264・止まる時間、繰り返す歴史
「ドゥリン!」
葉々斬と草薙の刃が無防備なドゥリンに迫る最中、戦いを見守っていたガリムが目を剥きながら右手を伸ばし、悲痛な声を上げた。
変わり果てたとはいえ、かつての弟子でありパーティメンバーの危機に、無意識に口にしてしまったであろうこの言葉に、狩夜は胸中で答える。
――大丈夫ですガリムさん! 殺したりしませんから!
葉々斬で左腕を切り飛ばしてティルフィングの盾を無力化し、草薙で筋弛緩剤を投与して動きを封じる。その後で周囲の種を発芽させて蔓で全身を拘束。安全を確保してから、ドゥリンを元に戻す方法を皆で探――
「きひ、きひひ」
極限まで集中することで、体感時間を可能な限り引き延ばした狩夜だけの世界に、不意に笑い声が響いた。
●
「え?」
信じられない。そう顔に書いてあるレアの口から、消え入りそうな声が漏れた。
だが、それも無理からぬことだろう。無防備なドゥリン目掛けて放たれた勝敗を決するであろう攻撃を、あろうことか、狩夜が命中寸前で止めてしまったのだから。
余計なことを言った自分のせいだ――とばかりに、ガリムがこの世の終わりのような顔で絶句するなか、硬直から復帰したドゥリンが態勢を整え、ダーインスレイヴを、勇者すら殺しうる絶対切断の魔剣を振りかぶる。
だが、それでも狩夜とレイラは動かない。振り下ろす途中で剣を無理矢理止めた不自然な態勢のまま微動だにせず、まばたきすらしない。
まるで、二人だけ時が止まったかのように。
「だめぇぇえぇぇぇ!!」
絶叫し、レアが全力で地面を蹴る。
体を無我夢中に動かして、ダーインスレイヴの太刀筋のなかに躊躇なくその身を躍らせたレアは、狩夜へと抱き着き、その背中にくっついているレイラ共々、ダーインスレイヴの間合いの外へと間一髪離脱する。
九死に一生を得たレアであったが、まだ危機を脱した訳ではない。ドゥリンはこの機を逃してなるものかと、四枚の盾すべてをレアへの追撃に向かわせた。
飛びつき、狩夜を押し倒すようにダーインスレイヴを避けたレアに打つ手はない。自慢の両足は地面から離れており、もう一度地面を蹴るころには、狩夜もろとも盾で串刺しになる――はずだった。
「羽ばたけ、神鳥!」
この呼びかけに反応し、レアが身に纏う魔法防具『神鳥の風切羽』の鳥の羽を模した飾り布が発光し、まるで生きているように力強く羽ばたいた。直後、虚空を蹴り上げたかの如くレアの体が進路を変え、斜め上へと急加速する。
常人では絶対にありえない動きで四枚の盾の追撃を振り切ったレアは、狩夜を抱き抱えたままエムルトに立ち並ぶログハウスの一つ、その屋根に無事着地し、安堵の息を盛大に吐き出す。
「良かった……はじめて成功した……」
空中二段ジャンプ。
土壇場で『神鳥の風切羽』に宿った特殊能力の制御に成功し、今度こそ窮地を脱したレアは、自分の胸のなかにいる狩夜の存在を確かめるように両腕に力を込めながら、鋭い視線をドゥリンへと向けた。
ドゥリンは忌々しげな顔でレアを睨み返すが、集結してくる多くの足音に形勢不利と判断したのか、この場を離れるべく駆け出そうとして――
「っがは!?」
突然吐血した。
口から白色の血を滴らせながら、その体を大きくグラつかせるドゥリン。この突然の出来事に、レアは目を白黒させる。
なんとか倒れることなく踏みとどまったドゥリンが、ことの原因を探るべく、血を吐く直前に響いた乾いた音、その音源があると思しき方向へと目を向けた。レアもまた、その方向へと目を向ける。
そこには――
「アルカナお姉様!!」
「銃!?」
リボルバータイプのハンドガン片手に不敵な笑みを浮かべるアルカナと、その傍らで細長い砲身の単発式の銃、いわゆるマスケット銃を構えるパーティメンバー、そして、多くのアルカナ傘下の闇の民たちの姿があった。
「射線上の一般人の退避はすでに完了していますわぁ! 総員斉射用意! てー!!」
水鉄砲ではない、遥か昔に失われた本物の銃の姿にドゥリンが目を見開くなか、アルカナが声を張り上げる。
一斉に引かれる引き金。慌てて盾を呼び戻そうとするドゥリンであったが、四枚すべてをレアの追撃に使ったのが災いした。どう考えても弾丸がドゥリンの体に到達するほうが早い。
咄嗟の判断でティルフィングとダーインスレイヴの刀身を盾代わりにするドゥリンであったが、剣でその体すべてを守れるはずもない。なにより――
「ごは!?」
それで防げるのは一方向のみだ。別方向から殺到する弾丸に対しては無力である。
そう、銃を持つ闇の民がいるのはアルカナの傍らだけではないのだ。射線がドゥリンの立ち位置で交差するよう別の場所に集結していた闇の民たちからの一斉射撃が、ドゥリンの体を無慈悲に貫いていく。
二か所から放たれる、お手本のような十字砲火。そして、一定以上の成果が約束されるからこそ、お手本はお手本なりえる。弾丸の雨に打たれ、ドゥリンの体がなすすべなくボロボロになっていく光景を、レアは屋根の上から呆然と見おろしていた。
ほどなくして、ドゥリンはその体を力無く横たえる。
最強の剣を持つ魔人が、現代に蘇った銃の前に屈した瞬間であった。
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