閑話 思わぬ戦利品
「では、勇者レイラについてはそのように」
『異議なし』
「あいわかった。旦那様へは、余の口から明日伝えよう」
開拓者の町エムルト、深夜。
ギャラルホルン探索遠征を終えた後、狩夜を除いた遠征メンバーらは、休憩もそこそこに再集結。遠征が成功した場合に予定されていた宴会を急遽取りやめにし、スミス・アイアンハート、エムルト支店にて、イスミンスールの今後を左右するであろう、極めて重要な話し合いを行っていた。
内容は、勇者レイラの存在を公表するか、秘匿するかである。
フヴェルゲルミル帝国のとある名家から広がり、今やユグドラシル大陸全土、そして、ここエムルトにまで普及した光る花。スズランによく似たその花によって照らされた室内の空気が、四半日ぶりに弛緩する。
己が胸中を吐露するかのように、参加者たちが口々に重い息を吐く最中、いつものようにまとめ役をしていたランティスが、周囲を見回しながら告げた。
「では、時間も時間ですので、そろそろ解散といたしましょう。遠征の報酬については、冒頭で話したようにガリム殿による査定待ちですので、また後日――」
「あ、すまんランティス。ちょっといいか?」
ランティスの締め言葉を遮り、挙手と共に口を開いたのはフローグ。疲れを感じさせるいくつもの視線が自身に集中する中、フローグは次のように言葉を続けた。
「今回の遠征中、俺はマンゴネルビートルを討つべく、本隊を離れて単独行動をしていた時間があっただろう?」
「ええ、それがなにか?」
「その間にバンデットアードウルフを見かけてな。どこで見つけたのか、明らかに魔法の装備品とわかるものを口にくわえていたんで、もののついでに討伐。それを奪取した。その装備の所有権についても、ここで話し合っておきたい」
「ほう! 魔法の装備品とな! どれ、早速見せてみぃ!」
フローグからの突然の申し出に鍛冶師としての血が騒ぐのか、興味津々といった様子で身を乗り出すガリム。他の面々もガリムと似たような反応であり、疲れも吹き飛んだ様子でフローグを見つめ続けていた。
「これ……なんだが……」
期待の視線が一身に注がれる中、フローグはなぜか困った表情で魔法の道具袋からその装備品を取り出し、部屋の中にあった作業台の上に広げてみせる。
直後、皆の表情がフローグ同様困ったものに変わった。
一目で魔法の装備とわかるそれが、誰でも扱える類の代物ではなかったからである。
「報酬は山分けという話だったが……どうする? 使い手を選ぶが魔法の装備だ。金に変えるのも少々惜しい気がしてな」
「そ、そうですね……欲しいという人がいるなら、他の報酬を放棄する代わりにこれを――ということでどうでしょうか?」
ランティスの提案に異を唱える者はいなかった。そして、この場にいる男性陣は、すでにこの装備を自分で――という考えはない。むしろ「これを俺にどうしろと?」と言いたげな様子で苦笑いを浮かべている。なぜなら、男がこれを身に着けた瞬間、変態の誹りは免れないからだ。
しかし、女性陣は女性陣で、様々な問題から軽はずみに手を伸ばせない状況にあった。
これは、カロンの竜神衣と同系統の女性専用装備である。その製法は既に失われ、仕立て直しは恐らく不可能。使うとしたらこのまま身に纏うしかない。だが、無理に体を押し込もうものなら、竜神衣以上に破廉恥な状況になりかねない。そう、構造とデザイン的に。
だが、これは魔法の装備である。此度の遠征の全報酬と引き換えにして我が物とし、羞恥に耐えながらも身に着ける価値があるのもまた事実。
そんな調子で、誰もが性能と羞恥心の間で葛藤し、手をこまねいていると――
「それじゃあさ、ボクが貰っていい?」
レアリエルが意を決したようにこう告げ、作業台の上に置かれたそれに手を伸ばした。
彼女の一連の行動に皆が目を丸くする中、レアリエルは手に取ったそれを胸に当て、軽くサイズを確かめる。
「うん。思った通り、ボクなら着れるね。むしろぴったり」
「ほ、本気かレア? 少々際どいデザインだと思うのだが……」
「大丈夫ですよ、イルティナ様。国宝に指定されて、重ね着も装飾もできないカロンちゃんの竜神衣と違って、これは色々とできますから。ボクのスーパーコーデで、脚線美を前面に押し出した、お洒落でかっこいいコスチュームにしてみせます!」
ここで言葉を区切ったレアリエルは、揚羽とカロンを一瞥。次いで、狩夜のパーティメンバーの証たる花を一撫でした後、高らかに宣言した。
「 “歌姫” レアリエル・ダーウィン! イメチェンしまーす!」
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