エピローグ


「マリア様、申しわけございません」

 透明な人工子宮カプセルの前で、軍服姿の美女、劉大佐はひざまずいていた。

「黒死館少佐をはじめ、中里少尉、藤枝少尉、香坂軍曹、いずれもやつらに倒されてしまいました」

『気にすることはありません、劉大佐。今回の計画はたんなる実験に過ぎません。さらに自然の驚異を一般市民に知らしめたという意味ではむしろ成功したといえるでしょう』

 人工子宮の中に漂うマリアは、スピーカーを操り、劉に話しかけた。

「しかし、サイコポーターである黒死館という貴重な人材を失ってしまいました。これ以上、やつらをのさばらせておくのは我慢ができません。マリア様、この私に命じてください、やつらをつぶせと。私が直々に指揮を執り、必ずややつらを壊滅に追い込んで見せましょう」

『それはなりません』

「なぜです?」

『あなたはわたしの片腕でありながら、まだそんなこともわからないのですか?』

「も、申し訳ございません」

『彼らは非合法の組織ですが、しょせんリーダーは警察の人間ですし、けっきょく警察の後ろ盾があるということです。それを潰すということは警察に正面切って宣戦布告をすること。それは日本という国家と全面戦争することに他なりません。その結果、警察が敗れることになれば、国家は自衛隊を出すでしょう。アメリカ軍に協力を要請するかも知れません。我々の目的は、日本という国家、ひいては世界と戦争をすることではありません』

「し、しかし、やつらを放っておいては、いずれわれら『楽園の種』の命取りになるのでは?」

『なりません。彼らにはしょせん、わたしたちの組織の全貌などなにもわかっていないのですから。ここぞというとき以外は好きにやらせておけばいいのです。その程度のことで、我らの力は揺るぎもしません』

 劉はそれ以上反論しなかったが、マリアは劉の心を読んだようだ。

『納得いかないようですね、劉大佐。わたしは流血や破壊による支配など望んではいないのです。力による支配は、民衆の恨みを買い、いずれ崩壊します。歴史を見ても、力と恐怖で支配した独裁者はかならず失脚し、組織が壊滅するのは明らかです。ならばどうすればいいか? 民衆から恐れ憎まれるのではなく、崇拝されればいいのです。それこそ神のように。それにはいかに民衆を効率よく洗脳するか。それもできれば、洗脳されていることに気づきもせず、いつの間にか我らを崇拝しているというのが理想です。今度の実験の意味はそういうことです』

「それはわかっています。しかし我らを標的にした明確な敵がいる以上、無視するわけにはいかないのでは?」

 劉はいくぶん声を荒げた。

『無視するわけではありません。正面切って戦ってはいけないといっているのです』

「では、どのような措置を?」

『警察を内部から乗っ取るに越したことはありません。警察の上層部など我らに対し驚くほど無防備。無知のなせる技です』

「なるほど、警察上層部の人間を洗脳するわけですね?」

『そうです。東平安名警視は警察内部の政治で排除するように持って行きます。警察という後ろ盾をなくせば、彼らこそがテロリストに他なりません』

「さすがはマリア様、すばらしいお考えです」

『劉大佐、そこで次の任務です。警察の要人を洗脳し、我らの協力者にします。今回の実験で得たノウハウを使いなさい。誰を洗脳するか、リストはあとで渡します』

「わかりました」

 劉は晴れやかな顔で答えた。

『それから洗脳によって組織を内部から乗っ取るのは警察だけではありません。もっと我々の野望を達成させるために重要な組織を攻めます』

「それは?」

『この民主主義の世の中で、我々が真っ先に押さえるべき組織はなんだと思いますか?』

「……わかりません」

『民主主義ではそれこそ民衆によって政治家が選ばれるわけです。ならば民衆をいかに操るかが課題となるでしょう。つまり全国民、ひいては全世界の人間の洗脳です。黒死館がやったような洗脳はすばらしい効果を生みますが、数はこなせません。あれはひとりずつしかできませんし、彼のような特殊技能が必要です。薬と催眠を使った洗脳はもっと幅広くおこなえますが、やはり限界があります。大量の民衆を洗脳するには、時間はかかりますが教育と情報操作が一番です。どうもわたしは今まで焦りすぎていたようです。急ぎすぎていました。遠回りのようで、それがもっとも近道であることがようやくわかったのです。劉大佐……』

「はい」

『新聞、テレビ、ラジオ、インターネット。これらをコントロールする必要があります。今でも息のかかったところはありますが、そこだけではなく、すべてを押さえるのが理想です。わたしたちに都合の良い情報だけを流し、都合の悪いことは隠さなくてはいけません。そして教育。文部科学相を押さえ、私たちに都合のよい教科書を作成、採択し、都合の良い教育指導をする必要があります。もちろん、そんな流れに反対する政治家、評論家、学者、市民団体などが出てくるでしょうが、彼らは洗脳して仲間に引きずり込めばいい。それが不可能ならば暗殺するまでです。また現場レベルでも、藤枝少尉や香坂軍曹のようにすでに都内の様々な学校に潜伏している同志による生徒たちの洗脳も同時に進めていきます。今後は都内だけでなく、地方の学校にも彼らのような同志を次々に送り込んでいきましょう。いいですか、劉大佐。破壊と殺戮でおこなう侵略はもう古いのです。静かに進行し、知らないうちに自分たちの考えが変えられている。そして気づいたときには世界が変わっている。そうなれば、犠牲は最小限で、誰もが「幸福」の名において統治されるのです。そのときこそ世界はわたしたち「楽園の種」のものになるのです』

 マリアはカプセルの中で微笑んだ。


 了

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正義の味方は三時から 南野海 @minaminoumi

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