282・野営地にて(加筆修正版)

「あの時、ボンバルディアビートル・スレイブが一斉に動きを止めたのは、他のスレイブ系魔物と同様、アノトガスターエアレイドに使役される存在であり、支配者の死に連動して死滅したと考えるのが自然でやがりましょうか?」


「う~む、スレイブとして使役される魔物は、その支配者と同種の魔物、かつ親子関係であるのが常じゃ。トンボとゴミムシはまるで違う生き物じゃぞ? はたして主従関係が成立するかのう?」


 夜。


 テントが立ち並び、聖水によって魔物除けが施され、夜目のきく者や、感知能力を有する者による見張りに守られた野営地。そのほぼ中央に作られた開けた場所に、遠征軍の幹部が勢ぞろいしていた。


 彼らは、上に円柱形の蒸し器の置かれた焚火を囲みながら今日一日を振り返り、真剣に議論を交わしている。


「可能か不可能かでいうなら可能だろう。すべての魔物は邪悪の樹から生まれたものであり、それに支配されていたのだからな」


 紅葉の率直な意見にガリムが難しい顔で首をかしげるなか、フローグが個人所有の魔法の道具袋をまさぐりながら言う。そして、目当ての物を見つけたのか手を引き抜き、こう続けた。


「アノトガスターエアレイドの体内から回収したものだ」


『――っ! クリフォダイト!』


 焚火の光を反射して赤褐色に輝く拳大のそれは、悪魔の欠片と称される準鉱物。初代勇者によって切り倒され、二代目勇者によって粉々にされた、すべての悲劇の元凶たる邪悪の樹。その化石であった。


「レイラ、ステイ」


 幹部たちが忌々しげにクリフォダイトを見つめるなか、背中のレイラがクリフォダイトを喰らわんと身じろぎしたのを感じ取り、狩夜は小声でそれを窘める。


「なるほど。すべての魔物の大本であるクリフォダイトを使えば、別種の生き物をスレイブとして使役できてもおかしくはないな」


「ええ、ええ、おっしゃる通りですわぁイルティナ様。魔物に関する新たな発見ですわねぇ。ああ、そうそう。新たな発見といえば、あの水草型の魔物を調べさせていたパーティメンバーからの報告なのですけれど、名称はティア・ヒアキントス。やはり新種の魔物ですわねぇ。これ単体では目立った毒性等はないようです。念のために川の水も調べさせましたが、人体に有害な物質は検出されませんでしたので、ご安心くださいませ」


 アルカナの説明に幹部たちは安堵の息を吐いた。ホテイアオイ――ティア・ヒアキントスに毒がなく、水にも問題がないのなら、川に落ちて拘束された開拓者たちは手足に傷を負っただけである。回復薬や聖水を使えば、明日の朝には問題なく動けるようになるだろう。


「なんにしても、遠征初日から犠牲者が出なくてよかったよね。何人かはマジで危なかったし。ボクが助けたツンツン頭君とかさ」


「俺んとこのリースとルーリンもな。それもこれも主を倒してくれた先生のおかげだぜ。あんがとな、先生!」


 クリフォダイトを再び魔法の道具袋のなかにしまったフローグに、隣に座るザッツが笑顔で言う。直後、容赦のない掣肘がとんだ。師の右肘が弟子の脇腹に突き刺さる。


「あいて! なにすんだよ先生!」


「馬鹿者。今回死者が出なかったのは、俺だけの力ではない」


 フローグは「やれやれ」とため息をついた後、腕組みをした。


「そもそも、俺が主を倒せたのは、ティルフィングの力によるところが大きい。空が飛べなければ、俺も他の者と同様、主に対して有効な攻撃手段がなかったからな。そして、死者が出なかった一番の要因は、開拓者全員に貸し出されている新造された金属装備だろう」


 先のギャラルホルン探索遠征によって人類にもたらされた、大量の金属。それらは、地の民の職人たちによって武具へと加工され、遠征軍全員に無償で貸し出されていた。


 それら金属装備が、あの大混戦のなか遠征軍を敵の爪牙から守り、その命を救ったのである。


「潤沢な金属資源による遠征軍全体の装備の向上。その効果は明白だ。ギャラルホルン探索遠征の実施は英断だったな」


「向上したといえば糧食もです。今回の遠征のために用意された糧食は、ビフレストによる輸送路の確立により、質、量ともに、第三次精霊開放遠征から格段に向上しています。そして、今我々が食べているのは第三次精霊開放遠征の成果物。これらは多大な労力と資金、そして、多くの犠牲と引き換えに人類が手にしたものです。心して食しなさい」


 カロンはそう言いながら蒸し器へと手を伸ばし、なかからホカホカの馬鈴薯を取り出した。


 第三次精霊開放遠征の折に、遠征軍がミズガルズ大陸の中心部から持ち帰った植物型の魔物、エビルポテト。そのエビルポテトをマナによって浄化し、可食できるようにしたものがこれである。


 バーチャス・ポテトと名を変えたそれにバターを乗せたものと、ボアの干し肉が、今日の遠征軍の夕飯だった。


「今日という日を無事に乗り切り、こうして共に食事をしていることが、私たちの今までのおこないに無駄なことなどなに一つなく、それらすべてを糧にして成長しているというこれ以上ない証明だ。自信を持って、だが決して驕らずに、これからも歩みを進めよう」


 今までの話を総括するようなランティスの言葉に、幹部たちは強く頷いた。そして、話が一区切りついたところ見計らい、狩夜はおずおずと右手を上げ、自信なさげに話を切り出した。


「あの、すみません。ちょっと皆さんに相談したいことがあります。僕の気のせいって可能性も十分あるんですけど、アノトガスターエアレイドとの戦いの後に……その、女の人の笑い声を聞きました。不気味というか、不吉というか……とにかく、すごく嫌な感じの……」


「奴か?」


 フローグがにわかに殺気立ち、双眸を光らせながらティルフィングの柄に手を駆けた。放たれる膨大な覇気に幹部たちが若干のけぞるなか、狩夜はこう続ける。


「は、はい。例の謎の女が昼の戦いにかかわっているなら、一週間で川が消えたことも、納得できるんじゃないかなと思います」


 魔物を使った人為的な環境変化の可能性。狩夜がそれに言及したことで、幹部たちが一様に難しい顔を浮かべ、押し黙る。


「う~ん、兄ちゃんの考えすぎじゃね? それに、その女が裏で糸を引いてたとしても、もう終わったことだろ? アノトガスターエアレイドは返り討ちにできたんだし――」


「いや、そういうことなら余にも気がかりなことがある。聞いてたもれ」


 ザッツの楽観的な意見を遮るように揚羽が声を上げた。彼女は、頭上のうさ耳を機敏に動かしながら続ける。


「野営地のなかで、フローグが単独先行偵察で得た情報を疑問視する声や、アノトガスターエアレイドとの戦闘を回避できなかった責任を問う声が、少ないがある。あの戦いが仕組まれたものだというのならば、この状況こそがその女の狙いやもしれん」


「フローグの信用を失墜させての離間工作でやがりますか?」


「っち。そういやぁ、昼の戦いの前にもつまんねーこと言ってる奴がいたっけか」


 ザッツは舌打ちをしながら右手で頭をかき回した。


 その見た目と出自ゆえに、フローグには真偽不明の疑惑が絶えず、人の口に戸は立てられない。不手際をすれば、そういった心無い言葉を口にする者も出てくるだろう。


 たとえそれが、誰かに意図的に仕組まれたものであろうとも――だ。


「どれも推測の域を出ませんが、ありえなくもない話です。どうしますか、ランティス? 総司令としての意見を述べなさい」


「現状維持だ。今できることはなにもない。謎の女については遠征開始前から警戒するよう周知徹底しているし、仮にアノトガスターエアレイドとティア・ヒアキントスの大量発生にその女がかかわっていたとしても、相手が絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアに潜伏している以上、こちらから探しにいくことは不可能だ」


 カロンからの問いに迷いなく答えるランティス。それは正論であり、正しい判断であった。


 どれだけ怪しんだところで謎の女の仕業という確たる証拠はなく、実際問題として、遠征軍側から謎の女にできることはなにもない。


 屈強な魔物が跋扈する広大な絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアを、女一人探すために当てもなくさまよい歩くなど、自殺行為以外のなにものでもないのだから。


「相手が仕掛けてくるのを待つしかないのは歯痒いですね……」


 狩夜は小さくため息を吐いた。そして、これ以上意見を述べようともせず、謎の女についての話を終わらせる。


 この後は特筆するような会話もなく、ほどなくして解散となった。挨拶もそこそこに、各々が割り当てられたテントへと向かう。


「じゃあ兄ちゃんたち、俺のテントここだから。明日もよろしくな」


「うん、お休みザッツ君」


「ああ、お休み。まぁ正直、絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアでまともに寝れる気はしねぇんだけど……」


「それは皆同じだよ……」


 聖水で魔物除けを施し、多くの見張りを立てたところで、絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアでは魔物からの襲撃の可能性は常について回る。眠ったら最後、もう目覚めることはないかもしれない。そんな状況での安眠など望むべくもなかった。


 ザッツは苦笑いと共に手を振り、テントのなかへと消えていく。


「きゃあ!? ザッツ様、声もかけずに入ってこないでくださいですの!」


「あ、ザッツンお帰り~。今、リッスンにお薬塗ってるとこだよ~」


「薬? って、どうしたんだよリース、その腕と脚のぶつぶつ? あせも? いや、かぶれか? まあ、リースは重装備だし、絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアじゃ気軽に水浴びもできねぇもんな。しゃーねーか」


「見ないでくださいですの! 見ないでくださいですの!」


「ザッツはデリカシーなさすぎ。女はそういうのを男に見られたくないもの。こういうとき、紳士は見て見ぬふりをするべき」


 ――ラッキースケベか。持ってるね、ザッツ君。


 はためいたテントの入り口、そこから漏れ出たちょっとしたハプニングを笑顔で聞き流した狩夜は、揚羽、レアリエル、カロンと共に、自分たちのテントへと向かった。

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