277・進化条件考察

「やれ! ラビーダ!」


 ザッツの呼びかけに応じた後、ラビータが大口を開けて勢いよく空気を吸い込みはじめた。すると、ラビスタ特有の手足のない饅頭のような体がみるみる膨らんでいく。


 体が三倍近く膨れ上がったところで、ラビータは空気を吸い込むのをやめ口を閉じる。そして、風船のようになってしまったコミカルな体には不釣り合いな鋭い視線で、二十メートルほど離れた場所にある、木の板に円を描いただけという、簡素な的を見つめた。


「ヂュ!」


 気合の鳴き声と共に、ラビーダがため込んだ空気を一気に吐き出す。それと同時に、事前に魔法の頬袋のなかに保管されていた、拳大の石も吐き出された。


 大量の空気と共に吐き出された石は一直線、かつ、ものすごい速度で的に向かい、見事中央に命中。そして、そのまま貫通し、背後にあった盛り土の奥深くにまでめり込んで、ようやく停止した。


『おお……』


 周囲に集まっていた開拓者たちが、大穴の空いた的を見つめながら驚嘆の声を漏らす。そんななか、ザッツの隣に立っていたランティスがそちらへと振り返り、声を張り上げた。


「これがラビスタの上位種であるラビバリスタの能力だ! 見ての通り、その力は決して侮れるものではない!」


 バリスタとは攻城弓の意である。ラビバリスタの能力は、名前の由来に恥じない強力なものであった。


 その力を目の当たりにした開拓者たちは、真剣な表情でラビバリスタに関する情報に耳を傾け、一心にランティスを見つめる。


「射出されるものが魔法の頬袋に保管されているため、なにが飛んでくるか事前にわからないのも怖いところだ! そして、射線が常に直線だと思ってはいけない! 斜め上に射出し、矢のような弓なりの軌道でこちらの防御を飛び越えてくることもありえる! 今回の遠征の目的地である齧剋城では、このラビバリスタ以外にも正体不明の上位種が多数確認されている! それらの能力は未知数であるが、ラビバリスタやラビスタンに大きく劣るものではないだろう! 所詮ラビスタなどとは決して思わず、どのような事態にも即応できるよう、警戒と心構えを怠るな!」


『はい!』


「よし、この班の講習はここまでとする! 解散!」


 放たれた締めの言葉。


 ある者はパーティメンバーと熱心に語り合いながらその場を離れ、またある者はラビバリスタと相対したときのことを脳内でシミュレートしている様子で立ち尽くす。


 そんな開拓者たちを尻目に、講習が終わるのを少し離れた場所でレイラと共に待っていた狩夜は、慣れない仕事でかなり気疲れした様子のザッツと、そんなザッツを講習中とは打って変わったさわやか笑顔で元気づけているランティスの両名へと近づいた。


「お疲れ様です、ランティスさん。ザッツ君も。ラビスタの上位種に関する講習は、さっきの人達で最後ですよね? なら、予定通り倉庫まで来てくれますか? ユーノスとラビーダに運搬してもらう物資が用意できてますので」


 ユーノスとは、ランティスがテイムしているラビスタの名前だ。そして、ラビーダ同様〔魔法の頬袋〕スキルを有している。


 〔魔法の頬袋〕スキルは、ラビスタ種のみが習得できる固有スキルであり、古代アイテムの魔法の道具袋に酷似した能力だ。容量無限の携帯倉庫のようなものであるが、重量は変わらない。


 そのため、運搬できる量はその個体の身体能力に左右され、無理に詰め込めば当然身動きが取れなくなり、最悪の場合はその重量に押しつぶされて死亡する。また、口に入らない大きさのものを保管することもできない。


 齧剋城攻略遠征には、多数の魔法の道具袋も使用されるが、魔法の道具袋の製法は失われており、数に限りがある。〔魔法の頬袋〕スキルを有するユーノスとラビーダにも物資の一部の保管と、運搬の仕事が割り振られるのは自明であった。


 ちなみに、ラビバリスタの射出能力は、この〔魔法の頬袋〕スキルの応用である。大量の空気を〔魔法の頬袋〕スキルで保管、圧縮した後、他の保管物と共に吐き出すことで、攻撃手段へと転化させているのだ。


「ああ、カリヤ君。わかった、すぐにいこう。ほら、ザッツ君もいくよ。遠征前最後の仕事だ。これが終われば、明日の朝の出発までは休める。頑張ろう」


「ランティスさん、やっぱりラビーダにも物資の運搬させんのかよ。せっかく進化して強くなったのに、それじゃまともに動けねぇじゃん。レイラのなかに物資全部ぶち込んだらよくね? レイラなら重さも大きさも無視できんだろ?」


 確かにザッツが言うように、レイラの保管能力は重量を無視できる。その上、口の形をかなり自由に変更できるので、大きさに関してもほぼ制限がない。〔魔法の頬袋〕スキルや、魔法の道具袋の完全上位互換といえる、かなりぶっ飛んだ性能だ。


 しかし――


「ダメだよザッツ君。保管したものを出し入れする際にもマナは消費するんだ。そんなことしたら、ここぞというときにレイラが戦えなくなっちゃうよ」


「カリヤ君の言うとおりだ。それに、レイラがマナを使い果たしたら、その瞬間すべての物資が出し入れ不可能になり、遠征軍が壊滅することになる。司令官として、そんな方針は取れないな。さ、我儘言ってないでいくよ」


「うぇ~い」


 このやりとりの後、ランティス、ザッツの両名は、狩夜と共に歩き出した。狩夜は、そんな二人の隣で元気よく飛び跳ねる二匹のラビスタへと目を向ける。


「話には聞いてましたけど、ユーノスも進化したんですね」


「ああ。もっとも、ユーノスの進化先はラビスタンだったから、ラビーダやガルルほどの目新しさはないね」


 そう、先日落ち目殺しの巣穴で一夜を明かした際、ラビーダ同様ユーノスも進化していた。こちらは白い被毛のラビスタンである。


 木の民のザッツがテイムしているラビーダが木属性のラビバリスタとなり、光の民であるランティスがテイムしているユーノスが光属性のラビスタンになったところを見るに、テイムした者の人種が進化先に影響を及ぼしているのだろう。


「でも、一緒にいった紅葉さんがテイムしているベヒーボアの支天してんは進化しなかったんですよね? どうしてなんでしょうか?」


「それについては私も考えたのだが、モミジのシテンはサウザンド級だからね。それでじゃないかな?」


 紅葉は第三次精霊開放遠征にて一度テイムモンスターを失い、支天はビフレスト建造中にテイムしたものだ。そのため、まだサウザンド級なのである。


 一方のランティスは、第三次精霊開放遠征でテイムモンスターを失ったのは紅葉と同様だが、かなり早い段階でユーノスのテイムに成功している。それにより、先日のギャラルホルン探索遠征の際に獲得したソウルポイントで、ユーノスはランティスのパーティメンバーと共に、テンサウザンド級へと至っていた。


 しかし、ザッツはランティスの言葉に首を傾げ、こう反論する。


「でもよランティスさん。テンサウザンド級になることが進化の条件ならさ、もっと前にラビーダとユーノスは進化してたんじゃね?」


「そうだね。だから私は、環境も重要なんじゃないのかと思う。ユグドラシル大陸では、魔物が進化したという報告はない。主化して大型化することはあっても、種族が変化することはないんだ。逆に退化、魂を完全に浄化されて、普通の動植物になることはあるけどね」


 狩夜は、フヴェルゲルミル帝国でセイクリッド・ロータスがオーガ・ロータスになったことを思い出したが、あれはクリフォダイトで汚染された水を使って人為的になされたものだ。例外と考えていいだろう。


「そして、あの場所、落ち目殺しの巣穴は、レッドラインの内側にあるにも関わらず、マナが完全に枯渇した場所なんだ」


 このランティスの言葉に、狩夜は右手を顎に当てながら首を傾げた。


「マナが魔物の進化を阻害している――と? でもそれなら、第三次精霊開放遠征のときに何体か進化していたはず――」


「いや、絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアで野営する際には、魔物からの襲撃を減らすため、専用の容器に聖水を入れて、いたるところに設置する。つまり眠る際には周囲にマナが存在したんだ。そして、ガルル、ユーノス、ラビーダが進化したタイミングは、いずれも眠ったとき。つまり――」


「テンサウザンド級以上で、マナが完全に枯渇した環境で眠りにつき、白い部屋にいくのが進化の条件?」


「恐らくね。まだ事例が少なすぎて断言はできないけど、そこまで的外れじゃないと思うよ」


 この言葉には説得力がある気がした。狩夜とザッツは特に異論は挟まず「なるほど」と深く頷く。


 ランティスの考察通りだとしたら、レッドラインの内側にあるにも関わらずマナが枯渇している落ち目殺しの巣穴は、テイムモンスターが比較的安全に進化できる場所として、今後かなり重要視されることだろう。


「もっと調査を進めて進化条件をつまびらかにしたかったけれど、今はそんな場合じゃない。今回の遠征は時間との勝負だからね」


 この言葉通り、狩夜たちは可能な限り迅速に遠征準備を整えた。方々手を尽くして、資金と人員をかき集め、本来は第四次精霊開放遠征に使うはずだった物資を一部流用し、十分な装備と糧食を用意した。先ほどのような講習を遠征参加者全員に行い、ラビスタの上位種に対する理解を深めてもいる。


 だが、それでも――


「最善は尽くしましたが、フローグさんの報告からすでに一週間。移動にかかる時間を考えれば、齧剋城に到着するころには二週間です。相手の数が偵察したときの五倍以上になっていてもおかしくないですよ?」


「仕方ないさ。準備不十分で出発したら、目的地に到着する前に全滅するよ。絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアはそういう場所だ。むしろ五倍で済んだと考えよう。なに、いつものことさ。人類は魔物に数ではかなわない」


 そう言うと、ランティスは狩夜の頭の上にいるレイラを見つめた。そして「道中の露払いはするから、いざというときは頼むよ」と言いたげにウインクする。


 レイラは「まかせて」と言いたげに笑い返した。

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