255・イメチェン
レオタード。
ダンスや体操競技などで着用される、全身にフィットするスポーツウェアの一種。身体の躍動を余すところなく見せるための衣服であり、主にワンピース型のものを指すが、セパレーツ型も存在する。
サーカスが宮廷でのスポーツ芸術であったころのヨーロッパにて考案。フランスの人気曲芸師であった男性、ジュール・レオタールが演技中に着用したことがその名の由来だとされる。
レアリエルが身に纏っているのは、まさにそのレオタードだ。
青を基調とした未知の素材にて構成されたそれは、レアリエルの体に隙間なく密着。薄い布地一枚のみでその裸体を覆い、女性としての尊厳を強固に守りながらも、彼女の芸術的なボディラインを惜しむことなく周囲にさらけ出していた。
腰の左右からは鳥の羽を模した飾り布が伸びているが、前後にはなにもないため重要な部分はまるで隠せていない。大きく開いた胸元と、剥き出しの肩。足のつけ根から鳥足までの絶対領域から覗く肌色がまぶしく、非常に目に毒である。
この他にも、首元のアクセントであるつけ襟や、両手を覆う長手袋。各種アクセサリーや、髪留め等も一新されているが――これらは材質的に後付けであることがわかる。胴体部分のレオタードに調和する装備を、レアリエルが一つ一つ吟味したのだろう。
ウエスト、ヒップ、足。自身のアピールポイントを理解し、最大限に活用しつつも、萌の神髄は脱ぎよりも着せであることを熟知した、レアリエル会心のコーディネートであった。
「イ・メ・チェ・ン♪ かわゆいでしょ?」
出会い頭にされた狩夜の指摘に対し、レアリエルは狩夜と顔の高さを合わせるように前傾姿勢になり、右手は顔の横に、左手は左膝の内側に移動。そして、意図的に作り出した胸の谷間をこれ見よがしに強調しつつ、回答に合わせながら指を振り、終えると同時にウインクを一つ炸裂させる。
大事な部分が見えそうで見えない、計算され尽くしたあざといポーズを目の前にして、狩夜の顔は真っ赤になった。顔を明後日の方向に向け、視線だけでレアリエルのことをチラチラと伺いながら、気恥ずかしさを隠すように口を動かす。
「可愛いか可愛くないかで言ったら、そりゃあ可愛いけどさ……うん、とんでもなく……でも、なんでまたそんな突拍子もない恰好を――ってまさか、揚羽が言ってた魔法の装備品って……」
「あ、もう聞いてた? うん、これがそうだよ。昨日の遠征の全報酬と引き換えにゲットした、ボクの新兵器! その名も『神鳥の風切羽』!」
ガリムの鑑定によって判明した装備の名称を、高らかに宣言するレアリエル。次いで彼女は体を起こし、おちゃらけた雰囲気を消した後、こう言葉を続けた。
「なんでって質問には、必要に駆られてとしか言えないかな。正直、自身の力不足を痛感してたんだよね。フローグ君は別格として、ランティス君には絶大な求心力と指揮力、モミジちゃんには迦具夜、カロンちゃんには竜神衣、アルカナお姉様には影縫いがある。ガリムのおじ様も、キルフーフの斧っていう新しい力を手に入れた。でも、ボクにはなにもない。開拓者最速っていう称号も失った。今じゃもう、カリヤやフローグ君の方が速いもん」
「レア……」
敏捷重視の狩夜がハンドレットサウザンドになったとき、レアリエルは開拓者最速ではなくなった。彼女は敏捷特化であるが、テンサウザンド。壁を破り、狩夜と同じ高みに至らなければ、最速の座に返り咲くことは叶わない。
「精霊解放軍元幹部の中で、間違いなくボクが一番弱い。だから欲しかったんだ。新しい力が……ね。それが手の届く場所に、許容できる形で現れたんだから、手を伸ばすのは当然でしょ? まあ、他に着れそうな人があの場にいなかったっていうのもあるけどね! サイズ的に!」
沈んだ空気を嫌ったのか、言葉の途中で声色を明るいものに変え、場を和ませるレアリエル。そして、その発言は決して嘘ではない。
カロン、揚羽といった巨乳勢や、イルティナ、メナドといった長身勢がこの装備を無理矢理身に纏った場合、零れ落ちるわ食い込むわで、目を覆わんばかりの悲惨な状況になるのは間違いない。発育の悪い紅葉や、リース、レイリィ、ルーリンの年少勢は言わずもがなである。
「凄いんだよこれ! カロンちゃんの竜神衣みたく、着ただけで身体能力が上がるんだ! 他にもスペシャルな能力があるんだけど、扱いが難しくてそっちは今練習中! 少し時間がかかるかもだけど、絶対使いこなせるようになるから! 見ててね!」
現代の地球では、スポーツメーカーの研究開発により、空力抵抗に優れたものや、筋肉の動きをサポートするものなど、特殊な機能を持たせたレオタードが開発され、スポーツ選手の運動記録更新に一役買っているという。神鳥の風切羽にも、その類の力が備わっているのだろう。
走鳥類系の風の民であり、体術――蹴り技を主体に戦うレアリエルにとって、身体能力の向上は計り知れない恩恵がある。彼女の戦闘力は、神鳥の風切羽によって飛躍的に上がるだろう。
「でも、その装備は【厄災】以前、数千年前に作られたものだよね? 人の手で保存されてたわけでもないのに、よく現存してたな。経年劣化しているようにも見えないし、いったいなんでできてるの?」
「さあ? まあ、神鳥の風切羽っていうぐらいだから、この飾り布は大昔にいた凄い鳥の羽で、服の方は……なんか伸縮性に優れた部分?」
こう口にし、その伸縮性を実際に証明して見せようとでも思ったのか、水着の位置を直すかの如く、臀部とレオタードの隙間に右手の人差し指を入れ、僅かに引っ張って見せるレアリエル。
そして、一秒ほどその状態を保持した後で、素早く指を引き抜き――ペチン。
その一連の動作を見届けた狩夜は、右手で顔を覆いながら若干前屈みとなり、レアリエルはいたずら成功とでも言いたげな顔で、僅かに舌を出した。
「レア……さっきからわざとやってるでしょ? 僕みたいな純情少年からかって楽しい? ねぇ? 楽しい?」
「さあね♪」
「ああもう! とにかく、その新装備は、レアにとってメリットのある極めて有用な装備ってことだよね!?」
「そゆこと! この格好で出歩くのはちょっと恥ずかしいけど、それに耐えるだけの価値は絶対にあるね!」
「あ、やっぱり恥ずかしいんだ……」
「それはまあ……でも、ボクはもう
「え、それって――」
「おっほん! 少年……それにレア……ご歓談中、大変申し訳ないのですが……そろそろ私にも話をさせなさい!」
これからも僕のパーティメンバーでいるつもり? という狩夜の発言を遮り、「いつまで私を待たせるのだ!」と言いたげな顔のカロンが、二人の会話に大声で割り込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます