明けの明星
#7
彼女に連れられて細い路地を行く。慎重に万が一にも追っ手などに見つからないよう安全を確認しながらの移動でその為、普段よりも時間がかかってしまったようだ。
細い路地を抜けると広い通りに出た。どうやら放射線状に伸びる主要な通りを繋ぐ道らしく、整備されこれまで通って来た裏路地とは違い清潔な印象を受ける。
そこの、一番近くの出口から正面に三階建ての建物があった。入るものを出迎える石段、入り口の扉は両開きになっていてその両隣りにはゆったりとした大きさの窓がある。
上の階にも同様の窓が扉と窓の同じ間隔で見受けられた。建物の柱はクリーム色で塗装されており、壁の色は淡い赤色になっている。
「ここよ」
どうやらここが例の反乱軍とやらのアジトらしい。この何の変哲も無い、他の建物の中に埋没してしまいかねない無個性な建物の中で壮大な帝国転覆のシナリオを練っている……のかもしれないが、正直な印象は、
「あまりパッとしない所だな」
「仕方ないでしょ。
目立ってはまずいわよ」
それもそうか。
ま、この手の組織は日常の中に紛れ込んで牙を研ぎ、虎視眈々とその機会を窺うのがセオリーだ。
公的機関の捜査の目をかいくぐっての諜報活動ってのが定石、その姿を公然に晒す事は組織の全滅を招きかねない。
その為、拠点とする建物も周りから余り目立たない事が求められる。
その点この建物を拠点に置くのは理に適っていた。
彼女にここへ連れて来てもらったのはあくまで自分の意思でだ。理由を挙げるならちょっとした義侠心と男気、それとほんの少しの下心か。
全く、相手がちょっと良い女だからってここまでする事は無いだろうに……。
我ながら己のお人好し加減にはあきれる限りだ。
彼女は建物の扉を開ける。扉の奥からは微かな人の話し声が聞こえる。どうやら少なくない人数がいる様だ。
「さぁ、入って」
彼女は開けた扉を手で押さえて確保しつつ奥へと招く。意を決して石段を登り扉をくぐる。
建物の中に入ると蝋燭の灯りが出迎えた。壁に取り付けられた蝋燭を立てる台から芯の太い蝋燭が部屋へと続く通路を明るく照らしている。
通路は電気でも使っているかの様な明るさで床には幾額模様の青い絨毯が敷かれている。左右にあるドアは右側はキッチン、左側が談話室に使われているらしいが人が居ないようで人の気配はない。
正面のドアは広間に繋がっているようで半開きのドアからは幾人かの話し声が漏れてくる。
扉を閉めた彼女に先導され通路を行く。そう長くはない筈の通路だが微かな緊張のせいか妙に長く感じてしまう。半開きのドアに手をかけ部屋に入る。
部屋は蝋燭の暖かい灯りに照らされて、人の話し声に満たされていた。床は廊下の絨毯とは色調の違う赤で、石造りの天井にはシャンデリアと思しき照明灯が吊るされていた。
左手には上の階に昇る階段があり、右手には便所の入り口、奥には暖炉まである。家具もシックな物が揃えられ暖炉近くには木製のテーブルと向かい合う二、三人掛けのソファーが置かれている。
部屋の端の方には予備の椅子や一人掛けのソファーが置かれており、二つほど椅子が使われているようでソファーの辺りに一脚づつある。
中は騒めく程度の人数が集まる。
容姿の特徴や年恰好も様々で中年ほどの毛深く筋骨隆々の恰幅の良い男性や、
十代後半と思われる片角が生えた少年、女性も数名見られ、中には耳が長く同時に二本の角が生えた女性も見受けられた。
そのリーダーと思しき男性は二つある対面式のソファーに座り何やら熱心に話している。
その対象は向かい合うソファーに腰を掛けた短髪の赤髪が特徴的な男性。
その男性は熱心に話す男性の話をうんともすんとも言わずに黙って聞いている。周りの人もそれとなしに各々話していた。
まだこちらの入室に気付いていないのか、談合は続けられている。
「……故に私はこう思う。いつだって歴史を変えて来たのは若い伊吹だ。
ならばそれを支えるのが我々の様な存在であり、それを証明していくのが君の様な……。おや」
ようやくこちらに気が付いたのか、目線がこちらへと向く。長い耳の中年程の男性はソファーから立ち上がると
「やあどうしたニコル、今日はてっきり来ないものと。ん、そちらの男性は?」
「チヒテルさん、この人は私のお客さんよ。多分内通者では無いから安心して」
周りの人々もこちらに気が付いてちらほら顔を向けてくる。リーダー格の男性は遠目にこちらを観察し納得をしたのか、
「君が誰かをここに連れて来るとは珍しいな。……いいだろう、君の観察眼は信頼している。構わない、来なさい」
許可が出た様だと彼女が目配せをして知らせた。仲間の元に歩く彼女に付いていく。周りの様々な視線が刺さる。
好奇の目や僅かな疑念、戸惑いや困惑といった様々な視線を感じる。僅かながら好意的な視線もあるような無いような、そんな十数歩の距離が気まずい。ある程度耐性が無いでもないが。
対面式のソファーの左側側、リーダー格の男性の近くまで来ると周りの視線とは打って変わり好意的な反応で出迎えた。
「御機嫌よう。君はニコル君の友人かな? ようこそ『明けの明星』へ。私はここから程近い北区の修道院の魔術師、チヒテル。以後お見知りおきを」
チヒテルという魔術師は恭しく礼をする。ばかに丁寧すぎる気がするが、こちらも礼を返した。
ちなみに修道院とは魔術の求道を行いその教えを人々に広める、魔術師たちの、いわば教会の様な施設だ。修道院は各地にあり、国内外を問わず広いネットワークを持っているのだとか。
「今日は客人が居てね、君の相手を後回しにしてしまう事を許して欲しい」
客人か。チヒテルとかいう男に対面している奴がそうなのだろう。目線を右にずらす。
「……げ」
その無表情の貌はよく見知ったものだった。
「チヒテルさん、客人というのは」
「そこの彼は故あってこの街へと流れ着いた傭兵でね、それもただの傭兵では無い。
彼は先の戦争で彗星の如く現れた彼の『烈火の戦刃』、アルムなのだよ」
「烈火の、戦刃……」
彼女は口に含めるように相棒の通り名を呟く。こんな所にまで名前が知られてるなんて、奴もいつの間にか有名になったもんだな……と思いながら、
途端、降って湧いた真っ当な疑問を口にする。
「……お前、何でここに?」
「おや。君はアルム君と知り合いなのかね?」
チヒテルは口を挟んでくる。周りの視線も同様に疑問を投げかける。
で、当のアルムはと言うと。
「…………」
例の如く黙りこくって視線だけをこちらへと向けている。テーブルの上にはオムライスによく似た卵料理が九割方食べた状態で置いてある。
くそっアルムの奴、朝メシ抜きの俺を差し置いて一人でタダ飯とはっ……!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「大体、要点は掴めた」
その後の話を纏めるとこうだ。
アルムはチヒテルからの反乱軍参加への誘いを受けるもそれを突っぱねてその後、巡回中の帝国兵士に狙われた反乱軍の一人を助ける依頼をチヒテルから受けてそれを撃退。
報酬の話も兼ねてこのアジトでこの好待遇を受けている、と。
道理で妙に珍しく宿に遅く帰って来たり、朝早くから外出したりしていたんだな。
まさかとは思うが、さっきの兵士の焼死体もアルムのせいか。焼死体まで出すなんてちとやり過ぎな気がするが。
部屋の端から出された俺とニコルはのソファーに腰を掛けこちらの転末を一通り語る。
それぞれ感心したり改めて疑念の眼を向けたり、或いは純粋に話自体を楽しんでいるものも居たか。
……ただ一人仏頂面を保っている約一名を除いて。
「お解り頂けたか? アルム君は何を話しても首を縦にも横にも振らんのだよ」
チヒテルは諸手を上げて参った様に首を横に振る。長い事説得を続けたのだろうか、顔にはやや疲れの色が伺える。
「心中お察しするぜ……。コイツは暑くても寒くても、嬉しくても悲しくてもこのままなんだよ」
半年以上の付き合いになるが、相棒の仏頂面と寝顔くらいしか表情を見た事は無い。
そもそも喜怒哀楽があるかどうかも怪しい位で、折角吐いた冗談もこいつの前では全くの無駄になってしまう。
……愛想笑い位は覚えて欲しいもんだが。
「さて、本題に入ってもいいかね」
チヒテルはソファーに腰掛けたまま指を組み、場の空気を切り替える。
周りの人も各々の話を止めてこちらを注視し、法衣姿の中年は恭しく口を開く。
「先ほどアルム君にも話していたが、私たちはグメイラ帝国と戦う反乱軍と呼ばれている組織の一つだ。
私たち反乱軍、いやグメイラに対する国や組織は強大なグメイラ帝国と戦う為の力を付けている。組織は所によって傭兵を雇ったり、勢力を拡げたりとやり方は違うがグメイラを倒す事は同じの筈。
ならば、私たち『明けの明星』はそれら組織を一つに束ねて大きな力としようと考えている」
成る程、例え足並みが揃わなくても共通の敵を倒す為のわかりやすい目標にしようということか。それならば自然と人が集まり、組織は大きくなり、いずれはグメイラ帝国を倒す原動力になるかもしれない。
「その為に私は考えた。何か旗頭になる様な存在が居れば呼び掛けに対して効果を発揮するだけでなく、反乱軍……いや革命の旗印になるであろうと!
そこに現れたのがアルム君という名のある“英雄”だ。ならば是が非でも支配からの解放の為、平和な世の為、その力を振るって頂きたい。
……無論、その折にはフィリクス君も一緒に戦ってくれるかな」
……その考えや動機には賛同できる所もあるが、
一点だけ引っかかる所がある。
何で、アルムが中心で考えられてるんだ? 百歩譲ったとしよう、
アルムが多少は有名人で凄腕の傭兵で、その“英雄”だとして。どーして俺はアルムの付録みたいな扱いになるのか。
不当だ、不遇だ、あんまりだっ。
「おや、どうかしたのかね?」
チヒテルは首を傾げていた。……いまの、表情に出てしまったらしいな。
「何でもないよ、何でも」
「ふむ。そうか」
納得したのか小さく頷く。気を取り直して神妙な面持ちで言う。
「返事はすぐで無くても構わない、なるべく前向きな返事を願いたいのだが」
周りは一様にこちらを見ている。
未だこちらを警戒する者、期待を持って答えを待つ者、そのどちらでも無く様子見程度でこちらを見る者、様々な視線が俺と赤毛の青年に注がれている。
……さて、どうしたものか。有益かどうかで言えばそうでも無い。だが参加するのなら身寄りの無い俺たちにとって衣食住を約束された居場所が出来るという事でもある。
反対に利用するだけ利用されて土壇場で切られる可能性もありえる。情報も少な過ぎるしこれが正解とも限らない。
元の世界に戻るという意味でも必要な情報や手段を捜す事も出来るだろうが、その前にあのグメイラと事を構えるのは確実。別段、帝国に怨みも義理も無いがその強大さは理解している。
ニコルみたいな奴だって居る、アルムみたいに戦いの中にしか生きられない奴も居る。そんな込み入った連中に与する事が果たして本当に正しい事か?
俺やアルムが仮に手を貸した事でどうにかなるとも思えんし、正義や理想なんてものはまず俺の柄じゃあない。
どうするべきかーー。
「待って、チヒテルさん」
暫しの沈黙を破ったのはニコルだった。チヒテルを遮るように続ける。
「この人たちは本来関係無いはずよ。それをちょっと有名だからって……少し強引すぎはしませんか。
私もフィリクスには助けられたけど、代わりに命まで差し出して欲しい訳じゃない。
むしろ彼らにとって危険すぎる申し出ではないかと思うわ」
「ニコル君、君の言う事も一理ある。しかし今は形振り構ってもいられないのだ、今が今後の歴史を変える一大転機なのかも知れんのだよ。
……それに彼らの情報も裏は取れている。彼らの情報を提供したのはベアトリス君なのだから」
チヒテルは長い耳と二本の角を頭に持つ女性を指す。女性はニコルよりもやや歳上の印象を受けた。
「彼らは半年前のアムリア戦だけじゃなく、魔獣との戦いから生還もしている。同胞狩りの仲間だけどかなりの凄腕の事は確かよ」
同胞狩り。以前の仕事は暴徒の鎮圧とか賊の制圧とか聞かされていたが、あれがそうだったか。
賊の割には戦い慣れていない奴が混じっていたり、妙な感じではあったが……寄せ集めの素人部隊だった訳か。
「でも、この人たちは」
「それとも、私の情報が信用ならないとでも言うの? 貴女は」
有無を言わさぬ剣幕に押されニコルは口ごもる。しかしまだ言いたいがあるのか口惜しそうにしている。
「悪いな。心配してくれているんだろ?」
ニコルはハッとこちらへ顔を向ける。不安そうな顔を見、言葉を続けた。
「でもな、心配は要らねえ。それなりに死線は潜ってきているし、
腕も悪くないはずだからそう簡単には殺られないつもりだ」
「大した自信だな」
体格の良い、他の人とは頭一つ分背の低い中年ほどの男性が口を挟む。こちらの強さを値踏みしているのか、会話には入らずにこちらを観察している。
チヒテルに顔を向ける。先ずは答えを出す事にした。
「あんたの反乱軍参加への誘いだが、
イエスかノーで答えるならーー
イエスだ」
「イエス? 何か。
肯定と言うことか?」
チヒテルは面食らったように小首を傾げる。まさかイエスとノーが分からないのか。おっと、まずいか?
「あ、ああ。そうだ。
……それはともかく。理由はこっちにとって利点があるからだ。
仕事には困らないだろうし、何より組織に属する以上は武器の手入れは当たり前として、寝床も確保出来るはずだろうからな。
思想や思惑は別として悪くない条件だと思ったからよ。
勿論、報酬は出るよな?」
「勿論だとも。最高の待遇を約束させて貰うよ」
「なら、決まりだな。アルムも、それでいいか」
赤毛の青年は一度こちらに視線を向け、視線を落とし、
「わかった」
一言、それだけを呟いた。
「良かった。ようこそ『明けの明星』へ! 歓迎するよ」
緊張感は解けて部屋に人々の騒めきが戻る。周りの人々は和気藹々と口々に歓迎の言葉を口にする。
「ふん。『烈火の戦刃』か、お手並み拝見といこう」「アルムと言ったわね。よろしく」「アルムさん……心強いです」
……なんか、心なしかアルムばかりが歓迎されてるような。俺も一応居るのだからもう少し歓迎してくれたってな。
歓迎一辺倒ではないものの、基本的に皆アルムと俺を受け入れている様だが、あの片角の少年のような羨望の眼差しを少しはこちらに分けて欲しい。
「……本当に、良かったの?」
盛り上がる歓迎ムードの中、ニコルがこちらを心配してか、声を潜めて話しかけてくる。
「ああ。それにどうせこの先もグメイラと関わり合いになるだろうから、情報を集めとかなきゃな。
それに、あんな風に子供を晒し者にして殺す様な連中は許せねぇ。生きる為とはいえあんな連中に肩入れしてたのが馬鹿みたいだ」
「そうね。……ありがとう。でも、今ならまだ、」
「まぁ、その。野暮なことは言いっこなしだ」
半分は打算、半分は義憤、いや成り行きに身を任せた結果だが。
一度関わってしまった以上は放って置くのは後味が悪い。別に最後まで付き合うことも無いだろうが、せめてニコルの敵討ちの手助け位はしてやりたい。
それに、ここに居ればそのうち元の世界に帰る方法とかが解るかも知れない。
とりあえずは元の世界に戻るまでここの世話になろうとするか。
…………だが。俺たちの知らないその裏では、予定調和を図るが如く。
より大きな存在が動き出し、まるでスイッチを押した様に事が始まっていくのを知る由もない。
舞台は動く。視えない筋書きに踊らされ役者は街を劇場と化していく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます