シノワの襟は脱がせ方がわからなかった。カサマシはぶわぶわと幾重にも重なったスカートの中へ手を伸ばし太腿をさするが、老人は案外平生を保っている。見かけの割に見えない所の肉付きは悪くなく、触れた限りでは、顔よりも身体の方が若く感じた。とはいえ、それでも何処となく歳を食った男の皮膚ではある。脂肪の薄く少し突っ張ったような肌理きめで、むちむちとした若い女ばかりを抱いていたカサマシには寧ろ新鮮だった。改めて間近から見ると、なるほど、皺はそれなりに寄っているが血色は良く、老人と言うにはまだ早いような、妥当なような、難しい歳の具合である。

「兄さん、あんた、名前は何ていうんだ?」

「一見の客には教えないよ。知りたければ自分で金を積みな」

「なんだってそう意地悪をするんだ。兄さん、言いたかないが、おれぁ客だぞう?」

「そう、じゃあもっと丁寧に言ってあげる。お客様、貴方に名前を教えるほど、まだお代は頂戴しておりませんので、また来てくださいましね」

これ程の毒を吐くが、そのくせ顔は穏やかに微笑んでいる。惚れた弱みと言うには少し早いように思ったが、こうなるともう、毒を吐かれようがなんだろうがカサマシにはどうする事も出来なかった。

 だが、老人の方にもどこか少しの戸惑いがあるようで、頬を掌で包み唇を寄せると微かに身体を強張らせた。すぐに取り繕うかのように、れろ、と唇を舐め一度離れると、カサマシの顎を掴み、今度は娼婦らしいキスをした。歯列をなぞって、ぢゅ、と舌を強く吸い、その先を弄ぶように絡めてから名残惜しそうに糸を引く。目交いの内に何か熱量を残してから、突き放すようにして再び離れた。老人は唇を袖でぐいと拭うと、余韻に浸るカサマシを押し倒しその上へ跨った。

「そう、抱くの。蓼食う虫も好き好きとは言うけれど、蓼もこんな虫に食われたくて辛くなった訳ではないのに。難儀なことだね」

老人が耳元で囁き、首筋から鎖骨へ舌を這わせる。経験の差か、単にその老人の癖なのか、はたまた状況シチュエーションの所為なのか、これまでの女の手管より遥かに熱く作用して、腰の浮くような快感にカサマシは思わず身を縮こませた。

「よ、よせよぅ、はは、兄さん、くすぐってえ」

ふざけて誤魔化そうとするが、随分と真剣に、男の握力で肩を押さえ込まれてしまい、身体を揺すって快感を逃すこともかなわない。う、う、と堪えるものの、自分が女のような声を出しているのはどうも居心地が悪く、そうだ、老人が優位なのは服を着ているのもあるだろう。そう考えたカサマシが必死に襟の傍の可愛らしい結びを掴むと、意図を察したのか、覆い被さる姿勢のまま老人は舐めるのを止めてにやにやと見下ろしていた。

 しばらくあれこれと弄ってみたが、ボタンもリボンも装飾フェイクでいて、外しても解いても大抵合わせ目は縫い付けてあった。いっそ破ってしまおうかと半ば諦めた辺りで、老人は噴き出し、くすくすと笑いながら己の背骨の辺りをトンと指した。

「服も脱がせられないのに抱くってのかい?勇気のあること」

指差した所をまさぐると、確かに華奢なチャックが隠されている。引き輪も米粒より少し大きい程度で、女物の服はどうしてこうも何雑な造りをしているのかとカサマシは口を尖らせた。

 じじじとチャックを下ろし、ついに布をずらすだけ、という段階になって、老人は未だ肌を見せるのを嫌がった。激しく抵抗した訳ではないが、逃げるように身を引いてその意思を見せる。流石のカサマシもあまりにを食らったせいで苛立っていた事もあり、身体を無理矢理に起こし老人の姿勢を崩すと、形勢逆転とばかりに布団へ組み伏せ、剥ぐようにして服をずり下げた。そこには。


「醜い身体だろう?」


そこには、煮えたぎった溶岩の垂れるような、大きな傷が在った。背骨に沿って炎のように不気味に広がる傷痕は薔薇の色をしていて、塞がってはいるようだが、それでも触れるのは躊躇ためらうほどの痛々しいものだった。そこから更に左右に広がった無数の傷は、へらで塗り重ねた油絵のように爛れ、醜く引き攣れている。黄ばんですっかり塞がった傷から、この二三日に出来たのであろう瘡蓋かさぶたまで、背中から脇腹を埋め尽くし、身体の表にまで地続きになっていた。薄く肋骨の浮く身体に不似合いな臨月腹の表面までを覆い、どこか麝香瓜じゃこううりを彷彿とさせる。恐らく先程のショーの途中で新しい傷が裂けたのだろう。所々、掠れた筆跡のような赤茶色のシミが瘡蓋の傍から新たに伸びて、再び凝固している。

 最早芸術品と言っても過言でないようなその身体を目の当たりにしカサマシが呆然としていると、はあと大きなため息が聞こえた。

「怖気付いたのかい?あは、お化けを見たような顔してさ」

老人はカサマシの手を掴み血の塊に触れさせた。爪の先がかりりと触れてしまい、思わず腕を引くが、しっかと握り締められ振りほどくことは出来ない。

「い、痛くねえのか」

「私は別に。見た方が勝手に痛がるのでしょう?」

そう言いながら老人は傷口にカサマシの指をぐりぐりと押し当てると、すぐに湿気たものが指先に触れた。じわりと滲む赤い色が指紋に染みていく。そのひどく恐ろしい感触にぞくぞくと首元を震えが伝った。

「だ、だめだ、兄さん。本当は痛いだろう」

「黙れ。いいかい、私はの専門なんだよ。仕事さ。どう?えらい物書きさん。面白い話は書けそうかい?」

「兄さん、おれは」

「兄さんなんて呼ぶなと言っているだろう!?……私はお前じゃなくて、お前の上司に買われているの、まだわかってくれない?」

退いて、と冷たく言い放ち、老人は立ち上がってカサマシをちらと一瞥すると、服を直し直しジュートの籠の方へ歩いて行った。

「お代は結構だ。帰ってくれ。上司にも、好きに告げ口をしてくれたらいい。私に惚れたと言ったね?私はお前のこと嫌いだよ」

籠の中身をどさどさとカサマシの頭の上へ空けると、老人は急かすように目の前に仁王立ちをして黙り込んだ。圧倒されたカサマシはすごすごと服を着て、部屋を後にするより他はなかった。何か気に触るような事を言った覚えもなし。しかし、腹立たしさというよりは寧ろ、悲しみの方が大きく、部屋を出る時に一言、ごめん、と小さく謝ってさえいた。

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金平糖 背の譚 旺璃 @awry05

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