断頭台の声

 #2




 グメイラとアムリアの戦争から一週間後、俺とフィリクスはアムリアの王都マドケニアに居た。戦争はグメイラの勝利に終わり王を失い城を落されアムリアは敗北した。敗残兵は捕虜となり収容所へ連行され、逃げ延びた一部の残党は何処かへと潜伏している。


 街にはグメイラ軍が押し寄せ貴族や金持ちを中心に略奪が行われたそうだ。アムリアの旗は焼かれ代わりにグメイラの旗が街の至る所に翻っている。グメイラの兵士が町民に対し睨みを利かせ、戦いで活躍した雇われの傭兵どもが幅を利かせている。





 そしてこの日、街の住人を全て集めて何か式典を城の前の広場で行うらしい。戦いの報酬が支払われる日に兵士の一人が声高に告げた。我が軍の威信を示す重要な祭典、と言っていたがはっきり言って微塵の興味も無い。傭兵の俺たちも当然参加しなければならないらしい。フィリクスはこれも給料のうち、と言っていた。


 戦争に従事した傭兵の給与はその危険さから高額だ。農民の収入の数ヶ月分に当たるという。基本給の金貨二十枚に兵士一人倒す度に銀貨二枚、倒した相手の格と数に応じて給与が高額になる歩合制となっている。


 倒した相手の計量は魔導士の仕事で申請の数が合っているか正確に測る為魔術を用いている。この魔術に嘘は通じず必ず本当の事を喋ってしまう。それでも無理に嘘を吐こうものなら更に強力に魔術を掛けられ、洗いざらい聞いてもいない事をぺらぺらと喋り出す。

 それで墓穴を掘り兵士に連行された者もいたか。元は拷問用の魔術らしく俺たちに掛けたのは軽い効果のものだったようだ。




 ちなみに貨幣は何処も共通の物になっており国や地域によりデザインは違うものの規格は同じで、金貨、銀貨、銅貨がこの世界の共通の貨幣となっている。銅貨百枚で銀貨一枚分、銀貨十枚で金貨一枚分の価値となる。紙幣は無く、貨幣の流通状況では物々交換が行われている場所もあるようだ。






 式典は厳かに始まる。城の前に簡易的な長方形の祭壇が建てられその中心には断頭台が立っており異様な雰囲気を醸し出している。祭壇の上には中心のスペースを空けて四人ほど全身に鎧を着込んだ騎士然とした兵士が立っている。顔は兜で隠れ確認出来るのは口元のみ。口元は固く結ばれている。



 その祭壇の前には同じく鎧に身を包んだ兵士達が一列となって整然と並ぶ。列は幾重にも並び一切の綻びの無い隊列は見る者を威圧している。その背後と周りを囲う様に町民に混じって傭兵たちが祭壇を見物している。俺とフィリクスは兵士達の背後、正面に祭壇を望む位置に居た。辺りは騒めきに包まれている。



「全く、野次馬集めて何するつもりかね。ま、ロクな事じゃ無いんだろうが」



 騒めきに紛れフィリクスがぼやく。この手の催し物なんざ大抵つまらん物だ、とフィリクスはここへ来る前に言っていた。昼寝をしてた方がまし、とも。


 嫌なら来なければいいものを。






 一層騒めきが強くなる。どうやら主催が来たようだ。祭壇の裏の階段を登り祭壇の中央前、断頭台の前に立った。手に持った四角錐の形状の物体を通してその声が辺りへ響き渡る。拡声器のようだ。




「これより、晴れてグメイラ帝国の領地となったアムリア国を記念した祭典を行う」



 兵士達が一斉に歓声を上げる。その声は騒めきをかき消し場を兵士達の雄叫びが支配した。





「聞け!兵士達よ、民達よ!

 このアムリア国は長きに渡る王家の支配を脱し、神聖なる我がグメイラ帝国によって解放されたのだ!」



 祭典の中央に立つ他の兵士よりも目立つ鎧を着た男、将軍と思しき男が高らかに宣言すると再び兵士達は一斉に雄叫びを上げる。




 将軍と思しき男の顔は兜を被っておらず、遠目からでも特徴的な顔が伺えた。全体の印象は人というより犬か狼に近い。黒い髪色と同じ毛に覆われた獣耳と後ろに流し揃えた髪、眼の色は黄金、鋭い目付きと口を開くと見える鋭い犬歯が狼のそれを思わせる。




「諸君らの働きによりまた一つ、愚政を働く愚か者を粛清し、圧政に苦しむ民を解放したのだ。この偉業は諸君らの力だけではない!なぜならそれは我がグメイラの存在意義は正義だからだ!


 そして、その王者であり絶対者たる皇帝ネメシス閣下の御威光あればこそだ!


 諸君、皇帝陛下の威光を世に示すのだ!皇帝陛下、万歳!」



「皇帝陛下、万歳!」


「皇帝陛下、万歳!」


「皇帝陛下、万歳!」






 皇帝陛下万歳、響き渡る大合唱。


 響く声はその場に居るもの全てを圧倒し塗り潰す。翻えすグメイラの旗、響く勝利の合唱。ここに解放という名の支配が始まる。





「……は。下らねぇ。ここまで面白くない演説と破綻した論理は初めて見た」



 大合唱の中、フィリクスが演説の感想を漏らす。見る限りその将軍の論理に同意しているのは合唱をしている兵士達くらいのもので周りの町民達は一様にその論理に狼狽し、ただその論理を自らの現実として受け入れざるを得ない様子であった。






 やがて幾度も合唱がなされた後、将軍と思しき男が合唱を手で制す。



「素晴らしい。これで皇帝陛下もこの地に安寧を齎して下さるだろう。皇帝陛下の御威光は何者も膝を屈し、何者も御前では輝きを失うのだ。


 皇帝陛下の前では神ですら、いや神如き敵う道理は無い!皇帝陛下の言葉は真理、御考えは法そのものであり、その存在は絶対なのだ!皇帝陛下に楯突く者は万死に値する!


 ……しかし、ここに愚かなるも皇帝陛下の意に反する者が居る」





 将軍が言葉を切ると階段から兵士に連れられ一人の少女が祭壇に現れた。




 場は騒めきに包まれた。少女は腕を縄で縛られ、所々破れた箇所があり裾は乾いた泥で汚れているものの気品のある金に縁取られた赤いドレスの様な服を着ている。少女の髪は清水のように青く美しい髪を肩のあたりまで垂らしている。


 端正な顔立ちで耳は白く髪の中から伸びている。町民達の反応や少女の身なりや容姿から見ておそらく王族か何かだろう。少女は腕に縛られた縄の伸びる先を兵士に引っ張られる形で歩み出ていく。少女は将軍の隣まで連行された。




「聴衆の中には知っている者も多いだろう。彼女はアムリア国の第二王女、メリア王女である。


 彼女はあの罪深きアムリア王室に名を連ねる者であり、戦火の中怯える民たちを見捨てのうのうと生き延び、今日まで逃げ仰せたのだ」





 聴衆の騒めきが一層大きくなる。少女の顔は将軍の言うような厚顔な罪人のそれでは無く、恐怖に怯え絶望に打ち震えていた。



「あんな子供まで槍玉に挙げるとは……胸糞悪い」


 フィリクスはあからさまに嫌悪を顔に出す。周りの聴衆は不安がったり怒りの表情などを浮かべ、聴衆に混じる他の傭兵達はこれから起こるであろう一大イベントに対し多くは下衆な笑みを浮かべたり、少女を嘲り嗤う者が大半で、フィリクスのように殊更嫌悪を顔に浮かべる者は見受けられなかった。






 皆一様に祭壇の上の光景を見つめていて動きは無いが、後ろに人の群をかき分けこちらに近づいてくるものがあった。




「……っ、どいて……」


「うぉっ」




 俺とフィリクスの間からフードを被った女が出てくる。フードを深く被りその華奢な体でフィリクスの体格を押し分けて聴衆の最前線、祭壇の正面へ出た。

 それにフィリクスが抗議の目を向ける。




「……!メリア……?」



 フードの女はフィリクスの視線に気付かず少女の姿を見つけ声を上げた。



「……。何だ、知り合いか?」


「……そんな、メリア、助けなきゃ!」



 祭壇に向かい駆け出そうとするフードの女をフィリクスが女の右腕を掴み制する。女はフィリクスの腕を振り切ろうと強引に腕を振り回す。



「離して、メリアがっ!

 私のせいでっ!」


「馬鹿、殺されるぞ!」



 フィリクスは暴れる女を背後から抱え込む形で左腕で女の肩を押さえ込む。女はフィリクスの腕を振り切ろうと尚もがく。もがく内フードが取れ女の桃色の髪と褐色の肌、特徴的な猫の耳が露わになる。



「嫌っ、メリアっ!メリア!」


「待て……大人しく、痛てっ!」



 暴れる女の拳がフィリクスの顔面に当たる。フィリクスに抱え込まれ尚も抵抗を続ける。女は半狂乱に近い状態だった。




「よってここに皇帝陛下の名の下、メリア王女の公開裁判を行う!」

 祭壇の上の将軍は聴衆の騒めきが落ち着いたのを見計らい少女の公開裁判という処刑を開始する。



「被告、メリア王女は民を見捨て国を捨て、己が保身を図り、皇帝陛下の意に反し我がグメイラ帝国に反旗を翻した王族の一人。


 あまつさえ我らグメイラの法の番人たる我らの手を煩わせ浅はかにも罪を逃れようとした。この者の罪状は反逆の罪である!


 よって、ここに皇帝陛下よりメリア王女には、死を賜る!」




 瞬間、聴衆の空気が凍り付く。

 あまりにも悪露的な判決は聴衆の体温を奪った。もはや取り繕うことすらしない、裁判の体すら成していないその判決は道理を必要としない不条理なものだった。




「そんな……」

 女の顔から血の気が引いていく。女は抵抗を忘れてただ呆然と祭壇を見つめている。震える声にはようやく声を絞り出したかのような響きがある。


 将軍の周りの兵士達が少女を断頭台へと連行する。少女は精一杯の声を出して抵抗するが全く抵抗にすらならず断頭台へと首を繋がれた。




「とくと見るがいい、グメイラに楯突く愚か者共よ!貴様らの末路は皆等しく、正義の剣によって裁かれるのだ!」



 将軍が言葉を飛ばすとそれに反応し兵士達が口々に声を上げる。

「そうだ!グメイラの剣は正義の剣!」


「我らグメイラこそが秩序の担い手なのだ!」


「グメイラに仇なす者に誅伐を!」


「反逆者に死を!」




 溢れる忠誠心、巻き起こる正義の凱歌。他の存在を許さぬその愛国心は暴力となり祭壇に捧げられた生贄に叩きつけられる。



「なにやってんだ、焦らしてんじゃねぇ!」


「さっさとしろ、殺せ!」


「やっぱ来て良かったぜ!

 こりゃ見物だ!」


「殺せーッ!」



 兵士達に触発され聴衆に混じる他の傭兵達が声を上げる。兵士達の狂信的な正義の合唱と傭兵達の下衆な欲望丸出しの野次が混ざり合いこの場は混沌と化していた。



 その混沌は将軍が兵士達の合唱を手で制するまで続いた。



「さあ、メリア王女。最後に何か言い残すことはありますかな」



 将軍は手に持った四角錐の物体を兵士の一人に渡し少女の口元へとその物体を当てる。







「……ちは、……です……」





 少女の声が辺りへ響く。しかし声は掠れ聞き取れない。



「ん、何と?」



 将軍に四角錐の物体が向けられ将軍の声が響く。再び少女に物体が向けられ、



「あなた達は、卑怯です!」



 少女の体から振り絞った声が場に響く。場は静まりこの場に居る者の注目は断頭台の上の少女に注がれた。





「あなた達はみんな自分より弱い者を虐めて、自分の理屈を押し付けて……自分の都合の良い事だけ強調して都合の悪い事は全部他の人に押し付ける……。


 そんなものがあなた達の正義なのですか!?……私の父も母も、あなた達のそんな理屈に殺されました。


 そんな理屈が本当に正しいと思っているんですか?そんな理屈で民たちを幸せに出来るのですか!?」




 少女の訴えは街に響き渡る。その声は静寂を切り裂き、人々の聴覚に心の底へと響き渡る。先程の混沌とした叫び声とは違った澄んだ場の雰囲気が彼女の心と訴えの清さを証明していた。



「メリア…」

 女は少女の訴えに感動し断頭台の上の少女を見つめている。もう抵抗の気配は無いと察したのかフィリクスの拘束が緩む。









 しかし。







「言いたい事はそれだけか。


 なら、やれ」




 将軍が合図を送ると兵士の一人がギロチンに繋がれた縄を切断する。音も無く落ちる凶刃。


 事は一瞬だった。








「、ーーーー。……え?」

 女がその光景の意味を理解したのは事が終わった後だった。


 落された凶刃、乱れる青い髪、頭があった場所からは赤い液体が流れ落ち、人間の頭蓋が祭壇の上へと転がる。あまりに呆気なく人の命が奪われる。少女だったものから止め処無く赤い液体が溢れ出す。数秒に満たない時間、女の時間は止まっていた。




「ここに皇帝陛下に仇なす者は断罪された!我らの法が、正義がまた一つ大きな成果を上げた瞬間である!


 ここに旧国家の時代は終わり、この国は新たなグメイラの属国としての輝かしい歴史を歩み出すのだ!


 諸君!皇帝陛下はお喜びである。ここに偉大なる帝王の名を叫ぶのだ!」



「ネメシス皇帝万歳!

 グメイラ帝国万歳!」


「ネメシス皇帝万歳!

 グメイラ帝国万歳!」




 皇帝の名は大地に響いた。狂乱の宴は間も無く終わり、人々の雑踏の中、失意の女は何処かへと消えていった。



 その後アムリア国は正式にグメイラ帝国の属国になり以後服従の日々が続いていく。政治、流通、食料、人の往来に至るまでグメイラの監視が行われ続けた。


 陽の当たる場所では華やかに、陽の当たらない場所では苛烈に。グメイラの支配が行われた。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 その後、俺とフィリクスは間も無くアムリアを離れ各地を転々としていた。行く当ては無い。目的も、帰る場所も無い。この世も誰とも似ておらずこの世も誰とも起源を同じくしない。



 俺たちは、この世界の人間ではない。


 ある時突然にこの世界へと迷い込んだ異邦人だ。理由や原因などは定かでは無い。しかしそんな事は問題ではない。


 どこの世界であろうとやる事は変わらない。戦場は何処も変わらない。戦いで糧を得て戦いの中で生きる、それは何処の世界であろうと変わらない自分のただ一つの生き方だ。




 ……そう。俺たちはこの生き方しか無い。魔法の理が支配する世界であろうと、異人達の世で一人残されようと。



 故郷の地を離れ、天に見放され。俺たちは生き続け無くてはならない。





 序章 完。



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