episode5―27




「あたしだってこんな事、好きでやってた

訳じゃないわ!」


ジーネは床を叩いて訴える。


「ハンジー移動動物園の病死した豹の剥製

をたまたま空いていた旅館のロビーに

置いてあげたら、閑散としていた旅館に

人が来るようになって喜んだわ…

でも暫く経てば飽きられて人は減ったの。


また人が寄るようにしなければ潰れて

しまうって…私が何とかしなきゃって!

飽きられる前に新しい展示物が必要だって

思って頑張っていたら…気付いたらもう

後に退けなくなっていたのよ!」


更に泣き出したジーネを冷ややかに

見下ろすレヴァン。


「…貴女への同情の余地は無さそうです。

他にも努力する方法はこんな犠牲を出す

方法でなくともいくらでもあったはず。

少なくとも他の人は別の努力をして

いますよ。


結局は私利私欲の為に、他の人が愛情を

持って飼い接していた動物達の命を無下に

扱ったのですから、罰せられても仕方ない

ですね」


冷たくいい放つレヴァンをキッと睨みつけ

彼女は感情のままに叫ぶ。


「何よ! 動物達をこんな狭い檻に閉じ

込めて自由の無い生活を強いる方が無下に

扱っているじゃないの!そんな生活をする

位なら死んだ方がマシでしょ」


「…それは貴女が決める事じゃないよ」


レヴァンとの会話を黙って聞いていた

ズィマが口を挟んだ。


「大自然で一見のびのび過ごしている

ように見える動物達も、弱肉強食や死と

隣り合わせの恐怖に対して常に全ての

感覚を研ぎ澄ませながら、毎日過ごして

いるんだ。


単に大自然しか生きる世界を知らないから

苦も無く怯えず生きていけるだけだ。


俺からすれば、愛情を注いでくれる飼い主

が傍にいて、食う事にも寝る場所にも

困らず、野性的な本能も薄れるほど気を

抜いても支障なく穏やかに過ごして

いられる檻の方が余程幸せに見えるぜ?」


ズィマはジーネの前まで歩み寄り、

しゃがみこんで目線を合わせて言葉を

続ける。


「自分勝手な過ちを他人のせいにしたり

正当化しようとするのは自分が悪くないと

思っているからだよな?


でもな、自分の利益の為に多くの動物達の命を奪い、飼い主を悲しませた罪は悪い事

だし、人として許されない事なんだよ。


ジーネさんだって深く愛情をかけた者が

相手の自分勝手な理由で殺されたら絶対

許せないだろ? それと同じだ。

だから自分がやった罪は認めなきゃな?」


ズィマが静かに諭せば、ジーネは唇を噛み

締め、押し黙った。


「…さぁて細かい話はぁ、じっくりとぉ

後で聞かせて貰うよぉ?」


バルーンは片手でパチンっと音を鳴らせば

部屋の外に待機していたスーツ姿の二人が

パタパタとジーネに駆け寄り外へと連れ

出していく。


「これでぇ、一件落着ぅですなぁ!

調査をするのでぇ、一先ずこれにて失礼

するよぉ」


長い間続いていた事件がようやく片付いた

のが嬉しいのか、バルーンはこちらを

振り返りもせずに手を振り、ウキウキした

様子でジーネの後を追った。


「これで、やっと解決かな?」


ズィマはやっと終わったとばかりに伸びを

してロウへ微笑んだ。


「…後はバルーンさんが調べてくれる

でしょう。

何から何までありがとうございました、

ズィマさん…そしてレヴァンさん」


ロウはバルーンを見送った後、振り返り

二人に深く頭を下げた。

その礼に、満面の笑みでズィマは返した。


「それにしても、レヴァンは団長に確証

とる前から犯人の検討がついていたみたい

だけど、いつ頃わかったの?」


「ミリアさんが候補から消えた段階で

おおよそ状況的にジーネさんしか居ないと

思いましたけどね」


ズィマが尋ねれば、レヴァンはさらりと

事も無げに答える。


その言葉に目を丸くしたズィマへレヴァン

は笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「5人の中で、まず最初から会場掃除の

ヴィクターさんとボリスさん二人は除外

されますよね」


「えっ、いや、なんでそこいきなり除外

しちゃうの?」


大きな声で驚くズィマに苦笑いをしながら

レヴァンは指を振って説明をする。


「ミリアさんの言うことが本当なら、毒の

受け渡しの時にいくら体型のわかりにくい

服だと言っても流石に極端に大柄な二人

ならわからないはずは無いでしょう?


それに何より、あの二人は動物に近寄れ

ないようなんですよ」


「……はっ?」


「そもそも、掃除係が二人も居るのに

ズィマが初仕事で獅子達の寝床掃除を

任されたでしょう?

その時点でおかしいと思ったんですよ。


様子を見る限り、客席の整頓など大体の

仕事は団員が分担して行っているので

会場内清掃もそこまで時間が掛かってる

感じでは有りませんでした。

ですから、普通なら獅子達の寝床掃除を

するのは二人の仕事になりそうなもの。


それでも違う人がやるのには何か理由が

あるはず…ということで見ていたらあの

二人は見事に動物達の傍に近付こうと

しないんですよね。

わざわざ遠回りしたりしてまで避ける理由

から導き出せる答えは一つ…ですよね?」


ロウへと視線を向ければ、驚いた様子で

彼は頷いた。


「彼等は動物アレルギーがあるらしく、

体調を崩してしまうので動物達には殆ど

近寄れないんですよ。

でもよくわかりましたね…流石です」


ロウは心底感嘆の声を上げる。


「セルディさんはチケットやグッズ販売の

時間だけ来られる方。

時間外にサーカス内をウロウロしていたら

噂話に上がりそうなものですけど、それが

一つもない。

そもそも、バルーンさんが調査の為に派遣

している段階で完全にシロでしょう?」


フムフムと顎を擦りながらレヴァンの話を

聞くズィマ。


「…となると、消去法でジーネさんしか

残らないということになる。

ズィマの様子から彼女の口が達者なのは

予想できていましたから、追い詰めるには

確証が必要でした。

明確に言わなかったのは疑っている事を

悟られて逃げられることを防ぐ為ですね」


「なるほどなぁ…」


感心する二人を前に、得意げなレヴァン。


「それでも獅子達に毒が使われていたのを

早めに気付いてあげれなかったのはとても

悔やまれますが…」


「いえ、それは飼い主である俺にも言える

事ですし、獅子達も無事だったのでもう

気にしないでください。

お二人には本当に何とお礼を言っていい

のか…このご恩は一生、忘れません。


貴殿方が何者であっても俺の恩人には

変わりありませんから…」


ロウの真剣な口調と眼差し。

沈黙で固まる場…

思いがけない言葉にズィマは息を飲む。


そんな中、レヴァンはただ冷たい視線を

彼に投げ掛けた。


「…先程、自己紹介もしていない僕の名前を

呼んだ時にもしかしたら薄々気が付いている

のではないかとは思いましたが…

あまりにも察しの良過ぎる人は好きじゃ

ないですよ」


レヴァンはロウの真正面へと立ち、小さく

脅すような声色で囁く。


「団長として場の空気を読む習慣がついて

しまっていて、察しが良いのは職業柄と

でも言いましょうか…」


その場の雰囲気を誤魔化そうとしている

のか、ロウは苦笑いをして返す。


「何、どういう事?」


「彼はもう僕達が人間ではないと気付いて

いるんですよ。

ズィマがペットだと紹介した蝙蝠の名前と

僕の名前の一致、そして先程ズィマが

受けた背中の傷がもう既に治っている事に

気付いて確信をしたんでしょうね?


ズィマが少し流血した腕を見ただけで

慌てて腕に飛び付いてきたロウ団長が、

さっき受けた大きな背中の傷に対しては

労るような声を一言も出していませんし」


ズィマはハッとして今更ながらにロウから

背中が見えないように姿勢を変えるが、

後の祭。


「一生忘れませんと言って頂けましたが

僕達の事を覚えていてもらっては何かと

困るので、忘れていただきます。

なに、一瞬気が遠くなってよろける位で

済みますから身構えなくても良いですよ」


そう言って、レヴァンは濃い紫色をした

小瓶を取り出して見せる。


「団長が僕達に疑いを持った所だけ消せば

生活にも支障は無いでしょう?

そして徐々に僕達自身が存在した記憶も

風化しやすくしておけばこの先思い出す

事無く生きていけますから、誰にも

狙われることはありません」


ロウはしばらくレヴァンに真っ直ぐと視線

を向けていたが、やがて視線を逸らし、

俯いて小さくため息をついた。


「…祖母が俺の幼い頃、よくしてくれた

昔話を思い出しました」


不意に切り出された話にズィマもレヴァン

も訝しげな顔をして見合わすが、彼は

構わず話を続ける。


「昔、ある少女が幼い時に森で怪我をして

いたのを助けてくれた賢く優しい大きな

黒い狼が居たんです」


その言葉を聞いて、ピクリとズィマが体を

小さく震わせた。


「その子は視力が弱くて友達もいない為、

狼はある程度大きくなるまで傍に居て

くれたのですが、住んでいた村に盗賊一団

がやって来た時にその子を庇って狼は

大怪我をしたんです。


ところが、狼の傷は時間が経つと異常な程

早くに癒えてしまった…

少女は喜んだけれど、周りの大人達は

その狼を不気味に感じて避けるように

なっていった。


そんな時不思議な噂を聞き付けた魔術師が

狼を捕まえようと村を襲ってきた。

村の者も襲われるのは狼のせいだと捕まえ

ようとしましたが、その子は必死に狼を

捕まえさせないよう説得をした。


しかし追い詰められ、いよいよ捕まるか

という時に、少女を守ろうとその狼は

人間の姿になったそうです。


その姿を見て、狼が一人なら逃げられる、

自分が居ては足手まといだと悟った少女は

全裸だったその元狼に父親の服を与えて

逃がした…」


ズィマは息を飲み、唇を噛み締めた。


…わかっていた。

そうする事が一番の良策であったことを。


それでもいつまでも傍に居るという約束を

守ってやれなかった後悔と無垢な幼き笑顔

を向ける少女の姿が胸に湧く。


「彼女は狼が去った事で、激しく追及は

受けたものの、何とか難を逃れる事ができ

少女はやがていつもの生活に戻ることが

できた。


でも、少女はいつまでも狼の事を忘れる

事ができず、毎日、星へ狼の無事を祈って

過ごしたそうですよ」


ロウは一息ついてズィマへと微笑んだ。


「さっきね、ズィマさんの背中の怪我が

綺麗に治っていたのを見て、不意にズィマ

さんがその狼の印象と被りましてね。

今の今まで忘れていた幼い時に何度も

聞いたこの昔話を急に思い出したんです。


そしてこの話の続きも…」


「……続き?」



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ホライズン オブ サバイバーズ 風吹 @kazabuki

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