256・火竜の姫の選択
「おお、カロン殿。レアリエル殿も。いらっしゃいませなのですぞ。レアリエル殿はずいぶんと歌舞いた衣装をしておりますな」
立ち話もなんなので。と、狩夜に家の中に招かれたカロン、レアリエルの二人。それを出迎えた峰子は、激変したレアリエルの服装に少々驚いた様子だ。
歌舞いた――奇抜な身なりをすることの意――衣装をしているのはすぐ隣にいるカロンも同様なのだが、こちらは見慣れているし、事情も知っているのでスルーする方向のようだ。
峰子の視線を受け、レアリエルは先ほど吐露した恥ずかしさなど微塵も感じさせない堂々とした動作でポージングを決め、率直な感想を峰子に求める。
「どう峰子ちゃん? いけてるっしょ?」
「う~ん、小生はいいと思うのですぞ。レアリエル殿はご自身の強みと弱みをよく理解してらっしゃいますな。胸ではなく下半身で勝負に出たのは正しい判断あぶぶぶぶぶぶ!?」
「ふふ~ん。余計な事を言うのはこの口かな~?」
両手の人差し指と親指を使い、両頬を左右に引っ張ることで峰子の言論を封殺するレアリエル。狩夜はそんな二人を横目にダイニングへと向かい、すぐ後ろをついてきたカロンに椅子をすすめた。
カロンは食事中の揚羽に軽く会釈した後、揚羽の斜め前の席に着く。狩夜はそれを見届けた後、カロンの正面、揚羽の隣の席へと向かった。
「それでカロンさん。僕に話というのは?」
小首を傾げながらカロンに問う狩夜。すると、レアリエルとの会話に割って入ったときの勢いはどこへやら。カロンは視線を狩夜と揚羽の間で往復させるばかりで、なかなか話そうとしない。
らしくないな? と、思いつつも、狩夜はカロンの言葉を静かに待つ。ほどなくして、カロンは意を決するように固唾を飲むと、真剣な表情で語り始める。
「実は――」
カロンの口から語られる衝撃の告白。それを聞いた狩夜は目を丸くした。
「うぇええぇえぇ!? カロンさん、僕を篭絡するよう、火の民の王様から命令されているんですか!?」
「はい」
苦い顔でしぶしぶ肯定するカロンを、レアリエルも狩夜と同様驚愕の表情で見つめていた。一方で、揚羽と峰子の二人は「そんなこともあるか」と涼しい顔で食事と給仕を続けている。権謀術数など日常茶飯事。それが王族の仕事だと言わんばかりだ
超聴覚を有する揚羽に嘘は通用しない。それはカロンも承知しているはず。そして、揚羽が口を挟まない以上、先ほどの告白は嘘や冗談の類ではなく、真実ということだ。
そのことを理解した狩夜は、カロン以上に視線をさ迷わせ、しどろもどろになりながらも話を先に進めた。
「えっと、その……それ、篭絡対象である僕に言っちゃっていいんですか?」
「いいはずがありません。ですが、少年。この私に、男性を篭絡などという破廉恥なまねができるとお思いですか? 簡潔に答えなさい」
「まったく思いません」
カロンの問いに即答する狩夜。その場にいる他三名も「うんうん」と首を縦に振った。
誰もが認める開拓者一の堅物。
精霊解放軍の風紀委員長。
それがカロンという女だ。
色香を使っての謀など、彼女が最も苦手とするところだろう。
「その通りです。できる訳がありません。ですが父上――王からの命令は絶対。そうしろと言われた以上、私は何かしらの結果を出さなければならない。ですが、無理なものは無理なのです。だからこそ、こうして真摯に内情を明かし、今後の事を相談しに来たと理解なさい」
「は、はぁ……相談と言いますが、具体的にカロンさんは僕に何をお望みで?」
「その前に、今一度問います。少年、昨日口にした『この世界で、誰とも結ばれるつもりはない』という言葉に嘘偽りはありませんか? 私の――火竜の姫の体を自由に貪れる。そう聞いた今でも、その気持ちに変化は――」
「ありません」
心外だとばかりに表情を引き締め、狩夜は即答した。
命令に逆らえないカロンの立場には同情するが、これは絶対に譲れない。火の民には火の民の事情があるように、狩夜には狩夜の事情があるのだ。
何度頭を下げようが、泣いて懇願しようが、豊満な肉体で誘惑しようが、狩夜はソレを跳ね除け、カロンとの関係を拒絶するだろう。
「……よかった」
火の民の王の思惑なんぞ知ったことか。そう言わんばかりの視線を真正面から受け止め、安心したように笑うカロン。そんな彼女に訝しげな視線を向けながらも、狩夜は次の言葉を待つ。
「それを聞いてほっとしましたよ、少年。で、あるならば、私の要求はただ一つです。心して聞きなさい」
カロンはここで言葉を区切ると姿勢を正し、テーブルすれすれになるまで頭を下げた。次いで言う。
「カリヤ・マタギ殿。どうか私を、このままあなたのパーティメンバーでいさせなさ――いえ、いさせてください」
軽々しく下げてはならない王族の頭をこれでもかと下げ、カロンは王命である肉体関係ではなく、開拓者としての共闘関係を狩夜に願った。
いつもの命令口調をやめ、平身低頭するカロンに、狩夜は困ったように頬をかく。
「……それでどうにかなるんですか?」
「なります。パーティメンバーの証であるこの花をつけて少年の隣にいるだけで、周りが勝手に勘違いしてくれますから。あの二人は結婚を誓った恋人同士なのだ。そして、美月揚羽とも話はついている――と」
「ああ、なるほど」
カロンから視線を外し、隣に座る揚羽を一瞥する狩夜。
イスミンスールにおける求婚の証である花。その効果のほどを、狩夜はつい最近身をもって知った。
真実を知らなければ、カロンもまた狩夜との関係を誤解されるだろう。そして傍目には、揚羽もそれを容認しているように見えるに違いない。
加えて、幸か不幸か、先日の遠征メンバーに火の民はカロン一人だけだ。彼女が口を噤みさえすれば、火の民の王やその側近に真実を伝える者は誰もいない。
「今もエムルトに滞在する使者と、国元の父上はそれで納得するはずです。私との婚姻の話を詰めるために、父上からの登城要請がそのうち少年に届くとは思いますが……どうせ突っぱねるのでしょう?」
「ええ、そんな暇ないので」
狩夜は以前も、ヴァンの巨人打倒の偉業を称え貴殿に褒賞を与えたい――という、ミーミル王国王室からの登城要請を突っぱねている。
登城して勲章をもらっている暇があったら、魔物を一匹でも多く倒し、ソウルポイントを稼ぎたい。それが狩夜の偽らざる本音である。
もし、カロンが言うように火の民の王から登城要請がきたとしても、狩夜はやはり突っぱねるだろう。
「それで時間は稼げます。私は、その稼いだ時間で火の民の本懐を遂げてみせる。貴方たちと共に」
「火の民の本懐。ムスペルヘイム大陸の奪還と、火聖霊サラマンダーの解放ですね」
「はい。此度の話は、火の民が光の民の庇護下にあり、国土と主権を持たぬ現状を国王が憂いていることに端を発します。本懐を遂げることさえできれば、そのすべてが解決し、少年と、ここエムルトに拘る必要はなくなる。ですが父上は、当代でそれが叶うとは微塵も思っていないのでしょう」
火の民の故郷であるムスペルヘイム大陸は、まだ見つかってすらいない。そして、肝心の開拓は、ようやくユグドラシル大陸の外に人類の版図が構築され、新たな国と王が誕生したところだ。
開拓者という新たな職と制度を用意してから四年でこの成果。火の民の本懐が果たされるのは遠い未来の話と考え、新たに生まれた国と王を手中に収めるべく策を講じるのは、為政者として無理からぬ判断だろう。
「しかし、私は知っています。当代でのムスペルヘイム大陸の奪還が、決して夢物語ではない根拠を」
「んうん!」
下げていた頭を僅かに上げ、上目遣いにレイラを見つめながらされたカロンの発言に、今まで無言を貫いていた揚羽が反応。わざとらしく咳払をした。
「その話は忘れたはずだ」と暗に咎められたカロンは、レイラから視線を外し、再び頭をテーブルすれすれまで下げる。
「ですからお願いします。私を少年のパーティメンバーでいさせてください。私はこの身を、国政の道具ではなく、魔物との戦いに――火の民の本懐を果たすことにこそ使いたい。それが叶うのならば私は、少年のために道を切り開く矛となり、相手が主でも魔王でも立ち向かいましょう」
これでカロンの話は終わりなのか、彼女は頭を下げたまま口を閉じ、そのままの体勢で狩夜からの返答を待っている。
実の父親である火の民の王を裏切った姫からの――否、真義のために不義をなすことを選んだ一人の武人からの嘆願。それに対する狩夜の答えは――
「これからよろしくお願いします。カロンさん」
多くは語らず、笑顔で右手を伸ばして、握手を求めることだった。
「……感謝します」
狩夜の言葉に頭を跳ね上げたカロンは、万感の思いを込めてこう言葉を紡ぐと、泣きそうな顔で右手を伸ばし、狩夜の手を強く握った。
「当然、ボクもね!」
狩夜とカロンのやり取りをすぐ横で見ていたレアリエルは、自身もまた右手を伸ばして、握られた狩夜とカロンの手の上に乗せる。
「幾久しく」
三人のやり取りを見て取った揚羽は「余を仲間外れにするな」とばかりに右手を伸ばし、レアリエルの手の上に重ねた。
交わされる誓い。
狩夜、揚羽、レアリエル、カロン、そしてレイラ。
種族と野望は違えども、目指すべき場所を同じくする彼、彼女らは、今このときより真のパーティメンバーとなり、寝食と苦楽を共にする仲間となる。
狩夜とレイラ。たった二人でユグドラシル大陸を駆けずり回っていたときとはまるで違う。フルパーティでの冒険。
叉鬼狩夜の、頼れる仲間のいる――そして、男女間トラブルと、月のない夜道を気に掛ける日々が始まった。
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