2. To The 1999 XS35
ジョディは苛立つように机を指先で小突いていた。それは不快な苛立ちではなく、子供が母親に早くケーキを切ってくれとせがむ、あれである。
ここはインドネシアのイリアンジャヤ州レンダニ航空宇宙センターの情報集務局。
部屋の窓からは、化学燃料を使っていた時代のロケット発射台と宇宙への回廊、真空電磁カタパルトが見えている。今、まさに一機の連絡船がカタパルトを5m/s^2で加速されているところだ。彼女の苛立ちの原因の結果次第で、次の便に乗ることになる。
待っていた連絡が来た。1999XS35の調査チームに入れるという通知だ。
準備はできている。彼女はバッグひとつを持って部屋を出た。
調査チームの正規メンバーは前日までに全員月へ向かった。
彼女はムーンツアーにはしゃぐ観光客に交じって座席についた。これから月までの18時間は決して退屈ではない。彼女の頭の中は1999XS35のことでいっぱいだ。
彼女の専門は重力波を使った通信技術であるが、元々、地球外知的生命の存在可能性確率の研究者でもあった。
彼女の研究では、地球外知的生命を空間的に調査するのは技術的に不可能であるという認識だ。過去には電波を使った探査時代もあったが、高度な文明を持った知的生命が電波のようなそれ自体に指向性のないものを使うはずがない。ゆえに、空間的にいくら調査しても無意味である。何光年もの空間を伝播するほどのエネルギーを利用できる知的生命ならなおさらである。彼らから見れば、電波を通信手段に使っている人類は、まだまだ未開人の部類なのだろう。
そこで彼女は、将来の通信手段として重力波を使った通信を実現したかったのである。彼女が子供ころにはまだ重力波の伝播には速度が有るというのが一般的であった。いわゆるC。光速度と同じ毎秒30万キロメートルである。
21世紀初頭。この重力波の伝播速度というもので、渦巻き銀河の渦が出来る原因を説明しようと研究していた時代がある。しかし、今22世紀の初めに系外銀河での超新星爆発の研究者と系外銀河の中心ブラックホールの研究者の研究データが偶然取り違えられたことで、両者の関係が明らかにされた。
超新星爆発の引き金を銀河中心ブラックホールの重力波が担っているということだ。そのことにタイムラグは無い。重力波の変動がいつ爆発してもおかしくない恒星を死に追いやっていた。変動と爆発。それは、我々人類がいうところの「同時」に起きていた。
そのころから重力波を通信に利用できないかと研究が進められてきた。
それが実現すれば、あらゆる遠隔操作や通信が密度の濃いものになる。トリトンにある探査機器からの情報もリアルタイムで受け取れる。まさに通信革命である。
それが、彼女ジョディの専門分野であり、地球外知的生命探査の鎹なのだ。
そして、彼女は地球外知的生命を空間的に見つけることは、現時点では技術的に不可能だと思っている。しかし、時間的には不可能ではないとも思っている。太陽系の長大な歴史時間の中で、何らかの手掛かりが残されているかもしれないからである。
今、彼女は直観に揺り動かされている。1999XS35 へと。
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