたのですから、城へ参りましょう」

 ゆるゆると孫軍が南郡城にたどり着くと、城壁の上には劉琦の旗が翻っていた。門の上には子龍が立っていて、

「この城は劉琦殿より預かり申した。孫軍の方々は安心してお帰り下さい」

と言った。

 もう孫軍に気力は無く、周瑜は悔しさにさらに血を吐き、気を失った。やむなく呂蒙らは全軍を引き上げた。


 荊州、南郡を取ったが、劉琦が死ねば孫権も黙ってはいまい。孔明はそれまでに地盤を固めておく必要を感じ、荊州を良く知り、知才があると評判の馬兄弟を呼んだ。

「南方の零陵れいりょう桂陽けいよう武陵ぶりょう長沙ちょうさ。この四郡は劉琦殿の命として、取っておくべきです」

と兄の馬良ばりょう(季常きじょう)が言った。眉に白いものが交じってはいるが、孔明より六歳若い二十二歳だった。馬氏五兄弟の中で、最も聡明と言われている。

「劉軍の将の英雄ぶりは知れ渡っています。なるべく血を流さぬよう、威厳を以てお取り下さい」

と続けた。

 劉備は孔明の策に従い、まず劉度りゅうどが治める零陵に向かったが、潔く帰順したのでそのまま劉度を太守とした。


 桂陽へは子龍を派遣した。

「わたしは常山の趙子龍。劉玄徳公に従うなら、攻めはしない」

と城を囲み声をかけた。

 子龍の長坂坡での功を思えばここで引き下がるが、長く戦から離れ、腕に自信のある将軍、陳応ちんおうは、太守の趙範ちょうはんを無視して子龍に挑んだ。もちろん全く歯が立たず、子龍は馬良の言葉通り、殺さずに捕えた。趙範が出てきて

「御無礼を致しました。お許し下さい」

と言って、城内に招き入れた。


「長坂の英雄、子龍将軍とは同じ名字。誇らしく思うております」

 宴席を設けて趙範は子龍に酒を勧めた。子龍は少しだけ口を付けた。

「将軍には奥方がおられぬと聞きました。ぜひお目合わせしたい女御が居ります」

 そう言って目配せすると、奥から着飾った女が酒を持って現れた。妖艶な美女だった。子龍は兄嫁の万妃を重ね見た。

「兄嫁のはん氏です。寡婦となり三年。桂陽一の器量と謳われております。よろしければ、あなたに娶って頂きたい」

 万妃と同じ兄嫁の身と聞くと、子龍は嫌悪感をつのらせた。樊氏は子龍が気に入ったようで、横に座りしなを作り酌をしようとした。子龍は盃を手で覆い、

「わたしには過ぎたお方と思います。今夜はもうおいとま致します」

と言って、さっと席を後にした。

 冷静ではいられなかった。とにかく夜営地に帰り、落ち着きたかった。

 白竜に乗り門を出ようとすると、捕えたはずの陳応らが子龍を囲んだ。

 邪魔だった。

 皆斬り捨てた。

 その後陳応を逃がした罪で趙範を捕え、劉備の元へ連れて行った。


「何があった」

 劉備が優しく問うた。劉備と孔明しかいない。子龍はありのままを話した。孔明が言った。

「趙範が陳応を逃がしたのは、害意があったと思われても仕方ないでしょう。二度も向かってきた陳応を討ったのは当然です」

 劉備も、

「気に病むことは無い。趙範も迂闊だったと認めておる」

と子龍の肩に手をかけた。

「……あの時、わたしの心に義は無かった。なればただの人殺しです」

と、うつ向いて退出した。

 劉備は孔明と顔を見合わせて、

「つらい思いをさせてしまった」

と呟いた。


 関羽が来た。

 襄陽の守りに当たっていたが、次に長沙を攻める為に呼ばれたのだ。馬良の話しでは、長沙太守の韓玄かんげんはその器ではないが、将軍、黄忠こうちゅうは武名高い忠臣で、部下の魏延ぎえんは孟将であるという。劉備が長沙攻めに関羽を充てたのは、華容道での汚名挽回の為だった。

 出陣の前に調錬を見ている子龍に声をかけた。

「我らは修羅の道を行くのだ。それは通った者にしか判らぬ。」

 そう言いながら、子龍が座っている台に腰かけた。

「人を殺めることに悩むは武人の定めだ。だがそなたが討ったのは同じ道を行く武人なのだ」

 子龍は関羽を見た。

「お互い構え合えばそこは修羅場。命のやり取りをするだけだ。強いも弱いも関係なかろう。義があるというのは、ただの言い訳にすぎぬ」

 子龍は少し考えた。

「義は言い訳……」

「殺める罪悪感への言い訳だろう。同じ修羅場にいて言い訳する必要も、資格もあるまい」

 関羽の言葉が子龍の胸の中にすっと降りた。

 

 関羽は長沙で黄忠を倒したが、殺さなかった。老齢だが殺すには惜しい技と心を持っていた。しかし、魏延は関羽が相手と知ると、すぐに帰順して、自ら太守韓玄の首を差し出した。孔明はそんな変わり身の早い魏延を嫌悪した。

「この者は反骨の相があります。成敗しておかねばなりません」

 孔明は魏延を指してきっぱり言った。

「だが、おかげで兵を失わずに済んだのだ。今回は許そう」

と、劉備が庇うので、

「わが君の恩に報いよ。ゆめゆめ逆らわぬように」

と言ってあきらめた。魏延は内心孔明にいまいましさを感じたが、

「誓って。御慈悲に感謝致します」

と、膝をついて礼をした。

 一方黄忠は太守を守れなかった事を恥じて山に籠ったが、劉備は足を運んで説得し自軍に招いた。

 武陵も張飛がほぼ無傷で手に入れる事が出来た。


 こうして四郡を手に入れたところ、ついに劉琦が死んでしまった。最後に南郡を取り返した劉備に感謝していた。

 もちろんすぐに、江東から魯粛がやって来た。劉琦の弔問というのが建前だった。弔問を終えるとすぐ、本題に入った。

「赤壁での功は我が軍にあります。荊州の南郡も周大都督が苦労して落としたのです。江東に返すのが当然でしょう」

と、劉備に詰め寄った。孔明が口を開いた。

「荊州はもともと劉氏の地。劉氏で皇叔と認められたわが君が継ぐべきでしょう。赤壁の功を荊州で返せとは筋違いもいいところ。そもそも東南風が吹かなければ、勝利は無かったのでは。風を吹かせたのはわたしですよ」

 そう言って魯粛を黙らせてしまった。だが劉備は魯粛の立場をおもんばかった。

「これまで孫劉同盟に力を尽くして下さった子敬(魯粛)殿を手ぶらで帰す訳にはいかぬ」

 劉備は孔明をたしなめるように見た。孔明はちょっと眉を上げ、ため息を吐いた。

「では益州を手に入れたら、荊州をお渡しするという事でいかがですか。それなら誓紙を入れましょう」

と言った。魯粛はこれ以上言っても無駄だろうと、

「そうして下さい」

と言った。


 周瑜と孫権が怒ったのは言うまでも無い。

 周瑜は受けた毒矢の傷が癒えず、ずっと柴桑で養生していた。

「劉備が益州を取るのはいつになる。いつ取ると約したのだ。一年後か、三年後か、十年後か」

 そう叫ぶと、また血を吐いた。孔明への恨みは募るばかりだった。

 孫権は孫権で何度も魏の合(がっ)肥(ぴ)城を攻めたが、落とせずにいた。着々と領土を広げている劉備がいまいましかった。

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