251・響く爆音 上がる勝鬨

 粉塵爆発。


 大気中に浮遊する一定濃度の可燃性粉塵が、十分な酸素のある環境で火花などにより引火。急激に燃焼し、爆発を起こす現象。


 小麦粉などの食品や、アルミニウム等の金属粉など、一般的に可燃物や危険物と認識されていない物質でもその要因となり、鉱山や金属加工工場のみならず、穀物サイロや室内射撃場、はては遊園地のプールで行われた音楽イベントなど、様々な場所で発生し、重大な事故を度々引き起こしてきた。


 そのプロセスは、ガソリンなどの可燃性気体の発火・爆発に近く、発生する被害も、それらと比べてなんら見劣りするものではない。


 1963年、福岡県にて発生した三井三池三川炭鉱炭塵爆発では、死者四百五十八名、一酸化炭素中毒患者八百三十九名を出す大惨事となっており、戦後最悪の炭鉱事故、決して忘れてはならない教訓として記録され、粉塵爆発の恐ろしさとその威力を今を生きる人々に伝えている。


 その粉塵爆発が、異世界イスミンスールで、死火山ギャラルホルンで起きたのだ。正確には、意図的に起こされた。


 巻き起こった大爆発。それにともなう大破壊。衝撃と共に駆け抜けた熱波によって、硫化鉄等の可燃性金属には火がついた。


 形成されるは灼熱地獄。


 急激に失われる酸素。その一方で、大量に発生する一酸化炭素。熱された辰砂、コロラドアイト等の毒鉱石からは、致死性の蒸気と塵が立ち上る。


 衝撃と、熱と、窒息と、毒の四要素で、生きとし生ける者すべてを殺す、鉱毒地獄最凶の罠。


 これを発動させたが最後、その中で生きられる生物は、鉱毒地獄の支配者ただ一種。


「……」


 粉塵爆発の爆心地で横たわっていた主が動く。


 自身を拘束していた無数の蔓を焼き払うと共に、外敵をも排除した主は、触手を使って長大なその身を起こし、高温の空気と毒の蒸気をかき分けながら直立する。


 その身に目立った外傷はない。持ち前の頑強さと、多種多様なスキルで、主は粉塵爆発を無傷でやり過ごしていた。


 多くの同胞の亡骸が周囲に転がる中、主は勝ち誇ることも嘆くこともなく、巣穴の中心へと移動するべく足を波打たせ――


『――っとに死ぬかと思った。マジで死ぬかと思った。僕とレイラだけでよかったよ。遠征メンバー全員できてたら、何人死んでたかわかんないよこれ』


「――っ!?」


 灼熱の鉱毒地獄、その中にあるはずのない気配を察知し、足を止める主。次の瞬間、濃霧のように立ち込める致死性の蒸気をものともせずに突き抜けて、狩夜とレイラが姿を現した。


 主と同じくその身に目立った外傷は見て取れない。背中にレイラを張り付かせた五体満足の狩夜は、灼熱の鉱毒地獄を全力疾走。勝利を確信し、油断しきっていた主へと瞬く間に肉薄する。


『僕らは僕らで危なかったけどね。聖域でレイラがドゥネイルを取り込んでなったら、僕らの負けだった……』


 そう、聖域でドゥネイルを取り込んだ際に、レイラはその力を我がものとし、火炎放射能力を獲得。それに合わせて、弱点であった火と熱を克服していた。


 万物を焼き尽くすドゥネイルの炎を乗り越えて、狩夜とレイラはここにいる。あれ以上を用意しなくては、火と熱で彼らを止めることはできない。


 爆発の衝撃は、レイラがキャベツや白菜といった包被野菜のように無数の葉っぱで全身を包み込みことでガード。酸欠と毒は、防塵装備を身に纏い、呼吸をレイラに頼っている狩夜には意味をなさない。


 こうして、鉱毒地獄最凶の罠を見事に突破した狩夜は、戦いを終わらせるべく、不治の呪いを帯びた魔剣を豪快に振りかぶる。


 一方の主は、この窮地を脱するべく、貝殻の上段を回転させながら触手をのばす。だが、その全てが遅きに失した。


『終わりだよ。環境が敵に回ったから手間取ったけどさ、今の僕らとお前単体はあれだ。いわゆる――』


 言葉の途中で繰り出される水平切り。ダーインスレイヴの黒き刀身が走り、灼熱の鉱毒地獄に漆黒の虹が描かれる。


 一瞬後、世界がズレた。


 粉塵爆発を無傷でやり過ごした主の体が、頑強なはずのその巨体が、空気のように切り裂かれ、上下に泣き別れる。


 防御力無視の絶対切断。


 硬さを誇る主にとって、これ以上の理不尽はないだろう。


『相性最悪ってやつさ』


 言葉を言い切ると共に、狩夜はダーインスレイヴを閃かせ、主の体を無数に分割。心中する間も与えずに息の根を止めた。


 決着。


 鉱毒地獄の中心にそびえていた悍ましい記念碑が、今ここに倒壊した。



   ●



「うーん……今すぐここで横になって、白い部屋で〔耐塵〕スキルを取ったら、兄ちゃんを追いかけられるかも……」


 ギャラルホルンの麓。主の縄張りであり、魔物の絶対数が少ないこの場所で、狩夜とレイラの帰りを他の遠征メンバーと共に待ちながら、ザッツが独り言ちる。


 狩夜とレイラだけを鉱毒地獄に送り出したことをよほど気にしているのか、ソワソワしながら視線をさ迷わせるザッツ。そんな彼の横では、師であるフローグが小さく溜息を吐いていた。


「ザッツ。お前確か〔対異常〕スキルは取っていたな?」


「え? うん。Lv5まで上げといたよ。ミズガルズ大陸に生息する魔物が使ってくる毒攻撃は、これでほぼ防げるって聞いたから。血清は値段が高いわ、種類は多いわで、なにかとめんどくさいし」


「だとしたら、〔耐塵〕スキルの取得とLv上げは容易ではないぞ。〔耐塵〕と〔対異常〕は【同カテゴリースキル】だ。必要なソウルポイントが激増する」


「……そうだった」


〔耐塵〕スキル。


 地の民が生まれながらに持つそのスキルは、文字通り粉塵に対して強い耐性を得るスキルだ。砂埃などの目つぶしや、呼吸と共に体内に侵入する石綿や花粉等の微粒子に強くなる。ちなみに、免疫反応である花粉症は〔対異常〕では防げない。


〔耐塵〕は、白い部屋で〔対異常〕〔耐熱〕〔耐寒〕といったスキルと同じ盤面に表示される。これを俗に、同カテゴリースキルと言うのだが、同カテゴリースキルの複数取得にはある制限が課される。


 それは、どれか一つを習得した瞬間、他の同カテゴリースキルの習得、Lvの向上に必要なソウルポイントが、百倍になるというものだ。


 開拓者は、千のソウルポイントと引き換えに〔対異常〕Lv1を取得できる。Lvを一上げるたびに必要なソウルポイントが倍、更に倍と増えていくので、仮にLv9まで上げるとするならば、必要になるソウルポイントは合計で五十一万千となる。


 ここから新たに〔耐塵〕Lv1を取得しようとした場合、必要になるソウルポイントは百倍の十万。Lv9まで上げる場合は、なんと五千百十万ものソウルポイントが必要になる。


 これに加えて〔耐熱〕をも習得しようとすれば、更に百倍。習得に百万。Lv9までに五十一億一千万という、途方もないソウルポイントが必要になる。これは、とてもじゃないが現実的な数字ではない。同カテゴリーで極められるのはせいぜい二つ。〔長剣〕スキルを極めたら次は〔槍〕。その次は〔体術〕だ――とはいかないのだ。


 全スキルを極めることは決して不可能ではない。不可能ではないが、夢のまた夢。


 万年――否、億年もの歳月を費やしても足りはしないだろう。


「お前がどうしても〔耐塵〕が欲しいというのなら止めはしないが、スキルはよく考えて習得しろ。一度習得し、魂に転写されたスキルは、消すことはできな――っ!?」


『――っ!?』


 フローグの言葉を遮るかのように、突如として大地がゆれ、けたたましい爆音が周囲一帯に轟いた。他の音すべてが掻き消される中、遠征メンバーは弾かれたように顔を動かし、視線を音源、山頂方向へと向ける。


 そんな彼らの目に映り込んだのは、メタルスケーリーフットの巣穴から濛々と立ち上る黒煙の姿


 急変した状況に皆が目を見張る中、その胸中を代弁するかの如くカロンが叫ぶ。


「これは噴火!? ギャラルホルンは死火山ではなかったのですかランティス!?」


「いや、そんなはずは――」


「ぬわぁああぁぁあぁ!!」


「ガリム殿!?」


 天高く舞い上げられ、放物線を描きながら落ちてくるガリムたち『大地の系譜』の姿を視認した遠征メンバーは、彼らを助けるべく慌ただしく動き出した。


 ほどなくして落ちてきた三人は、手分けした遠征メンバーに受け止められ無事着地。直後にこうまくし立てる。


「これは噴火ではない! 粉塵爆発じゃ! あの主、やられそうになるや、自分もろとも小僧とちっこいのを爆破しおった!」


「旦那様は!? 旦那様はどうなったのじゃ!?」


「わからぬ! 小僧らが爆炎に飲み込まれた直後、わしらも爆風に吹き飛ばされてしまったんじゃ! あの後どうなったかは見ておらん!」


「そんな!? カリヤァァアァ!」


 ガリムの説明を聞き、血相を変えて駆け出そうとする揚羽とレアリエル。他にも多くの者が我が身を顧みずに狩夜の救助に向かおうとする中、冷静な者たちが体を張ってそれを引き留めた。


「馬鹿もん! お主らがいってどうなる! 今頃奴らの巣穴は致死性の水銀蒸気に満ち満ちておるわ! みすみす死ににいくつもりか!」


「じゃが旦那様が! 旦那様がぁ!」


「離せよおっさん! 兄ちゃんが!」


 狩夜を助けにいこうとする者と、それを引き留める者で二分され、大混乱に陥る遠征メンバー。しかしその騒動は、突如響いた次の言葉で終わりを迎える。


『ただいま戻りましたー』


 騒然とする場に相応しくない気の抜けた声。それを聞いた遠征メンバーは一様に体の動きを止めた後、黒煙をかき分けるように姿を現した人影へと視線を集中させる。


 そこには、所々が焦げた防塵装備に身を包む狩夜と、そんな彼の背中に張り付くレイラの姿があった。


「旦那様!」


「カリヤ!」


「兄ちゃん!」


『はいストップ! 無事を喜んでくれるのはすごく嬉しいんだけど、僕は今全身毒粉塵まみれだから、抱き着いたりは絶対しないでね。離れて離れて』


 現れた待ち人の姿に、感極まった様子で駆け出そうとする遠征メンバーたちであったが、それを察した狩夜が機先を制する。


 左手を前に突き出す形で制止され、感情のままに抱き着こうとしていた者たちが「そうだった……」と言いたげな顔で足を止める中、ランティスが落ち着き払った様子でこう尋ねる。


「無事でなによりだカリヤ君。それで、首尾は?」


 この問いに対し、狩夜はいたずらっぽく笑い、右手で掴んでいた主の貝殻の先端、人頭大のクリフォダイトを、首級の如く掲げてみせた。


 次いで叫ぶ。


『鉱毒地獄の主! この叉鬼狩夜と、勇者レイラが打ち取った!』

 

 高らかに上がる勝鬨の声。それに呼応して、遠征メンバーたちの歓声が爆発した。

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