250・鉱毒地獄の主

 メタルスケーリーフットが自発的に攻撃をしない魔物であることを知った狩夜は、これ幸いにと足の動きを速めた。


 すり鉢状の地形をレイラと共に小刻みに飛び跳ねるように移動。ヘッドカバーに付着し、視界を妨げる粉塵を幾度も拭いながら、ときにメタルスケーリーフットを踏み台にするなどして、巣穴の中心へと最短距離で向かう。


 身に纏った防塵装備を信じ、人を殺す毒粉塵をひたすらにかき分けて、相棒と二人、下へ下へ。


 そうして異形の貝の巣穴を走破していった狩夜とレイラは、その中心にそびえ立つ鉱毒地獄の主と、ついに対面した。


「……」


 自身に対して害意を持つ者の存在を感知したのか、食事という名の採掘作業を止める主。一方の狩夜は、主の一挙手一投足に警戒しつつも、貝としてはあまりに規格外なその巨体を、改めて注視した。


 直径おおよそ五メートル、高さおおよそ二十メートルの、細長い円錐形の巻貝。通常のメタルスケーリーフットは地球のウロコフネタマガイとほぼ同じ容姿であり、『タニシ』と似ているが、こちらはむしろ『カワニナ』に近い。


 背中に背負う貝殻は上下の二段構造であり、先端にクリフォダイトを頂く上段は螺旋状。足が伸び、主要臓器が収まっている下段は火鉢状であり、上に乗る上段をどっしりと支えている。そして、上段と下段の接触面には、等間隔に刻まれた溝の存在が見て取れた。


 足から生える無数の鱗は様々な金属で構成され、陽光を反射して煌びやかに輝いているが、背負っている貝殻は黒一色。生物的な凹凸がほとんどなく、一切の無駄が省かれたその貝殻は、機械めいた印象を見る者に与え、眼前の巨大貝は卵からではなく、溶鉱炉から生まれたのでは? と思わせた。


 地獄の底から天へと伸びる黒鉄の螺旋。それはさながらオベリスク。


 異形の貝の楽園――鉱毒地獄の中央に築かれた、悍ましい記念碑だ。


『さて……他のメタルスケーリーフット同様、自発的に攻撃を仕掛けてこないのなら楽なんだけど……』


 右手に握る魔剣を構え直しながら足を前へと踏み出す狩夜。眼前にそびえる主を、絶対切断の一撃で切り伏せるべく間合いをはかる。


 しかし――


『っち! そううまくはいかないか!』


 先手を取ったのは主の方。


 鉱毒で相手が倒れるのを待つなどという悠長なことはせず、足と貝殻の隙間から触手を出現させ、躊躇なく外敵を殺しにかかる主。狩夜は舌打ちしつつ身を翻し、自身に向かって高速で伸びてきた触手をかわす。


 開戦。


 鉱毒地獄の主との戦いの火蓋が、今ここに切られた。


 主の先制攻撃をやり過ごした狩夜であったが、主の攻撃はそれだけでは終わらない。


 本来ウロコフネタマガイの触手は二本だけなのだが、この主は数えきれないほどの触手を有していた。その長大な触手を縦横無尽に振り回し、ありとあらゆる角度から狩夜を攻め立ててくる。


 その触手群をときにかわし、ときにはじき返し、ときに切り落とすことで身を守る狩夜。だが、防戦一方というわけでもない。そう、今の狩夜には遠距離攻撃手段があるのだ。


 ドヴァリンの角は変幻自在。使い手の意思一つで、そのありようを瞬時に変える。盾から刃へと姿を変えたそれで、狩夜は主を攻撃した。


 当然、レイラとて黙って見ているわけではない。木製のガトリングガンを両手から出現させ、主の巨体をハチの巣にせんと、種子という名の弾丸を盛大に吐き出す。


 狩夜とレイラによる同時攻撃が自身に迫る中、主はその場から動こうとはしなかった。宙を駆ける刃と弾丸の雨を、その身で甘んじて受け止める。


 そして――


『硬!?』


 それらすべてを難なくはじき返して見せた。貝殻と足に纏う鱗にいくばくかの傷ができたが、それだけである。


 ドヴァリンの角という、現状考えうる最上位の武器を使ってのこの結果に、狩夜は悔しさを隠そうともせずに歯嚙みした。


 聖獣であるドヴァリンの角が、鉱山から産出される金属で構成された鱗に劣っているとは考えにくい。本来の力を十全に発揮できていれば、主に小さくない傷を負わせていたはずだ。


 これは、狩夜の練度不足が招いた結果である。防御行動と並行したものだったとはいえ、あまりにお粗末。やはり狩夜は、ドヴァリンの角を使いこなしているとは言い難い。


『遠距離攻撃じゃ埒が明かないか……』


 先の攻防で、遠距離攻撃では主にダメージを与えられないことがはっきりした。主の防御を突破するには、絶対切断のダーインスレイヴか、高周波ブレードである葉々斬での近接攻撃が有効だろう。聖剣の再現である布都御種ふつのが使えれば話は早いのだが、呼吸をレイラに頼っている現状では使えない。


 そうなると、迫りくる触手群をどうにかして突破し、剣が届く間合いまで主に接近しなければならないのだが、動きの制限される防塵装備では、掻い潜るのは至難の業だ。


『レイラ、葉々斬』


 故に、狩夜が選んだ行動は――


『全部切り落とす! 無限に生えてくるわけじゃないだろ!』


 正面突破。


 ダーインスレイヴを左手に持ち替え、使い慣れた葉々斬を右手で握った直後、主に向かって突貫。迫りくる触手群を切り落としながら前進することで、主に接近を試みる。


 ――迷っている暇があるなら走れ! それしかできないだろうがど凡人!


『おおぉおぉぉぉおぉ!!』


 雄叫びに呼応するかの如く加速する両腕。


 迫りくる無数の触手を延々と切り落としながら、狩夜は愚直に前へと進む。


 切り損ねた触手は相棒が必ず防いでくれると信じ、だた前へ。


 初心に帰って、ひたすらに前へ。


 そうやって一歩づつ、だが確実に、狩夜は主へと近づいていった。


「――っ!」


 主までの道程、その中ほどに狩夜が達したとき、主が根負けしたように触手を引っ込める。直後、二段構造の貝殻、その上段がうねりを上げ、もの凄い勢いで回転を始めた。


『はぁ!?』


 狩夜が「え、回るのそれ!?」と言いたげに目を見開く中、主はすべての触手を使って地面を叩き、真上へと跳び上がる。


 その後、触手群の中でも特に太い二本を使い、姿勢を制御。貝殻の先端を狩夜へと向けた。


『あぶな!?」


 狩夜が咄嗟の判断で横に跳ぶのと、主が自身の体を押し出したのはほぼ同時。


 一瞬後、狩夜のすぐ左横を、世にも珍しい生体巨大ドリルが通過した。


 隕石が落下したかのような轟音と共に、巣穴の側面に突き刺さる主。


 貝殻のほとんどが埋没したところで動きが止まるかと思えばそんなことはなく、主は触手を総動員し、すぐさま地上へと飛び出してきた。粉塵が盛大に巻き上がる中、再び回転する貝殻の先端で狩夜を狙う。


『陸上でなんて動き!? ほんとに貝かお前!?』


 触手を駆使した、貝とは思えないアクロバティックな動き。


 地中、地上、空中を駆け回り、今なお高速回転を続ける貝殻で再三にわたり狩夜を攻め立てる主。攻撃は最大の防御とばかりに躍動する敵に、狩夜は思わず舌を巻く。


 ――くそ! なにがやばいって、貝殻の先端についてるのがクリフォダイトだってことだ! 直撃したら僕はもちろん、レイラでもやられかねない! 近づくのは危険! とはいえ、遠距離攻撃じゃ効果がない!


『レイラ! 主の動きをどうにかして止められない!?』


「……!(こくこく!)」


 無茶振りとも思える狩夜の要望に、レイラは力強く頷いた後、両の目を見開いた。


 次の瞬間、ガトリングガンの弾丸として吐き出し、主にはじき返されたことで至るところに散らばった種子が、一斉に発芽。大地に根付いた後、蔓を高速で伸ばし、空中で姿勢を制御している主へと殺到する。


 その後、蔓は回転している貝殻の上段ではなく、下段と足に絡みつき、主を空中に磔にした。


 主は触手を使って蔓を打ち払い、拘束から抜け出そうともがくが、数が数である。脱出には相応の時間がかかるだろう。


『貰った!』


 主が動きを止める中、狩夜は葉々斬を豪快に振りかぶり、レイラが阿吽の呼吸でその刀身を延長。主を両断する準備を瞬く間に整えた。


 勝負を決する一撃。それを放つべく、狩夜が全身に力を漲らせながら狙いを定め、コンマ数秒制止する。


 その、刹那の瞬間――


『っむ!?』


 主が、体のいたるところから大量の砂を噴出した。


 道中のメタルスケーリーフットが死に際に見せた嘔吐や排出ではない。貝殻の上段と下段の間や、貝殻と足の隙間から、体内に保管していた砂――極小の金属粉塵を、消火器さながらの勢いで空気中へと散布し続ける。


 狙いは鉱毒での毒殺か? それとも煙幕のつもりだろうか? しかし、どちらにせよ悪手。防塵装備で固めた狩夜に鉱毒は効かず、煙幕を張ったところであの巨体を隠しきれるはずもない。


 主の行動を最後の悪あがきと断じ、準備万端整えた狩夜が葉々斬を振り下ろそうとした正にその時、流線形の金属塊が金属粉塵の幕を内側から突き破り、地面に向かって疾駆する。


 煙幕で行動を隠蔽した主が、触手を使って自身の鱗を一枚はがし、地面に向かって投擲したのだろう。


 投擲された鱗は、色からして硫化鉄。


 自然発火物だ。


『――っ!!』


 ある考えに至り、狩夜の全身に怖気が走る。


 ――ここは鉱山。


 産出されるのは硫化鉄、硫黄、エトセトラ。


 主が暴れたことで大量に舞い上がった土埃。そこに、先ほどの大量散布で更に上乗せされた。


 今この場所には、可燃性金属粉塵が舞いに舞っている。


 そこに火気が加われば――


『レイ――』


 主の狙いに気がついた狩夜が口を動かすのとほぼ同時に、投擲された鱗が地面に激突。


 主の制御下から離れたことで本来の性質を取り戻した硫化鉄は、衝撃と共に盛大に火花を飛ばした。


 轟音。


 狩夜とレイラ、そして主の姿が、突如として生まれた爆炎の中に消え、噴火と見紛うほどの衝撃が、ギャラルホルン全体へと響き渡る。

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