「4」

 葉月鈴華っていうんだ。

 何だか不思議と夏を感じる名前な気がする。


 

 自己紹介を終え、固まった葉月さんの表情から少しだけ口元が緩んだような気がした。

 

 でも瞳に移るその先はどこか遠くを見つめてるように思えた。

 だけどなんだか少し安心した。

 葉月さんのゆったりと緊張がほぐれた顔が見れて。それに声も。


 声?あれ。どこかできいたような......。


 まさか......夢の中で出会った少女の声?

 

 いや少し似てるような気がするが違うだろう。

 はっきりとあの時の顔も覚えてないし、声もあの夢の女の子と違ってはっきりとした口調で葉月さんは喋ってる。


 それにそんな現実離れしたことが起きるわけがない。

 記憶の整理をしている際に起こったバグ的な何かだろう。


 夢は幻想であり、今見ているこの世界は現実だ。ここにいる俺も皆も。彼女も。



 「よし皆。これからよろしく頼むよ。

  じゃあ......席は久遠の隣で」


 えっまじで。俺の隣ってなんもなかったような。


 あれ席がある。


 眠かったせいで隣に机と椅子があったのは気がつかなかった。

 きっと転校生がくるから先生が用意したって事かな。

 でも知らない子が隣の席になるなんて、やっぱり少し緊張すんな。


 葉月さんは教壇を降りて周りの視線をあびながら、

 表情を変えずに颯爽と歩いて俺の隣の席についた。


 手提げバッグを机の横にかけようとして顔が少し近づいてくる。

 すると彼女の視線が俺に向けられた。

 やばいな。ジロジロと見過ぎたかみ知れない......。


 まだ手には手提げバッグを握っていて何故だか知らないが葉月さんは俺への視線を外そうとせず見つめ合っている。

 

 なんだ。この合間は。

 やっぱり隣の席がどんな人なのか気になったのだろうか?

 俺は気になってジロジロと見てしまっていたが。


 すると葉月さんの表情が変わった。

 いや変わったといっても劇的にではない。

 客観的に見ればおそらく何も変わっていないのかもしれないが、変わった。


 何かを感じたのか、驚いたのか。いや表情ではない。

 瞳だ。微かに瞳孔が小さくなったような。

 いや外からくる光りで虹彩が閉じて瞳孔の部分が小さくなって変わっただけかもしれない。


 それでもよっぽど驚いたのか葉月さんの手からバッグが離れ床に落ちた。

 俺は反射的に葉月さんより早くバッグを拾ったのだが椎名さんは表情を変えずに急いで俺の手からバッグを取り返し手机の横にかけた。


 何だ今の。別に悪意があるようには思えなかったけど。

 俺に触られるのが嫌だったのかな。確かに見ず知らずの人に触れられるのを嫌がる人だっているしな。


 でも少し心配だ。


 「あの......今のはちょっとごめん」


 「.............」


 ......だんまりか。


 「あっ、俺は久遠涼哉。

  これからよろしく......」


 何を思ったか俺は挨拶をしてしまった。

 いきなり挨拶で良かったのかな。いや普通に挨拶すんだろ。

 これから学校生活を共に過ごしていくんだし。


 「......うん、よろしくね」


 あれ!さっきまでの事は嘘のように普通に返事された。

 それに固まった表情からやっと微笑んでくれた。


 んーー。

 

 感情のふり幅が人とは違うのだろうか。

 でも人ってのはだいたいこんな感じなのかな。


 昨日友達とけんかしちゃったりしても次の日は自然と仲直りして、いつも通りの関係に戻る。

 人の感情は単純ですぐにでも元通りにしちゃいたい生き物だからね。


 俺と葉月さんだけの時間だけ早く進んでいたのか先生の話もいつの間にか終わっていて教室は朝との盛り上がりと違って横目で転校生を見ながら可愛いだの、美人だの、ヒソヒソと話が繰り広げられている。


 でもちょっと思ったのはなかなか漫画やアニメとかでは転校生がやってきて男子が転校生のほうに集まって盛り上がるとかいうシチュエーションが起こるのかなと思っていたけど現実ではありえないらしい。こうやって影でどんな子なのか想像を膨らまして見ているだけの様だ。



 俺はもういちど視線を葉月さんのほうに向ける。


 彼女は俯いていて何かを抱え込んでるように見えた。


 ......ここは俺が声をかけてあげたほうが良いのかそのままにしておいたほうがいいのか?どうすりゃあいいんだろうか?


 でも、さっきの事もあるしな。

 ここは様子を見てこのまま座った方がいいかもな。

 そのほうが何か困ったときに俺に話しかけやすいだろうし。

 

 横目で俺は葉月さんを眺めた。

 するとハッと何かを思い出したように顔を上げて体を俺の方に向けてきて話しかけてきた。


 その顔は無表情ではあるが、困った様子だった。


 「あの......」


 「あっ、はい!なんでしょう?」


 「..............」


 

 しばしの沈黙が流れ、彼女の口が開いた。

 


 「トイレはどこですか......?」


 「あっ......教室でたら右です」


 ペコリをお辞儀をしてすたすたと葉月さんはトイレへ向かった。


 何故か教室にいる皆の視線が俺に向けられた。

 いやーな勘違いをしているような気もするが、とりあえず俺は机に突っ伏した。

 昨日の疲れ(部活は休みで家で一日中ゴロゴロ)で、

 朝は妙な夢を見るはおまけに感情を表にださない転校生、がしかも隣に。 


 はぁ~。


 もう今日一日、寝よ。

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