280・鬼に金棒、虎に翼

 正解のない問題に狩夜が葛藤するなか、ついにアノトガスターエアレイドが遠征軍の直上に到達する。


 そして、ボンバルディアビートル・スレイブを再度投下しようと、口を開きかけたまさにそのとき、昼であるにも関わらず、赤き流星が空を駆けた。


 その流星は、一直線にアノトガスターエアレイドの頭部へと向かい――


「閉じていろ」


 勢いそのままに激突。開きかけた顎を豪快にかち上げ、無理矢理閉じさせた。


 直後、アノトガスターエアレイドの口内から、爆発音と共に白煙が噴き出す。投下しようとしていたボンバルディアビートル・スレイブが、先ほどの衝撃で暴発したのだろう。


 不測の事態にぐらつく巨体を立て直し、空中でホバリングするアノトガスターエアレイドの複眼がとらえたのは、深紅の魔剣を片手に、サーフボード状にした四枚の盾の上に立つ、世界最強の剣士の姿だった。


「これ以上好きにはさせん。貴様の相手は俺だ」


 落下イコール死という超高度で、空中戦に秀でたハンドレッドサウザンド級の魔物と相対しているにも関わらず、フローグは一切気負った様子もなく、ティルフィングを構え直す。


 次の瞬間、アノトガスターエアレイドは、獲物を飲み込まんと大口を開ける巨大なカエルの幻影を、フローグの背後に見た。



   ●



「フローグさん! ありがとうございます!」


 アノトガスターエアレイドからの二度目の爆撃。それをすんでのところで防ぐという、値千金の大活躍を目撃した狩夜は、届かぬことを承知で感謝の言葉を叫び、自分は自分にできることをしようと、次のボンバルディアビートル・スレイブへと向かった。


 狩夜の叫びを聞いた開拓者たちは、一瞬だけ遥か上空へと視線を向ける。そして、五十倍以上の体格差をものともせずに、主相手に大立ち回りをしているフローグの姿を確認し、その顔を僅かにほころばせた。


「フローグが戻りやがりましたか!」


「これで敵の増援はありません! 全員奮起なさい!」


「むぅ、どうにかしてフローグ殿を援護したいが、弓ではとても主まで届かんな。アルカナ、自慢の銃でどうにかならんか!」


「申し訳ございません、イルティナ様。銃でも絶対に届きませんわぁ」


「全員、上は気にせず目の前の敵に集中しろ! 我々は主に対して有効な攻撃手段を持たない! フローグ殿を信じて任せるんだ!」


「よっしゃ! 先生が主をぶっ飛ばしてくれるまで暴れるぜ! いくぞ皆ぁ!」


『うおおぉおぉ!!』


 フローグの雄姿に勇気をもらい、遠征軍は奮起した。一貫してホテイアオイに埋め尽くされた川に遠征軍を押し込もうとしてくるボンバルディアビートル・スレイブの大群を、懸命に押し返す。


「おらおらおらおらぁ! 次こい次ぃ!」


 なかでも、フローグの弟子であるザッツの活躍が目覚ましい。二つ名の由来でもあるマーダーティグリスの骨から削り出した双剣を縦横無尽に振るい、ボンバルディアビートル・スレイブを打ち倒していく。


「ザッツ様! 前に出すぎないでくださいですの! 盾役であるわたくしの立つ瀬がありませんの!」


 全身鎧とタワーシールド、ショートメイスで武装した、腰にまで届く金髪と白い肌を持つ純血の木の民。リース・シュッツバルト。


「ザッツ、調子に乗りすぎ。ルーリンもなんか言ってやって」


 皮の胸当てと長弓で武装した、肩上セミロングの銀髪と褐色の肌を持つ、ブランの木の民。レイリィ・ブラン・グラナディラ。


「あはは! 絶好調だねザッツン! あたしも負けないぞぉ!」


 チャイナドレスと武道着の中間のような服を着こみ、長大な八角棒で武装した、深紅の髪を三つ編みにしたうえでお団子にまとめた、風変りな木の民。ルーリン・カルタムス。


 ザッツ率いる『不落の木守』、そのパーティメンバーである彼女たちも積極的に前に出た。リーダーであるザッツを献身的に支え、常に連係を意識して行動し、多大な戦果をあげていく。


『不落の木守』はこれが二度目の遠征ということもあり、ギャラルホルン探索遠征のときのような緊張や、硬さもない。誰が見ても絶好調だ。


 しかし、調子がいいときほど落とし穴はあるもので――


「次ぃ! って、え!?」


 レイリィの放った矢が体のいたるところに刺さっているボンバルディアビートル・スレイブの頭部を切り飛ばして息の根を止めたザッツは、その勢いのままに次の獲物へと間髪入れず切りかかり、直後に目を見開いた。


 切りかかったボンバルディアビートル・スレイブが、頭部を地面すれすれにまで下げながら腹部を高々と掲げ、その後端を自分へと向けていたからである。


 どうやら、墜落の際に毒ガスを出していなかった個体がいたようだ。


 それが、ボンバルディアビートル・スレイブ最強の武器を使用する際の予備動作であると直感的に理解していても、今更攻撃は止められない。ザッツは己が失策を悟り、歯を食いしばって一瞬後の激痛に備えた。


 そして、ボンバルディアビートル・スレイブの腹部後端から爆発音が轟いたとき――


「ザッツ様、危ないですの!」


 リースが左肩からザッツに体当たりをして、横に突き飛ばした。そして、ザッツと共に攻撃を仕掛けようとしていたルーリンを背後に庇うように立ち、タワーシールドを構える。


「リ――」


 ザッツの悲痛な叫びが爆発音にかき消されるなか、爆発を真正面から受け止めたリースはその衝撃に耐えきれず、とっさに背中を支えようとしたルーリン共々、後方へと大きく吹き飛ばされる。


「~~っ! だ、大丈夫ですの! 『不落の木守』の盾たるわたくしが、この程度で!」


 派手に吹き飛んだものの、そこは強固な装備で守りを固めたテンサウザンドの開拓者。大きな怪我は見当たらない。


 リースは、毒ガスの悪臭に顔をしかめながらも、すぐに戦線に復帰するべく立ち上がろうとして――失敗した。


 彼女が吹き飛ばされた場所は、ホテイアオイが群生する川のなかだったのだ。彼女の四肢は、すでに尻もちをついた態勢でホテイアオイに拘束されてしまっている。これでは立てる訳がない。共に吹き飛ばされたルーリンも同様だ。


 己の現状に愕然とするリース。顔が水に浸かっていないのは不幸中の幸いだが、今の彼女は間違いなく死に体だ。


 そんな彼女に、複数のボンバルディアビートル・スレイブが、顎を大きく広げながら猛然と跳びかかる。


 突き飛ばされたことで体制が崩れたままのザッツにできることはなく、レイリィは咄嗟に弓を構え矢を連射するが、硬い外骨格に守られたボンバルディアビートル・スレイブすべてを打ち落とすことは、彼女の腕をもってしても不可能だった。


「く、くるならきなさいですの!」


 盾役の矜持か、目だけは閉じてなるものかと、鬼気迫る表情でボンバルディアビートル・スレイブを見据えるリース。その射殺すような視線がボンバルディアビートル・スレイブを貫いた、まさにそのとき――


「……え?」


 異変が起きた。


 リースに跳びかかったボンバルディアビートル・スレイブが――否、遠征軍が相手取るすべてのボンバルディアビートル・スレイブが、一度大きく全身を震わせた直後、糸の切れた操り人形のように脱力し、その動きを止めたのである。


 突然の事態に、多くの開拓者が困惑した様子で立ち尽くすなか――


「――っ!? 総員退避! 退避ぃいいぃ!」


 ランティスの慌てたような声が周囲に響き渡った。直後、輪切りにされたアノトガスターエアレイドの腹部、その最後端が、轟音と土埃を巻き上げながら地面に墜落する。


 遠征軍が慌てて落下地点から距離を取るなか、空からアノトガスターエアレイドの体の一部だの、体液だのが、次々に降り注ぐ。


 そして最後に――


「すまん。まだ空中戦に不慣れでな。少し手間取った」


 アノトガスターエアレイドの頭部と、そこにティルフィングを深々と突き立てる、フローグが落ちてきた。


 フローグは、アノトガスターエアレイドの頭部からティルフィングを引き抜き、血を払う。次いで、四枚の盾を操作して鞘を形成し、ティルフィングをそこに納めた。強大な主を一人で相手取ったにもかかわらず、目立った消耗は見当たらない。


 最強の魔剣を手に入れ、空中戦すら可能となった異形の最強剣士に、全方位から畏怖の視線が注がれるなか、遠征軍全員の胸中を代弁するかのように狩夜は呟く。


「これが鬼に金棒、虎に翼ってやつか……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る