283・死因は――
「おかしい」
齧剋城攻略遠征、四日目の夜。
目的地までの道程、そのおおよそ半分を踏破した狩夜たち遠征軍は、平地にある開けた場所で野営をしていた。
そして、野営地での恒例となっている幹部たちの議論の場にて、眉間に皺を刻んだランティスが、開口一番に自身が感じている違和感を告げる。
「いまだに死者、重傷者ともにゼロ。糧食や備品にも被害はなく、行軍速度も予定よりずいぶんと速い。順調すぎる」
この言葉に、第三次精霊開放遠征に参加していた者全員が、賛同するように首を縦に振った。
「そうじゃな。前回の遠征と比べ、明らかに魔物からの襲撃が少ない。昨日までならアノトガスターエアレイドの影響と言えたが、四日目ともなると……さすがにのう」
「ボクたちが強くなって、襲ってくる魔物が減ったってだけじゃないよね、絶対」
「その襲ってくる魔物たちも妙でやがります。虫型と植物型ばかりで、たまに両生類型を見るていど。前回紅葉たちが手を焼いた、ミズガルズバッファローやランスゲムズボックの群れはどうしたでやがりますか?」
「俺は空から俯瞰しているからわかるが、そいつらは本当に見かけないぞ。あれほどの数がいったいどこへ消えたというのだ?」
現在遠征軍が進んでいるのは、アフリカのサバンナを彷彿とさせる大草原地帯だ。そこには多種多様な魔物、特に草食獣型が多数生息している。
草食獣には群れを作る習性を持つものが多い。この地に生息する魔物も、多分に漏れずその傾向があるそうだ。
群れが大規模となり、数の差がなくなれば、遠征軍にも躊躇なく襲い掛かってくるから気をつけろ――と、遠征開始前に何度も言い聞かされた狩夜であったが、その警戒すべき草食獣型の魔物をとんと見かけない。
そして、草食獣型の魔物がいないからか、それを捕食している肉食獣型の魔物もいない。大型肉食獣のおこぼれや小動物を狙う鳥類型や、爬虫類型もだ。
これほど自然豊かな大草原に、狩夜たち人間以外の動物の姿がほとんどない。これは紛れもなく異常事態だ。
目に見える形で異変が起こっている。だが、その原因がわからない。遠征軍の幹部たちは腕を組んで頭を悩ませたが、答えは出そうになかった。
「……この状況は不気味ではありますが、実害は出ていません。むしろ我々に利があるとさえ言えます。なにが起こっても即応できるよう警戒しつつも、今まで通り行軍を続けるしかないでしょう。他になにか気がついたことのある者は述べなさい」
この異変がよほど気がかりなのか、難しい顔で思案に耽るランティスに代わり、カロンが議論を先に進める。すると、揚羽が小さく手を上げてから発言した。
「どうやら体調を崩す者が増えておるようじゃぞ。症状は吐き気、息切れ、倦怠感、皮膚炎、このあたりか」
「っえ!? わたくし、そんな報告受けておりませんけれど!?」
遠征軍における医薬品の管理製造、及び、軍医の責任者であるアルカナが目をむいた。すると、揚羽は頭上のうさ耳を動かしながらこう続ける。
「症状が軽いからか、軍医に迷惑をかけまいと言い出せずにいる者がほとんどのようじゃな。開拓者は、弱みを見せまいとする見栄っ張りばかりじゃからのう」
パーティメンバーしかいないテント内でのちょっとした弱音。それを超聴覚で聞き取ったらしい揚羽の言葉に、ランティスは眉間の皺を深め、アルカナは頭痛をこらえるように右手を額に沿える。
「体調不良はどんな些細なことでも包み隠さず話してほしいと、事前にお伝えしておりましたのに……明日の夜明けと同時に診察をして、そのときによ~く言い聞かせなければなりませんわねぇ」
「アルカナ、出発が少し遅れても構わない。診察は念入りに頼む」
「承知いたしましたわぁ」
ランティスの重苦しい言葉にアルカナが深く頷く。そんな二人を見つめながら狩夜は右手を顎に当て、自分なりに遠征軍内で増えてきているという体調不良者について考えを巡らせた。
――ん~。でもまぁ、その症状ならボンバルディアビートル・スレイブの毒ガスによる遅発性症状だろうし、大丈夫かな?
ミイダラゴミムシが使う過酸化水素とヒドロキノンは、吸入した場合は
揚羽が述べた症状なら、ボンバルディアビートル・スレイブの毒ガスの影響と考えるのが自然だし、軽症というなら問題ないだろう。
――リースの腕と脚にできたぶつぶつとやらも、これが原因だろうな。
この後は特筆するような議論はなく、そのまま解散となった。
なにか重大な見落としをしている気がする。そう表情で語りながら思案を続けるランティスと、ランティスを気遣って動こうとしないフローグ。そんな二人を後ろ髪を引かれる思いでその場に残し、狩夜は揚羽、レアリエル、カロンと共に、割り当てられたテントへと向かった。そして、体を休めるべく横になり、目を閉じる。
●
「旦那様、旦那様。起きてたもれ」
狩夜が目を閉じてから数時間後、テントのなかに揚羽の声が響いた。熟睡していなかった狩夜は即座に覚醒し、体を起こす。その隣では、レアリエルとカロンも動き出していた。
「揚羽、どうかした?」
「うむ。野営地がなにやら騒がしい。どうやら変事のようじゃ。我らも現場に向かった方が良いじゃろう」
揚羽がいつになく真剣な顔と声色で言う。狩夜は機敏に動くうさ耳を見つめながら「わかった」と頷き返し、できる限り早く身支度を整え、パーティメンバーらと共にテントを飛び出した。
揚羽に先導される形で狩夜たちはテントとテントの合間を駆け抜け、同じように異変に気がついて集まったであろう開拓者をかき分けながら、現場へと足を踏み入れる。
そこには――
「頼む! 頼むから息をしてくれ!」
「おい兄弟! 目を開けてくれよ! 国を造って王様になるんだろ! 俺たちの開拓はこれからだろ!? なあ!」
血の気の全くない顔で地面に横たわる男と、その男に必死に心臓マッサージを施す男。そして、横から涙ながらに呼びかける男という、風の民の三人パーティがいた。
「レイラ!」
その尋常ならざる様子に、狩夜は迷わずレイラの名を呼んだ。次いで、倒れた風の民の男が背中のレイラに見えやすいように体を横に向ける。
マナの節約状態にあるレイラは、片目をうっすらと開け、倒れた風の民を一瞥し、僅かに首を横に振った。その後目を閉じ、再び沈黙する。
相棒のこの反応ですべてを悟った狩夜は、両の手を握りしめ、悔し気に歯を食いしばる。
「この人、ボクが助けた……」
狩夜のすぐ隣で、レアリエルが息を飲んだ。
そう、今倒れている男は、遠征初日にレアリエルが助けた、ツンツン頭のイワトビペンギンっぽい風の民に他ならない。
「通してくださいませ! 通してくださいませ!」
狩夜がなにもできず立ち尽くしていると、背後からアルカナの声が聞こえてきた。
すぐさまカロンが「そこ! 可及的速やかに道を開けなさい!」と叫び、二つに割れた人込みをのなかを、白衣を纏ったアルカナが、医療道具を抱えたパーティメンバーを引き連れて小走りに駆け抜ける。
「アルカナさん、頼む! こいつを助けてくれ!」
「……」
涙ながらに懇願する風の民の男になんら言葉を返すことなく、アルカナは険しい表情で膝を折り、ツンツン頭の風の民の首に右手を添え、次いで瞳孔を確認した。そして、諦めるように小さく息を吐いた後、感情のこもらない声で告げる。
「心臓マッサージをやめてくださいまし」
「いやだ!」
「これ以上は無駄ですわぁ。遠征四日目、深夜。トビー氏の死亡を確認」
アルカナの無情な診断に、風の民二人は泣き崩れ、アルカナのパーティメンバーは木製バインダーを取り出し、そこに挟まれた書類になにやら書きこんだ。
齧剋城攻略遠征、最初の犠牲者が出た瞬間である。
「皆さん、すぐに検死をはじめますわぁ。準備をしてくださいまし」
「はい! アルカナお姉様!」
よほど無念だったのか。もしくは、死の際に想像を絶する苦しみを味わったのか。陸上で溺れたような顔で絶命しているツンツン頭の風の民――トビーの顔に優しく右手を置き、目を閉じさせたアルカナは、パーティメンバーにテキパキと指示を出し、死亡した原因を究明するべく検死をはじめた。
そして、事件を聞きつけた他の幹部たちが全員現場に到着したころ、アルカナがトビーの遺体から離れ、ランティスへと歩み寄る。
「軍医責任者アルカナから、遠征軍総司令ランティスへ、トビー氏の検死結果の報告ですわぁ」
「聞こう」
「遺体には、首、そして胸に多くの
ここで、なにかを躊躇うようにアルカナが言葉を区切った。そして、周囲が沈黙に支配されるなか、狩夜が音を立てて生唾を飲んだ直後、意を決したようにこう続ける。
「貧血と思われます」
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