正義の名の下に

聖帝騎士団

 #1




 緊張が街の人々を包む。


 全身を甲冑で纏い口元のみ空けられた鉄兜を被り一様に固く口を結ぶ。それら兵士は身体の半分ほどの大きさの盾と槍で武装し、規則正しく隊列を組み行進する。さながら軍事パレードの如き物々しさで街を行軍する様は見る者を威圧していた。


 先頭の人物に率いられる形で四人を一列として三列で十二名、それを九つ。それを纏める形で先頭の人物の後ろに付いている一人を合わせて計、百十名の行軍。その後方に控える予備兵力、凡そ二百名余りを加えると実に三百名。軍勢は厳かに行進する。




 先頭を行くのはグメイラ帝国の忠臣、オルゴー将軍。通称『鉄血将軍』。多くを狼人族で構成される軍団『聖帝騎士団』を率いる事で知られる彼はその狂信的な忠誠を主君であるグメイラ帝国第三十四代皇帝、ネメシスに捧げている。その為、同じ帝国内の兵士であっても皇帝に忠誠を誓わない者を決して許さず粛清の対象とすらしている。その為、オルゴー将軍は狂信的な粛清者として帝国内外から恐れられていた。



 聖帝騎士団もまた、皇帝ネメシスに忠誠を誓う者ばかりが集められ日々皇帝の威光を知らしめる為、不忠なる者を粛清する為に目を光らせている。そして狼人族特有の同族意識のせいもあり大多数が同じ狼人族が占めている。


 少数は他の人種も在籍するが、いずれも厳しい選考と高い忠誠心があって初めて所属しており、他の兵士に勝るとも劣らない忠誠心を持っている。



 先頭のオルゴー将軍は指揮官らしく他の兵士よりも目立つ鎧を身に纏う。

 より装甲は厚く、細部に金の細工があしらわれ、要所にはグメイラの紋様が描かれている。左手の大楯には大きくグメイラの紋様が描かれ、右手の槍と斧を合わせたような獲物、ハルバートは皇帝ネメシスからその戦果を称えられ賜った物であり、その斧槍で数々の粛清を行っていると言われている。



 その斧槍を振り上げ石畳の上を叩くと、足並みを揃え予定されていたかの様にぴたりと行進を止める。




「聞け! 愚かなる反逆者共よ! 我が名は皇帝ネメシスが一番槍、オルゴー将軍である!


 貴様らがこのオルクの街に潜んでいる事は調べが付いている。皇帝ネメシスの名において貴様らを一人残らず捕らえ、粛清する!


 抵抗をするのならば、必ずや皇帝陛下の怒りが貴様らを焼き尽くすだろう!

 隠れても無駄だ、己の罪深さを恥じるのなら今の内に前に出るがいい」




 戸惑いと恐怖が人々を支配した。ただ騒めきが起きるだけでついに前に出る者は居なかった。



「良かろう、あくまで皇帝陛下に逆らうと言うのか。ならば与える慈悲はこれで終わりだ!


 行け、勇敢なるグメイラの兵士達よ! 愚かなる反逆者共に陛下の御威光を示すのだ!」


 オルゴー将軍の号令により兵士たちは分隊毎に街の各所に向けて進軍を開始した。隊列を決して崩さずに街中を進軍して行く兵士の様は、見る者に恐怖を与える。怯え、恐怖に体を竦めるばかりだ。




 アムリア解放戦争から半年、本来領国の主要な都市での行軍は後の戦いの火種となり、この事件は『オルクの街の惨劇』と呼ばれる事になる。


 そして、大いなる禍いがこの街を包み込む事になるのを、今は誰も知らない。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 反乱軍『明けの明星』に身を寄せてから二週間、フィリクスと共に元の世界へ戻る方法を探っていた。しかし情報は集まらず、調査は難航していた。この世界の事はこの二週間で分かってはきたものの、事態の打開は望めずに今は宿で体を休めている。




 そこにどたどた足音が聞こえ勢いのままドアが開かれた。


 訪ね主は片角の少年、キースだった。彼は息を切らしており、息を整えようと胸のあたりに手を当てている。



「はぁ、はぁ、アルムさん、

 ……大変です」


「キースか。どうした、そんなに慌てて」



 フィリクスは彼の慌てぶりを見て尋常ではない物を感じていた。キースは息を整えると、



「グメイラが、この街に軍を寄こしてきたんですよ!」


「何だって!?」



 フィリクスは声を上げた。だが直ぐに事態の重大さを感じ平静を取り戻し焦りの色を見せる片角の少年に尋ねる。



「それで、グメイラは何処から?」


「東側です。かなりの数が居るみたいで、他の同志を見つけると襲いかかってくるみたいだ。それに捕まった奴が何人も……」




 状況は緊迫しているようだ。グメイラは本腰を入れてこの街の反乱軍を一掃する気でいるらしい。ここ最近でも取り締まりの強化が目立ち、反乱軍への監視の目が厳しくなっている。


 だが、こちらの所在や構成する人員、それらの情報がここまでの大規模な作戦を展開し得る程、確かなものであるのかは判らない筈だ。



 ……ならば、こちらの情報が流れていたのか、それとも内通者が居るとでも言うのか。有り得ない話では無い、内通者については敏感になっていたからな。




「そうか。なら、グズグズしてる暇は無い。キース、他の連中は何処に居るか判るか?」



 フィリクスは話もそこそこにクローゼットを開けて、中の斧や剣といった武器、鎧を取り出して戦闘の準備を始める。フィリクスから渡された剣と皮の鎧を受け取り、身に着けていく。



「チヒテルさん達はたぶん、いつもの場所にいるはず……。まだあそこまでは手が行き届いてないかも知れないから、今から行けば間に合うかもしれない」



 断定の言葉ではない。あくまで希望的観測であり、実際はどうなっているのかは行って見なければ判らない。迂闊に動けば、こちらもグメイラ軍に包囲される。それが分かっているのか、キースの言葉にはどことなく自信が無い。




「なら、あっちは……駄目か、表は無理だろうな。何処か安全な裏道か何かは有るか」



 キースは腕を組んで、間違いの無いよう思考と記憶を巡らせている。



「地下水道なら、そこまでは連中の手は及んで無いはず……。俺もここまで地下水道を通って来ましたし、ずっと行けば街の外にも出られるから上手く行けば逃げられるかも」


「地下水道だな」



 フィリクスは既に全身を鎧で纏っており、手甲を着けていた。身の丈ほどもある大斧を担いで戦闘準備を完了する。



「行くぞ、アルム」


「ああ」




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「なっ……! それは本当かね?」



 法衣を着た精霊族の男性、チヒテルは驚嘆の声を上げる。アジトの一階の広間には四十名余りの人数が集まっていた。街の北区にいる構成員のほぼ全員が集まる形となっている。男女比は男性が多いものの、女性も少なからず居る。


 年齢層も人種もばらつきがあり、それぞれが様々な職業に就いている為か実にいろいろな人が一堂に会している。中には鎧を着て各々の武器を提げる者もいる。



 その個性豊かな人々のまとめ役であり魔導協会の魔術師の一人であり、実質的な指導者、……正確には四つの地域の一つである、彼が一同を代表してか予想外の出来事に対して感嘆を吐いていた。




「間違い無い。街の東側から来たらしい。既に東区の連中はやられちまってるらしい」



 この反乱軍“明けの明星”いちの強者、アイザックが確信を持って答える。大柄な体躯、全身に纏う古傷の目立つ鎧、深く皺を刻んだ厳しい表情。彼は戦闘員の中でも年長者であり、その言動は信頼を持って他の構成員に受け入れられており、チヒテルの言葉よりも彼の言葉の方が重用される事もある。特に有事については万一の場合、彼の指示を仰ぐ事になっている。




「何て事だ、よりによって……!」「そんな、嘘でしょ」「帝国めぇ……」「ああ、誰か……」



 皆、不安のあまりにざわつき始める。不安は私の心まで伝播し、僅かながら心に不安の影が忍び寄る。




「静かにしたまえ、落ち着いて私の話を……」


「鎮まれ!」



 チヒテルの制止の声が皆の耳に入らずにいた所を、アイザックの一喝が場を収める。一挙に場は静まり返り混乱は打ち消された。ただ一人、チヒテルだけが不満そうにアイザックを見ている。それを無視し言葉を続ける。



「気持ちは解る。だが今は一刻を争う事態だ、初陣の新兵どもじゃあるまいし、落ち着いた対処をしなければここで全滅するばかりだぞ」




 アイザックの言葉で平静を取り戻したのか、皆の雰囲気には恐怖や不安の色は無くなっていた。そのせいか彼らの心から不安の影は潜めていた。



「……そうだ。アイザック君の言う通りだ。ここは一度冷静さを取り戻し、間違いの無い判断を下すべきだな」



 まるで、自分の手柄としたようにチヒテルは続ける。……彼にとって体裁を整える為には多少この様な手段に訴える事も吝かではない。しかし、こういった手段に訴える辺り、仲間からはあまり好感は持たれていないのも事実。名目上のまとめ役の彼より質実剛健なアイザックの方が信奉を得ていた。




 その中、褐色の人猫族ニコルはふと仲間の顔を一人一人確認する。



「あの、ベアトリスとキースは? ここには居ないようだけど」



 諜報を得意とし中心人物とも言えるベアトリス、片角の少年キースの姿はこの中には無かった。不安からかニコルの表情が曇る。



「ベアトリス君とキース君か? 私は見てないが」



 その言葉の横からアイザックの声が飛んでくる。



「キースなら、アルムとフィリクスの所に飛んで行った。あの辺はまだ大丈夫だとは思うがな。ベアトリスなら……見てないな。捕まって無けりゃ良いんだが」




 不満気にアイザックに対し顔を顰めるチヒテル。俄かに騒めく部屋の中、ニコルは一人裏手の方へ。



「私、捜して来ます」



 矢のように裏手の扉へと進む。彼女は声色こそ平静を装っているが、歩みからは焦りと不安が滲み出ていた。背中をアイザックの声が制止をかける。



「待て、闇雲に捜しても帝国に捕まるだけだぞ」


「でも、二人が」



 今にも外に飛び出しそうに足を竦めるニコル。独りならば確実に飛び出していたであろう彼女を、切々と冷静な語り口で諌める。



「状況を見ろ。周りは敵だらけ、その中を無事かどうか判らない一人や二人の為に捜しに出るのは自殺行為だ。お前さんは時々無鉄砲な所があるが、今はそれも見逃してはやれん」


「でも」


「駄目だ。……それに今の内気付いたのなら上手く逃げ仰せている筈だ。少しは信頼してやれ」



 アイザックの言葉を反芻する様にニコルは深呼吸を一つ。胸に手を充て不安を掻き消すつもりか目を閉じ静かに呼吸を整えている。



「アイザック君、君は私を差し置いて少し出しゃ張り過ぎでは無いかね?」



 それを、チヒテルは僅かに不機嫌に咎める。



「今は有事だ。どっちが上だなんてそんな事は重要では無いでしょう」



 対して僅かな怒気を持って反論をするアイザック。この瞬間、二人の間に見えない火花が散った。



「まぁ良いだろう。それよりも」



 先に切り上げたのはチヒテルだった。口調は冷静に、自身の考えを述べる。



「こうなってしまった以上は、我々もこの街から逃げ出すしか無いのだが……次に身を寄せるとしたら、反乱軍の総本山であるザハル老師の元へ行くべきだと思うが」



 対してアイザックが口を開く。焦りがあるのか、やや口調が早くなる。



「だとしても今はこの街を脱出する事が先決だ。先ずは一人でも多く同志を逃すのが……」




 ーーそこに床を踏みしめる複数の足音、いずれも重いのか鈍い音が聞こえ、力強く扉は蹴り開かれた。


 そこに全身を鎧で武装した兵士たち、確認出来るだけでも五、六人は見受けられる。



「いたぞ、反乱分子どもだ!」



 兵士たちは槍を構え、盾で身を固める。一気に緊迫し、即座に戦闘態勢へ。対する反乱軍の面々も手持ちの武器を構え、睨み返す。




 チヒテルは狼狽し、時折裏口の方をちらと見る。



「な、なぜここに帝国兵が……」


「言わん事じゃない。ここは食い止める」



 アイザックは剣を構えて野獣の如く兵士に睨みを利かす。周りの戦闘員たちもアイザックに続く。



「くっ」



 ニコルは短剣を構える。短剣に刻まれた魔力回路を起動させ、輝きを灯す。


 意を決して相対する兵士にたちを見据える。外の騒乱の中、濁流が如き戦いの渦が彼女をまたも巻き込んでいく。



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