269・魔剣に選ばれし者

「フローグ殿、本当にやるのですか?」


 突然の魔人出現から数日後、ユグドラシル大陸の東端にある城塞都市ケムルトから少し離れた平地に、主要な開拓者が勢ぞろいしていた。


 完全武装し、武器を構えながら大きく円を描くように並ぶ彼らの中心には、ティルフィングが鞘に収まった状態で地面に突き立てられており、その傍らにはフローグが立っている。


「やる」


 フローグは、眼前のティルフィングを一心に見つめながら、並々ならぬ覚悟を感じさせる声色で簡潔に答えた。すると、彼の周囲を取り囲む開拓者たちが一斉に息を飲む。


「この魔剣を振るっていた魔人に聖水をかけた際の反応は、俺と同じだったのだろう? つまり、俺の体は魔人に近しいということになる。ならば、一番可能性があるのは俺だ。違うか?」


「しかし、先にティルフィングを手に取った者は、全員あの有様。もしフローグ殿が魔剣の呪いに支配され、我々と敵対するようなことがあれば、どれほどの被害がでるかわかりません」


 スポーツマン然とした金髪オールバックの開拓者、ランティス・クラウザーは、円の外へと顔を向ける。


 彼の視線の先には、我こそはと勇んで名乗りを上げ、ティルフィングを手に取った直後、あっさりと呪いに屈し、暴走。レイラ謹製の筋弛緩剤によって身動きを封じられ、ピクピクと小刻みに震えながら地面に転がる開拓者たちの姿があった。


 彼らのように無傷で無力化できればいいが、相手は『次領域ミリオン』にして世界最強の剣士。暴走したフローグを取り押さえる自信のある者など、この場にはいなかった。


 ただ、一人を除いて。


「もしものときは頼むぞ。生け捕りが無理なら、殺してくれて一向に構わん」


 フローグはそう言って、狩夜を――否、その頭上を占拠するレイラを一瞥する。レイラは普段通りののほほんとした顔でコクコクと頷いた。


 そんなレイラの体からは五本の蔓が伸びており、それがフローグの両手首と両足首、胴体に巻き付いている。フローグが魔剣の呪いによって暴走したときは、その蔓から筋弛緩剤を注入し、そのまま拘束。そして、最悪の場合は筋弛緩剤ではなく、致死性の猛毒が注入され、事態を収拾する手筈となっていた。


 このやりとりを最後に、フローグはティルフィングへと右手を伸ばす。その動作に淀みはなく、彼の顔に迷いはない。そして、この期に及んでフローグを止める者もまたいなかった。ランティスも、固唾を飲んで事の成り行きを見守っている。


 命を質草にして死地に飛び込み、欲望のまま欲しいものに手を伸ばす。それができない者に、開拓者を名乗る資格はない。


 この場にいる全員の気持ちが一つになるなか、フローグがティルフィングの柄を握り締め、地面から引き抜いた。


 次の瞬間、ティルフィングの鞘が弾け飛び、その剣身があらわになる。弾け飛んだ鞘は盾と名を変え、不可視の力で浮き上がり、それが当然であるかのように宙を駆けた。


 直角三角形の盾四枚が、縦横無尽に空中を疾駆するなか、フローグは使い心地を確かめるようにティルフィングを一閃。そして、それによって生じた凄まじい風切り音が鳴りやむ前に、二閃、三閃と魔剣を閃かせ続ける。


 世界最強と最強の魔剣による禍々しくも美しい剣舞。多くの開拓者がそれに見惚れ、自分が今ここにいる理由を忘れて感嘆の吐息を漏らすなか、唐突に剣舞が終わり、フローグが動きを止めた。空中を疾駆していた四枚の盾もフローグの背中へと向かい、少し離れた場所で羽のように静止する。


 見惚れていた者が我に返り、フローグの一挙手一投足を見逃すまいと目を見張りながら次の行動を待っていると――


「いい剣だ……カリヤ、この剣、このまま俺が使っても構わんか?」


 と、少し興奮した様子でフローグが振り返り、ティルフィングを胸の前で掲げてみせた。その目には確かな理性が宿っている。


 周囲の開拓者たちが歓声を上げるなか、狩夜は右手を握り締め、ガッツポーズをしながらこう答える。


「はい、もちろんです!」


 フローグは、ティルフィングの呪いを跳ね除け、見事に使いこなしている。これで使い手は見つかった。魔王の喉元に届きうる武器を死蔵せずに済む。素材となったドヴァリンも浮かばれることだろう。


「よし、次だ! レイラ、ダーインスレイヴを出して! そっちもフローグさんに試してもらおう!」


 狩夜は視線を上に向け、レイラに指示を飛ばす。しかし、レイラはそれに従わなかった。頭頂部右側の葉っぱ、その先端を地面へと向けた後、ちょんちょんと小さく上下させ、狩夜に下を見るよう促してくる。


 小首を傾げた後、狩夜は促されるままに視線を下に向け、気づいた。先ほどガッツポーズをした右手が、いつの間にかダーインスレイヴの柄を握り締めているということに。


 どうやら、全員の注意がフローグに注がれるなか、レイラは体内に保管していたダーインスレイヴを吐き出し、狩夜がガッツポーズをすれば丁度手に取るであろう場所へと、蔓を使って移動させていたらしい。


「うあぁぁあぁぁ!? 皆さん、僕から離れてぇえぇ!!」


 予想外の事態に、目を見開きながら注意喚起する狩夜。フローグがティルフィングを構えて狩夜の正面に立ち、狩夜と同じ理由でダーインスレイヴに気づくのが遅れた開拓者たちが、大慌てで距離をとる。


 だが、それらはすべて杞憂に終わった、


「うあぁぁあぁぁ――ってあれ? なんともない?」


 そう言いながら、狩夜は体の調子を確かめるようにダーインスレイヴを軽く上下に振るう。やはり異常は見当たらない。


 そんな狩夜に、周囲の開拓者が唖然とした様子で視線を集中させるなか、レイラが「当然の結果」とでも言いたげな顔で、何度も頷いていた。



   ●



 ということがあり、ダーインスレイヴは狩夜が、ティルフィングはフローグが使うこととなった。


 もっとも、ティルフィングの所有者は引き続き狩夜であり、フローグには一時的に貸し出しているというのが正しい。


 ちなみに、フローグがダーインスレイヴを、狩夜がティルフィングを装備してみても結果は同じで、両者とも呪いに支配されるようなことはなかった。


「もうあの女に遅れは取らん。次会ったときは、素っ首を叩き斬ってくれる」


「わかりました。フローグさんを信じます。ただ、魔剣にはまだまだ不明な点が多いですからね。くれぐれもお気をつけて」


 異世界人だからなのか、呪いを無効化するスクルドの加護が残っているのか。狩夜とフローグに呪いが効かなかった理由は、いまだに謎のままであった。


 だが、それでも使えるのならば使うしかない。


 この世界、イスミンスールの人類は、それほどまでに追い詰められているのだ。質、量ともに、魔物側が圧倒しており、その戦力差は、一度や二度の無茶で覆るようなものではない。


「最後にもう一度確認するが、俺がティルフィング、狩夜がダーインスレイヴでいいんだな?」


「はい。攻防一体で、近距離と中距離に対応。空すら飛べるようになるティルフィングの能力は確かに素晴らしいですが、それはレイラにもできることですから」


 そう、ティルフィングにできることは、手段こそ違えどレイラにもできる。ゆえに、マナが完全に枯渇し、レイラが三十分しか全力で戦えない絶叫の開拓地スクリーム・フロンティア以外では、狩夜がティルフィングを所持している意味は薄い。


 現在狩夜は遠征の準備に忙しく、フローグが単独先行偵察から戻る前に、絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアの奥地にいくようなことはないだろう。


 そして、もう一方のダーインスレイヴには、レイラにもまねできない、唯一無二の能力があった。


「僕、剣術はド素人で、才能もないですから。ダーインスレイヴの絶対切断が凄くありがたいんですよね。技術無しで、どんなものでもスパスパ切れますから。それに、ダーインスレイヴによってつけられた呪いの傷は、レイラにしか治せません。セットで運用した方がいいでしょう」


「そうか。なら、留守は頼むぞ」


 フローグはそう言いながら踵を返し、右手でティルフィング柄を握り締めた。


 次の瞬間、ティルフィングの鞘が弾け飛び、フローグの少し前で再び一つとなる。だが、その形状は鞘ではなく、四枚の盾の直角部分を中心に集めた、菱形のサーフボードのような形だった。


 地面に対し水平に浮遊するその盾に、フローグは靴を脱いで飛び乗る。そして、指先の吸盤を盾に張り付けて体を固定した後、東に向かって飛翔した。


「今度の偵察は早く終わりそうだね」


「……(コクコク)」


 凄まじい速度で空を駆け、ものの数秒で見えなくなったフローグを最後まで見送った後、狩夜とレイラは東門を潜り、エムルトのなかへと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る