263・魔剣

「揚羽、聞こえる!? 予定変更! 魔人だ! エムルトにいる主要な開拓者全員に声をかけて、ハンドレットやソウルポイントで強化されていない一般人の避難を最優先に行動して! こっちは僕とレイラでなんとかするから!」


 狩夜が、揚羽なら聞き取ってくれると信じ大声で現況と指示を伝えるなか、レイラが狩夜の頭上から背中へと移動。そして、自身と狩夜とが決して離れないよう蔓で固定していく。


 そんな狩夜とレイラを両断せんと、魔剣を手に迫りくるドゥリン。右手のダーインスレイヴによる防御不可の切り下ろしを、狩夜は普段より間合いに余裕をもって左に跳んでかわす。


 攻撃をかわされたドゥリンは、近くで膝をつくガリムには目もくれず、即座に狩夜の後を追う。レイラは木製のガトリングガンを両腕から出現させ、追従してくるドゥリンへと銃口を向けた。


「レイラ! 水平に撃つな!」


「――っ!」


 流れ弾を考慮しろという指示に体を大きく震わせたレイラは、一瞬の硬直の後、両腕を勢いよく上にあげながらガトリングガンを自切。それと同時に両肩から蔓を出現させ、空中へと放り出されたガトリングガンと、蔓の先端を連結した。


 完成した有線式遠隔操作型ガトリングガンで、レイラは斜め上からドゥリンを狙い、発砲。暴風雨の如く種という名の弾丸を浴びせかける。


「無駄だ!」


 だが、その弾丸はドゥリンには届かなかった。四枚ある盾の二枚を常に銃口の直線上に展開し、決して射線を通さない。


「レイラ、葉々斬! 草薙!」


「殺せティルフィング! ダーインスレイヴ!」


 激しい攻防が繰り広げられるのは遠隔操作武器による空中戦ばかりではない。地上戦では、剣による熾烈なせめぎ合いがおこなわれていた。


 片や、伸縮自在の高周波ブレードと、一撃必倒の猛毒。


 片や、攻防一体の万能剣と、不治の絶対切断。


 どれもが破格の性能を誇り、その分野において最強を名乗るにふさわしい魔剣たち。それらが、人外の膂力によって振るわれ、ぶつかり合い、激しい火花が飛んだ。


「っし!」


 裂帛の気合と共に、狩夜は左手の草薙による袈裟切りをくり出した。細長い柊の葉を彷彿させる、毒液滴る刀身が自身に迫るなか、ドゥリンはダーインスレイヴを太刀筋に割り込ませる。


 ダーインスレイヴによる防御は、受け止める場所次第で武器破壊を兼ねる凶悪なものになる。その特性を知る者ならば、自滅を恐れ攻撃を止めるだろう。


 だが、狩夜は気にせず草薙を振り切った。


 絶対切断の刃に触れた草薙は、中ほどから空気のように切断されたが、その切断面から切っ先にかけての部分が、振り下ろした速度そのままに、ドゥリン目掛けて飛んでいく。


 切れすぎる刃を逆手に取る攻撃に、ドゥリンが目を見開いた。慌ててバックステップを踏み、飛来する猛毒の刃を辛うじてやり過ごす。


「伸びろ、葉々斬!」


 ここで狩夜が追撃を仕掛けた。バックステップで広がる間合いを右手の葉々斬の刀身を伸ばすことで埋め、ドゥリンの胴体めがけての水平切りをくり出す。


「っぐ!」


 その水平切りを、ドゥリンは左手のティルフィングと、ダーインスレイヴの腹で受け止めた。電動ノコギリを鉄塊に押しつけたような音が周囲に響き渡る。


「くそ、やっぱ固いな!」


 不滅と言っても過言ではない、ティルフィングとダーインスレイヴは、高周波ブレードである葉々斬を受け止めているというのに傷一つつかない。むしろ、削れているのは葉々斬のプラントオパールのほうだ。


「舐めるなぁ!」


 相対する敵が持つ武器の性能に狩夜が舌を巻いていると、ドゥリンが怒号と共に両腕に力を籠め、葉々斬を弾き飛ばした。そして、今度はこっちの番だとばかりに、残る二枚の盾で狩夜を狙うが、それにはレイラが対応。二枚の葉っぱで叩き落とす。


 仕切り直し。両者攻撃の手を止め、武器を構え直す。


「くく」


 ここでドゥリンが笑い声を漏らした。互いの武器の現状から、自分の方が有利とでも思ったのだろう。


 確かに、草薙は中ほどから断ち切られ半壊状態であり、葉々斬は刃こぼれだらけ。一見狩夜の方が不利に見える。


 しかし――


「っな!?」


 草薙と葉々斬の刀身が鍔元から破棄され、新品同様の刀身が芽吹くように出現したことで、ドゥリンの顔から笑みが消えた。


 ティルフィングとダーインスレイヴが不滅なら、葉々斬と草薙は無尽だ。レイラのマナが続く限り、何度でも復活する。


 狩夜が持つ剣が、ティルフィングに劣るものではないと自覚したのか、ドゥリンが悔し気に歯を食いしばった。直後に地面を蹴り、怒りのまま狩夜へと切りかかる。


「ずるい……ずるい! ずるいずるいずるいずるい!! お前! そんな強い剣をもう持ってるなら、ティルフィングを俺に譲ってくれてもいいだろぉ!? 誰もが粗末な武器防具で戦ってるこの時代に、全部自分のものにする気か!? この業突く張りの人でなしがぁ!?」


「我欲を満たすために師匠と兄弟弟子と依頼人を裏切った、鍛冶師失格の盗人野郎にだけは言われたくないわ! ギャラルホルン探索遠征のときの話聞いてなかったのか!? 絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアじゃ三十分しか使えないんだよ、この武器! 道中で使う代わりの武器が必要なんだ! それに、言われんでも魔王と戦うときには他の人に使ってもらうつもりだったさ!」


「代わり!? ティルフィングがただの代わり!? しかも他人に貸し出す!? 貴様のこの剣に対する気持ちはその程度か!? やはり貴様はこの剣に相応しくない! 殺す! 絶対殺してやる! 貴様を殺して、真の意味でこの剣を解き放つ!」


「やかましい! こちとらただの中学生だぞ! 剣にそこまでこだわりないわ!」


 剣だけでなく、言葉でもぶつかり合う狩夜とドゥリン。連綿と続く攻防のなか、狩夜は思った。


 ――いける。同じ魔人でも、あの人よりずっと弱い。


 これが、魔人と化したドゥリンに対する、狩夜の率直な感想だった。そしてこれは、レイラも同様だろう。


 取り込んだ邪気の量の差か、魔人と化した過程の差か、それとも単純な素体の力量差か。詳細こそ不明だが、聖域で戦った【厄災】と呼ばれた男と比べ、目の前の魔人はあまりに弱い。狩夜とレイラの成長を差し引いても、勝っている部分は武器だけだ。


 はじめは力を抑えているのか? とも思ったが、実際に剣を交えて確信した。隠している力などない。今のドゥリンは間違いなく全力だ。


 確かに強い。


 確かに速い。


 その身体能力は、ハンドレットサウザンドの狩夜に勝るとも劣らない。


 サウザンドだったドゥリンが、半日でハンドレットサウザンド並みの力を手に入れたことは脅威であり、一昔前ならば一人で人類を滅ぼせたかもしれない。


 だが、言い換えればそれだけだ。狩夜はともかく、レイラの敵ではない。


 あっちは勝てる気がしなかったが、こっちはもう負ける気がしない。それぐらいの差がある。警戒するのはダーインスレイヴによるラッキーパンチだけだ。


 なら、なぜ手こずっているのかと言われれば、理由は二つ。


 一つ目。もし逃げられたら負けと変わらないということ。


 魔人化したドゥリンが逃げ込むのは、九分九厘ユグドラシル大陸ではなく絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアだ。そして、そちらに逃げ込まれたらもう狩夜たちに追う手段はない。レイラは三十分しか行動できず、ティルフィングを持っているドゥリンは空を飛べるのだ。再発見はまず不可能だろう。


 魔王に通用する武器は持ち逃げされ、ナッビの仇は討てず仕舞い。そんなの負けと変わらない。


 二つ目。できれば殺さずに無力化したい。


 ドゥリンはどうやって魔人となったのか? 魔人となった人間はもとには戻れないのか? 魔人はどのような生態をしているのか? 他にも、他にも――


 魔人について知りたいこと、知らなければならならないことが山ほどある。ドゥリンは生かしたまま捕縛するのが理想だ。


 というか、単純に殺したくない。狩夜から見たら、魔人化したとはいえドゥリンは人間だ。覚悟がないわけじゃないが、殺すのはあくまで最終手段である。


 袖すり合うだけで情が湧くのが、叉鬼狩夜という人間だ。可能性がある限り、狩夜はドゥリンを見捨てない。見捨てられない。


 ゆえに狩夜は、ドゥリンをここから決して逃がさず、確実に無力化できる環境を、現在進行形で丁寧に整え続けている。


 身体能力の激増と、最強の武器を手にしたという全能感から覚まさぬように、有利でなくとも不利にはさせず。狙いを狩夜に集中させ、怒りで感情を縛るために、聞くに堪えない戯言にもつき合った。


 レイラには本気を出させず、捕縛用の蔓を出す種を周囲にばら撒き続けてもらっている。水平に撃つなという指示に込められたもう一つの意図を、レイラはしっかりと理解してくれた。


 そして、ドゥリンの動きを止めるためのも準備万端だ。後は、それを使うタイミング。機がくればいつでも――


「カリヤ! 避難は大体終わったよ! ボクも今から加勢する! 他の皆もすぐ来るから!」


 不意に響き渡るレアリエルの声。


 戦場であってもよく通る歌姫の美声と、続々と集まってくる実力者たちの足音に、ドゥリンが目を剥いた瞬間――


 ――ここだ!


 突如、スミス・アイアンハートの瓦礫からなにかが飛び出し、真下からドゥリンの顎をかち上げた。


 それは、ナッビが手掛けた、ダーインスレイヴの鞘。


 ダーインスレイヴの鞘には、絶対切断の刀身を受け止めるため、日本刀でいう鯉口の部分に、ドヴァリンの角が使用されている。そう、ティルフィング鍛造開始まえの実験、それに使われたドヴァリンの角が、ここに使われたのだ。


 使用量は僅かだが、それがドヴァリンの角である以上、遠隔操作できるのが道理。狩夜の意思に従って動いた鞘は、製作者の無念の晴らすかのように、意識の外からドゥリンの顎を痛撃した。


「もらった!」


 上半身をのけぞらせながら動きを止めたドゥリンに向け、狩夜は全力で地面を蹴り、一瞬で肉薄。そして、両手の魔剣で豪快に切りかかった。

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