276・齧剋城(仮称)
『ラビスタが城を建ててたぁ!?』
随分と早く単独先行偵察から戻ってきたフローグ。そんな彼を交えて開拓者ギルドの真新しい貸し会議室に集まった主要な開拓者たちが、聞かされた報告にそろって驚愕の声を上げた。
「えぇ? なんでそんなことになってるの? ラビスタの巣って、地面に穴を掘るタイプじゃなかったっけ?」
「いえ、先ほどの話を聞くに、とてもじゃありませんが巣と呼べる代物ではありません。剣士として高い教養を持つフローグが『城』と表現した以上、それ相応の規模と、要点を押さえたものだと考えなさい」
困惑顔のレアリエルに、カロンが険しい顔で指摘する。すると、鉄兜を被り、皮鎧を纏った地の民が厳かに頷いた。
「うむ。城とは支配者の住居であると共に、軍事的な防衛施設じゃ。食料や武器、財産等の備蓄場所でもある。大規模、かつ、ある程度様式に沿った防衛機構と、居住性が必須。逆に言えば、それらが備わっていない建造物を城とは呼べん」
ガリム・アイアンハート。“鉄腕”の二つ名を持つ、当代随一の鍛冶師にして、テンサウザンドの開拓者である。
専門は鍛冶だが、土と石のスペシャリストである地の民として城にも一過言あるらしく、豊かな髭の生えた顎に右手を当てながら、真剣な表情で思考を巡らせていた。
「ミズガルズ大陸に生息するラビスタのなかに、知能が異常に高い特殊個体、もしくは主が誕生したと考えるのが自然ですわねぇ」
「そうだな。してフローグ殿、その城を建てているというラビスタのなかに、首領と思しき個体は確認できていないのか?」
アルカナの言葉に同意を示したイルティナがこう問い質すが、フローグは申し訳なさげに首を左右に振る。
「申し訳ございません姫様。何分、視認できたラビスタの八割がたが未確認の個体だった上に、さすがに頭の良し悪しまでは見ただけではわかりません。もっと偵察に時間をかければ、一目で主とわかる突出した戦闘能力を持った個体が姿を現したやもしれませんが、相手がラビスタである以上、時間の浪費は悪手と思い、帰還と報告を優先させていただきました」
「ラビスタは、繁殖力がものすごいですからね……条件さえ整えば、文字通りの鼠算式に数が増えてもおかしくない……か」
【鼠算】
江戸時代の著名な和算家、吉田光由が作った算術書『
その問題を現代語に翻訳すると、次の通りとなる。
正月に鼠の番が現れ、子を十二匹産む。そして親と合わせて十四匹になる。この鼠は、二月に子鼠がまた子を十二匹ずつ産むため、親と合わせて九十八匹になる。この様に、月に一度ずつ、親も子も孫もひ孫も月々に十二匹ずつ産むとき、十二ヶ月でどれくらいになるか?
正解は、二百七十六億 八千二百五十七万 四千四百二匹 だ。
ラビスタは鼠と同じ齧歯目であり、魔物でもある。よって、この問題以上の繁殖力を持っていても、なんら不思議ではない。
そんなラビスタでこの世界が埋め尽くされないのは、ひとえに他の魔物や人類によって、増加数と等しい数が絶えず狩られ続けているからだ。
しかし、今回発見された大規模コロニーは、知能に優れた個体によって明確に統率されており、強固な城によって守られているという。そして、始まりがどんなに弱くとも、使い方次第で最強になれるのがソウルポイントだ。
このまま放置したらどうなるかなんて考えたくもない――と、狩夜は顔を青くする。
「早急に討伐軍を組織する必要がある。ランティスはどうした? まだミーミスブルンから戻ってないのか?」
「ああ、ランティスさんなら、紅葉さんやザッツ君らと一緒に、昨日から所用で出かけてます。一晩明かしてみるって話でしたから、そろそろ戻って――」
ここで、狩夜の言葉を遮るように会議室の外から大きな足音が聞こえてきた。そして、噂をすれば影とばかりに、銀髪と褐色の肌を持つブランの木の民が、興奮した様子で会議室のなかへと駆け込んでくる。
「先生が帰ってきてるって!?」
ザッツ・ブラン・マイオワーン。“双剣” の二つ名を持つ、まだ年若いテンサウザンドの開拓者だ。
ザッツの師であるフローグは、許可はおろか、ノックもなしに会議室に足を踏み入れた礼儀知らずな弟子を折檻するべく、右手を握りこもうとして――やめた。ザッツが両腕で抱えるあるものに気がついたからだ。
それは、左目を潰す大きな古傷を持つラビスタ。そう、ザッツがテイムしているラビスタである。しかし、その饅頭のような体は、黄色ではなく緑色の被毛に覆われていた。
「ザッツ、それは――」
「へへ! 見てくれよ先生! 俺のラビーダが進化したんだ!」
「進化」
「そうさ! ラビバリスタっていう木属性のラビスタで、ラビスタンとは別の上位種なんだぜ! こんなラビスタ、きっと誰も見たことない――」
「いや、今議題に上がっている場所で、同じのがいたぞ。そうか、ラビバリスタという名前なのか。未確認だった敵、その一体の正体が知れたな。感謝するぞ」
「……」
絶頂からどん底へ。短い主役を終えたザッツは、両手と両膝を床につけて項垂れた。狩夜はそんな彼の肩に手を置き、ラビーダは「元気出して!」と言いたげに周囲を飛び跳ねる。
「ザッツ君、気持ちはわかるが、廊下を走ると危ないよ――って、どうかしたかい?」
「なんで急に意気消沈してやがりますか? しっかりするでやがりますよ」
ザッツに遅れること数十秒、共に落ち目殺しの巣穴へと向かった開拓者たちが、開け放たれたままの扉をくぐり会議室へとやってきた。そして、項垂れ続けるザッツを尻目にフローグからの説明を受ける。
「なるほど。次は城攻めでやがりますか。月下の武士の血が騒ぐでやがりますよ」
若草色の髪を持つ鹿の獣人、“戦鬼”の二つ名を持つ月の民の開拓者、鹿角紅葉が、好戦的な笑みを浮かべながら左手に右拳を叩きつける。そんな彼女の横では、ランティスが難しい顔で頭を捻っていた。
「相手がラビスタの群れである以上、時間をかければかけるほど敵の数が増え、城は大きく強固になり、こちらが不利になりますね。ですが、城のある場所が場所です。先日のギャラルホルン探索遠征のような、少数精鋭の日帰りとはいきません。往復だけで半月はかかります。大規模な遠征軍を組織する必要がありますね」
「そうなるな。時間との勝負だ。俺としては、今回もランティスに総指揮をとってほしいと思っている。異論のある者はいるだろうか?」
そう言ってフローグとランティスは会議室を見回すが、声を上げる者はいなかった。
「わかりました。では、不肖ながらこの私、ランティス・クラウザーが遠征軍の総指揮を執らせてもらう! 目標は、ラビスタが建造を進める謎の城って、これじゃ締まらないな。なにかいい名前は――」
「では、『
揚羽が、小さく手を上げながらどこか得意げに言う。
齧剋城。
弱く小さい齧歯類が、強者に抗い打ち勝つ、つまりは下剋上をするための城という意味だろう。
なかなかに小洒落たネーミングだな――と、狩夜は思った。そして、そう思ったのは狩夜だけではなかったらしく、会議室のいたるところから感心したような息が漏れる。
「よし! 今この時より、目標の建造物を齧剋城と仮称し、作戦名を『齧剋城攻略遠征』とする! 総員、奮励努力せよ!」
『おう!』
こうして、狩夜とレイラにとって初となる、長期遠征が幕を開けるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます