眠り
#4
部屋に戻ると先にフィリクスが座っていた。部屋の中はベッドが二つ、寝台を挟んで置いてあり奴は寝台の前の丸椅子に腰かけていた。寝台の上にはランプが灯っておりそれが唯一部屋の灯りになっている。
部屋はベッドを置くと残りはベッド周りを移動するスペースしかなくクローゼットや鞄などの物入れは壁に備え付けてあるがそれ程の大きさではなく他の荷物は部屋の空いているスペースに置くしかない。
幸い荷物は多くはなくクローゼットや物入れに収まっていて武器や防具もどうにかだが納まっている。
「よう、遅かったな。先に休んでたぜ。ま、俺もさっき来たとこだったがな」
フィリクスは椅子から前かがみの姿勢で顔をこちらへ向け気さくに話しかける。まだ酒が残っているのか血色が良い。よく見ると顎に怪我をしてる。
「お前もここまで遅くなるとは珍しいじゃないか?ま、良いけどな。
ところで俺はな少しばかり収穫があってな、知り合いが出来た。この世界に来てから初めてって言ってもいいか。
ま、それなりに仲良くするさ。上手く行けばこの世界の事を詳しく聞けるかもしれないからな」
フィリクスは少し嬉しそうにその知り合いの事を話した。その知り合いに路地で迷っていた所を助けてもらったそうだ。
知り合いは女でなかなか自分好みの良い女……だとか。それ以上詳しく事は言わなかったが終始楽しそうに話していた。
「そうだ。アルム、もう少しばかりこの街に滞在しようと思うんだがどうだ?
お前さえ良ければだが……いや、別に他意はないぜ? 俺はもう少しこの街で情報を集めて元の世界に帰る方法をだな」
「俺は構わない」
「そ、そうか。わかった。早速明日から予定があってな。朝から出かける。別行動になるがアルム、それでいいか」
「ああ」
俺とフィリクスは毎晩この世界で手に入れた情報や今後の方針について話を進める。これは共に行動している以上はせめて方針を決める作戦会議が必要だろう、とこいつが決めた事だ。
この話ではもっぱら作戦会議というより明日の予定や世間話、あれの愚痴に付き合う事になっている。
「……じゃ、今日はこの位にするか。そろそろ寝ようかアルム。朝、俺が寝坊しそうなら起こしてくれ」
フィリクスは椅子から立ち上がり背伸びをしてあくびを噛み締めつつ靴を脱いでベッドに潜り込む。ベッドの申し訳程度の布団を被り俺から背を向ける形でベッドに転がる。
「悪いが消してくれるか」
灯りを消す。部屋は夜闇に包まれた。
「サンキュ。お休み」
上着と靴を脱いでベッドの中へ。今日は少しばかり疲れた。反乱軍への誘いと帝国軍の支配。考えねばならない事は多いが今はとにかく眠り疲れを取る事だ。
……そういえばナイフの手入れを忘れていたな。灯りを消した以上は作業は無理か。明日朝一番に手入れを済ませれば良いか。
隣からの地響きに似たイビキが聴こえる。あの寝坊助は寝つきが良く、その公害を撒き散らす。なので寝不足になる前にこちらも眠りに就く必要がある。
意識を落とし所に伏せる。隣の騒音を無視してまどろみの中へ。意識の境界は曖昧になり暗い意識の底へ。
「……………」
眠りに就く。一日の通過儀礼である一時の安らぎ。この一瞬だけは誰であろうと穏やかな一瞬を迎えるだろう。無垢な子供であろうと、無数の罪を背負う罪人であろうと。
眠りは死に似ている。誰もが平等に迎えどのような苦痛であろうと穏やかに受け入れる。
……いつかは俺にも安らぎというものに出会えるのだろうか。
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