第4話 仲間と記憶と・・・。
プシュケは焦っていた・・・。なぜならエロースを見失っていたからだ。そうそれもそのはず、ここ数日彼を教育するため、あらゆる手を講じてきたからである。そのため、多少体力に自信のあったプシュケもさすがに疲労が蓄積し、予定より大幅に寝過ごしてしまった。
「ああ、何てことでしょう。ワタクシとしたことが・・・。一生の不覚ですわ。」
プシュケはそう呟きながら、ベッドから体を起こし、テーブルの上に置いてあるゴーグルに手を伸ばした。電子演算システムは既に起動してあったため、ゴーグルに付いているインカムに向かって声を発する。
「GPSシステム及びアリアドネシステム起動ですわ!」
ゴーグルに映し出されるホログラム映像は神界から地上界へ視点を変更し、先程の位置、つまり森の上空までリトレースされた。
「現在位置にポイントを移動。」
プシュケの声に合わせてディスプレイ上に表示されたマーカーが現在の位置までの軌跡を描く。システムは正常に動作しているようであり、エロースの位置情報を正確にトレースしている。森を抜け、原初の丘と呼ばれる開けた大地を抜け、更にその先にある街までマーカーは移動した。
「アテナイ?」
ディスプレイ上のポイントにはそう表示されている。プシュケはその都市について調べるため、以前自分で開発したAIシステムーググル先生ーを立ち上げた。
「お呼びですか?プシュケお嬢様。」
その声は老紳士のような落ち着きのある声で、PCの音声出力デバイスから発せられた。ゴーグルには顎髭を蓄え、執事の格好をした白髪の老人が構築される。
「ご苦労様、ググル先生。早速だけど、教えてほしいことがあるの!」
「畏まりました。して、どのようなご用件で御座いましょうか?」
「地上界のーアテナイーという街について教えてくれるかしら?」
「畏まりました。ではあらゆるデータベースより確認して参りますので、暫しお待ち下され。」
プシュケはググル先生に調査を任せている間、少しリラックスするためローズティーを入れる。そして、その香りが部屋に広がる頃には、調べものは完了していた。
ググル先生はトップダウン型の人工知能である。そのため、彼の知識は神界データバンクに保存されている無数の情報によって構成されている。この膨大な情報をキーワードによって取捨選択し、質問主、つまりはプシュケに回答する。一見、自分で回答を導きだし、その場の状況に応じて対応しているようにも見えるが、その実そうではない。プシュケが定義したプロトコルに従っているのである。彼女も最初はボトムアップ型、つまりは自分と同じ思考が出来る完全自立型の人工知能の開発を試みたが、開発途中、その実現の恐ろしさ、AIの暴走の可能性について危惧を覚え断念した、という経緯がある。そのため、インターフェース、ディスプレイ上の表示や音声については生身の名残を残しているが、ググル先生自体、自立した存在ではない。
「どうググル先生?」
「はい。過去にこの地を訪れた神々のレポートの中にアテナイについて、いくつか情報がありましたので、わたくしの方で整理させて頂きました。お嬢様、説明させて頂いても宜しいでしょうか?」
「頼むわ♪」
「アテナイ、地上界でアッテカ地方と呼ばれている地上大陸の西方に位置する都市でございます。歴史は古く、過去にはアテナ様も訪れているようです。言い伝えでは、その名残から今の名前が付いております。現在ではアテナ様への信仰は薄れ、長年この地に住む人間達によってーアトゥム神ーと呼ばれる太陽神を奉っているようです。どうやらアテナ神からアトゥム神に、長い年月で変化したようですね。そしてこのアトゥム神ですが、どうやらきな臭いですな・・・。なるほど・・・。アテナ様が女神、つまり女性であったため、当時の支配者が末裔であることを主張しづらく、男性の神を捏造し、自分が末裔であると偽り統一したようです。つまり、アテナ信仰にヒントを得た、当時のアテナイ初代国王がアトゥム信仰を捏ち上げたということですな。そして現在に至まで、アトゥム神はこの地に広く太陽神、原初の神として伝わっております。」
「ふーん。つまり、この地では都市アテナイを支配する王族が神の威を借り、このアッテカ地方を支配している、ということですわね。何とも嘆かわしい・・・。確かに神の威光を
「プシュケ様。あともう一つ、面白い情報が拾えました。」
「どのような内容かしら?」
「はい。こちらはamuson地上界支社のデータベースから取り寄せた最新情報になりますが、現在、このアテナイ国の次期女王候補であるーメディア姫ーが行方不明、どうやら単身で城を抜け出したようで、捜索中となっているようです。」
amuson《アムソン》は地上界でも名声を振るっている新進気鋭の神アムソンが経営する全世界的物流会社である。そのシステムを無断?で経由し、プシュケはググル先生に情報を収集させている。その情報の真偽はさておき、この会社の収集スピードに関して右に出る者はいない。
「なるほど。ググル先生、この街の概要については大体分かりました。以後はナビゲーションシステムとしての役割をお願いするわ!」
「畏まりました。」
そういうとググル先生は青いポインタに変化した。ポインタをホログラム上の建物に合わせることにより、その位置の名称などを知ることが出来る。
「さて、
そう呟きながら一見の建物に目を向けると、見覚えのある男性が二人の女性を連れて、外に出てくるところだった。
「まあ、あの人ったら、地上に到着して早々二人も若い女性を
プシュケは画面を拡大し、エロースの頭上に迫る。そしてインカムを通して再び話しかけた。
「アリアドネの糸、接続!」
「さて、旦那様はどんな言い訳をしてくださるのかしら・・・。場合によってはとっておきのお仕置きをしなくっちゃね♥」
その頃、エロース、基い、アキレウスは隣に美女二人を横に侍らせ、酒場を出た所であった。右にはパンドラさん、左にはガードナーちゃんが寄り添っている。って若干胸当たっているんですけど・・・。それに侍らすって、言いがかりにも程があるのに、と宙に向かってアキレウスは現状を嘆いた。
「アキレウス様、お腹も満たされたことですし、そろそろ宿へと向かいましょうか?」
「そうだね・・・。ところで、パンドラさん、少し離れてくれないだろうか?さっきから微妙に体が触れているのだけれど・・・。」
「まあ、アキレウス様、少し風が冷たいだろうと体を寄せていたのに、そんな
「いやいや、そうじゃなくて、パンドラさんの魅力的な胸が僕の体に当たると、その・・・、僕も男ですから・・・。」
「まあ、魅力的ですって♪なんて嬉しいことを言って頂けるのでしょうか!いつもそのように素直な反応ならわたし、いつでも寄り添って差し上げますわ♥」
そう言うとパンドラは更にアキレウスの体に密着し、その豊満な胸を押し当ててきた。それに呼応するように左隣のガードナーちゃんも無い胸を横腹に押し当ててくる。これを今後胸ドンと呼ぶことにしよう・・・。というか、この状態を周りの人がどう見ているのか、アキレウスはそのことだけが気がかりであった。
「あの、ガードナーちゃんも少しは自嘲して頂けると助かります。あまり体を密着させないで下さい。周りの目が気になるので・・・。」
「なに?其方、遠慮しておるのか?この
「そ、そうですか・・・。別に遠慮している訳では。というか、少し骨張っていてあまり強く押し付けられると痛いです、はい・・・。」
「な、何じゃと!言うに事欠いて、そのような不敬な反応!屈辱以外の何物でもないわ!こうなれば、主が周囲に変態とレッテルを張られるくらい密着してくれるわっ!カッカッカッ♪」
というようなやり取りをしながら密着した状態でパンドラお勧めの宿屋へ向かう。お勧めとは言っているものの、パンドラ自身も一度泊まったことがあるだけらしい。
宿屋の扉を開けると、受付では物々しい状況が展開していた。カウンターの内側にいる宿屋の主人らしき男と、街の中でも見かけた警備兵らしき男達が何やら揉めているようだ。
「ですから、うちにはそのような高貴なお方はお泊まりになっていません。ましてや、そのような方が訪ねてくれば、すぐにでも分かります。」
「ならば部屋の中を改めることに何の問題もあるまい。中を確認したらすぐに引揚げる、まあ、貴様に疾しいところが無ければの話だがな!」
「
「まあ、良い、許可など形式的なもの。悪いが勝手に上がらせてもらうぞ!こちらも警備兵としての責務がある。」
そして、そのまま宿屋の階段を上がろうと体の向きを変えた瞬間、宿屋の主人は先程までの温和な表情を一変させ、鬼の様な形相に変化した。
「おい!くそ坊主ども!いい加減にしないと、こっちも実力を持って貴様らを排除させてもらうぞ!」
表情もそうだが、宿屋の主人には似つかわしく無い筋肉隆々の腕が階段の方へと伸びる。数々の修羅場でもくぐり抜けているのであろうか、この威圧感は並の人間に出せるものではない。警備兵達が一瞬ひるんだ所で、追い打ちをかけるように彼は続けた。
「うちは王家御用達の宿屋。その宿屋の主人のことが信じられないんですかね!それとも王家御用達が信じられないとでも!」
「ぐぬぬ・・・。」
「まあ、良い。このことは警備長に報告させてもらうぞ!覚悟しておけっ!」
警備兵の上司らしい男は、そう捨て台詞を残し、残りの兵と共に立ち去って行った。扉付近ですれ違ったが、男達の焦りはこちらにも伝わる程であった。一体誰を捜しているのだろうか・・・。
「まだ、アテナイ市街にいらっしゃるはずだ。必ず見つけ出せ!」
先程の男が宿屋の表で部下達に指示を出していた。
ようやくその場も落ち着きを取り戻すと、宿屋の主人は先程の柔和な表情に戻り、こちらに声を掛けてきた。
「大変お騒がせ致しました。宜しければご用件をお伺い致しましょう。」
そういうと宿屋の主人は右手でたっぷりと蓄えられた顎髭を撫で、左手でぷっくり膨れたお腹を撫でながらそう答えた。先程の眼光鋭い表情はまるで嘘のようだ。ニコニコと笑顔を見せながら、こちらを見据える。
その問いに答える様にパンドラは主人に話しかけた。
「はい。本日泊まる宿を探しております。部屋は空いていますでしょうか?空いているなら1部屋でも構いませんよ♪」
「いえいえ!部屋数なら心配なさらずに。ちょうど2部屋空いております。そちらの男性に1部屋、お嬢様方に1部屋で宜しいでしょうか?」
チッ、というパンドラの舌打ちが聞こえたのは空耳だろうか。忘れることにしよう。
「それで構いませんわ。
「はい。大浴場が御座います。時間で男女入替で使っておりますので、そちらだけご注意下さい。」
「良かったわ。やっと落ち着けます。」
「うむ。妾も長旅であったが故、浴場があるのは実にあり難い。久しぶりにゆっくりできそうじゃ♪」
「では、2部屋ご用意致します。ごゆっくりお寛ぎ下さい。尚、3階は只今改組中となっております。危険ですので、立ち入らないようにお願い致します。」
パンドラとガードナーが2階の部屋に向かおうとしたその時、アキレウスは先程一件について、我慢出来ずに宿屋の主人に訪ねた。
「あの、先程の騒ぎは?」
「ああ、やはり気になりましたか。何、大したことでは御座いません。何やら人探しをしているようでして・・・。とても高貴な方のようで、警備兵達が捜索しているようです。どうか気にせず、今日はゆっくりお休み下さいませ!」
それ以上話す気は無いというような感じで、宿屋の主人は奥の部屋に引っ込んだ。
「アキレウス様!」
「はい?」
「まったく、先程の状況を見ていて分かりませんこと?宿屋の主人はあれ以上話す気は無いのです。状況を見ていればそれぐらいわかることです!まったく・・・。」
「でも、気になって・・・。」
「確かに気になります。でも、無闇に首を突っ込んでやぶ蛇になることも考えなくてはなりません。我々は魔王を退治するため、仲間を集める目的でこの街を訪れたのです。そのことをお忘れなきように・・・。」
「ごもっともです・・・。」
「まあ小娘、その辺で良いじゃろうて!この小僧も反省しておるようじゃしな!」
ガードナーは湯浴みをしたいのだろうか、そう言うと、早々に階段を上がって行った。小娘に小僧って。ガードナーちゃんの実年齢のことを考えると少し恐ろしくなった・・・。
パンドラとガードナーは2人で1部屋。僕は1人という部屋割りだ。少し残念ではあったが、妥当なところだろう。部屋はすぐ隣なので、何かあればすぐに分かる。これで少しはゆっくり出来そうだ。アキレウスはベッドに横になり、ふと考える。
「今日は色々あったな。森での記憶喪失、魔王討伐、パンドラ、ガードナーとの出逢い。とにかく、この旅の間に何としても記憶を取り戻し、どうして魔王討伐という目的を持っているのかたしかめなくっちゃ!」
そんなことを考えていると、急に胸のあたり、首飾りのあたりが温かくなり、そして眠りに落ちた・・・。
「・・・ス様、・ロース様、エロース様?聞こえますか?」
ここは夢の中だろうか?誰かに話しかけられている気がする。女性の声・・・。パンドラともガードナーとも違う。でもとても懐かしい、そして美しい声・・・。
「プシュケで御座います。やっと二人きりになれました。ワタクシ、本当に寂しゅうございました。エロース様も寂しゅうございましたか?」
「エロース?プシュケ?何を言っているんだ。僕を知っているのか?君は僕を知っているのか?」
「な、何を言っているのですか?ワタクシで御座います。あなたの妻のプシュケで御座います。」
「妻?僕は何者なんだ?教えてくれ?」
「ああ、何と言うことでしょう!エロース様、記憶は御座いますか?あなたは神界より地上界へ降りたのですよ!覚えておりませんか?」
「神界?地上界?何を言っているんです。僕は気がついたら森の中に・・・。」
この言葉を聞いた瞬間、プシュケは事情を察した。彼、エロースは転移の影響で記憶を失っているのだ。神界でも転移の影響を受けないのは3級以上の上級神。いくら1級神の加護を受け送り出されたとはいえ、何かしらの障害が起きたとしても不思議ではない。神としての自覚が無い彼に、今ここで事実を伝えたとしても、エロースには理解出来ず、夢の中の出来事として、この会話も忘れてしまうだろう・・・。転移障害がこれほど大きなものとは。多少の知識があったプシュケにとっても動揺に値するものであった。
「ああ、エロース様。今あなた様に何を言ってもきっと記憶に留めておくことは出来ませんわね。この妻プシュケ、この神界で何らかの解決策を講じ、必ずやあなたが何者であるか、どんなにワタクシの大事な人であるか思い出させて差し上げますわ!ですから、それまではその首飾りをワタクシと思って、何の心配もなさらずに過ごして下さいませ!ワタクシは常にあなたの側に・・・。」
アキレウスは胸の温かさが消えると同時に目が覚めた・・・。額には若干の汗。体温もわずかながら上昇を感じていた。
「何だったんだろう、先程の夢は?とても重要なことだった気がする。でも、想い・・・出せない。」
そう、アキレウスは先程まで見ていたであろう夢について思い出そうと全神経を集中させたが、何も思い出せなかった、のだ。ただ、とても大事なことだったという、その想いだけが、全身を強く締め付けた。
「そうだ!首飾りは?」
先程の温かさは感じることが出来なかったが、とても大事なモノであることを改めて実感した。
「この首飾りはきっと記憶を呼び戻す鍵になる・・・はず、だ!」
アキレウスは先程の夢によって汗をかいていた。ふと大浴場があったことを思い出したため、湯浴みに向かうことにする。寝ていた時間は分からないが、そろそろ男女入替の時間になるはず・・・。
大浴場の場所は1階に降りるとすぐに分かった。宿屋の主人の言う通り、入り口の立て看板には男女時間入替制と書かれている。それによれば、現在は男性入浴時間のようだ。とにかく妙な汗をかいたため、素早く衣服を脱ぎ、中に入った。中は湯気で視界はぼやけているが、浴場の周りには体を洗う為の掛け流しの湯と桶が用意されていた。アキレウスは湯に入る前に体を清めることにした。
ザパーン。
頭から湯をかぶり、汗を流す。そして、その音に反応する様に浴場の中の方から声を掛けられた。
「な、何者ですか?」
その声は女性の声。アキレウスは慌てた。なぜなら、この時間に大浴場を利用する男性は自分だけだろうと思っていたからである。それが、なぜ、女性?
「す、すみません・・・。僕、アキレウスって言います。表の看板には男湯と書かれていたので、ま、まさか女性が入っているとも知らずに・・・。ほ、本当にすみません。」
「見ましたか?」
「は?」
「わたくしの体を見ましたか?と聞いているのです!」
「い、いえ!体どころか、顔も見ておりません。で、ですから、すぐにここを出ます!ほ、本当にすみませんでしたっ!」
アキレウスはそう言うと急いで立ち上がり、湯気で視界の悪い中、方向感覚も分からずに、とにかくその場を離れなければと思い、駆け足でその場を後にしようとした・・・、が、その時自分の足が滑り、体が宙に浮くのを感じた・・・。
ザッバーン!
アキレウスの体はそのまま湯船の底に激突・・・、するかと思われたその時、別の感触が
プニ・・・プニ・・・。
「プップハー!し、死ぬかとオモタ・・・。それにしても、何これ、すごい柔らかい感触が・・・。気持ちいいかも!」
プニプニプニプニ・・・。
アキレウスはそのプニプニとした感触を存分に楽しんだ後、只ならぬ殺気を感じ、ふと自分の掌の中にあるプニプニに目を向けた。湯気でしっかりとした輪郭を捉えることは出来ないが、そこにあるのは男のロマン、その一言に尽きる・・・。そう、女性のお胸様である。しかも極上の大きさに、極上の感触。
「ここは天国、か!」
「あなた、本当に天国に連れて行って差しあげてよ!ああ、神よ、これからこの男を殺めることをお許し下さい。本意ではありませんが、裸を見られた上、わたくしは体を弄ばれてしまいました。この現状を打開するためには、この男を亡き者にするしか方法が御座いません。せめて楽に葬ってさしあげますから、ご安心下さい!」
「では、参ります!」
彼女の顔は良く見えないが、それでもワナワナとした怒りがこちらにもダイレクトに伝わってくる。そしてその瞬間、湯気を突抜け、とても女性とは思えない力とスピードで正拳突きが飛んでくる。アキレウスはその卓越した動体視力と彼女の只ならぬ殺気を感じ何とか避けることが出来たが、その破壊力はその空気の振動からも容易に想像出来た。もし、避け損なっていたらと思うと、背筋がゾッとした。
彼女は自分の正拳突きが避けられたことに、一瞬驚きはしたが、それでも彼女はすかさず2手、3手と連続してアキレウスを襲う。
「そろそろ、手を離して下さいませんこと!」
ズン!
アキレウスの掌から程よく吸い付いていた胸が離れる。
女は体の自由が利く様になると再び強烈なパンチを繰り出してきた。アキレウスも最初こそはその右左で繰り出される強烈な連続パンチに圧倒されていたが、湯気が消え、目が慣れてくると、彼女の手首を視界に捉え、すばやく、そして力強く掴んだ。
「ま、待って下さい!少しは話を聞いて下さい!暴力反対です!話せば分かりますから!」
そう言うと、彼女は自分の強烈な打撃を繰り出した手首を掴まれたことに素直に驚いた。
「あなた・・・、わたくしの拳が見えるのですか?到底信じられませんが・・・。」
その言葉と同様に湯気が薄くなって見えてきた彼女の顔は驚愕していた。そして更に彼女はアキレウスに問いかける。
「何者ですか?」
言葉少ない問いではあるが、彼女にしてみれば十分である。なぜなら、自分の本気で繰り出した正拳突きを避けられる者など、彼女の生きてきた人生の中で出会ったことは殆ど無いからである。彼に対しての彼女の印象はただ者ではないという一点に尽きる。彼女は言葉を続けながらも更に2手3手と迫力のある拳を繰り出す。
「なぜ避けるのですか?男なら潔く成仏なさい!」
「いやいや、ちょっと待って下さい!話し合うならまずその拳をおろして下さい!」
そう言いながらアキレウスも彼女の攻撃を避け続ける。しかし、床は濡れており、湯気で視界は悪い。このままだといずれ当たってしまうかもしれない。威力はお察しの通りなので、このまま行くと本当に成仏してしまいそうだ・・・。
「ワカリマシタ。では不本意ながら拳を治めましょう。ただし、あなたはわたくしの質問に素直に答えて下さい。これが条件ですわ!」
「ワカリマシタというのが何だか片言で不安ですが、あなたを信じます。素直にあなたの質問に答えることをお約束しましょう。」
そして、その約束と同時に風圧が止んだ。どうやら文字道理拳をおさめてくれたようだ。
うっすらと見える彼女の姿はアキレウスから見てもそのシルエットで均整の取れた体型の女性と分かる。それに先程の胸の感触。相当大きい・・・。また、顔はしっかりとは見えないが、先程の声や話し方から品性を感じることが出来た。
「では、改めて伺います。あなたは何者ですか?わたくしを知っていて、この浴場に忍び込んだのではないのですか?」
「ぼくはアキレウスと言います。この街には旅の仲間を探すために来ました。この宿に部屋を取ったのは偶然で、決して浴場に忍び込んだのではありません。それにこの時間は男性入浴時間のはず・・・。本来ならば女性はいないと思っていたのですが・・・。不可抗力とは言え、あなたに迷惑をお掛けしたこと、本当に反省しております。」
「ではあなた、アキレウスと申しましたか?わたくしを狙ってここに入り込んだ訳ではないのですね。確かに良く考えれば入浴時間も普段と違う様な・・・。」
「多分ですが・・・。浴場入り口前にあった立て看板、あれが男性に切り替わっていなかったのでしょう。誰かの悪戯かもしれません。」
「そうでしたの・・・。わたくしの方が間違っていたのですね・・・。時間を確かめもせず入浴してしまいましたわ・・・。」
「いえ、そのことについてはもう気にしないで下さい。それよりも、今は他の男性客が入ってくるかもしれません。急いで出ましょう。その後いくらでもお話に付き合いますから・・・。」
「そうですわね。殿方は生涯1人とわたくしも決めております。でもわたくしが外に出た時に男性が入ってくる可能性が・・・。」
「安心して下さい。僕が先に出て浴場の入り口で、他の者が入って来ないように見張りましょう。あなたはその間に着替えを済ませて下さい。」
「アキレウス、あなた意外と紳士ですのね。分かりました。まだ質問は山ほどありますが、とにかく、ここはあなたの言う通りにした方が懸命というもの。了解ですわ。」
「では、先に失礼致しますね・・・。」
「そのまま逃げないわよね?」
彼女の殺気が高まる。アキレウスにはもちろん逃げる気はさらさら無いが、この殺気には逃げ出した気持ちで一杯である。
「逃げませんてばっ〜!」
アキレウスはそう言い残し、しっかりと入浴も出来ずにその場を後にした。
入り口で見張りながら待つこと数分、アキレウスはこのまま自分の部屋に戻ろうかとも考えた。理由は一つ。余計なことに首を突っ込まないように、先程2人に念を押されたからである。
「余計なことにならなければ良いが・・・。」
そう呟くと同時に視界が真っ暗になった。どうやら何物かに目を塞がれたようである。背後からはすごく良い香りがする・・・。それに気配をまったく感じなかったのにもアキレウスは驚いた。
「アキレウスさん、先程は失礼しました。故あって目隠しをさせて頂いたことお許し下さい。」
「どうして目隠しを?」
「そうですね、簡潔に言えば・・・。わたくしの姿を見たら最後、後戻り出来なくなるから、とでも申せば宜しいでしょうか!」
どうやら先程の彼女のようだ。あのスタイルと声、それにこの魅惑の香りが彼の性欲を刺激する。目隠しプレイも悪く無い、とアキレウスは一人思うのであった。
「なぜこのようなことを?」
「わたくし、確かにあなたを誤解しておりました。この時間に入浴すべきはわたくしではなくあなたが正しかった。反省しております。ただ、湯気で見えづらかったとは言え、わたくしの裸を見た事実は消えません・・・。何より、あなたはまだ誰にも触れさせたことの無い体に、しかも胸をモミモミしました・・・。このことは到底許せるべきことではありません。本来ならあなたの死を以て償って頂くべきところですが、先程、わたくしの正拳突きを避けた技量、とても興味があります。もし、わたくしが探し求めるような方であるなら、もしかして・・・。」
「は?」
「いえいえ!こちらの話しですわ。と、ともかく、あなたの先程の技量に興味があります。ですから、もし、あなたがわたしくしの願いを聞いてくれるのであれば、30分後に3階へお越し下さい。もし来て頂けない時はわたくしも縁が無かったということで諦めましょう。」
「急に願いと言われても・・・。」
「そうですわね。ですから、そこはあなたの自由意志にお任せ致します。ここであったことはお互い、忘れましょう。ですが、わたくし、あなたはそのように薄情な方では無いと感じました。ここで見張りをする責任感、それにわたくしの無垢な体に触れたあなたが、何の罪悪感も感じないはずがありません。ですから、自由意志ではありますけど、きっとあなたは話しを聞きにきてくれると信じております♪」
「はあ、ちなみに行かないとどうなるのでしょうか?」
「まあ、万が一、もし、あなたがそのまま現れなかった場合、その場合は数日後に不幸があるかもしれませんわね♪フフフッ。」
アキレウスはここは素直に従うことにした・・・。女難の相、恐るべし・・・。
「ワ、ワカリマシタ。善処させて頂きます。」
「良い返事で期待しちゃいますわ♥あ、ちなみにですが、3階には特殊なアイテムで結界を張っております。三階に立ち入る際には、これをお持ち下さい。」
「これは?」
「これはとある遺跡で発見された神の遺物の片割れ。もう一方はわたくしが持っております。対になることで結界を張ったり解除したり出来ますわ。」
「そんな大事なモノを見ず知らずの僕に渡して良いんですか?」
「何を言っているのです?見ず知らずは随分ですね。既にこの体を弄ばれたというのに・・・。シクシク・・・」
「わ、分かりましたから!お預かりしますから、30分後に伺いますからっ!」
「素直な方で良かったですわ!では30分後にお待ちしております。三階の階段でそちらを頭上に
そう言い残すと、彼女はそのまま気配を消した。
「あ、あの・・・。せめて、お名前だけでも先に聞かせて下さい!」
「そうですわね。呼び名も無いようでは何かと不便ですものね!え〜と・・・、ディア・・・、そうディアとでもお呼びください♪」
遠くから聞こえた時、既にその向こうに彼女の姿は無かった。
余談ではあるが、浴場入り口の立て看板を入れ替えた張本人であるガードナーちゃんは、湯浴みをしすっきりした体で熟睡中であった。魔女ッ子恐るべし・・・。
あなた!ワタクシの夫なら魔王を倒してきなさいっ! @Alicechan
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