253・特別な誰かは必要ない

「ごめんね、レア。知らなかったとはいえ、とんでもないことしちゃって。カロンさんも。もうソウルポイントが無駄になることもないだろうからさ。花、返してよ」


 エムルトの東門が近づき、魔物との戦闘はもうないだろうと判断したところで、狩夜は歩みを止めることなくレアリエルとカロンに話しかけ、右手を伸ばした。


 遠征中、パーティメンバーの、そして、求婚の証たる花を、なんだかんだで外さなかった二人は、心底申し訳なさげな顔を浮かべる狩夜を見つめながら、数秒間沈黙。その後、次のように口を動かした。


「少年。花の返却は後日でもいいでしょうか? ここで花を手放してしまうと、私は白い部屋にいけず、遠征の成果をいまいち実感できないでしょう。もう少しの間、私をパーティメンバーでいさせなさい」


「ボ、ボクも! もうちょっとこれ貸しといて! これがないと白い部屋にいけないから! 強化大事! うん! 超大事!」


「ふえ? まあ構わないけど……いいの? カロンさんは王族で、レアはアイドルだろ? それを身に着けてると、僕との間にあらぬ誤解を――」


「町中でつけなきゃいいだけでしょうが! それともなに!? 今すぐパーティメンバーに誘いたい人が他にいるわけ!?」


「いや、そんな人はいないけどさ……まあ、そこまで言うならしばらく預けとくよ。でも、それが原因でアイドル活動に支障が出ても、文句は受け付けないからね?」


 こう口にした狩夜は、返却を求めるように伸ばしていた右手をおろす。その言動を見聞きした後、レアリエルとカロンは安堵の息を吐き、遠征メンバーの何人かが舌打ちした。


 不意に聞こえてきた舌打ちにショックを受け「やっぱり美人ばかりのハーレムパーティだと、こういう反応をされるのか!?」と言いたげに、狩夜は大口を開けて絶句する。すると、以前から交流のある開拓者たちが呆れ顔で「違う違う」と首を左右に振り、口々に告げた。


「異世界人であるカリヤ君にはピンとこないかもしれないけど、この世界の人類にとって、神の代行者たる勇者のパーティメンバーを務めるというのは、この上なく名誉なことなんだ。誰もが夢見る役職だと思ってくれて構わない」


「おおかた、二人が花を返却した後で、お前さんに知人を紹介しようとしていたんじゃろうて。まあ気持ちはわかる。血縁者を――いや、同族をそこにねじ込むことができれば、恩恵は計り知れんものがあるからのう」


「ええ、ええ。皆さんのおっしゃる通りですわぁ。その影響力のほどは、ユグドラシル大陸の現状、三国の共通点を見れば、おわかりいただけますでしょう?」


「ウルズ王国、ミーミル王国、フヴェルゲルミル帝国の、勇者に関する共通点ですか? えっと……あ、そっか、国政を担っている種族が、歴代勇者のパーティメンバーなのか」


 現在、ウルズ王国は木の民の王が、ミーミル王国は光の民の王が、フヴェルゲルミル帝国は月の民の帝が、その国政を担っている。


 それらは皆、歴代の勇者たちが艱難辛苦を共にし、世界救済後に身を寄せ、子をなし、その血脈を今に受け継ぐ種族だ。


 勇者のパーティメンバーを務め、共に世界を救済したという影響力は、今なお色濃く残っている。それは【厄災】から数千年もの時間が経過し、文明が初期化した現代にも残るほどに強いものなのだ。


「自分の立場を少しは理解できたか? しかもレイラは編成自在型だ。ぜひ私をパーティメンバーに――という者が、今後お前たちのところに際限なく押し寄せるぞ。今のうちに覚悟を決めておけ」


 どこか脅かすような口調で告げるフローグ。それを受け、狩夜は思案顔で数秒間熟考し、こう言葉を返した。


「そのことなんですけど……皆さん、レイラが勇者だってことは、ここだけの秘密にしたほうがよくないですか?」


「ほう?」


『んな!?』


 狩夜からの突然の提案に、目をむいて絶句する遠征メンバーたち。そんな中、唯一平静を保っていたフローグが、咎めるように言う。


「おいおいカリヤ、話が違うぞ。お前が公表してもいいと以前言っていたから、俺はここにいる皆に打ち明けたんだ」


「そ、そうだぞカリヤ殿! 突然なにを言うのだ! 救世の希望たる勇者の存在を黙秘などできるわけがない! これから我々人類は、勇者の御旗のもとに一致団結し、魔物に奪われた大地を奪還するのだ!」


 自国の英雄に続けとばかりにイルティナも言う。一方の狩夜は、困ったように頬をかいた後、苦笑いと共にこう答えた。


「すみませんフローグさん。僕、あれから少し心境の変化がありまして。それに、考え無しにいってるわけでもないです」


「ふむ、その考えとやらを言ってみろ」


「大開拓時代に、特別な誰かは必要ない」


『――っ!』


 狩夜の発言に思うところがあったのか、絶句していた遠征メンバーたちははっとした様子で息を飲む。中でも、その言葉を狩夜に吹き込んだ当人であるカロンの反応はひとしおだった。


「勇者の存在を公表することで、新たに生まれる力は確かにあると思います。でも、失われる力もあるんじゃないかなぁ――と」


 イルティナが言うように、勇者の名のもとに一致団結するのは一つの正解だろう。だが、突出した力を持つ神に選ばれた者の出現によって、多くの開拓者の胸の内で今まさに燃え盛る、欲望という名の炎がかげるのは確実だ。


 なぜなら大開拓時代は『誰にでも、平等に、チャンスがあったから』始まった。


 私なんかがどんなに頑張っても、勇者には敵わない。


 活躍するのは勇者とその仲間だけだ。俺は精霊を解放した英雄にも、新たな国の王にもなれはしない。


 勇者が来てくれた、これで世界は救われる。僕が戦わなくても大丈夫。


 もう、全部あいつらに任せておけばいいじゃないか。


 そんな考えが頭をよぎった瞬間、夢は力を失い、人は歩みを止める。


 野望にくるっていた人々が、正気に戻る。


 各国の重鎮たちまでもがそう考えた場合、開拓者という職業と、その開拓者に与えられた特権が消えかねない。


 救世の希望たる勇者の存在が、大開拓時代を終わらせる劇薬となる可能性。狩夜が危惧するのはそれだ。


 そして、不完全な勇者であるレイラに、全人類の期待を受け止められるだけの力はない。


「的外れな意見かもしれないですけど、これが僕の考えです。でもまあ、レイラの――勇者の存在を公表するかしないかの最終判断は、ここにいる皆さんにお任せしますよ。この世界に生きる人々が、一人でも多く同じ方向を向き、最も力を発揮できる選択。異世界人の僕じゃわからないそれを、この世界で生まれた皆さんが、よく話し合って決めてください。僕とレイラは……本当、これに関してはもうどっちでもいいですから」


 異世界人である狩夜は、この世界ではどこまでいっても外様だ。そして、王だの英雄だの名誉だのにはまるで興味がない。


 最終的に、すべての精霊が呪いから解放され、レイラと共に元の世界に帰ることができれば――妹を助けることさえできれば、それでいい。


 勇者の御旗のもとに、崇高な使命感で戦うか。


 自由の御旗のもとに、己が欲望のために戦うか。


 どちらも決して間違いではない。どちらにもリスクとリターンがある。


 ゆえに狩夜は、今回の判断を、この世界の今後に多大な影響を与えるであろう選択を、現地人である信頼できる人々にゆだねることにした。当面の目的が彼らと一致した今ならそれができる。


 先の言葉通り、イスミンスールに生きる人類が、一人でも多く同じ方向を向き、最も力を発揮できる選択を。より良い正解を選んでくれれば、それでいい。


 後になって「勇者なんて現れなければ良かった」と、思われなければ、それでいい。


『……』


 狩夜に選択を委ねられた遠征メンバーは、一様に沈黙。皆が思案顔を浮かべながら首をひねっている。


 そうして、答えのない難題に頭を悩ませながら、狩夜たち遠征メンバーは、エムルトの東門を潜った。

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