015・人間の壁と木精霊ドリアード

「おお、貯まってる貯まってる」


 異世界活動三日目を無事終えた狩夜は、イルティナ邸にて眠りにつき、レイラと共に白い部屋へとやってきていた。


 狩夜の視線の先には、タッチパネルに表示される『45・SP』の文字がある。レイラと共に打倒し、吸収した魔物たちの魂。その総数がこれだ。


 このソウルポイントを使い、自身の魂に干渉、作り変えることで、開拓者は強くなっていくのである。


 自身の魂と肉体が変質するという事実に、若干の恐怖を覚えながらも、狩夜はタッチパネルを操作する。まず触れたのは『敏捷UP・3SP』の項目だ。


 狩夜がその項目に触れた瞬間、タッチパネルに『ソウルポイントを3ポイント使用し、叉鬼狩夜の敏捷を向上させます。よろしいですか? YES NO』と表示される。


 狩夜は「この世界で生きていくためだ」と『YES』をタッチする。すると——


『叉鬼狩夜の敏捷が向上しました』


 お馴染みの声が白い部屋に響き渡った。そして、基礎能力向上の項目すべてが『4SP』に値上がりする。


 続いて『精神UP・4SP』の項目に視線を向ける狩夜。次いで、ギルドでのタミーの言葉を思い出す。


 基礎能力の向上は、特別な事情がない限り『筋力UP』『敏捷UP』『体力UP』『精神UP』を一度ずつ選択するべきである。


 一と零では大違い。


 人間の壁を破るため。


「人間の壁……か」


 狩夜はワイズマンモンキーとの戦闘を、レイラに頼りきりだった昨日の活動を思い出す。


 何もできなかった。それが素直な感想である。ティールの住人は歓喜し、賞賛してくれたが、それはすべてレイラのおかげ。狩夜自身の力ではない。


 狩夜は弱い。この過酷な世界イスミンスールにおいて、あまりにも脆弱で、矮小だ。


 人間の壁を破れば、変われるだろうか?


 狩夜は生唾を飲み下した。そして、意を決して『精神UP・4SP』の項目に触れ、次いで『YES』をタッチする。


『叉鬼狩夜の精神が向上しました』


 お馴染みの声が白い部屋に響き渡る。そして、次の瞬間——


「うわ!?」


 狩夜の目の前で変化が起きた。


 部屋の中央で直立する、ローポリで半透明な狩夜。その姿形が変わったのである。


 ローポリで、カクカク。狩夜本人だったから、これが叉鬼狩夜だとなんとなくわかる。そんなレベルだったローポリ狩夜。そのポリゴン数が一気に増加し、造形が複雑になったのだ。


 六角だった手足は八角に。肩や顔の輪郭も滑らかになっている。まだまだローポリの域を出ないが、これは狩夜だと第三者が見てもわかるくらいには、狩夜の造形を模している。


「これが、人間の壁を破ったっていう証拠——なのかな?」


 変化したローポリ狩夜を見つめながら、狩夜は首を傾げた。


 狩夜は試しに軽く飛び跳ねたり、腕を回したりしてみたが、あまり強くなったという実感はない。


 ほんとに何か変わったのかなぁ? と、困惑顔で首を捻る狩夜。そんな狩夜の頭をレイラがペシペシと叩いてくる。


 狩夜が視線を上に向けると「ねぇ、とりあえず残りのポイント割り振っちゃわない?」とでも言いたげに狩夜を見下ろすレイラと目が合った。


「そうだね、そうしよう」


 検証を後回しにし、再度タッチパネルと向き合う狩夜。そして、残りのソウルポイントを使用し、自身の基礎能力を向上させていく。


 最終的にはこうなった。


———————————————


叉鬼狩夜  残SP・3


  基礎能力向上回数・9回

   『筋力UP・2回』

   『敏捷UP・4回』

   『体力UP・2回』

   『精神UP・1回』


  習得スキル

   〔ユグドラシル言語〕


———————————————

  

 敏捷重視の山形。それが狩夜が選択した自身のビルドである。


 攻撃と防御はレイラがいればどうにかなる。レイラに不足している敏捷を僕が補おう——そんな考えを基本方針に、出した結論がこれであった。


 テイムしているという確証があるとはいえ、レイラには得体の知れない部分が多すぎる。頼りになるが、頼りすぎるのは危険というのが狩夜の考えであった。しかし、その強大な力を利用しないのはあまりに惜しい。ここは異世界。真っ先に考えるべきは生き延びること。使えるものはなんだって使うべきである。


 要は、協力ならいいが依存はだめということだ。レイラの力に頼り切り、自身の向上を怠れば、きっと狩夜は堕落する。かっこわるい人間になる。最悪レイラに見限られてしまうかもしれない。


 レイラとは、互いに支え合うWin-Winな関係がベストだ。だが、その関係を築くためには、まだまだ狩夜に力が足りない。


 強くなるのだ。レイラに負い目を感じないくらい。そうすれば、あの尊敬の眼差しや、賞賛の言葉に心を痛めることもなくなるだろう。


 そして、叶うなら——


「目の前で倒れた女性に、躊躇なく駆け寄れる。そんなかっこいい男になりたいな」


 狩夜はこう言うと、閉じるボタンをタッチ。そして「レイラ、今日もよろしくね」と言いながら、白い部屋を後にした。



   ●



「おはよう、カリヤ殿」


「おはようございます、カリヤ様」


 目を覚まし、身支度を整えてからリビングへと足を運んだ狩夜に、テーブルについていたイルティナと、台所で朝食の準備をしているメナドが声をかけた。狩夜は「おはようございます」と小さく会釈しながら口を動かし、イルティナの向かいの席へと向かう。


「聞いたぞ、昨日は大活躍だったらしいな」


 小さく笑みを浮かべたイルティナが、狩夜の動きを目で追いながら言う。狩夜は困ったように笑いつつ椅子を引き、テーブルについた。


「あのワイズマンモンキーを無傷で撃退し、大量の木材を確保。あまつさえ、ティールの拡張の妨げとなっていたあの大径木を切り倒してくれるとはな。感謝の言葉もない」


 後で聞いたことなのだが、あの大径木はワイズマンモンキーにとって要所の一つであったらしい。縄張りを外敵から守るための狙撃台のような場所で、イルティナをはじめとした多くの開拓者が、あの大径木からの投石に幾度となく煮え湯を飲まされたそうだ。


 あの大径木が切り倒されたことで、森の魔物たちとの領土争いは、ティールの住人側に大きく傾くだろう。


 この勢いに乗っていっきに森を切り開き、村を拡張。開拓だぁ、開拓だぁ——といきたいが、そうもいかない。マナの源泉たる泉から離れすぎても危険なので、人の領域の拡張にはそもそも限界があるのだ。あるていど村を拡張したところで、村の周囲を丈夫な柵で囲うことになる。そこで開拓は頭打ち。くやしいが、それが人間の限界なのである。


 狩夜は「やっぱり人間の方が不利だよなぁ」と胸中で呟きながら、イルティナに向けて声を発した。


「いえ、僕は何も。頑張ったのはレイラです。お礼ならこの子に」


 狩夜はそう言うと、頭上にいるレイラを両手で掴み、テーブルの上へと運んだ。イルティナは、テーブルの上に鎮座するレイラを見つめながら意味深に笑い、次いでこう口にする。


「この子のことも聞いているぞ。ドリアード様の化身、もしくは分身と呼ばれているらしいな?」


 この言葉に狩夜は顔を引きつらせ、レイラは小首を傾げた。狩夜は慌てて口を開く。


「あ、あのですね、それは僕が言い出したことではなく……」


「わかっている。村民たちがかってに言っているだけなのだろう? 別に怒っているわけではない。そんな顔をするな」


 イルティナはそう言いながら右手を伸ばし、レイラの頭を撫でた。どうやら狩夜をからかいたかっただけらしい。


「カリヤ殿からしたら迷惑な話だろうが、許してやってくれ。誰もが心の支えを欲しているんだ。それに、そう言い出したくなる気持ちもわかる。確かにレイラは、ドリアード様に似てなくもない」


「そういえば、ガエタノさんから聞いたんですけど、イルティナ様は教典とやらを持っているんですよね? その、ドリアード――様の姿が描かれているっていう」


「ん? 教典か? あるぞ。見たいのか?」


「はい、ご迷惑でないのなら、ぜひ」


 こうまでレイラに似てる似てると連呼されれば、気になって当然である。ぜひとも見たい。


 狩夜の言葉を聞いたイルティナは席を立ち「わかった、少し待っていてくれ」と言い残して自室へと消えた。そして、一冊の本を手に、再びリビングへと戻ってくる。


 随分と古びた本であった。年代物だと一目でわかる。


「これが木精霊ドリアード様。私たち木の民、その信仰の対象だ」


 教典のとあるページを開きながら、狩夜に見えるようテーブルの上に置くイルティナ。狩夜は、視界に入ってきた姿絵を凝視する。


 そこには、半人半樹とでもいうべき女性の姿が描かれていた。


 全身の肌は樹皮、髪は葉っぱ。木の民と同じく耳が横に長い。体は女性らしい起伏に富み、両腕は人間のそれと酷似している。しかし、足は木の根そのものだった。


「これが木精霊ドリアード……」


 狩夜はこう呟きながら、その姿絵とレイラとを何度も見比べてみる。


 狩夜の視線に気がついたのか、レイラは「どうどう? 似てる?」とでも言いたげな視線を狩夜に向けつつ、右腕を頭、左腕を腰に当て、シナを作ってみせた。そして、精一杯の色気を振りまきながら、狩夜の言葉を待っている。


 そんなレイラを見つめながら狩夜は鼻で笑う。次いでこう言ってやった。


「確かに似てなくもない。けど、圧倒的にメリハリが足りない」


 この瞬間、レイラの表情が凍りついた。


 しばらくの間、シナを作ったまま硬直していたレイラであったが、ほどなくして再起動。そして「そんなにボンキュッボンが好きかー!!」とでも言いたげに、二枚の葉っぱで狩夜を何度も叩いてきた。怒っているのか少し強めである。


「痛い! 痛いって! ごめんごめん! 大丈夫だよ、レイラの方がプリティーだよ! 痛い! だからごめんて!」


 じゃれ合う狩夜とレイラ。そんな二人を見つめながら、イルティナは笑う。そして「まあまあ、それくらいで許してやれ」とレイラを窘めた後で、こう言葉を続けた。


「それで、カリヤ殿は今日はどうするつもりなのかな?」


「あ、はい。とりあえずギルドに顔を出して、めぼしいクエストを受けた後、森に入ります。人間の壁とやらを破った自分の力を試してみたいですからね。あと、道具屋にもいってみたいです」


 レイラの葉っぱを両手で防ぎながら答える狩夜。その返答にイルティナは小さく頷く。


「そうか。無事、第二関門突破だな。だが、慣れるまでは無理をしないほうがいい。水辺から離れすぎないよう常に気を配ることを忘れるな。強くなった自分の全能感に酔っていると、手酷いしっぺ返しを受けかねない」


「はい、肝に銘じておきます」


 狩夜が真剣な顔でこう言った直後、メナドが台所から出てきた。そして「お待たせしました」と笑顔で言いながら、朝食を手際よくテーブルの上に並べていく。レイラも気がすんだのか、狩夜を叩くのをやめた。


 この朝食を食べたら、まずはギルド。次に道具屋。そして森だ。


 狩夜は、強くなった自分への期待に胸を膨らませながら「いただきます!」と元気よく宣言し、メナド手製の朝食を口にする。


 こうして、狩夜の異世界活動四日目が幕を開けた。

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