259・ドヴァリンの角、改め――

「にょわー!! アダマンタイト製の鍛冶道具一式! 今や伝説となった全鍛冶師の憧れが、今わしの目の前に! 夢のようじゃー!!」


 まずはこれで練習じゃ――と、道具と素材以外は本番同様の方法で加工し、今しがた完成した、金槌や金床等の鍛冶道具一式を凝視しながら、石造りの工房内でガリムが歓喜の声を上げる。


 主化したメタルスケーリーフットからは、アダマンタイトやオリハルコン、ミスリルといった、主に特別な武具に使用される希少金属が、少量だが採取できた。ガリムはレアリエルやアルカナ同様、遠征の報酬を現物支給とし、それら希少金属を我がものとしたのである。


「加工法にあてがあるって聞いたときは、なんのことだろう? って思いましたけど、結局レイラ頼りじゃないですか」


 先ほどまで振るっていた大金槌の柄を肩にかけた狩夜は、地球では産出されない金属でできた鍛冶道具を物珍し気に見つめながら独り言ちる。そんな狩夜の足元には、朝顔の蕾のような噴射口を右腕から出現させたレイラがいた。


 そう、アダマンタイトの加工に使用されたのは、聖獣・ドゥネイルの獄炎である。


 四匹の聖獣の力は対等。レイラが取り込み我がものとした赤き聖獣のちからならば、青き聖獣の角を加工できる。ガリムはそう考えたのだ。


 事実として、ドゥネイルの獄炎は凄まじい。


 金剛鉄とも称さるアダマンタイトは、イスミンスールにおける最硬金属だ。【厄災】により文明が初期化し、魔法が失われた現代では、本来加工できない素材である。だが、ドゥネイルの獄炎はそれを容易く融解させ、不可能を可能にした。


 ちなみに、このアダマンタイト製の鍛冶道具一式が、ドヴァリンの角の加工を請け負ったガリムへの対価だったりする。


「っていうか、なんで僕も手伝ってるんですかね? 鍛冶は正真正銘のド素人なんですけど?」


「そのちっこいのが、小僧の言うことしか聞かんのだから仕方あるまい。それに、ドヴァリンの角を鍛造する前に、ある程度は形状変化で整形してもらわにゃならんからな。鍛冶場の隅で突っ立っとるのも居心地が悪かろう。安心せい。打つ位置はわしが調整する。相槌役のお主は、ドゥリンと共に大金槌を同じ軌道で真っ直ぐ振り下ろせばよい。ハンドレットサウザンドまで強化された身体能力の見せどころじゃぞ」


 ガリムはそう言いながら、完成したばかりのアダマンタイト製の大金槌の柄を狩夜に差し出してきた。狩夜は肩にかけていた鋼鉄製の大金槌を壁に立てかけた後、それを受け取る。


「僕は人間エアハンマーって訳ですか。了解です」


 いろいろな意味で鉄よりも遥かに重いアダマンタイト製の大金槌。狩夜はその感覚を確かめるように、金床の上で二度ほど素振りをした。


 そんな訳で、ドヴァリンの角の加工には、狩夜とレイラも駆り出される運びとなった。


 ちなみに、揚羽、レアリエル、カロンの三人は、すでにこの場にいない。私たちも手伝うと言ってはいたのだが、ガリムに「半裸の女子おなごがうろついていると気が散る」と言われ、鍛冶場から追い出されている。


 その際カロンが「半裸とはなんですか!? 半裸とは!? 私もレアも、そこまで酷くありません! 訂正なさい!」と、声を荒げ反論していた。だが一方で、色香を邪魔と断じたガリムにいたく感心した様子でもあった。


 今頃はレアリエルと共に狩夜の家で自分の部屋を決め、引っ越しの準備でもしていることだろう。


「よし、なら今度は本番じゃ。小僧、ドヴァリンの角から二割ほどの量を切り離し、剣の形にしてくれい」


 狩夜はガリムの言葉に頷くと、目を閉じ、集中する。すると、鍛冶場の隅にある木製の作業台の上に置かれた、インゴット状のドヴァリンの角が音もなく分裂し、右端が空中へと浮かび上がった。


 次に、狩夜はそれを形状変化で剣の形に整形。ダーインスレイヴとの二刀流を想定し、刃渡りと刃の幅をほぼ同じにする。


 目を開けて、狩夜はガリムへと視線を向けた。ガリムが大きく頷くのを確認してから、そのまま遠隔操作で炉の中へ。


「レイラ」


 名前を呼ばれ、レイラが即応する。噴射口から万物を焼き尽くす獄炎が放たれた。


 獄炎を受け止めた石の炉の内側が融解し、積まれた石のつなぎ目がわからなくなっていくなか、熱されたドヴァリンの角は溶けこそしないが、徐々にその色を変えていく。


 青みがかった銀が小豆色へ。そこからオレンジ、肌色。そして、最後には白――


「出せい」


 ガリムの指示に従い、狩夜はドヴァリンの角を炉から出す。それと同時にレイラは獄炎を止めた。


 炉から出されたドヴァリンの角を、ガリムがやっとこで掴み、金床の上へ。この時点ですでに遠隔操作は切っている。剣の完成形は、鍛冶の総指揮を執るガリムの頭の中にしかない。下手に動かしてはガリムの邪魔になるだけだ。


 狩夜は大金槌を振りかぶり、凄まじい熱を放つドヴァリンの角めがけて振り下ろす。


 小気味の良い金属音が鳴る中、狩夜はすぐさま金槌を持ち上げる。直後、ドヴァリンの角を挟んで反対側にいるドゥリンが大金槌を振り下ろした。


 そして、ドゥリンが大金槌を持ち上げた後、狩夜が先ほどと同じ軌道で大金槌を振り下ろす。ガリムが動かし、金床の上で僅かに位置を変えたドヴァリンの角に、再度大金槌が叩きつけられた。


 本来なら、この相槌にも熟練の技術が必要なのだろうが、ソウルポイントで強化された狩夜からすれば、単純な力作業の繰り返しはさほど難しいことではない。大金槌を軽々振るう筋力と、驚異的な精神力で、同じ動作を機械のように反復する。


「入れい」


 ガリムの指示が入り、狩夜とドゥリンが手を止める。


 やっとこから解放されたドヴァリンの角を、狩夜が遠隔操作で再び炉の中へ。レイラからは獄炎が放たれた。


 この後は、ひたすら同じ作業の繰り返しだ。熱して打つ。それを延々と続け、ドヴァリンの角を鍛造していく。


 そして、ついにそのときが訪れた。


「――っ」


「どうした、小僧?」


 指示がないのに手を止めた狩夜に、ガリムがドヴァリンの角から目を離すことなく問う。すると、狩夜は少し興奮した様子で答えた。


「今、ドヴァリンの角に形状変化できない部分ができました!」


 剣の形をしたドヴァリンの角の一部が、狩夜からの形状変化指示を受け付けなくなっている。その部分の形状が固定されたのだ。


「よし、実験のときと同じじゃな」


 狩夜の報告に、ガリムが満足げに頷く。


 確証もなく本番に挑むほど、狩夜とガリムは蛮勇ではない。アダマンタイトを用いた練習の前には、当然だが実験がおこなわれている。


 鍛造とは、金属を叩くことで内部の空隙くうげきをつぶし、結晶を微細化。結晶の方向を整えて強度を高めると共に、目的の形状に成形することだ。


 その手法は、ドヴァリンの角にも有効。ドゥネイルの獄炎で極限まで熱した後で圧力を加えることで、ドヴァリンの角は完全に結合し、形状が固定される。そして、形状変化ができなくなる代わりに、その強度と硬度が格段に向上することを、狩夜たちは実験で突き止めていた。


 その向上幅がいったいどれほどのものか。それは、ダーインスレイヴでも切れなくなったといえば伝わるだろう。


 くどいようだが、四匹の聖獣の力は対等だ。ドヴァリンの角は、形状変化と引き換えに、絶対切断の刃をも弾く耐性を獲得したのである。


 もちろん、その実験で使用されたドヴァリンの角も無駄にはしない。全体から見れば1パーセントの量にも満たないそれも、とある場所に有効利用される予定だ。


 確かな成果が確認できたところで作業は再開。形状の固定が剣全体に及ぶまで、熱して打つを繰り返す。


 そして――


「終わったと……思います」


 狩夜は大金槌をおろし、完全に手を止めた。


 金床の上にあるドヴァリンの角に、形状変化できる部分は残っていない。完全に剣の形で固定している。


「むん!」


 ガリムは、ドヴァリンの角を金床の上からどかし、水の張られた細長い木箱の中に迷いなく沈める。

 

 焼き入れだ。金属を高温状態から急冷させることで、更に強度を増すこの工程で、作業は一区切りとなる。


 焼き入れの際に生じた水蒸気が鍛冶場に立ち込める中、狩夜は足早に持ち場を離れ木箱に近づき、水の中に沈む剣の姿を確認しようとした。


 そのとき――


「あ……れ……?」


「ドゥリンさん!?」


 狩夜と共に相槌をしていたドゥリンが、膝から崩れるように倒れた。狩夜は慌てて足を止め、ドゥリンを抱き止める。


「大丈夫ですか!?」


「あ……はい……すみません……平気……です」


 作業が一区切りして気が抜けたのか、ドゥリンは熱中症のような症状でぐったりしていた。


 無理もない。鍛冶場の中は獄炎の熱気で超高温。そして、ドゥリンはサウザンドの開拓者だ。ハンドレットサウザンドの狩夜や、テンサウザンドであるガリムのペースに長時間合わせていては、むしろ倒れて当然である。


 だが、倒れた当人はどこか満足げな顔をしていた。そして、ふらつきながらも立ち上がり、痙攣する両腕で大金槌を持ち上げてみせる。


「さあ……続きをしましょう……終わったのは……剣だけ……です。まだ……盾四枚が……残っています」


 息も絶え絶えな様子で強がって見せるドゥリンに、狩夜は目を剥いた。次いで、鍛冶の総指揮を執るガリムに訴えるような視線を向ける。


「……今日はここまでじゃな」


 作業に没頭するあまり、弟子の体調の変化に気づけなかったことを悔いているのか、ガリムはばつが悪そうな様子で作業の中断を宣言した。


「いえ……師匠……俺はまだ……やれます」


「落ち着けい。これだけの素材じゃ。はやる気持ちもわかるが、お前はどう見ても限界じゃ。それに、この支店はミーミスブルンの本店と違って、鍛冶場がここ一つしかない。そろそろ、ナッビの奴にも場所を譲ってやらんとな。奴もダーインスレイヴをいじりたくて、うずうずしているじゃろうて」


「しかし――」


「今すぐ休め。これは命令じゃ」


「わかり……ました……休みます」


 しぶしぶといった様子でドゥリンは大金槌から手を放し「お疲れさまでした」と頭を下げ、ふらつく足取りで鍛冶場の出入り口へと向かう。そんなドゥリンの背中を見つめながら、ガリムは「やれやれ」と小さく溜息を吐いた。


「小僧、すまんがあの馬鹿弟子を部屋まで送ってやってくれい。片付けはわしがやっておくでな。それと、明日もここに足労願うぞ。長丁場の大仕事になりそうじゃ」


「あ、はい。お疲れさまでした」


 狩夜は小さく会釈した後、足元にいたレイラを抱き上げ、速足にドゥリンの後を追った。ほどなくして追いつき、左横に並ぶ。


 並んで歩く二人。狩夜は肩を貸そうかとも思ったのだが、地の民であるドゥリンとは背丈も骨格も合わず断念した。


「カリヤ……さん……ありがとう……ございます」


「いえ、これくらい。人として当然の――」


「違います……見送りの……ことではなく……あの素材……聖獣様の角……です」


 ドゥリンはここで言葉を区切ると、転ばぬよう下に向けていた顔を狩夜へと向ける。


「――っ」


 血の気の引いた顔。それとは対照的に、酷く血走った目。その目の中に狂気の色を見て取った狩夜は、思わず息を飲んだ。


 そんな狩夜の様子に気づくことなく、ドゥリンは小さく笑みを浮かべ、続ける。


「俺……こんなに幸せなの……はじめて……です。今日のために……あの素材と出会うために……生まれてきたんだって……心の底から……思いました」


「そ、そうですか。よかったですね」


「はい……だから……本当に……ありがとう……ございます……俺……命がけで……頑張ります……見ていてください……それでは……これで」


 いつの間にか部屋の前にまできていたらしい。ドゥリンは狩夜に深々と頭を下げた後、自室の中へと消えていく。


 狩夜はそれを、幽霊でも見たような顔で、無言のまま見送った。



   ●



 この日を境に、午前中は新たなパーティメンバーと狩りをして、連携を強化しつつソウルポイント稼ぎ。午後にはスミス・アイアンハート、エムルト支店に顔を出し、ドヴァリンの角を加工するという二足のわらじ生活を、狩夜は余儀なくされた。


 エムルトを運営する上で、どうしてもしなければならない仕事もちょくちょく入り、なんともせわしない日々であったが、仲間たちの協力のもと、狩夜はそれらをなんとかこなしていく。


 そして、一週間後――


「よし、できたぞい!」


 もうすっかり通い慣れた鍛冶場の中で、待望の言葉がガリムの口から紡がれた。


「ほれ、抜いてみぃ」


 促され、狩夜は作業台の上に置かれた剣の柄を右手で握る。


 持ち上げた剣を、狩夜は胸の前で地面に対し水平に構えた。しかし、これから剣を抜こうというのに、左手は空手のままで、一向に鞘へと伸ばす気配がない。


 だが、これでいいのだ。この剣を抜くのに、鞘に手をかける必要はない。


 狩夜が剣を見つめる目を一瞬見開く。その瞬間、鞘が四分割され、空中を疾駆した。


 そう、先ほどまで鞘であったこれらが、ドヴァリンの角を加工し作られた、四枚の盾なのだ。


 盾は狩夜の意のままに動き、鍛冶場の中を縦横無尽に駆け回る。そして、最終的には狩夜の背中のすぐ近くで、羽のように制止した。


 狩夜は、四枚の盾を背中に追従させながら鍛冶場の中央へと歩みを進め、木製の丸椅子の上に置かれた主化したメタルスケーリーフットの鱗、すなわち硫化鉄の塊と向き直る。


 レイラ、ガリム、ドゥリンが見守るなか、狩夜は剣を高々と振りかぶり――


「っし!」


 裂帛の気合と共に、袈裟切り一閃。


 一切の手応えなく空気のように――とまではいかなかったが、結果は上々。刃は確かな手応えと共に埋没し、鉄を布のように引き裂いて、そのまま反対側へと突き抜けた。


 威力、速度、硬度。その全てが加工前とは比べ物にならない。狩夜が問題視していたすべてをクリアし、ドヴァリンの角は新生した。


 新生ドヴァリンの角、改め、その剣の名は――


「これが、ティルフィング!」

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