265・一度鞘から抜いてしまえば――

 安全を確保してから、ドゥリンを元に戻す方法を皆で探――


 ――って、なんで目の前にレアがいる!?


「どぉうわ!?」


 つい今しがた繰り出した、葉々斬と草薙による斬撃。勝負を決するつもりで放ったそれを、狩夜は慌てて中断する。


 幸いなことに、両腕はレアを傷つける前に止まってくれた。狩夜は安堵の息を盛大に吐き出し、次いで気づく。


 自分とレイラのいる場所が一瞬前と変わっており、いつの間にか屋根の上でレアに抱き締められているということに。


「え? ええ!? なに!? なにこれ!? レア、今どういう状況――」


「バァカァ!!」


 混乱の只中にいる狩夜の声を掻き消すように、レアが怒声を上げた。そして、両目に大粒の涙を貯めつつ狩夜を屋根の上に押し倒し、馬乗りになりながらの胸に顔を埋めてくる。


 状況の変化についていけない狩夜が目を白黒させるなか、レアは狩夜の体を両手でポカポカと叩きはじめた。


「バカバカ、大馬鹿!! お人好しにも限度ってもんがあるでしょ!? なんであそこで攻撃を止めちゃうのさ!? ボクがついさっき白い部屋で壁を破ってなかったら絶対間に合わなかった! レイラちゃんと一緒に真っ二つにされて死んでたんだからね!? アルカナお姉様が魔人を倒してくれたからいいけど、銃がなかったらきっと逃げられてたし!」


「ふえ? 僕が攻撃を止めた? アルカナさんが魔人を? それに銃? っていうかレア、ハンドレットサウザンドになれたんだ……それは、えっと……開拓者最速返り咲き、おめでとう?」


「言ってる場合かぁ!? ボクのお祝いじゃなくて、自分の心配をしろぉ!」


 この後、レアは本格的に泣き出してしまい、嗚咽を漏らしながら狩夜のことをポカポカ叩き続け、狩夜は身に覚えのない事で責められる現状に当惑し続けた。



   ●



「まさか……ティルフィングが……最強の魔剣を持つ……魔人となった俺が……銃に……大量生産の鉄の筒に負けるとは……」


「良し悪しじゃよ。ドヴァリンの角はティルフィングへと姿を変えることで、強度と安定性を格段に増したが、一方で万能性と応用力を減じておる。皮肉な話じゃ。定型を持たず、無数に分裂できる元の姿のままなら、多方向からの不意の銃撃にも対応できたであろうに……」


 全身に風穴を開け、白色の血を止めどなく流し続けながら地面に横たわるドゥリン。その怨嗟の声に、師であるガリムが重々しく答えた。


 この場には、狩夜とレアを除く主要な開拓者と、そのパーティメンバーが、ほぼ集結していた。


 すでに半死半生だが、なにせ相手はあの魔人である。決して油断はできない――と、各々が武器を手に、なにがあっても即応できる心構えで、ドゥリンの一挙手一投足を注視しつつ周囲を取り囲んでいた。


 その一人であるランティスが、瓢箪を手にドゥリンへと近づき、中身の聖水をドゥリンの体へと浴びせかける。


「なにをしているのですリーダー!? かつての仲間とはいえ、相手は魔人! 我々人類の敵です! 治療など不要! 今すぐに殺すべきです!」


 ランティスのパーティメンバーである光の民の男が、鼻息荒く非難の声を上げた。一方のランティスは、男の方を一瞥すらせずに、聖水を浴びたドゥリンの体を、実験動物を見るかのような目で凝視し続けている。


「君の気持はわかるが、彼は生かしたままの捕縛が理想だ。それに、この行為が治療になるとは限らないよ。こちらは気にせず、君は君のなすべきことをしてくれ」


 感情の籠らない無機質なランティスの声に、光の民の男は歩み出そうとしていた体の動きを止めた。男は、魔人から奪還した二本の魔剣の監視を任されており『目を離すな、触るな、誰も近づけるな』の三つを厳命されているのだ。


 魔人排斥意識がかなり強いらしい光の民の男は、不承不承といった様子で地面に転がる魔剣へと視線を戻す。


「聖水で傷は治らないか。そして、傷口を広げることも、魂の浄化による弱体化がおこる気配もない。魔物とも、我々人類や普通の動物とも違う、中間の反応だね。フローグ殿と同じ……か」


 魔人に聖水を使用したらどうなるか? それを見届けたランティスが簡潔に告げる。


 これは、他の魔物と違い、魔人にはマナによる弱体化が機能せず、一度魔人になったが最後、その変化が不可逆であることを意味する。


 他の魔物同様、マナによって弱体化するのならば、マナの溶けた水を経口摂取させ続けることで、元の姿に戻れる可能性もあったのだが、無反応では望み薄だ。


 マナによる治療ができない以上、延命もまた絶望的である。回復魔法は失われて久しく、高度な医療設備もありはしない。そして、ランティスに人体実験まがいことをされたにもかかわらず、身じろぎ一つしなかったところを見るに、もはやドゥリンには指一本動かす力もないらしい。


 ランティスは、諦めるように首を左右に振った。


 もう、手の施しようがない。ドゥリンを助けられるとすれば、勇者であるレイラだけだ。


「アルカナ、いつの間に銃なんて作ったでやがりますか? しかもこんなに……」


「ふふ、銃身と銃弾の製造に必要な素材なら、先の遠征であらかた揃っていたではありませんか。鉄、鉛、硫黄。そして、火薬の原料となる硝酸の大量生産に必要不可欠な触媒である白金」


「ああ、現物支給で受け取ったあの白金はそういうことでしたか。紛らわしい言い方をして……銃を作るなら作るで、もっと早く言いなさい」


「お許しくださいまし、カロンさん。焦らしプレ――もとい、わたくしの悪い癖ですわぁ。とにかく、これらが揃ってしまえば、残る素材で難しいのは水酸化ナトリウムただ一つ。大変でしたのよ。生け捕りにしたラビスタンに特殊なお薬を嗅がせて、塩水を電気分解させて少しずつ――」


 魔人の撃破という大戦果をあげた新兵器に興味津々なのか、ドゥリンへの警戒を継続しつつも、次々と質問を投げかける開拓者たち。アルカナは、それらに苦労話を交えつつ、どこか誇らしげに答えていった。


「でも、すげーんだな銃って。あの魔人をあっさり倒しちまうなんてさ」


「ふむ、伝承には【厄災】に銃は効かなかったとあるが、それはでまかせであったか?」


「ザッツ、それに揚羽殿も、そう断定するのは早計だろう。伝承と、狩夜殿から聞いた聖域での戦いから察するに、かの【厄災】と比べ、この魔人は随分と弱かったと考えるべきだ」


「姫様の言う通りです。それに【厄災】以前には魔法がありました。銃弾を防ぐ手立ても色々と――」


「皆さん! すみません、通してください!」


 メナドの言葉を遮るように、狩夜の声があたりに響いた。狩夜の頭上にはレイラがいて、少し遅れて目を赤くしたレアが続く。


 大きな怪我は見て取れず、自然な動きで駆け寄ってくる狩夜の姿に、この場にいる多くの開拓者が安堵の息を漏らして道を開けるなか、ガリムだけが気まずげに頭を下げてくる。


「小僧……さっきはすまんかった。わしの不用意な発言で、取り返しのつかんことになるところじゃった……」


「ガリムさん、それは違――って、その話は後です! レイラ、ドゥリンさんの治療をお願い! 死なせちゃだめだ!」


 レイラは、狩夜の指示に右腕を上げようとして――目を見開いた。


 その直後、狩夜の視線の先、そして、狩夜へと視線を向けていたガリムとランティスの背後で――


「ごふ!」


 地面に横たわっていたドゥリンに何者かが襲いかかり、手にしていた武器を彼の胸に深々と突き立てる。


 勇者であるレイラと合流したことで開拓者たちに生じた安堵感。その一瞬の隙をついてドゥリンへと襲いかかった、その何者かは――


「ぐひ、ぐひひ! 魔人を殺したどぉ! おでがとどめを刺したんだぁ! これでおでも英雄だぁ!」


 見るからに正気でない、ティルフィングとダーインスレイブを両手に持つ光の民の男。そう、魔剣の監視を任されていた、ランティスのパーティメンバーであった。

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