一章 オルクの反逆者

支配

オルクの街



 #1




 この世界は争いに満ちている。


 隣人同士の言い争いや家族間の諍いに始まり、種族間の抗争、国家間の戦争。無論これらは氷山の一角に過ぎない。



「が……、は…………」



 長い歴史の中で続けてきた人間たちの闘争は生態と化している。


 その争いの中に彼は居た。長く、戦いの中へ身を置き。返り血を浴びて。


 かつての仲間の屍を越え尚も敵を討つ。



「ひ」



 月光微睡む街の一角、真紅の飛沫を上げて一人の兵士が命を溢す。


 不意に受けた背後からの一裂は若い兵士の思考を砕く。



「………………」



 焔を宿した赤き瞳は何の感慨もなく仕事を熟す。


 たとえそれは、何処の世界でも変わらないのだろう。

 いま彼の居るこの世界は見知らぬ異郷、しかし。世界に彼の望むものなど何一つ存在しない。




 その世界はおとぎ話の世界でも、神話の時代でも無く、戦乱と血の匂いが満ちる地獄。


 だが。



「すご、い」



 此処に一人、“英雄”を求めた少年が独り。人が世がそれを求むる時、それは何処ともなく顕れ奇跡を齎す。






 否。


 故郷を離れ異郷の地へ降り立とうと何一つ変わらず。


 赤き英雄の世界は戦いの中にあるのみである。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 酒場は多くの人で賑わっていた。


 カウンター席は元よりテーブル席のどれもが酒や料理にまみれ店は過密とも言える人口密度にある。

 耳が長かったり、角が生えていたり、毛皮が生えていたりと特徴折々の客人たちの中を仕立て服を着たウェートレスが銀の盆を手に持ち酒や料理を雑然とした人混みの中を泳ぐように移動しながら給仕している。



 その中で入り口近くのテーブル席の端に俺と緑髪の男が座っていた。


 テーブルには今晩の夕食。俺はパスタに似た細い麺に白いソースのかかった料理に水、こいつはカウルと言う牛肉に似た肉の煮込み料理とビールの様に泡立つ酒。

 既にどちらも半分は食べ終えていた。




 この世界ではその多くが見知った料理や食材に似た物が食されている。

 味も食感も似た物が多く自分らの元いた世界とそう変わらない食生活の様だ。


 違いと言えば地域毎の調理法の違いや細かな食文化の違いであり、中には下手物と言える物を料理に出す所もあった。


 ……その辺り自分たちの居た世界と変わらない様だ。




 アムリアとグメイラの戦争から半年、俺はグメイラの属国ガラントに来ていた。


 用心棒や傭兵として仕事をこなし路銀を得つつ、同行している相棒の男の提案でガラントにあるオルクの街へと腰を落ち着ける事にした。




 オルクの街はグメイラへと続く街道上にある商業の街で市場が栄え各地から様々な食料、加工品、人や物が集まる。


 流通の要の一つであるこの街はグメイラより主要な街であると認定され兵士の駐屯地が置かれ統治がなされている。


 街は円環状になっており中央広場を中心に十字にに街道が通り円を描くように街道を繋ぐ大通りがある。大通りには市が開かれ買い物客や商人らで賑わっていた。




 この街では様々な人種が混在している。耳の長い精霊族、背の低い土人族、狼の様な人狼族、猫の耳を持つ人猫族、他の獣の特徴を持つ人獣族、角の生えた角人族。


 これらの人種は互いの特徴や長所を活かし、互いの短所を補う形で共生していた。種族間の確執もなくはないが共通の認識としてそれを表には出さず生活を送っている様だ。



 差別ではなく区別。多少の違いは織り込み済みの共通認識として多種族の社会の最低限のルールとして誰が主張している訳でもないがそれは区別として認識されている。



 もし、それを差別しようものならば。根底にあるルールは崩れ、瞬く間に社会構造は崩壊し、取り返しのつかない事態に陥るのは誰の目にも明らかだ。


 その事実も多種族の共生に一役買う形になっていた。



 俺と目の前の男は様々な人種のどれとも違う姿をしている。

 耳のも長く無ければ獣の耳も毛皮も無い。他の人種から見れば俺たちの方が異邦人と言えるだろう。




 喉を鳴らしながら酒を飲み干し木製ジョッキをテーブルに置くと、退屈なのか周りの騒音に乗じてこう切り出してきた。



「なあ、アルム。あの戦争から半年は経つが、ここんところ静か過ぎるとは思わないか?」



 この男の名はフィリクス。

 どうやら俺と同じくこの異郷の地へと迷いこんだ人間らしい。

 長身で均整の取れた体格、短く刈られた緑髪と落ち着いた顔の雰囲気は年齢より上に感じさせる。


 自分らと姿形の異なる者たちの中でお互いに利害が一致し、奴の提案で行動を共にする事になった。行動は半年にも及び思いの外、長く行動していた。




 半年前の戦争とはアムリアとグメイラ帝国の戦争の事だ。

 俺とフィリクスは傭兵としてグメイラに付いていた。戦いは凄惨を極め主にアムリア側に多大な被害をもたらし、この戦争でアムリアの王族は戦死し残りは処刑され、一人が行方不明という。


 この戦争をきっかけに各地を転々とする事になり、現在に至る。



 戦争に勝利したグメイラはここ半年の新たに進軍を始めず目立った動きも無く沈黙している。

 敗戦したアムリアはグメイラの属国となり流通、生産、人の流通に至るまで完全な支配を受けているという。




「あの戦争狂のグメイラの事だ、何か軍備の増強やら新兵器の開発やらやってんだろうが……それにしちゃ全く話が入って来ないのはおかしい。


 残党狩りも落ち着いたらしいし、大した事件も聞かないしな。なんか気味が悪いような気がするな」




 フィリクスの言う通りここ数年戦争を繰り返しているというグメイラ帝国がここに来て足を止め何の音沙汰も無いのはおかしい。


 皇帝は武闘派で知られ国力と軍備は強大で兵士達の士気も高い。そんな国が勢いに乗る今、足を止めて何かをしているというのは空恐ろしいものがある。


 そのまま他国へと攻め込んでもそうそう敗北はしまいだろうに一体何故、何を足を止める必要があるのか……。




「…………。やっぱりお前も分からんか? 情報が無さ過ぎだからな。


 未だにお互いこの世界の事はよく分からんしな……。なに。話のネタに聞いてみただけさ」



 フィリクスはこちらの顔色を悟り向こうから話を続けた。ここ半年、共に行動していて判った事だがフィリクスは他人の雰囲気を読むのが上手いらしい。


 例えこちらが沈黙を貫いていてもフィリクスはこちらの意図を察してそれに準じた言動や行動を起してくる。




 彼はやたらとこちらの世話を焼いてくる。行動する際細かな目標や目的を率先して起こすのは奴。

 宿の手配、書類や手続きの多くを担当し、頼みもしないのにこちらを心配しお節介を焼く。


 楽なので俺はそれに従う形で共に行動していた。彼の義理に報いる訳ではないがそれに従わない理由も無かったからだ。




 酒場の雑音の中話す事も無くなり無言で料理を食べる男二人。

 料理の味はクリームシチューに似た味付けでまろやかなソースが細い麺に絡まり決して悪く無い出来だ。

 香辛料が欲しかったが、まぁいい。


 フィリクスは酒の追加をして食前から数え、都合三杯目の酒を飲み始めた。



 特に話す事のない無言の夕飯はしばし続き、麺を食べ終えた所でようやく終わり席を立つ。


 店の喧騒を逃れる所を声が呼び止める。



「もう行くのか?」


「……宿に戻る」



 簡潔に答える。会計は先に済ませておりそのまま酒場の外へと出ていく。


 フィリクスの方はまだ飲み続けるようだ。そのうち宿へと戻るだろう。いつもの事なので今日も宿へと戻り休む。



 木の扉を開け酒場を後にする。


 必要では無い限りは別に行動する事も珍しくない。未知の世界であってもお互いに身を守る事が出来ない程迂闊ではない。





 




 酒場を出ると既に日が落ちて街は夜になっていた。街は夜になっても一応の賑わいを見せる。


 街道には出店や露店が並び街灯が辺りを照らす。




 昼と比べて客足は落ちるものの、

 ここオルクの街の市場はなお客足が途絶えず街道には多くの通行者があった。




 街道沿いには多く人影が見えるが、一本道を外れると全く人の気配が無くなり街灯の灯りも無くなる。



 奥に進んで行くとスラムのような場所となり非合理な出店や路上生活者の姿が見られ、観光客にとっては治安の悪い場所になる。



 頼りは月明かり位なもので表には出ない犯罪などが横行しているという。



 街道を歩く。昼間と比べれば静かなものだが夜もそれなりに騒がしい。

 特徴折々の人の中を進み宿へと戻る。宿へはそう遠くない距離だ。






 道端の商人の声を背に独り雑踏の煩わしさから離れ暗闇の中へ。街灯は届かぬ外れの路は一転して不気味なまでの静けさと空虚な沈黙に包まれている。



 誘われる様に歩を進めるとそこは道脇に奥深い影を落とした迷路、あぶれ者の溜まり場。罪過の温床である暗い闇夜の路が蜘蛛の巣の如く張り巡らされていた。





蜘蛛の糸を辿る様に路なりを真っ直ぐ進む。物陰にはいつでも獲物の隙を窺う幾つかの気配、それを背にして帰路に就く。


 何処の街も一本道を違えれば溝鼠が棲む。それはこの国でも同じの様だ。



恐怖はない、所詮は俺も街からあぶれた異邦人なのだから。







夜風は肌を抜けてこの世界の者ですらない異邦人を歓迎する。歓迎は冷ややかで刺す様だ。


他に仲間もいないこの世界に取り残され、独り見知らぬ街を俺は彷徨う。



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