258・鍛冶師の提案
「ドヴァリンとダーインの角をガリムさんに? というか、加工できるもんなんですか?」
「大丈夫じゃ、それにはあてがある。そして小僧、お主ダーインの角――ダーインスレイヴはともかくとして、ドヴァリンの角の方はまったくもって使いこなせておらんじゃろう」
「うぐ!」
ガリムからの容赦のない指摘に、狩夜は痛い所を突かれたとばかりに顔を歪め、苦々しく呻いた。そんな狩夜に追い打ちをかけるように、ガリムはなおも言う。
「わしは確かにこの目で見たぞ。マンゴネルビートルの投石には対応しきれず、硫化鉄でできた主の貝殻や鱗に容易くはじき返される様をな。世界樹の分身たる聖獣の角が、その程度なわけあるまい! 狙った相手のことごとくを叩き落とし、鉄ぐらい布のように引き裂けなくてどうする!」
「……はい、おっしゃる通りです」
自身も痛感していたことを他者から指摘され、狩夜は盛大に肩を落とした。
事実として、ドヴァリンの角はそれだけのポテンシャルを秘めている。
聖域での戦いの折、ドヴァリンの角は勇者たるレイラの猛攻を幾度となく防いだ。そして、ハンドレットサウザンドに至り、
「で、でもガリムさん。僕も、ドヴァリンの角を使いこなせるように、ずっと練習をですね――」
「ほう。それで、その練習とやらの成果はあったのか? わしの目には、マーダーティグリス戦から進歩がないように見えるのじゃが?」
「いえ……正直、なにも……」
ドヴァリンの角入手後、狩夜はそれを使いこなせるようになるべく、日々修練を積み重ねてきたが、成果は芳しくない。
どれだけ練習しても、形状変化の速度は遅々として上がらず、一度に動かせる数は四のままだ。練習法が悪いのかとも思ったが、それを聞ける相手はこの世におらず、前例もない。独学で頑張るしかないのが現状である。
そして、あまりの成果のなさに、最近では前提条件からして間違っているような気さえしてきた。
レイラを通してドヴァリンの魂を吸収し、動かせるようにこそなったが――
「そもそもドヴァリンの角は、人間が完全に使いこなせるものじゃない気がします」
女神スクルドの固有スキル
狩夜の口から漏れた、弱音とも取れる発言。だが、それを聞いたガリムは狩夜を批難することなく、さもありなんといった様子で深く頷く。
「うむ。わしも同じことを考えておった。おそらく、ドヴァリンの角は、人間が使いこなせるようにはできとらん。そして、それは決して恥じることではない」
「え?」
「考えてみろ小僧。獣からはぎ取った毛皮が、そのまま人の体に合うか? 獣の爪や牙をそのまま振り回して、人にとって使いやすいか? 答えは否であろうが! それら素材を人にとって最も適した形にするために、わしら職人はいる!」
ナッビとドゥリンが師の言葉に感銘を受けた様に何度も頷くなか、ガリムは続けた。
「小僧! ドヴァリンの角を使う上での悩みはなんじゃ! なにと、どこが、どうして使いづらい! お主の思うがままに言うてみろ!」
「え? えっと……角の形状を意識しながら動かすと、どうしても操作速度が落ちること……ですかね? かといって速度を優先すると、形状と強度が維持できなくて、空中分解するし……」
「ならば、はじめから形状を固定してしまえばよい! 自由度は減るが、それで操作速度と強度は上がる! お主は敏捷重視の開拓者じゃ! 自分の動きより遅い武器と盾なんぞ、無用の長物であろう! 二兎を追う者は一兎をも得ず! ここはあえて形状変化を切り捨てる!」
「な、なるほど」
両方同時に使いこなせないなら、片方をあえて切り捨てる。乱暴なようだが、ガリムの言っていることはもっともだ。そして、自由度と速度の二択なら、狩夜が選ぶのは速度一択である。
今でこそ背中に追従させることはできているが、狩夜はまだまだ速くなる。今のままの操作速度では、そう遠くない未来にドヴァリンの角を置き去りにするだろう。自分の動きより遅いものを武器にする意味は薄く、盾で身を守るために移動速度を落としては本末転倒だ。それなら避けたほうがいい。
犠牲になる自由度に関しては、パートナーがレイラであるならば、そこまで重視する必要はない。なにせ、なんでもできる自由度の権化みたいな存在だから。
これらの理由により、先のガリムの提案は、狩夜にとって非常に魅力的に思えた。
「それと、僕が一度に動かせる数は四が限界で――」
「しからば、形状は縁が刃になっておる攻防一体の盾四枚と、剣一本でよかろう! 盾四枚は従来通り空中に浮かぶ遠隔操作! 剣は小僧が直接持てばよい! ほれ、これで手札が一枚増えおったぞ!」
「あ、そっか! 形状を固定しちゃえば、動かす四枚以外にも、手で直接持てるのか! それに、角の一部が体に触れていれば、操作がスムーズになるかも!」
言葉を遮って、待ちきれないとばかりに出されたガリムの更なる提案に、狩夜は興奮気味に食いついた。
この後も狩夜とガリムの問答は続き、ドヴァリンの角を人間が使う上での問題点が次々に洗い出され、その度に改善案が提示されていく。ガリムのアイデアは尽きることがなく、泉の如く湧き続けた。
そして、それらアイデアが煮詰まり、ドヴァリンの角を素材に作られる武器の完成形が、狩夜の脳内で輪郭を帯びはじめたとき、その言葉は紡がれる。
「分かりました。聖獣ドヴァリンとダーインの角、ガリムさんにお預けします!」
「おお、そうか! そう言ってくれると思うておったぞ!」
狩夜とガリムが、紅潮した顔で固い握手を交わす。それを見聞きした二人のパーティメンバー六人が「おお~」と拍手をした。
「ナッビ!」
「はいな、師匠!」
「ダーインスレイヴはお前に任せる」
師匠からの突然の指示に、ナッビは目を丸くした。そして、ワナワナと震えだし、目を血走らせながら叫ぶ。
「いいんでっか!? 自分なんかが、聖獣様の角の加工を任せてもろうて!?」
「ダーインスレイヴは、もう武器としては完成しとる。後は今より使いやすくなるよう、柄と鞘をこしらえるだけじゃからな。お前一人でもできようて。やれるな?」
「やります! ぜひとも自分にやらせてつかあさい!」
「よし。わしはドヴァリンの角に集中する。ドゥリンはわしの補助と相槌じゃ。よいな」
「分かり……ました! 全力を……尽くします!」
「全力? それでは足らんぞ! 此度の素材はかの聖獣の角! 身命を賭せ!」
「「はい!」」
ガリム、ナッビ、ドゥリンの三人は、極上の素材との邂逅と、その素材を使っての武具の作成に歓喜した。
炎で身を焼き槌を手に、彼らが見据える高みはただ一つ。鍛冶師ならば誰もが夢想し挫折した、最強の頂き。
ただの最強では話にならない。当代最強でもまだ足りない。
魔王すら打倒しうる、前人未到の史上最強。神の御業たる、かの聖剣にも比肩する究極の剣が、今という時代には必要だ。
「さあ、はじめるぞ! ハイホホーハイホー!」
「「ハイホホーハイホー!」」
地の民特有の鬨の声を合図に、鍛冶に人生を捧げた職人たちの、全身全霊を賭けた戦いがはじまった。
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