268・第四次精霊解放遠征に向けて
「それじゃあ、いってくる」
緑と白ではっきりと色分けされた体を持つ、身長一メートルほどのカエル男。世界最強の剣士にして、“流水” の二つ名を持つ開拓者、フローグ・ガルディアスは、エムルト東門の下で向かい合う黒目黒髪の少年にそう告げた。
「はい、フローグさんもお気をつけて」
叉鬼狩夜。
童顔で低身長。長袖のハーフジップシャツと、トレッキングパンツを身に纏う彼は、その見た目に反して “
そんな彼の頭上には、今日も今日とて、不可思議な植物が腹這いの体勢で寝そべっている。
人の形をした茶色の根と、左右に伸びる二枚の大きな葉っぱ。三十センチほどの体に、本来植物には存在しないはずの目と口。世界樹の種をその身に宿す救世の勇者にして、狩夜の相棒。マンドラゴラのレイラである。
狩夜とレイラがこの場にいる理由は、フローグの見送りだ。
現在計画が進められている第四次精霊解放遠征。それに先立っておこなわれる、ミズガルズ大陸奥地への単独先行偵察へと、フローグは今まさに向かうのである。
精霊解放遠征。
その名の通り、【厄災】の呪いによって封印された精霊の解放。もしくは、精霊解放のための手掛かりを探すための遠征である。
信仰の対象にして、心の拠り所である精霊の解放は、このイスミンスールで生きる人類の至上命題の一つだ。そして、世界樹の分身である精霊の解放は、魔物に支配された大地の奪還にも直結する。
【厄災】以前、世界樹は己が分身たる精霊を通して、マナを世界各地の大陸へと届けていた。つまり、精霊さえ解放することができれば、その精霊の管轄である大陸はマナによって浄化され、そこに生息する魔物たちを弱体化させることができるのだ。
加えて、精霊を解放することができれば、世界樹はその力を取り戻し、マナの生産量が飛躍的に増加する。そうなれば、マナを届けることができる範囲が広がり、現状いくことのできない他大陸への進出が可能になるやもしれない。
これらの理由から、精霊解放遠征は時代の節目節目に必ずといっていいほどに実施され、これで四度目となる。フローグがおこなう単独先行偵察は、その成否を占う重要任務なのだ。
ソウルポイントの発見。多くの英雄の誕生。ビフレストとエムルトの建造。ギャラルホルン探索遠征の成功による金属の大量採取と、銃火器の復活。
そして、勇者であるレイラの存在。
かつてない好条件で実施されるであろう第四次精霊解放遠征にかける人類の想いはとても強く、熱い。フローグの見送りにきているのが狩夜とレイラだけなのもそれが理由だ。
フローグの盟友ともいえる開拓者たちは、精霊解放遠征成功のため、今も寝る間も惜しんで方々に手を尽くし、仲間を集めたり、装備を整えたり、己を鍛え上げたりと大忙しであった。それは狩夜のパーティーメンバーも同様であり、その種族の代表と言っても過言ではない彼女たちもまた、資金援助だの、糧食の確保だののためにエムルトを離れ、各地を奔走している。
狩夜は狩夜で、エムルトに遠征軍を受け入れるための宿泊施設や、集められた装備や糧食を保管する倉庫等を造らなければならず、専門家たちの指示のもと日々奮闘中だ。この見送りも、忙しい時間の合間を縫ってやってきたのである。
「フローグさん一人じゃ心配なので、できれば僕とレイラも一緒にいきたいんですけどね……」
「気持ちだけ受け取っておく。お前たちがついてきたら、ひっきりなしに魔物に襲われて偵察どころではないからな。こればかりは、俺以外の誰にもできはしない」
屈強な魔物たちが支配する
水の民の王族が秘密裏に行っていた人体実験により生まれた、人間と魔物双方の特性を有した生体兵器。その唯一の成功例であるとされるフローグは、世界樹由来の生命体を優先的に攻撃するという魔物の特性の対象外なのだ。
この体質を利用し、フローグは以前にもミズガルズ大陸での単独先行偵察をおこない、それを成功させている。先の第三次精霊解放遠征では、遠征軍を無事に目的地へと導いた。
そう、これは一度成功したことなのである。
目的地である “邪龍” ファフニールの縄張りに軍で向かう場合のルートは既に確立しているし、当時ハンドレットサウザンドであったフローグは、今やミリオンの高みへと昇り詰めた。危険と隣り合わせの任務であり、一瞬の油断が命取りになるのは否めないが、フローグ・ガルディアスは、その油断とは最も縁遠い男である。
過度な心配は無用。にもかかわらず、狩夜の表情は晴れない。その理由は――
「でも、例の謎の女がいますし……」
狩夜の言う謎の女というのは、このエムルトに現れ、とある男の心の隙間につけ込み、魔人へと堕とした、正体不明の存在である。
赤黒い目と髪、紫色の肌と蝙蝠のような羽。そして、クリフォダイトでできた骨格を持つというその女は、時間に干渉するなんらかのスキルを有し、自身の血で枯草を蘇らせたばかりか、それを魔物化させ、意のままに操ったという。
勇者であるレイラすら手玉に取り、実際に相対したフローグからも逃げおおせたこの謎の女が、
そんな狩夜の不安をよそに、フローグは鳴き袋を膨らませてケロケロと笑う。次いで、自らの腰を左手で叩いた。
「心配するな、今の俺にはこれがある」
そこには、陽光を浴びて赤く輝く魔剣、ティルフィングの姿があった。
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