Ⅰ-6
幸也は薄紫色に染まった公園で、ジャングルジムの
幸也は帰ろうか帰るまいか、迷っていた。部活を終えた真由美がいつもやってくる時間が迫ってきているからだ。
幸也は昨夜のことを思い浮かべた。
いつものように真由美は一人で喋っていた。そして幸也は相槌を打つでもなく、ぼんやりと聞いていた。
その
「どこに行ったって受け入れられる真由美に、僕の気持ちなんてわかるわけがないよ!」
「真由美は僕になり得ないんだから、僕の気持ちは絶対にわからない!」
「真由美はいつだって幸せの真ん中にいるじゃないか!」
「真由美が来る度に僕は、自分のちっぽけさを確認することになるんだ!!」
今まで思っていたことがどっと言葉になって溢れ出た。決して真由美に言うつもりのなかった言葉までがいっしょくたになって出ていってしまった。一つ口に出してしまえば、もう自分でも止められなかった。
真由美は今までずっと何も喋らなかった幸也が、突然堰を切ったようにのべつ幕なしに喋りだすのを見て一瞬唖然とし、言葉の意味を呑み込んだ途端、困ったような哀しそうな表情をした。幸也は真由美が泣き出すかと思って口を噤んだ。
が、真由美は泣き出したりはせず、ぺろりと舌を出して言った。
「ごめんね。余計なこと言っちゃったみたいだね」
にっこり笑ってみせる真由美の瞳が決して笑ってなどいないのを見て、幸也は一度口から出ていってしまった言葉たちを取り戻したいと願った。傷ついた瞳で精一杯に微笑む真由美の表情が、脳裏に焼きついている。
幸也は輝く金星を凝視したまま、今日は真由美は来ないのではないかと思った。あれだけ酷いことを言ってしまったのだから、当然といえば当然だ。
けれど、真由美はあんなことを言われたのにもかかわらず、帰りがけに「また明日ね」と言ったのだ。
だからその約束を守って来るかもしれない、とも思えた。
家に帰って真由美が来ているかどうかを確認するのは怖かった。つい昨日までは真由美にもう来てほしくないという思いがふくらんでいたはずなのに、本当に来ないかもしれないという段になると、やっぱり来てほしいと思ってしまっている自分がいた。
もし家に帰って真由美が来ていなかったら……?
せいせいするよ。
という思いが頭の隅を掠めてどこかへ飛んでゆき、
どうしよう、また淋しくなってしまう。
心の奥底からそんな気持ちが次第に湧き上がってきてしまった。
来てほしくない、心の平安を乱してほしくない、なんていうのはやっぱり偽りだということに幸也は気づいた。
幸也が恐れたのは平安を乱されることではなく、真由美の温かさを知ることだったのだ。一度甘やかされて、その後でまた忘れられることを恐れたのだ。
もし真由美が来ていたらどうしよう。
幸也はまた考えた。一体どんな顔をして真由美に会えばいいのか。真由美はどういう態度に出るのだろう。全く何事もなかったように振る舞うだろうか。今までと同じように、僕が喋らなければ一人で話をして帰るのだろうか。
悶々と思い悩んでいるうちにも、空は朱を山際近くに追いやって青みを増し、その澄んだ群青色の中で光輝く金星は、落葉樹の細枝の隙間を縫うように見え隠れしながら降りてきていた。
あの金星は真由美みたいだ。輝きながら僕の心に近づいてくる……。
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