275・パーティ再集結

「やっと戻ってこれましたか……」


 ミーミスブルンでの会議から数日後、エムルトへと戻ってきたカロンは、夕日を受けて赤く染まる西門の下で独り言ちる。


 正装を脱ぎ捨て竜神衣を纏い、旅装を整えて日の出と共に城を出て、到着したのが二日後の夕方。やはり、移動手段の乏しいこの時代において、エムルト~ミーミスブルン間は、遠いと言わざるを得ない。魔物の襲撃を避けるため、水辺のみを進めば尚更である。


 強化された身体能力にものを言わせて、魔物を蹴散らしながら最短距離を走り抜ければもっと早くつけるのだが、今回の移動はミーミスブルンからの補給物資の第一陣、その護衛を兼ねている。カロン一人で先行するわけにはいかなかった。


 雄のアウズンブラによって引かれる補給物資を満載した荷車。それらを先導するようにカロンは街のなかを進む。目指すはエムルトを発つ前に狩夜から聞かされていた、倉庫の建設予定地だ。


『おお……』


「見事なものですね」


 ほどなくして倉庫の前に到着した一団の口から、感嘆の声が漏れた。


 赤レンガ造りの巨大倉庫。


 横浜港の赤レンガ倉庫を彷彿させるそれは、家を建てる際の材質が基本的に木か石の二択であるこの時代において異彩を放っていた。


 はじまりは、エムルトの管理運営において狩夜の補佐を務めている月の民、大熊峰子の一言である。


「なにか特産品がほしいのです」


 第四次精霊開放遠征の準備にともない、エムルトには三国からの補給物資がひっきりなしにやってくる。その際、荷車を空にしたまま町を出すのはあまりに惜しい――と、峰子は狩夜に熱弁した。


 エムルトは開拓者の町であり、ミズガルズ大陸開拓の最前線。魔物の素材なら大量に手に入るが、それらに関しては開拓者ギルドに一任しているので、他のなにかということになる。


 考えた末に狩夜が出した答えが、ビフレスト建造のために用意した炭酸カルシウムの残りと、ギャラルホルン探索遠征以降採取可能となった火山灰を使用したレンガであった。


 狩夜の「レイラに焼いてもらえば燃料費はタダだよ」という言葉に、峰子は狂喜乱舞した。善は急げとばかりにミーミル王国から地の民の職人を呼び寄せ、レンガ作りを開始。そして、第四次精霊開放遠征のために建設予定だった倉庫と宿泊施設を、宣伝代わりとばかりに木造からレンガ造りへと変更する。


 現代では高級建材扱いのレンガが使い放題ということもあり、職人たちはノリノリで図面を引き、狩夜とレイラの助力もあって、驚きの速さで倉庫と宿泊施設を完成させた。今ではすっかりエムルトの顔となっている。


 その優美な佇まいに心打たれる者は多かった。そして、建材であり単体ではあまり意味をなさず、ケルラウグ海峡をはさむ形で存在する城塞都市ケムルトに運ぶだけでも少なからず利益になるとあって、レンガは飛ぶように売れた。誰もが補給物資をおろした荷車にレンガを満載してから町を出るのが当たり前となり、エムルトにお金を落としていく。


「これ、ほんとうに倉庫なのか?」


「入ってもいいのか?」


 一見城のようにも見える、あまりにも立派な倉庫を前に一団が呆然とするなか、一人冷静なカロンが手を叩いた。


「なにをぼーとしているのです? 運んだものを無事納品するまでが運搬ですよ。疾く作業をはじめなさい」


『は、はい!』


 カロンの言葉で我に返った一団は、慌てて物資の搬入をはじめた。護衛であるカロンは搬入作業には加わらず、龍の装飾が施された戟を手に、油断なく周囲に視線を走らせる。精霊開放遠征の物資に手を出して、全人類の敵に回る馬鹿がそうそういるものではないが、カロンは決して仕事に手は抜かなかった。


 別の出入り口の前では、ウルズ王国からきたと思しき一団が、補給物資の搬入作業を今まさに終わらせたところであった。第四次精霊開放遠征のため、ユグドラシル大陸全土からここエムルトにあらゆるものが集結していく光景を横目に、カロンは小さく、だが満足げに頷く。


 すると――


「あれ、カロンちゃん?」


「レアではないですか。奇遇ですね」


 カロンと同じく狩夜のパーティメンバーであり、風の民のトップ開拓者でもあるレアリエル・ダーウィンが声をかけてきた。


 灰色がかった白髪をツインテールにし、レオタードタイプの魔法防具、神鳥の風切り羽を身にまとうレアリエルは「やっほー」と手を振りながら、笑顔でカロンに近づいていく。


「そちらも、エムルトへの移動を兼ねた物資の護衛ですか?」


「そうだよ。ついさっき終わったとこ。カロンちゃんは……もう少しかかる感じ?」


「ええ。しかし、ウルザブルンよりもミーミスブルンの方がエムルトに近いはずなのに、こちらの方が帰ってくるのが遅いとは……上層部は無駄な会議に時間を使いすぎなのだと、いい加減気づきなさい」


「他種族の顔色を窺わなきゃいけないミーミル王国と違って、ウルズ王国やフヴェルゲルミル帝国は、トップダウンで方針が決められるから、こういうとき早いよね。まあ、王族が開拓者で、直接話を通せるのも理由なんだろうけど。あ、そうだカロンちゃん知ってる? さっきボクたちを労いにきた、イルティナ様から聞いた話なんだけど――」


 さも当然のようにカロンの隣で足を止めるレアリエル。どうやら、カロンの仕事が終わるまでここで待ち、狩夜のいるパーティホームへ一緒に帰るつもりのようだ。


 邪険にする理由もないからか、カロンは油断なく周囲に気を配りながらもレアリエルの話に耳を傾ける。


「ほう、テイムモンスターが進化した……と。興味深いですね。詳しく教えなさい」


「詳しくは無理かな。ネルさんと同じパーティのイルティナ様ですら、よくわかってないみたいだし。今、ランティス君とザッツ君のパーティ、それとモミジちゃんが、ガルルが進化したっていう “落ち目殺し” の巣穴に潜ってる。そこを調査しながら、一晩明かしてみるんだって」


「ふむ……原因を解明し、テイムモンスターの進化方法を確立できれば、遠征軍の戦力増強が期待できますが……ああ、戦力増強といえば、私もハンドレットサウザンドになれましたよ。レアも喜びなさい」


「やったじゃん! 世界で六人目だね!」


「ええ。ですがこれは、エムルトに残った少年が狩った魔物のソウルポイントが、レイラ経由で遠方にいる私に送られてきた結果なので、あまり誇れないのですが……」


「すっごいよね、レイラちゃん。話には聞いてたけど、本当に遠く離れた場所からでもソウルポイント届けてくれるんだもん。驚いちゃったよ」


 レイラはどれだけ離れた場所にいても、パーティメンバーにソウルポイントを送り届け、眠った際に白い部屋へといざなうことができる。だからこその別行動だったわけだが、実際に体験するまで半信半疑だった二人は、勇者であるレイラの力の片鱗に苦笑した。


 カロンとレアリエルは、この後も互いの近状を話し続ける。


「カロン様、作業終わりました」


 話をしている間に結構な時間がたっていたようで、いつの間にか搬入作業は終わっていた。国から命じられた仕事はこれにて終了。カロンはこのままエムルトに残り、それ以外の者はミーミスブルンに戻ったり、別の町に向かったりと様々だ。


「そうですか、お疲れさまです。では、解散! 全員気をつけて――」


「ではカロン様、お世話になりました!」


「これで失礼しますね」


 帰りなさいと続けるつもりだった言葉を途中で遮られ、解散の言葉を聞くなり、そそくさと自分から離れていく護衛対象たち。それを見つめながら、カロンは疎外感に苛まれたように肩を落とし、小刻みに震えながら小声で呟いた。


「レア……私は彼らに嫌われていたのでしょうか? 率直な感想を述べなさい……」


「う~ん、そんなことないと思うよ? カロンちゃんのことが好きで、その人となりをよく知ってるからこそ、気分を害さないよう早く離れて、いきたい場所があったんじゃない? ほら、今夜は満月だからさ」


 いつしか日は沈み、時刻は夜。空を見上げたレアの視線の先には、真円を描く月があった。


 イスミンスールの人類において、満月の夜は『愛』を確かめるのに最適の日とされている。月の魔力に当てられ、一仕事を終えて解放感に包まれた彼らが向かう先は、想像に難くない。


「なるほど、そういうことですか。ならば、夜が更ける前にパーティホームに帰って、すぐ寝てしまいましょう。私は、満月の夜の浮ついた雰囲気は苦手だと知りなさい」


「ボクもさんせー。長旅で疲れてるし、ちょっと贅沢して聖水で体を洗ったら、すぐ寝ちゃおっと」


「少年は、今ごろなにをしているでしょうか?」


「カリヤもそういうの苦手だし、今日はもう寝ちゃってるんじゃないかな?」


 そう言って、カロンとレアリエルは歩き出す。早くパーティホームに帰りたいからか、二人の足取りは軽かった。そして、徐々にその速度を上げていく。


 少し速めから、早歩きに。


 早歩きから、駆け足に。


 体は次第に前傾姿勢となり、いつしか全力疾走となった。道行く人々が何事かと目をむくなか、一陣の風となってエムルトを駆け抜ける。


 別に、町に入り込んだ魔物を見つけたとか、スリやひったくりの犯行現場を目撃したとかでもない。二人の目指す場所は、依然としてパーティホームである。


 二人はほぼ同時に、ある可能性に思い至ったのだ。


 紅葉はすでにエムルトに戻ってきている。ならば、共にフヴェルゲルミル帝国に向かった、とある人物がここにいてもおかしくない。加えて、満月の夜はイスミンスールの人類にとって特別な時間だ。特に、月の民にとっては――


 ものの数秒でパーティホームにたどり着いたカロンとレアリエルは、強盗さながらの動きでなかに駆け込む。


 そして、見た。


 雪のように白い長髪と肌。赤い瞳と長い耳を持つ兎の獣人――美月揚羽が、寝間着姿で、今まさに狩夜の部屋に忍び込もうとしている光景を。


「く……!?」


 揚羽は、とっさに狩夜の部屋の扉に右手を伸ばすが、開拓者最速のレアリエルに阻まれた。揚羽と扉の間に体を割り込ませたレアリエルは、完全に据わった目で揚羽をねめつける。


「アゲハちゃ~ん、な~にやってるのかな~? 開拓者の先輩として教えてあげる。パーティが崩壊する理由の多くが、人間関係のもつれからなんだって。勉強になったね~」


「ええいどけレア! 余の気持ちはそなたも知っていよう! 余はなんとしても旦那様を心変わりさせ、この世界に引き留めねばならんのじゃ! そのためなら手段は選ばん!」


「いえ、それは困ります。アゲハ殿と少年がそのような関係になったら、お前はなにをしているんだと国からせっつかれるではありませんか。火精霊の解放まで待ってください」


 今度はカロンがアゲハを羽交い絞めにした。ただ、レアリエルと違い、ものすごく申し訳なさそうな顔をしている。


「それはカロン殿の都合であろう!? 余には余の都合がある! いつでもどこでもできるそなたらと違って、月の民は満月の夜でないと駄目なのじゃ! 今日を逃せば次の機会は一月後ぞ! 後生じゃから見逃してたもれ!」


「ちょっ、変な言い方しないでよ!? それじゃボクとカリヤが毎日ところかまわず、その、ゴニョゴニョ……してるみたいじゃん!」


「そうです! 誤解を招くような発言はやめなさい!」


 顔を真っ赤にして反論するレアリエルとカロン。その瞬間、揚羽の目がキラリと光る。


 羞恥によって二人の体がこわばった一瞬の隙をつき、肩の関節を外しながらしゃがみ込み、羽交い絞めから脱出。そのままレアリエルの脇を通り抜け、部屋の扉に手をかける。


 我に返ったカロンとレアリエルは「そこまでするか!?」と目をむきながら慌てて揚羽の体に跳びついた。それにより、三人はもつれあいながら転倒。狩夜の部屋に雪崩れ込む運びとなる。


 転倒したことで視線が低くなった三人。その眼前には――


「「「あ……」」」


「……」


 メロンのような模様を全身に浮かび上がらせ「狩夜が寝てるのに、なに騒いでるの?」と言いたげな顔をしている、怒り心頭のレイラがいた。


 そして――



   ●



「ん~~よく寝た」


 フヴェルゲルミル帝国でのトラウマから、満月の夜はすぐベッドに入り、レイラ謹製のトリプトファン(精神安定作用のある物質。睡眠の質を向上させる効果があり、大豆やナッツ類に多く含まれる)を使ってでも熟睡することにしている狩夜は、日の出とともに目を覚まし、大きく伸びをする。


 体調は万全。とても寝起きとは思えない活力みなぎる顔つきで、軽やかにベッドからおりた狩夜は――


「今日も元気に――って、これどういう状況!?」


 レイラの蔓によって体は亀甲縛り、口には猿轡を嚙まされた状態で床に転がるパーティメンバーの姿に、目を限界まで見開くこととなった。

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