257・白金

「『花鳥風月』はどうじゃ?」


「花がレイラちゃんで、月がアゲハちゃんなのは分かるけどさ。それだとカリヤとカロンちゃんの要素がないじゃん。ボクは鳥と風で被ってるし」


「いやいや、そこは字をもじって『火寵風月』にするんじゃ。火でカロン、文字全体で自然の美しい風景――すなわち、レイラを表現する。旦那様は寵じゃな。この漢字には、家来を愛する。運命に恵まれるといった意味がある。つまり――」


「却下。家来ってのが気に入らない。僕たちは仲間だ。そこに上も下もないよ。あと、字面が偉そうで僕の柄じゃない」


「むむ……なら『雪月風花』でどうじゃ?」


「また私と少年の要素が入っておらず、雪にいたっては無関係ではないですか。再考なさい」


「そこはもちろん考えておる。これも字をもじって『接月風火』にするんじゃ。火でカロン、文字全体でレイラを表現するのは同じじゃな。旦那様は接。意味は交わる、繋ぐ、近づくじゃな。つまり、旦那様が余ら三人をパーティとして繋ぎ止めているという意味が込められておる。パーティに加わった順番も――」


 正式にパーティを結成した狩夜、レイラ、揚羽、レアリエル、カロンの五人は、揃って外出していた。


 パーティの名前をどうするかで、あーでもない、こーでもないと盛り上がりながら歩く場所は、エムルトの商業区。目的地は、スミス・アイアンハート、エムルト支店である。


 カロンとの話し合いの後「大切な話があるから、レイラと共に店に顔を出してほしい」という、ガリムの伝言を預かった弟子の一人が、狩夜の家にやってきたのだ。


 ギャラルホルンへの遠征が終わったのは、文字通りの昨日今日。預けた金属類の査定が終わったにしては随分早いなと思いつつも、狩夜はレイラと共にスミス・アイアンハートに向かい、それに他三名が同行した形である。


 観光客でごった返す町中に、婚約者と思しき絶世の美女三人をはべらした(ように見える)男が現れれば、当然だが羨望と嫉妬の視線が集中する。自分が支配権を有する町であるにもかかわらず、狩夜は針の筵に座る心境であったが、自分で選んだ道だと自らを鼓舞し、めげることなく歩を進めた。


 ほどなくして、スミス・アイアンハートに到着し、狩夜が出入り口に向かうと――


「あらあら、奇遇ですわねぇ皆さん。皆さんもガリムさんに御用でして?」


「あ、アルカナさん。おはようございます」


 ちょうど入れ替わるような形で、アルカナが店から出てきた。彼女は蠱惑的な笑みを狩夜へと向ける。


「お姉様もおじ様に呼び出されたんですか? それでそれで、今回の遠征のギャラはハウマッチ?」


「いえ、わたくしの用事はそれとは別件ですわぁ。今後のために、腕の良い細工師をガリムさんに紹介していただいたのです。あと、此度の遠征の報酬は、わたくしもレアさんと同じく現物支給でしてよ。これを得るために、金銭での報酬は放棄しましたから」


 アルカナはレアからの問いにそう答えると、手にしていた魔法の道具袋から、流線形の金属の塊を取り出した。大きさと形からして、主化したメタルスケーリーフットの鱗の一枚だろう。


 そしてそれは、決して硫化鉄ではない。色と光沢からして――


「銀……いや、プラチナですか?」


「さすがはカリヤさん、博識ですわねぇ。正解ですわぁ」


 そう、それはプラチナ。金と並び称される、貴金属の代表格である。


 狩夜は、地球ではまずお目にかかれないであろう、インゴットではないプラチナの大塊を凝視しながら「ほへー」と間の抜けた声を漏らした。


 プラチナは、地殻1トンあたり0.001 グラムしか産出されない金以上のレアメタルだ。人頭大の純プラチナの塊ともなれば、その価値は計り知れない。日本円に換算すれば、一体いくらになるだろうか?


「ふむ、これがかの白金か。なるほど、金や銀とも違う美しさと気品があるのう」


「はい。【厄災】以前、貴金属として重宝されていたのも頷けます。ユグドラシル大陸では終ぞ産出されず、現存する宝飾品にもプラチナ製のものはないと聞き及んでいますし」


「うわぁ、すっごく奇麗ですね! 細工師を紹介してもらったってことは、お姉様はこれでアクセサリーをつくるんですか!?」


 光り物の登場に、女性陣の食いつきが凄い。彼女らの熱い眼差しを受け、アルカナは蠱惑的な笑みを深めた。


「ええ。これで、とっっっても素敵なものをつくるのです。 “百薬” とプラチナ。この出会いは運命ですわぁ。火照ってしまいますわぁ」


 アルカナが興奮した様子で舌なめずりをし、それを見聞きしたレアリエルが「きゃー♪」と黄色い声を上げた。


「作ったら、ボクにも見せてくださいね! 気に入る物があったら買いますから!」


「ええ、ええ。もちろんですわぁ。誰でも気軽に購入できるようにしたいですわねぇ」


 アルカナはそう言うと、プラチナの大塊を魔法の道具袋へと戻し、小さく会釈してから歩き出す。


「それでは皆さん、ごきげんよう。カリヤさん、気が向いたらお店の方にいらしてくださいましね? わたくしがたっぷりとサービスいたしますから」


「いえ、それは遠慮しておきます」


 狩夜のつれない返事に気分を害した様子もなく、アルカナはクスクスと笑い、雑踏のなかへと消えていった。


 アルカナを見送った狩夜は、気を取り直してスミス・アイアンハートの出入り口をくぐった。揚羽たちもそれに続く。


「おう、きたか小僧」


 そこには、真剣そのものといった様子のガリムがいた。その後ろには、同じく真剣そのもののナッビとドゥリンが控えている。


 いつも言い争いをしているカロンや、露出過多にイメチェンしたレアリエルに、好色な視線を送ることもせず、ただ一心に狩夜を見つめるガリムの様子に、普段の彼の言動を知る女性陣は、目を白黒させた。


「お、おはようございます、ガリムさん。えっと……査定が終わったから呼び出したってわけじゃ……ないですよね?」


 全身からただならぬ気配を放つガリムに、狩夜が恐る恐る声をかけると、ガリムは厳かに頷いた。


「そっちは、別の信頼できるもんに任せとるよ。わしがお前さんを呼び出したのは、きたる魔王との決戦に備え、当代随一の鍛冶師として、わしにしかできん事をするためじゃ」


 ガリムはここで言葉を区切ると、より一層の気迫を全身に纏った。そして、ギャラルホルンへの遠征を持ちかけたときと同様、回りくどい話は無しだとばかりに、自身の要求を口にする。


「小僧! お主が持っとる、聖獣ドヴァリンとダーインの角! このわしを信じて預けはくれんか!」

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