鮮血の夜道
#2
大通りを外れ人気の無い通りを進む。夜もそれなりに客足のある表通りを一本曲がる、それだけで人の気配は無くなり夜の静けさが辺りを満たす。
後ろにはまだ市場の騒めきが聞こえるが通りを進むにつれ次第に遠のきやがて消える。石畳の通路と微かな月明かり、肌に染み入る夜風が市場の熱気を静めていく。時折聞こえるのは野良犬の声と風の音くらいだ。
宿は大通りから一本外れた通路を進んだその先の水路に面した通りにある。大通りにある高級な宿を避け裏通りにある宿を選んだ理由は出費を抑える為と下手に騒ぎや面倒に巻き込まれない為だ。
街に満ちる他の人種とは違う異端である俺たちは事件や騒ぎに巻き込まれれば要らぬ容疑や疑惑を掛けられかねない。
異邦人である俺たちにはそれは避けたい事態だ。擁護してくれる人物や後ろ盾が無い以上は小さな事故にも事件にも関わりたくはないものだ。
ーー背後に気配。二つか。
背後から街中だと言うに鉄甲の鳴る音が足音と共に聞こえる。鎧を着ているのか。警戒を強める。
「おい、貴様」
足を止める。背後から呼び止められ意識を背後に向ける。
振り向かず自分と相手の距離を図る。背後の気配は動じずまだ十分距離がある。この距離ならばその場を離れる事も相手に打って出る事も出来る。
手持ちは護身用のナイフか。相手の得物次第だが銃などの飛び道具ではない限りは十分対応できる。
「そう。貴様だ。聞きたい事がある」
敵意は無い、か。
振り返り相手を確認する。相手は二人組で一人は犬か狼に似た毛皮に覆われた耳と金色の鋭い瞳の男ともう一人は耳の長いもう一方より長身の若い男でどちらも体に腕の手甲と足の装甲を外した軽装の鎧を着ている。
どうやら憲兵のようだ。狼のような男のほうが上官で長身の若い男はそれに付き従っている。
「調べによると此処に不審な者が居るらしい。
我々はグメイラに仇なす反逆者を追っている。貴様、何か知っているか」
言葉は難解で馴染みのない響きだった。元々学の無い自分にとって母国語以外は必要最低限の言葉しかわからない。
だが何故かこの言語はすんなりと頭に入り、意味を理解する事が出来ている。言語はこの世界独自のものだった。
何故理解出来るのかはどうでもいい、その言語で短く返す。
「……知らないな」
「そうか。不審な者を見かけたらすぐ届け出る事だ。……いくぞ」
憲兵達は通路を進み闇の奥へと向かっていった。ただの巡回のようだ。聞くところによると半年前の戦争以来、水面下で反乱の機運が高まりつつあるらしい。
グメイラ数ヶ月の沈黙も手伝い反乱勢力は増強を図っているらしい。詳しくは知らないがその規模は広くこの街にも潜伏しているとも聞く。
フィリクスの世間話に付き合った結果か、俺も随分世情に詳しくなったものだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宿の前に着く。宿は二階建てで各階に部屋が六つ。小さな宿屋ではあるが二人で利用するには部屋は丁度いい広さだ。
それ以上となると狭すぎるが。料金は安く二泊三日で銀貨一枚と銅貨ニ枚。その代わり飯の出ない素泊まりの宿で、こうして飯を摂るには外へと出る必要がある。
飯屋の多い大通りに出るには裏通りの入り組んだ路地を進んでいく必要があり、この路地で迷い目的地へとたどり着けない者が多いという。
細く入り組んだ路地の中は土地勘のある者でしか有効に利用出来ないだろう。そしてこの街の裏情勢はこれらの路地に由来すると聞く。
建物の間の細い路地にはゴミを入れる木箱やよくわからないガラクタなどが放置されてあり、暗がりの中は何者かが潜むには適している。この裏通りの暗い印象はこの細路地に起因するのであろう。
「君、少し待ってはくれないか」
暗がりの中から俺を呼び止める男の声が飛ぶ。男の顔は暗がりの中に隠されて輪郭だけが視える。別に気配に気付いていない訳ではなかったが特に留意する必要は無いだろうと無視していた。
だが、その気配は俺を呼び止めた。この世界に知り合いは無く呼び止められる心当たりは無い。ただ、間違いでないのなら警戒を緩める事はできない。
「安心したまえ。君に危害を加える気はないよ。
……君は半年前の戦争で“烈火の戦刃“と呼ばれたアルム、で間違い無いかね?」
俺を知っている……?
確かに半年前の戦争には参加し戦果こそ上げたが名前を知られる程では無かった筈だ。
それにさして関心もなかったが。
「……そう警戒しないでくれたまえ。わかった、顔も見えない相手を警戒するなという方が悪いか。すぐに出よう」
男は細路地の暗がりの中から歩み出てきた。男は耳が長く生え際の後退した金髪と窪んだ頬、聖職者を思わせる法衣に似た服を着た長身は年相応の中年という印象を受ける。
「私の名はチヒテル。この街の教会の魔導協会の者だ。教会はここから北の方にあってね。そこで日々魔道の探求を行っているよ」
男はあくまで友好的にこちらに話しかける。その言葉はいやに慇懃な印象を受ける。どことなく纏わり付くような感じがする。
教会、というのは宗教のそれでは無い。魔術師など魔術使いが魔導を修める集会所の様なものだ。
各町に必ずと言っていい程建てられていて奴のように法衣を着た魔術師を何度か見かけた事がある。宗教のような物は見知った限りは見当たらず全くと言っていい程普及していなかった。
魔導協会、と言うものは良くは知らないが魔術師の集まり程度の認識はある。権限だけはあるらしく、グメイラ帝国も彼らには懇意にしている様だ。
「自己紹介はこのくらいで、君はアルム、で間違ってはいないか? 人違いでなければいいのだが」
答えねば話は進まないらしい。警戒を緩めずに答える。
「……そうだ」
「ほう、やはりか! うむ、噂に聞く燃えるような赤髪と赤眼……やはり君がアルムだったか。
君にはいずれお目にかかりたいと思っていてね。君の活躍は聞き及んでいるよ。なんでも敵将を討ち果たし、炎の魔術を行使して高い戦果を挙げたとか。
やぁ、君のような”英雄”と話が出来るなんて光栄だよ全く!」
男は夜だというに声高に話し始める。言葉には賛美と尊敬の念が込めてある。
……過剰な程に。かえって慇懃無礼に感じる程だ。話半分で聞いていたが鬱陶しい限りだった。
「……おっと失礼した。私とした事が年甲斐も無く……本題に入ろう。実は君に折り入って頼みがある。
君の力を貸して欲しいのだが、そうだな……立ち話も何だから場所を変えよう。すまないが来てくれないか?」
「……頼み?」
「その通り。……とても重要な話だ、他の誰かに聞かれたらまずい。
君さえよければ私と少し来てはくれないか? 君に損はさせない。さぁ、こっちだ」
男は宿前の水路の方に手招きする。どうやらこちらが断る事を考えていないようだ。
……以前何処かで似たような奴を見たような気がする。そいつは口が上手く上官に付け入り、部下を甘言に乗せて利用する奴だったか。
最後はどうなったかは知らないがそいつは無能と言っていい程度の存在だった事は憶えている。この男はそいつと同類だろう。
しかし別段話を断る必要も無い。話だけは聞こう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
男に招かれたのは街の至る所を通る街の水路だった。オルクの街では至る所に水路が巡っておりその水路の傍には通路がある。奥に進むとトンネルの様になっておりそのか先には迷路の様に水路が張り巡らされている。
この水路は土地勘のある者には抜け道のように利用されておりグメイラの統治が行き渡っているオルクの街でも裏情勢が活発なのはこの水路が一因になっている。
宿の近くの水路の入り口近い場所は外から見えない死角になっていて話声もあまり外からにはわからないだろう。
薄暗い洞窟のような水路に聴こえるのは水の流れる音と天井の雫が滴る音のみだ。
「さて、ここでいいだろう」
男は足を止めこちらを振り向いた。気取った声が洞穴のような水路の中を乱反射し響く。
「君に話というのは他でもない。実は私はグメイラの支配に対抗する反乱軍の一員でね。この街の反乱軍、“明けの明星”を纏める立場にある。
今日は優秀な戦士である君の力を反乱軍に貸して頂こうという話でね。なにもただ、という訳でもないさ。君の事をこちらで雇い入れて働き次第で報酬を出そう。
無論食事や武器の手入れなどの事は全部こちらが面倒を見よう。……悪く無い話だとは思わないか?」
男は矢のように話を始める。どうやらこの男は傭兵である俺を雇い入れたいらしい。条件自体はそう悪いものでもない。
「……いや。君にこんな事をいきなり言っても受け入れて貰える訳は無いな、失敬した。先ずは君を雇い入れる経緯と理由から話そうか」
男は襟を正し一呼吸置くと饒舌に事の経緯を話し出した。
「君を雇い入れる理由はやはり年々増長するグメイラの圧政とその脅威からだ。何年か前に突如グメイラが他国に対し侵略戦争を仕掛けてきてね。
奮戦虚しく圧倒的なグメイラの軍の前に半年前のアムリア含めネアヒム、ルガー、三つもの国が攻め滅ぼされグメイラの属国になった。それと同時に元々属国だったここガラント含め六つの国に重税と圧政が敷かれてね。
税収の増加や規制や取り締まりの強化、若者は強制的に兵役に連れて行かれ生活が経ち行かない所もある。これ以上圧政を強いられていては我々の生活と命が危ない。
……これに対抗する為に我々のような反乱軍が各地で組織されているのだよ」
……よくある話だ。圧政に耐えかねた民が政権に対し反旗を翻す。そして政府と民の紛争になり長い争いと終わらない政府と民のいたちごっこが続いていく。
俺の故郷でも、この世界でもどちらも起こることは変わらない。ただ国の名前と大義名分の方針が変わるか前後するかだ。
「とはいえ反乱軍とグメイラ帝国との力の差は歴然だ。正面から戦えば勝ち目は無い。
しかし、君の様な英雄の存在があればどうだろう、君の存在が反乱の旗頭になり、やがて機運が高まりいずれはグメイラを打倒する力になるはずだ、君はいずれ救世の英雄となれるのだよ!
……そう。戦力面だけではない、ただの戦士の一人に収まらない何かを感じたからこそ私は君を雇い入れたいのだ」
男は大仰にまるで壮大な物語を語って聞かせるように大きく身振り手振りを入れて一連の話を話終えた。
もしここが集会が何かだったら拍手の一つでも起こるかもしれないが、あいにくとここに拍手を送るような聴衆はいない。
自らの高説に酔い痴れ満足そうな顔で男は問いかける。
「ご理解頂けたかな? 君にとっても我々にとっても悪く無い話だとは思わないか。さぁ、どうだろう我々に力を貸してくれるかな?」
単に条件というのなら悪くは無い。
だが。
「……いや。俺には従う理由は無い」
「な、何故だ?」
何故か。それはただ、反乱軍に付いてグメイラと戦う理由が無いからだ。
それ以上でもそれ以下でもない。義理も無ければ興味もない。これ以上時間を取る気もないので踵を返し水路の入り口へ足を向ける。
「まっ、待ちたまえ、よく考えた方がいい。このままグメイラの支配に甘んずるよりも我々に付いて正義を行うことが、その、高名な君にとって……き、聞いているのかね!?」
言いよる男の制止を振り切り水路の入り口へと出た。水路端から裏通りの道へ出る階段を上って宿へと向かう。
途中、絶え間なく男の制止を受けたが元より興味はない。男の声を意識の外へと飛ばして宿へと向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
男は尚、説得を続ける。
「やはり、私はこう思うのだ。君との出会いは運命的なものではないか、と。
長い歴史の中でもあるじゃないか、ある一つの出会いがその後の歴史を決定付けた……私はこれがそうだと思うのだよ。後は、君が首を縦に振ってくれれば良いのだよ……それだけで君は言葉通りの英雄と成れる!
私は確信してるのだ、君が皇帝ネメシスをも倒し伝説の中に名を残すのを……。そうに違いない、私は……」
水路から出て宿へと向かう道中、男の執拗な説得は続いた。よくもそれ程ぺらぺらと喋るものだ。
男は横に張り付いて離れない。絶え間ない説得の言葉を聞き流し歩みを進める。
「おい貴様、そこで何をしている!」
暗い道先から怒号が飛ぶ。男の執拗な説得は先の異変に中断された。
見ると先程の兵士が二人、その人影に迫り立ち塞さぐ。
「小僧、貴様それは何だ? 私にはそれが我々憲兵隊の書記に見えるが」
「っ、これは……」
「……待て、そいつは……」
上官と思しき兵士が月明かりを頼りに懐から手帳を見る。片角の生えた黒髪の少年は明らかに動揺していて逃走の隙を窺っているようにも見受けられる。
「あれは、キース君ではないか。
まさか……あれはベアトリス君の言っていた……まずい」
物陰に隠れ様子を伺う。横の男は少年の姿に愕然としている。少年の抱える包みはどうやらこいつに関係のある物らしい。
「やはりこいつは……。貴様、手配にあったキースだな?
貴様には反乱分子に加担した疑いがある。今すぐ我々と来てもらおう」
「くっ」
素早く少年は腰に隠した短剣を兵士に向ける。月明かり越しに青さを帯びた輪郭がわかる。
「ほう。歯向かうか小僧。だが、そんなもので何ができる」
「俺だって戦える……何より、これを皆の所へ持って行くまでは……!」
少年は懐に包みを庇い、刃を立てる。怖れを噛み殺した表情は明らかに焦りの色が伺える。対する兵士二人は線の細い少年に対して慢心している。
腰の剣を抜くと、なぶり付ける様に剣先を喉元目掛けて突き付ける。
「小僧。これではっきりしたな、貴様も反乱分子と見た。
どれ、相手をしてやる。そのあと、ゆっくりと仲間の事を吐いて貰おうか」
兵士二人は距離を詰めていく。少年は次第に壁際に追い詰められる。仮に魔術が使えるのなら、慢心を突いて致命を狙う事もできるがその様子もない。
あるいは応戦して相手を倒す。しかし、少年の得物は兵士のそれの半分以下、相手は長剣。分が悪い、こうなってしまった以上は戦闘は避けられない、敗色の色は少年を染めつつある。
「き、君……なんとかしたまえ! そうだ、君は確か傭兵だろう? ならば私は君を雇おう。報酬は必ず出すからこいつらをなんとかしたまえ!
彼が、いや同志たちの活動が露見する訳にはいかん。こんな所で終わる訳にはいかんのだ、協会での出世も控えている、私は……」
「……それは依頼、か?」
声に不意を衝かれたのか。男は馬鹿の様に表情をなくしている。
「そうだ、これは依頼だ。
報酬は幾らでも出す! だからはやく、なんとかしたまえ!」
「わかった」
簡潔に答えを返す。
……方針は決まった。ならば。
「さぁ、覚悟しろ小僧」
天高く剣先を振り上げる。鈍い月光が返り後の無い少年を捉える。
……お陰で気配を悟られる事なく接近出来た。
「グメイラに楯突く事がどういう事か、教えて」
ナイフを抜き足音を殺し、
がら空きの背中目掛けて、貫く。
「ぐ、……!?」
あまりの突発的な出来事に不意を突かれ何が起きたか理解が追いつかないまま兵士の身体は麻痺したみたいに動きが留まる。
「え……?」
「な、んだ貴様はァ……ッ!」
力任せにこちらの姿も確認出来ないまま振り上げた長剣を叩き付ける。
空を切る音が背後に抜けた。視界の隅の若い男は棒立ちのままだ。
最短、最低限の足取りで長身に組み付き、ナイフを逆手に兵士の喉元へと突き立て、一気にナイフを引く。
「ひ」
鮮血が路地を赤く染める。兵士の喉元から噴水よろしく溢れる血液は兵士の力と命と共に流れ出る。
低く悲鳴を上げた若い兵士は瞬間に顔の血の気が引き、ただ呆然と目の前の光景を見るのみ。
兵士の体は支えを失っていく。兵士は何か声を出そうとしているのか首に空いた穴から、ヒューヒューと空気の出る音がする。
しかしそれは声にはならずただ空気の排泄となるばかりでやがて、その剣を取り落とした。
もう一人の若い兵士はまるで時間が止まったかのようにその場にただ立ち尽くしている。
やがて空気の抜ける音も無くなり糸の切れた人形はその場に崩れ落ち自らの血溜まりの底へ沈んでいった。
一人目を排除し、振り返り一別する。ようやく我に返った年若い兵士は目の前の上官の死とそれを一瞬で行った相手を見て恐怖を顔に浮かべるばかりだ。片角の少年も呆然と見入っている。
二人目を排除すべく距離を一歩、また一歩と進めていく。得物での不利はあるが心理的に優位に立った今、充分にこちらに勝ち目がある。
目の前の兵士はようやく震える手で剣を構える、だがこちらが一歩進む度に兵士は一歩後退しこれ以上間合いを詰められたく無いのか、逃げるように後退していく。
「……ぅ、うわぁぁぁぁぁぁっ!」
兵士は叫び声を上げるとこちらに向かってくるのでは無く、剣をその場に捨てて一目散に背を向けて走り出した。なりふり構わぬ全力疾走で今の自分の姿形など気にせず死に物狂いで走り去る。
しかし、逃がす訳にはいかない。ここで逃せば後々援軍を呼ばれ窮地に陥るからだ。精神を集中し《炎》の魔術、その言霊を唱える。
「ーー我が敵を焼き尽くす炎ーー
《アルファイエ》」
イメージは言霊と魔力によって具現され腕からは火球が放たれ逃げ惑う兵士を襲う。
火球は一直線に飛んでいき、
兵士の背に命中、爆散し兵士の体を火炎がのたうつ。
「うぁぁぁあああああ! あつい、熱い! あぁぁぁっっ!」
兵士は全身を炎に巻かれ悲鳴を上げて身悶え苦しんでいる。
パニックを起こしバタバタと回り、体の火を消そうと自分の体を叩いたり地面に転がったりしている。
やがて水路側に体をもたれてそのまま水路へと落ちていった。
「……すごい」
事を終わらせると片角の少年はぽつりと呟いていた。曰く、得難いものを見付けたみたいな顔の様に。
「君、何も殺すことはなかったのでは……?」
対象的に殺しを以来した男は訝しげに話しかけてきた。男は恐る恐るこちらの顔色を伺うように近づいて来る。
「あ、チヒテルさん……?」
法衣姿の男を見、少年は安堵の表情を向けている。
「離れるぞ。騒ぎになる前に」
目的は果たした。踵を返しその場を離れる。
「あ、……あなた、は」
法衣の男とその場を跡に、急いでその場を離れる。片角の少年は視界から消えるまで暫くその場に立ち竦んでいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
現場から離れある一本道に身を隠す。薄暗く街灯も無く外からはよく見えないようになっており身を隠すには丁度いい場所だ。現場から歩いて十分程の場所で宿からは少し離れてしまったがこの場合仕方あるまい。
「さて、報酬だが、あいにくと今は持ち合わせが無くてね。明日、お礼を兼ねて私達の拠点に招きたい。
そこで報酬を渡して少し話をしたいのだがどうだろう?」
頷く。
「そうか。よかった。色々とあったが結果として君を選んで正解だったよ。さて、場所だが……」
男は紙を手に取り壁を机代わりにして天から差し込む月明かりを頼りに地図を描いている。描き終わるとペンを棒代わりに説明を始めた。
「君の宿から、街の西区に移動し私達の拠点の建物が見える。この図を頼りに明日の昼、ここに来てくれたまえ」
男は説明を終えると紙をこちらへ手渡した。ペンを仕舞うとこう続ける。
「分かると思うがこの街、いやこの地方一帯はグメイラの支配下にある。逆らえば命の保証は無い。
恐らくは先ほど君が倒した兵士もグメイラに徴兵された若者の一人かもしれん。このままではこの街だけではない、いずれこの西の大陸全土をグメイラは征服してしまうだろう。
そうなっては私達に未来は無い……その未来を変えられるのは君なのかもな。どんな犠牲を払ってでも我々はグメイラを止めなくてはならない。
すまないが、明日改めて話そう。今日は助力感謝するよ。ではこれで」
男は一礼し、闇の奥へと向かっていった。一人残された俺は手渡された紙切れを仕舞いその場を後にする。
何やら結局厄介事に巻き込まれたようだ。決して興味がある訳でも必然性も無いが身に降りかかる以上は全て対処するまでだ。
宿へと向かう。街灯の無い夜道はまるで暗いトンネルの中のようだ。
端をみれば時折ガラクタや動物の死骸などが見受けられる。気がつくと自分の足元は黒く血に濡れていた。
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