260・師と弟子

「よっと」


 もっと広い場所で――と、鍛冶場からスミス・アイアンハートの裏手へと移動した狩夜は、ティルフィング片手に四枚の盾を遠隔操作していた。


 合体して鞘になるというコンセプトで作られた盾は、まったく同じ形状の直角三角形が四枚である。


 直角三角形という形状は、なにかと使い勝手がいい。


 狩夜は直角部分を中心に集めて巨大な手裏剣のようにしてみたり、直角三角形の斜辺と斜辺を合わせて長方形の盾二枚にしてみたり、さらにその二枚を合わせて巨大な一枚の盾にしてみたりと、様々な組み合わせを試してみる。


 そして、形状を固定した今なら、こんなこともできた。


「やった! 飛べるぞ!」


 四枚の盾を組み合わせ、サーフボードのような形状にした狩夜は、その上で波に乗るように空を飛んでいた。


 その速度はレイラによる空中移動手段よりも速い。もっとも、狩夜はサーフボードやスケートボードの経験がないので、体は安定せず、落下の危険があるので高度を上げる勇気はまだない。今後に向けて要練習といった感じだ。


「すごいですよガリムさん! 完璧です!」


 四枚の盾を合体させ、デフォルト状態である鞘にもどした狩夜は、ティルフィングをそこに収めながら歓喜の声を上げた。


「にょほほ! それは良かったわい! 完成した暁には、わしの職人人生の中でも一番の大作! 最高傑作になるであろうな!」


「ふえ? もう完成したんじゃ?」


「武器としてはな。じゃが、あまりにも飾り気がない。名も刻んでおらんし、色も一色では味気なかろう? グリップの素材と形状も吟味せんとな」


 この言葉を受け、狩夜は鞘に収まったティルフィングをしげしげと眺めた。


 剣も、柄も、鞘も、青みがかった銀一色。余計な装飾は一切なく、一見しただけではそこらの武器と変わらない。


 確かな機能美がそこにはあったが、見る人によってはみすぼらしくも見えるだろう。


「グリップはともかく、装飾に関しては僕は気にしませんけど?」


「わしが気にするんじゃ。名剣には、それに相応しい装飾っちゅうもんがある。すまんが、まだ納品できんぞ。あと二、三日待ってってくれい」


「まぁ、それは構いませんけど」


 ここで断ったら一生恨み言を言われると思い、狩夜は名残惜し気にティルフィングをガリムに手渡した。


「で、装飾に関してなにか要望はあるかのう? 先の遠征で素材は選り取り見取りじゃ。なんなら柄と鞘、装身具にいたるまで、黄金の装飾を施してやってもよいぞ?」


「嫌ですよ金色なんて! 目立ちすぎるし、僕のがらじゃありません!」


 軽口にこう返した後、狩夜は数秒間熟考し、続ける。


「基本的な装飾はガリムさんにお任せしますけど、色は青を基調にしてほしいです。元の使い手、ドヴァリンが青毛でしたから」


「っほ! お前さんも青が良いと思うか! わしも同意見じゃ! よっしゃよっしゃ! なら――」


「あ、赤!!」


 狩夜とガリムの話し合いを絶ち切るように、唐突に上がる大声。その場にいる皆の視線が集まる中、声の主であるドゥリンは、鼻息荒く自己の主張を続けた。


「赤! 赤です! ティルフィングには……赤のほうが似合うと……思います! 絶対赤! 赤です!」


 口下手であるはずのドゥリンが、人が変わったように赤、赤と連呼する。そして、ガリムの持つティルフィングを、いつぞやのように狂気を宿す血走った目で凝視していた。今にも飛び掛かりそうである。


 この人たちはなにを言っているんだ。この剣には赤が似合う。赤以外は認めない――そんな様子のドゥリンに、狩夜は冷や汗を流しながら後ずさりし、ガリムは困ったように頭をかいた。


「ドゥリンよ。お前が言うように、赤も悪くはないと思うんじゃが、わしは青のほうがいいと思うし、依頼人もそう言っとる。ここは折れてくれんか?」


「嫌……です! ティルフィングは……赤なんです! カリヤさん! 赤……だめですか!? 俺は……赤にしたいんです!」


「えっと、その……すみません。赤でもかっこいいとは思うんですけど、やっぱり青で。ほら、赤くて硬いものって、この世界だとクリフォダイトのイメージが強いじゃないですか。ドヴァリンも嫌がるかなって。だから……」


「あぅ……」


 世界樹の分身たる聖獣は、イスミンスールに生きる全人類共通の崇拝対象だ。一方で、邪悪の樹の欠片であるクリフォダイトは、イスミンスールに生きる全人類共通の忌避対象である。それを引き合いに出された以上、誰であっても反論するのは難しい。


 ちょっと言い過ぎたかな――と、狩夜が眉を下げていると、ドゥリンは冷や水を浴びたかのように気勢を失い、ついには閉口した。体の動きをぴたりと止めた後、脂汗を流しながら視線を左右に泳がせる。


 だが、ドゥリンはそれでも諦めきれない様子で、どうにかして二の句を継ごうと口を開きかけ、それをやめるという仕草を、何度も何度も苦し気に繰り返した。


「はぁ……」


 陸に打ち上げられた魚のような弟子を前に、もう見てられんとガリムが深いため息を吐いた。そして、ティルフィングを手に店の裏口に向かって歩みを進め、擦れ違いざまにドゥリンへと声をかける。


「ドゥリンよ。お前がティルフィングに対し、特別な感情を抱いとることは、ずっと前から気づいとる」


「――っ!?」


「お前の気持ちはわかる。立場が逆なら、わしがそうなっとったかもしれんほどにな。じゃが、わしも鍛冶師として譲れんもんがある。そして、わしは師匠で、お前は弟子じゃ。これ以上の口出しは許さん。わしが青と言ったら青じゃ。よいな」


「……はい」


 有無を言わさぬ口調でドゥリンを威圧するガリム。厳しいように見えるが、その実、これはかなり優しい対応であった。


 衣食住の面倒を見てもらっている内弟子にとって、師の言葉は絶対だ。ガリムの言葉を遮ってされた、色を赤にしたいという先の主張も、本来なら顔面をしこたま殴られた後、罵倒と共に破門を言い渡されてもおかしくないほどの短慮である。


 にもかかわらず、ガリムがこの程度の叱咤ですませているのは、ガリムもまた、ティルフィングに魅了された者の一人であるからだろう。


 これは我を忘れても仕方ない。鍛冶師であれば――否、剣にかかわる者ならば、例外なくそう思わせるほどの魅力を、その剣は秘めているのだ。


「悔しかったら、それをバネにわしを追い越し、次の機会には総指揮を任されるような鍛冶師になれ。話は終わりじゃ。散歩でもして頭を冷やしてこい」


「いえ……俺も……手伝います」


「いらん。最後の仕上げはわし一人でやる。手だし無用じゃ」


「そんな!」


 この剣に最後の仕上げを施すのは、当代随一の鍛冶師の特権。そう言うかのように、ガリムはドゥリンを突き放す。


 この言動が、鍛冶師としての自尊心を満たすためのものなのか。はたまた、ドゥリンの将来をおもんばかってのことなのか。それは、ガリム当人以外にはわからない。


「不肖の弟子が失礼をしたな小僧。お主も今日は帰ってくれい。それと、こっちから連絡をよこすまでは店にこんでいい。装飾用の素材を鍛接するぐらいは、ちっこいのがおらんでもできるでな。完成を楽しみに待っとってくれい」


 この言葉を最後に、ガリムは裏口を通って店の中へと消えた。狩夜は「あ、はい。わかりました」とガリムを見送った後、気まずげにドゥリンへと向き直る。


 そこには、恋慕する相手を権力者にむりやり連れ去られたような顔で立ち尽くすドゥリンがいた。


 狩夜がどうしていいかわからず無言で見守っていると、ドゥリンはおぼつかない足取りで歩き出し、ほどなくして狩夜の視界から消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る