016・道具屋と水

「う~ん」


 ギルドでクエストを受けた後、始めて入店した道具屋。その店内で狩夜は唸っていた。狩夜の視線の先には、手作り感あふれる店のお品書きが鎮座している。


 壁に立て掛けられたお品書きには、この店で扱われている様々な商品、それらの名称が大きな文字で記してある。しかし、その横。本来値段が書かれているであろう場所の上には、『品切れ!』と赤字で書かれたプレートが張り付けられており、全商品のおおよそ八割に張り付けられていた。


 どうやらこの店は、深刻な品薄状態であるらしい。


 在庫がある商品は——


   瓢箪・小   5ラビス

   瓢箪・中   50ラビス

   瓢箪・大   500ラビス

   真水     5ラビス

   聖水     100ラビス

   水鉄砲    30ラビス

   竹の槍    50ラビス


 ——の、七品目のみであった。


「回復薬は品切れ……か。残念」


 一番興味があり、一番欲しかった物は売っていなかった。その事実に狩夜はほんの少し表情を曇らせる。すると、カウンターを挟んで狩夜の前に立っていた木の民——初老の店主が、申し訳なさそうに口を開いた。


「本当にすみません、お客様。我が身どころか、この村を救ってくださった大恩人に対し、この程度の品しかお見せすることができず……」


「あ、いえいえ! 気にしないでください! 事情はわかっていますから!」


 狩夜はお品書きから店主へと視線を向け、両手を胸の前で左右に振った。次いで話を逸らそうと、在庫のある商品の説明を求める。


「えっと、このひょうたんの大・中・小っていうのは、水筒として使えるよう加工されたもの——で、いいんですよね?」


「はい。水の携帯は、開拓者にとっても一般人にとっても非常に重要なことですからな。ひょうたんの在庫はけして切らさぬよう心掛けております」


「真水は、水を火にかけてマナを分離させた、テイムした魔物用の飲料水。聖水は、その時に分離させたマナを蒸留して、回復力と魂の浄化作用を高めた、マナの割合が高い水……ですよね?」


「はい。その通りです」


 真水の重要性と、聖水の知識。これはイルティナから聞いたことである。


 テイムし、味方にした魔物でも、魔物である以上はマナを嫌い、体内に摂取すれば弱体化は避けられない。しかし、生き物である以上、生きるためには水分補給は必須である。よって、テイムした魔物の弱体化を避けるためには、真水。マナを分離させた魔物用の飲料水が必要なのだ。


 水に溶けたマナを分離させる。言葉だけ聞くと非常に難しい気がするが、なんてことはない。正確な数値はわからないが、マナが気化する温度は水よりも随分と低いらしく、川や泉の水を軽く火にかければ、すぐに真水の出来上がり。野営の最中であっても、少しの手間で作れる品物だ。


「値段が5ラビスになってますけど、この値段でどれくらい譲っていただけるんですか?」


「この店では、これ一杯で5ラビスとしております。ちょうど小さいひょうたんが満タンになるくらいの量ですな。聖水も同様。これ一杯で100ラビスです」


 こう言いながら店主が見せてくれたのは、一リットルは入りそうな陶器の計量カップであった。


「なるほど……では、瓢箪・小を一つと、水鉄砲を二つください。瓢箪の中には、聖水をお願いします」


「おや? 瓢箪は一つでよろしいので? 瓢箪は二つ以上携帯したほうが何かと便利ですよ?」


 首を傾げながら尋ねてくる店主。確かに普通の開拓者なら、真水用に一つと、マナを含んだ普通の水、もしくは聖水用として、二つ以上の瓢箪を携帯をした方がいいだろう。だが、狩夜は普通の開拓者ではない。なぜならば——


「いえ、一つで大丈夫です。こいつはマナを嫌がりませんから。弱体化もしませんし」


 狩夜は頭上のレイラを指さしながら口を動かした。


 そう、地球産の魔物であるからか、レイラはマナを嫌わない。それどころか好む傾向すらあった。イルティナ邸で出された真水は拒否して、マナの溶けた水を飲み、両足を川や泉の中に突っ込んでいるところをよく見かける。その頻度は「根腐れとか大丈夫なのかな?」と、狩夜が心配になるほどであった。


 日々多量のマナを摂取しているレイラ。にもかかわらず、弱体化した様子など一切ない。直接問いただしても「全然平気だよ~」と言いたげにレイラは笑うだけだった。こうなれば狩夜も『レイラはマナを苦にしない魔物である』という結論を出すしかなかった。


 狩夜の言葉に目を見開く店主。次いで、興奮した様子でこう捲くし立ててきた。


「なんと、マナで弱体化しないとは! いやはや、さすがは救世主様がお連れする魔物は一味違いますな! 村の若い連中が噂していたことを聞いたときは、何を馬鹿なと思ったものですが……こうなってくると、ドリアード様の化身という話も、あながち間違いではないのかもしれませんな!」


 この店主の物言いに、狩夜は困ったように苦笑いを浮かべた。次いでこう口にする。


「あの、お会計をお願いしたいのですが……」


「おお、そうでした! つい興奮してしまいました。すみません、すぐにご用意しますので、少々お待ちください」


 店主はこう言いながら狩夜に背を向けると、『聖水』と書かれた水瓶に近づいた。次いで水瓶の蓋を開け、左手に瓢箪、右手に先程の計量カップを持つ。


 店主は計量カップを水瓶の中に完全に沈め、ほどなくして持ち上げた。計量カップの中には、マナが多量に溶けているであろう聖水が、並々と湛えられている。


 店主は一杯になった計量カップを狩夜に確認させたあと、漏斗をつかって瓢箪の中へと聖水を注いでいった。十数秒ほどの時間で計量カップは空になり、瓢箪はほぼ満タンとなる。店主は漏斗を瓢箪の口から外してから、慣れた手つきで蓋を占めた。


「すごい」


 この作業中、計量カップの中身はほとんどこぼれることはなかった。熟練の技を目にした狩夜は、素直に賞賛の言葉を口にする。


「お待たせしました」


 作業を終えた店主は、聖水の入った瓢箪と、竹製の水鉄砲二つを手に、再び狩夜と向き直る。


「えっと……全部で165ラビスでいいんですよね?」


 一仕事終えた店主の顔を見つめながら、サイフ代わりにしている布袋をポケットから取り出そうとする狩夜。すると、店主はカウンターの上に品物を並べながら、こう口を動かす。


「いえ、今日のお代は結構ですよ」


「え!? そんな、駄目ですよ! ちゃんと払います!」


 狩夜は左右に首を振り、とり出した財布を軽く持ち上げる。だが、店主は「結構です」と言いながら、奇麗な笑みを浮かべた。


「先程も言いましたが、お客様は命の恩人です。この程度の品では対価としては不足でしょうが、これくらいはさせてください」


「店長さん……」


 狩夜は品物と店主の顔を交互に見た。そして、感謝の気持ちと共に小さく頭を下げ、こう言葉を紡ぐ。


「わかりました。ありがたく頂戴します」


「ええ、お持ちください。少しでもお客様の手助けになれば幸いです」


 このやり取りの後、狩夜はカウンターの上に並べられた瓢箪と水鉄砲を手に取った。そして、それらを腰に括り付ける。


「では、今後とも当店をごひいきに。次回はきっちりお代をいただきますよ?」


 店主はこう言いながらニコリと笑った。狩夜は「はい、また来ます」と再度頭を下げてから体の向きを変え、店を後にする。


 次に向かうは森の中。人間の壁、それを越えたであろう自身の力を確かめるために、狩夜は歩を進める。

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